「暑い」

不機嫌そうに名無しが呟く。
夏が嫌いだと豪語する彼女は、完全に溶けていた。

エアコンが効いている居間へ雪崩込むように倒れる。
ひんやりとした畳の温度が心地いいのか、しばらくそのまま行き倒れていた。
暑い中洗濯物を干すのはかなりの重労働らしい。

「冷凍みかん、食べます？」
「いる…」

暑さで半ば解凍気味のみかん。
皮はやわらかくなり、丁寧に剥けばいつもより瑞々しい果実が顔を出す。
畳の上で横になったままの名無しの口に放り込んでやれば、幸せそうに咀嚼していた。

「美味しいー…」
「それはよかったっス」

いつもキビキビ動いている彼女からは想像ができないくらい、くたびれてしまっている。
まだ午前中だというのに。
午後から大丈夫だろうか？少し心配になってきた。



ピーピーピー…

無情にも鳴り響く伝令神機の通知音。
どうやら虚のようだ。
普段は嫌な顔ひとつせずに仕事に励む彼女も、酷暑となれば話は別らしい。
露骨に嫌そうな顔をし、小さくため息をついた。

「…この暑い中、黒い死覇装って。正気じゃないですよ。やだなぁ…」

確かに。
そうでなくともお世辞にも涼しいとは言えない色と服だ。
この格好に慣れてしまったせいかボクも今の時期、正直死覇装は着ることすら想像したくない。絶対暑い。

「まぁ、そうも言っていられないですもんね」

諦めたように溜息をついて名無しが義骸を脱ぎ捨てる。
やはり暑いのだろう。一瞬にして彼女の表情が曇った。

「ほら、名無しサン。帰ってきたら一緒にアイスでも買いに行きましょ」

だから頑張って来てください。

そう言って背中を押せば、彼女は不承不承頷いて商店を後にした。

…さて。どこか美味しいアイスクリーム屋さんでも調べるとしましょうかね。
きっと彼女は死にそうな顔で戻ってくるだろうから、とびきりのご褒美を用意しなくては。