spectrum
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いつもの夢。
いや、これは『記憶』だ。
母親を悪魔に、目の前で殺される夢。
押し込められたクローゼットの隙間から聞こえる悲鳴は、誰のものか聞き間違えるはずがなかった。
手を伸ばしても届かない。
弱い、子供の手。
けれどそれを『免罪符』に出来なかった。なぜなら彼が最も許せなかったのは自分自身だった。
母さん、母さん。
ゆっくり血溜まりに倒れる身体。
錦糸のようなブロンドがスローモーションのように揺れる。
何度も見た。この後どうなるかも知っている。
首から下の遺体を、無残に食い散らかされる。
嫌だ。見たくない。
―――、
名前を、呼ばれた気がした。
そっと両目を優しく覆う、柔らかくあたたかい手。
まるで、見なくてもいい。大丈夫だと、言っているような体温だった。
いつもは目が覚めるまで繰り返されるはずの悪夢が、そこでプツリと優しく途切れた。
spectrum#04
惰眠を貪っていたダンテは、いつもと違う違和感を感じた。
いつもより目覚めが格別に良かった。
それはいつもの悪夢が目を覚ますまで延々と繰り返されたからでもなく、珍しくシャツを着て寝ていたから、というわけでもなかった。
石鹸の匂い。
柔らかい感触。
目をゆるゆると開けると、まず最初に艶やかな黒髪が目の前に飛び込んできた。
次に耳。
白い首筋。
少し身体を離せば、昨日気まぐれで拾った名無しがいた。
ベッドに潜り込んできた、わけではなさそうだった。
彼女の右手を掴んだままの左手。
抱き抱えるように回した自分の腕。
何より、名無しの左脚は中途半端に、投げ出されるようにベッドから落ちてしまっている。
考えられるのはひとつ。
自分が、寝ぼけてベッドに引きずり込んだ可能性だ。
何に誓うか考えていなかったが、恐らく過ちは犯していない。………はず。
いや、はっきりと断言できる自信がなかったが、恐らく貞操的な意味ではセーフのはず。
昨晩、薄暗い中で見たから少年と間違えたが、朝日に照らされて寝息を立てる彼女はどう見ても少女と女のゆらぎの狭間だった。
瞼を縁取る黒い睫毛。
薄く開いた唇。
ゆっくりと上下する柔らかそうな膨らみ。
無防備に大きなTシャツから伸びる白い脚。
細い割には出るとこは意外に出ていた。着痩せするタイプなのだろうか。
(…いやいやいやいや、オレの好みはこう、ボンキュッボンだし、)
脳内で必死に言い訳をするが、実際のところ目が離せない。
最近女関係はからっきしだったせいか、見事な据え膳の光景に目眩を覚えた。
起こさないようにそっとベッドから抜け出し、名無しにシーツを掛けた。
とりあえず、これでいいだろう。
昨晩、一方的に送り付けたメッセージを『彼女』がちゃんと見ていれば、そろそろ来る時間だろう。
起きておかなければ後が怖い。
愛用のエンジニアブーツに足をかけて、そっと部屋の出口に向かうダンテ。
それにしても、本当に今日は身体が妙に軽い。
今まで眠りが浅く、蓄積されていた疲れが吹き飛んだ気分だった。
(…まさかな)
シーツにくるまって眠る名無しを一瞥して、音を立てずにドアを閉めた。
***
一階で安いインスタントコーヒーを飲んでいると、バイクの音が室内でも聞こえてきた。
この音はよく知っている。なぜなら自分がいる弁償した車種のエンジン音だからだ。
「持ってきたわよ」
大きな紙袋を片手にやってきたのは、レディだ。
突然『女物の着なくなった服を分けてくれ』なんてメッセージを送り付けたからだろう。訝しげな表情で彼女はやってきた。
「悪い悪い。助かる」
「女装の趣味でも出来た?それとも、まさか新しい女にでも貢ぐつもり?」
「どちからというと、後者だろうな」
一点一点確認しつつ答えれば、レディの眉間のシワは増えるばかりだ。…これは順を追って話すべきだろう。
「ダンテさん、おはよう…ございます。……あれ?あの、お客様ですか?」
階段の上からひょこっと顔を出してきたのは、起きてきた名無し。Tシャツ一枚であまり人前に出れる格好じゃないからか、シーツを頭から被って恐る恐る顔を出してきた。
レディに気がついた名無しは、身体を部屋の奥へ引っ込めようとしたが、既に遅かった。
(ショタコンか、ロリコンか。さぁ、どれで勘違いされてんだろうな)
レディの刺さるような視線がケルベロスの氷より冷たい。さぁ、どうしてやろうか。
***
「へぇ、災難だったわね」
「い、いえ。拾ってくださったのがダンテさんだったので、不幸中の幸いです」
昨日名無しが着ていた服はなんとか乾いたらしい。二階に慌てて持っていけば、しばらくすると昨日の格好をした彼女が降りてきた。
それまでに名無しを拾った昨晩の経緯をレディに説明したが、それはそれは嘘臭いと言わんばかりの視線だった。
名無し本人から口添えして貰い、なんとか信用は得たようで俺は心の中でほっと胸を撫で下ろした。なんせレディは怒らせると怖い女だ。
建て直したばかりの事務所をマルチミサイルで壊されかねない。
「それだったらこれも買ってきて正解だったわ」
白いビニール袋をレディが名無しに渡してきた。
首を傾げながら受け取る彼女が中身を見ると、少し恥ずかしそうに頬を赤らめ「あ…ありがとうございます。助かります」と礼を言った。
「なんだ?」
「わ、ちょ、ちょっと」
「下着よ。フリーサイズだから可愛いものじゃないけど、ないよりいいでしょ」
ドラッグストアで適当に見繕って買ってきたのか、袋を覗いて見えたデザインは確かにスポーツブラっぽいものだった。
下着の件は確かに考えていなかった。助かる。
「でも帰る方法がないんじゃ、長くここにいるんでしょ?服足りないんじゃないの?」
「まぁそれは追々買い足しにいくさ」
「その時は私と行きましょ、名無し。男と行くより気が楽でしょう?」
レディが俺には絶対向けないような笑顔で名無しに微笑む。…こうしていれば普通の女なのに、どうしてこうも俺には塩対応なのか。
まぁ、心当たりはいくつもあるから、仕方ないか。
名無しもこっちに来てから初めての同性で嬉しいのか、千切れてしまいそうなくらい元気よく首を縦に振った。
「じゃあ、私は行くわ。次の用事もあることだし」
「おー。悪かったな」
「レディさん、お洋服ありがとうございます」
「いいのよ。名無し、その男に変なことされそうになったらいつでも連絡するのよ?」
そう捨て台詞を置いて、レディはまたバイクに乗って颯爽と去っていった。
変なこと、か。
もしかしたらもう手遅れかもしれない。
困ったように笑いながら手を振る名無しを横目に、少しだけ気まずい気分になったダンテだった。
***
「お昼ご飯、どうしましょうか?」
「そうだな…どうせだから買い物ついでに外で食うか」
レディから貰った服を丁寧に畳直しながら名無しが問うてきた。
日用品が圧倒的に足りなかった。食料品も。
意外と住人が増えるというのは手間が掛かるものなんだな、と他人事のようにダンテは考えた。
「…ところで、昨晩はその、悪かったな」
「?、何がです?」
「俺、何かしたか?」
少し聞き方がストレート過ぎた、かもしれない。
何かしたか、なんて起きてあの状態だったのだ。何もなかったわけがない。
一晩共にした女から、振られる理由はあった。『そんなマザコンだとは思わなかった』、と。
いつもの悪夢。魘されて、恐らく母を呼んでいたのだろう。
少し情けない気もしたが、不可抗力だ。
別に今まで、夜のお世話になった女に思い入れも執着もないから、やることをやれば別によかったから何も問題はなかったのだが。
彼女に今までの女達と同じように思われるのも、一晩限りの女達と同じ『どうでもいい女』カテゴリーに分類してしまうのも、両方嫌だった。
理由は、分からないけれど。
名無しは一瞬考えて、笑った。
「何もなかったですよ」
一瞬にして嘘だと分かった。
何も無いわけがない。
「じゃあなんで俺のベッドで、」
「え、えっと、すみません、寒かったので、その、お邪魔しました」
そんなわけあるか。
裸を見られてあんな過剰に恥ずかしがる女が、男のベッドに潜り込むなんてことはないだろう。
しどろもどろしながら言い訳を述べる名無し。彼女はあまり嘘が得意ではないようだが、必死に言い訳をしていた。
恐らく、彼女なりの配慮、だろうか。
まさか魘されながら母を呼んでいた、なんて普通は親しい仲でもなければ、ズケズケと言えることでもないだろう。
ましてや、大の男に対して、だ。
別にいつものことだから気にしてはいなかったが、その名無しの心遣いが何だか擽ったかった。
「…じゃあ、そういうことにしておくか」
「そ、そうなんですってば。」
「じゃあ、今晩は最初から一緒に寝るか?寒いんだろ?」
「へ、」
ほら。顔が赤くなった。
この返しは予想外だったらしく、あーとか、うーとか、オロオロしながら名無しは唸った。
こうなることが分かってて聞いたのは、少し意地が悪かっただろうか。
「べ、別に、いいですよ」
どうしても嘘を突き通すらしい。恥ずかしいのだろう、声が僅かに上擦っていた。
本当に嘘が下手すぎて、逆に笑えてきた。
なんだか、可愛い。
「ククッ…そうかそうか。…ありがとうな」
笑いを噛み殺しながら、名無しの頭をポンポンと撫でた。
少し複雑そうな顔を浮かべたあと、困ったようにはにかんだ笑顔を見て心が少しザワついた。
この感情を、俺はまだ知らない。
いや、これは『記憶』だ。
母親を悪魔に、目の前で殺される夢。
押し込められたクローゼットの隙間から聞こえる悲鳴は、誰のものか聞き間違えるはずがなかった。
手を伸ばしても届かない。
弱い、子供の手。
けれどそれを『免罪符』に出来なかった。なぜなら彼が最も許せなかったのは自分自身だった。
母さん、母さん。
ゆっくり血溜まりに倒れる身体。
錦糸のようなブロンドがスローモーションのように揺れる。
何度も見た。この後どうなるかも知っている。
首から下の遺体を、無残に食い散らかされる。
嫌だ。見たくない。
―――、
名前を、呼ばれた気がした。
そっと両目を優しく覆う、柔らかくあたたかい手。
まるで、見なくてもいい。大丈夫だと、言っているような体温だった。
いつもは目が覚めるまで繰り返されるはずの悪夢が、そこでプツリと優しく途切れた。
spectrum#04
惰眠を貪っていたダンテは、いつもと違う違和感を感じた。
いつもより目覚めが格別に良かった。
それはいつもの悪夢が目を覚ますまで延々と繰り返されたからでもなく、珍しくシャツを着て寝ていたから、というわけでもなかった。
石鹸の匂い。
柔らかい感触。
目をゆるゆると開けると、まず最初に艶やかな黒髪が目の前に飛び込んできた。
次に耳。
白い首筋。
少し身体を離せば、昨日気まぐれで拾った名無しがいた。
ベッドに潜り込んできた、わけではなさそうだった。
彼女の右手を掴んだままの左手。
抱き抱えるように回した自分の腕。
何より、名無しの左脚は中途半端に、投げ出されるようにベッドから落ちてしまっている。
考えられるのはひとつ。
自分が、寝ぼけてベッドに引きずり込んだ可能性だ。
何に誓うか考えていなかったが、恐らく過ちは犯していない。………はず。
いや、はっきりと断言できる自信がなかったが、恐らく貞操的な意味ではセーフのはず。
昨晩、薄暗い中で見たから少年と間違えたが、朝日に照らされて寝息を立てる彼女はどう見ても少女と女のゆらぎの狭間だった。
瞼を縁取る黒い睫毛。
薄く開いた唇。
ゆっくりと上下する柔らかそうな膨らみ。
無防備に大きなTシャツから伸びる白い脚。
細い割には出るとこは意外に出ていた。着痩せするタイプなのだろうか。
(…いやいやいやいや、オレの好みはこう、ボンキュッボンだし、)
脳内で必死に言い訳をするが、実際のところ目が離せない。
最近女関係はからっきしだったせいか、見事な据え膳の光景に目眩を覚えた。
起こさないようにそっとベッドから抜け出し、名無しにシーツを掛けた。
とりあえず、これでいいだろう。
昨晩、一方的に送り付けたメッセージを『彼女』がちゃんと見ていれば、そろそろ来る時間だろう。
起きておかなければ後が怖い。
愛用のエンジニアブーツに足をかけて、そっと部屋の出口に向かうダンテ。
それにしても、本当に今日は身体が妙に軽い。
今まで眠りが浅く、蓄積されていた疲れが吹き飛んだ気分だった。
(…まさかな)
シーツにくるまって眠る名無しを一瞥して、音を立てずにドアを閉めた。
***
一階で安いインスタントコーヒーを飲んでいると、バイクの音が室内でも聞こえてきた。
この音はよく知っている。なぜなら自分がいる弁償した車種のエンジン音だからだ。
「持ってきたわよ」
大きな紙袋を片手にやってきたのは、レディだ。
突然『女物の着なくなった服を分けてくれ』なんてメッセージを送り付けたからだろう。訝しげな表情で彼女はやってきた。
「悪い悪い。助かる」
「女装の趣味でも出来た?それとも、まさか新しい女にでも貢ぐつもり?」
「どちからというと、後者だろうな」
一点一点確認しつつ答えれば、レディの眉間のシワは増えるばかりだ。…これは順を追って話すべきだろう。
「ダンテさん、おはよう…ございます。……あれ?あの、お客様ですか?」
階段の上からひょこっと顔を出してきたのは、起きてきた名無し。Tシャツ一枚であまり人前に出れる格好じゃないからか、シーツを頭から被って恐る恐る顔を出してきた。
レディに気がついた名無しは、身体を部屋の奥へ引っ込めようとしたが、既に遅かった。
(ショタコンか、ロリコンか。さぁ、どれで勘違いされてんだろうな)
レディの刺さるような視線がケルベロスの氷より冷たい。さぁ、どうしてやろうか。
***
「へぇ、災難だったわね」
「い、いえ。拾ってくださったのがダンテさんだったので、不幸中の幸いです」
昨日名無しが着ていた服はなんとか乾いたらしい。二階に慌てて持っていけば、しばらくすると昨日の格好をした彼女が降りてきた。
それまでに名無しを拾った昨晩の経緯をレディに説明したが、それはそれは嘘臭いと言わんばかりの視線だった。
名無し本人から口添えして貰い、なんとか信用は得たようで俺は心の中でほっと胸を撫で下ろした。なんせレディは怒らせると怖い女だ。
建て直したばかりの事務所をマルチミサイルで壊されかねない。
「それだったらこれも買ってきて正解だったわ」
白いビニール袋をレディが名無しに渡してきた。
首を傾げながら受け取る彼女が中身を見ると、少し恥ずかしそうに頬を赤らめ「あ…ありがとうございます。助かります」と礼を言った。
「なんだ?」
「わ、ちょ、ちょっと」
「下着よ。フリーサイズだから可愛いものじゃないけど、ないよりいいでしょ」
ドラッグストアで適当に見繕って買ってきたのか、袋を覗いて見えたデザインは確かにスポーツブラっぽいものだった。
下着の件は確かに考えていなかった。助かる。
「でも帰る方法がないんじゃ、長くここにいるんでしょ?服足りないんじゃないの?」
「まぁそれは追々買い足しにいくさ」
「その時は私と行きましょ、名無し。男と行くより気が楽でしょう?」
レディが俺には絶対向けないような笑顔で名無しに微笑む。…こうしていれば普通の女なのに、どうしてこうも俺には塩対応なのか。
まぁ、心当たりはいくつもあるから、仕方ないか。
名無しもこっちに来てから初めての同性で嬉しいのか、千切れてしまいそうなくらい元気よく首を縦に振った。
「じゃあ、私は行くわ。次の用事もあることだし」
「おー。悪かったな」
「レディさん、お洋服ありがとうございます」
「いいのよ。名無し、その男に変なことされそうになったらいつでも連絡するのよ?」
そう捨て台詞を置いて、レディはまたバイクに乗って颯爽と去っていった。
変なこと、か。
もしかしたらもう手遅れかもしれない。
困ったように笑いながら手を振る名無しを横目に、少しだけ気まずい気分になったダンテだった。
***
「お昼ご飯、どうしましょうか?」
「そうだな…どうせだから買い物ついでに外で食うか」
レディから貰った服を丁寧に畳直しながら名無しが問うてきた。
日用品が圧倒的に足りなかった。食料品も。
意外と住人が増えるというのは手間が掛かるものなんだな、と他人事のようにダンテは考えた。
「…ところで、昨晩はその、悪かったな」
「?、何がです?」
「俺、何かしたか?」
少し聞き方がストレート過ぎた、かもしれない。
何かしたか、なんて起きてあの状態だったのだ。何もなかったわけがない。
一晩共にした女から、振られる理由はあった。『そんなマザコンだとは思わなかった』、と。
いつもの悪夢。魘されて、恐らく母を呼んでいたのだろう。
少し情けない気もしたが、不可抗力だ。
別に今まで、夜のお世話になった女に思い入れも執着もないから、やることをやれば別によかったから何も問題はなかったのだが。
彼女に今までの女達と同じように思われるのも、一晩限りの女達と同じ『どうでもいい女』カテゴリーに分類してしまうのも、両方嫌だった。
理由は、分からないけれど。
名無しは一瞬考えて、笑った。
「何もなかったですよ」
一瞬にして嘘だと分かった。
何も無いわけがない。
「じゃあなんで俺のベッドで、」
「え、えっと、すみません、寒かったので、その、お邪魔しました」
そんなわけあるか。
裸を見られてあんな過剰に恥ずかしがる女が、男のベッドに潜り込むなんてことはないだろう。
しどろもどろしながら言い訳を述べる名無し。彼女はあまり嘘が得意ではないようだが、必死に言い訳をしていた。
恐らく、彼女なりの配慮、だろうか。
まさか魘されながら母を呼んでいた、なんて普通は親しい仲でもなければ、ズケズケと言えることでもないだろう。
ましてや、大の男に対して、だ。
別にいつものことだから気にしてはいなかったが、その名無しの心遣いが何だか擽ったかった。
「…じゃあ、そういうことにしておくか」
「そ、そうなんですってば。」
「じゃあ、今晩は最初から一緒に寝るか?寒いんだろ?」
「へ、」
ほら。顔が赤くなった。
この返しは予想外だったらしく、あーとか、うーとか、オロオロしながら名無しは唸った。
こうなることが分かってて聞いたのは、少し意地が悪かっただろうか。
「べ、別に、いいですよ」
どうしても嘘を突き通すらしい。恥ずかしいのだろう、声が僅かに上擦っていた。
本当に嘘が下手すぎて、逆に笑えてきた。
なんだか、可愛い。
「ククッ…そうかそうか。…ありがとうな」
笑いを噛み殺しながら、名無しの頭をポンポンと撫でた。
少し複雑そうな顔を浮かべたあと、困ったようにはにかんだ笑顔を見て心が少しザワついた。
この感情を、俺はまだ知らない。