spectrum
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
さて。時間はすっかり深夜なわけだが…
今、名無しは大きな問題に直面していた。
「いやいやいやいや…ベッドなんて恐れ多い…私は、一階の事務所のソファで十分ですから…」
「そういう訳にもいかねーだろ、いいから使っとけって」
「いやだってダンテさんが、」
「オレも使うから気にすんな」
「一番そこを気にしてるんですってば!」
spectrum#03
結局、ダンテの部屋のソファで寝ることになった名無し。
一応客室(という名の空き部屋)もあるらしいが、そこにあるソファベッドは埃まみれだった。
「じゃあ、おやすみ」
「お…おやすみなさい」
欠伸を大きくひとつ落とし、ダンテは明かりを消してベッドに入った。
名無しも毛布にくるまって、ダンテに背を向ける形で横になった。
ぼんやりと考えるのは、今日の出来事。
生きていて今まで見ていた黒いモヤのような影は、嫌な感じはしたものの形を成すものではなかった。
精々幽霊か何かだろう。そう思っていた。
それが今日『悪魔』という姿になり、命の危機を感じる程になった。
思い返せば、物心ついたときからアレは見えていた。
その頃からだろうか。
一見黒のように見える双眸は、光が差し込めばホタルガラスのように色を露わにするようになったのは。
そこからは奇妙な出来事がよく起きた。
同じ身寄りのない子供が集まって生活している環境で、監督係の大人達がいたのだが、時折モヤのような黒い影に取り憑かれていた。
大抵そういう日の夜は追いかけられ、捕まり、襲われかけ、命からがらに何とか逃げ出した。
昨晩、襲ってきた男に『どうしたんだい、その怪我』と聞かれた時は心底驚いた。昨晩の出来事を問い詰めてみれば、覚えていないと言うのだ。
取り憑かれるのが男の人ばかりだったので、『女』というシンボルがもしかしたらいけないのかもしれないと思うに至った。
試しに髪を切り、男の子のような格好をすれば、不思議と襲われることは格段に減った。
なんとか特等生で入った高校の頃が一番大変だった。制服だったから必ず女子用の制服を着る必要があったからだ。
学校の帰り道、子供の頃によく見ていた『何かに取り憑かれた』男の人に追いかけられた時は心底怖かった。
それからというものの、目元を隠し、制服以外の時は男のような格好をした。
付きまとってくる黒い影も、奇異の目で見てくる周りの環境も、慣れてしまえば何も感じなくなった。
見ないふりをして、目を閉じて、耳を塞いだ。
傍から見ればそれは不幸なことだったかもしれないが、『こういうものだ』と最初から諦めてしまえば辛さは薄らいだ。
黒い影は気の所為だ。
奇異の目で見られていることも仕方がないことだ。
そう、思っていた。
『全然。凄ェ綺麗だ』
(あんな風に、言われたのなんて、初めて)
見られたくなくて前髪を伸ばした。
それをそっとかき分けられ、瞳を覗き込まれた。
この目を一番気にしているのは自分なのだと自覚させられた気がして、なんだか情けなくて、恥ずかしかった。
それと同時に、綺麗だと言われて。こんなにも嫌いで惨めだった色が初めて認められた気がして無性に泣きたくなった。
何が原因でこちらの世界に来てしまったのかは分からないけれど、悪いことばかりじゃない。そう思えたのは不幸中の幸いだと思った。
それもこれも、少し離れたところで眠るダンテのおかげだろう。
不安なことはまだ沢山あるけれど、今日はいつもより穏やかに眠れそうな気がした。
***
窓ガラスを打ち付ける雨音。
風でカタカタと揺れる窓枠。
名無しが目を覚ましたのは、そのどちらも原因ではなかった。
魘される、声。
上半身を起こし、辺りを見渡せば声の主はすぐ分かった。
「…ダンテさん?」
ベッドに近づき、そっと顔を覗き込む。
魘されながら小さな声で呟く彼の言葉に耳を傾けた。
「――母さん、」
小さく、弱々しい声。まるで、迷子になった子供のような。
痛々しいくらいにシーツを握りしめる手。
そっと重ねて、震える彼の指をゆっくりほどいた。
「…ダンテさん、」
彼のことを、私は何も知らない。
『大丈夫』とも、『起きてください』と無遠慮に声を掛けるのもはばかられた。
汗ばんで張り付いた前髪をそっと払えば、うっすらと開らかれるアイスブルーの瞳。
夢現のぼんやりした視線は、何を捉えているのだろう。
「ダンテさん?」
名無しが名前を呼んだ時だった。
ぐるりと廻る視界。
引っ張られる腕。
しっかりした胸板に彼女は無様に鼻をぶつけた。
寝惚けて、いるのだろうか。
何が起きたのか理解するのに数瞬時間を要した。
背中には柔らかいスプリングの感触。
頬には柔らかい銀髪がふわふわと擽る。
覆い被さるように抱き抱えられたこの体勢は、どう考えても脱出不可能だった。
耳元あたりからすぅすぅと、先ほどと打って変わったように穏やかな寝息が聞こえてくる。恐らく狸寝入りではないとは思うが、ダメ元でそっと声を掛けた。
「…ダンテさん?」
返事はない。
ずっしりだと重たい身体は完全に力が抜けきっていた。
さて。自分の片足はベッドからだらしなく落ちてしまっているが、まぁこの際いいだろう。
恥ずかしい、と言えば恥ずかしい。完全に押し倒されているような体勢だからだ。
かと言って体型から筋肉量まで天地の差がある目の前の青年を起こすほど気力も根気も腕力もない。
早々に諦めて、少しでも心臓の鼓動が落ち着くように、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
(…あったかい)
他人の人肌は、こんなにも温かいものなのだと初めて知った。
すん、と小さく嗅げば、男物のシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。
もう時間はあと少しで明け方だ。
あともう数時間、ちょっと寝苦しいが惰眠を貪ることにしよう。
今、名無しは大きな問題に直面していた。
「いやいやいやいや…ベッドなんて恐れ多い…私は、一階の事務所のソファで十分ですから…」
「そういう訳にもいかねーだろ、いいから使っとけって」
「いやだってダンテさんが、」
「オレも使うから気にすんな」
「一番そこを気にしてるんですってば!」
spectrum#03
結局、ダンテの部屋のソファで寝ることになった名無し。
一応客室(という名の空き部屋)もあるらしいが、そこにあるソファベッドは埃まみれだった。
「じゃあ、おやすみ」
「お…おやすみなさい」
欠伸を大きくひとつ落とし、ダンテは明かりを消してベッドに入った。
名無しも毛布にくるまって、ダンテに背を向ける形で横になった。
ぼんやりと考えるのは、今日の出来事。
生きていて今まで見ていた黒いモヤのような影は、嫌な感じはしたものの形を成すものではなかった。
精々幽霊か何かだろう。そう思っていた。
それが今日『悪魔』という姿になり、命の危機を感じる程になった。
思い返せば、物心ついたときからアレは見えていた。
その頃からだろうか。
一見黒のように見える双眸は、光が差し込めばホタルガラスのように色を露わにするようになったのは。
そこからは奇妙な出来事がよく起きた。
同じ身寄りのない子供が集まって生活している環境で、監督係の大人達がいたのだが、時折モヤのような黒い影に取り憑かれていた。
大抵そういう日の夜は追いかけられ、捕まり、襲われかけ、命からがらに何とか逃げ出した。
昨晩、襲ってきた男に『どうしたんだい、その怪我』と聞かれた時は心底驚いた。昨晩の出来事を問い詰めてみれば、覚えていないと言うのだ。
取り憑かれるのが男の人ばかりだったので、『女』というシンボルがもしかしたらいけないのかもしれないと思うに至った。
試しに髪を切り、男の子のような格好をすれば、不思議と襲われることは格段に減った。
なんとか特等生で入った高校の頃が一番大変だった。制服だったから必ず女子用の制服を着る必要があったからだ。
学校の帰り道、子供の頃によく見ていた『何かに取り憑かれた』男の人に追いかけられた時は心底怖かった。
それからというものの、目元を隠し、制服以外の時は男のような格好をした。
付きまとってくる黒い影も、奇異の目で見てくる周りの環境も、慣れてしまえば何も感じなくなった。
見ないふりをして、目を閉じて、耳を塞いだ。
傍から見ればそれは不幸なことだったかもしれないが、『こういうものだ』と最初から諦めてしまえば辛さは薄らいだ。
黒い影は気の所為だ。
奇異の目で見られていることも仕方がないことだ。
そう、思っていた。
『全然。凄ェ綺麗だ』
(あんな風に、言われたのなんて、初めて)
見られたくなくて前髪を伸ばした。
それをそっとかき分けられ、瞳を覗き込まれた。
この目を一番気にしているのは自分なのだと自覚させられた気がして、なんだか情けなくて、恥ずかしかった。
それと同時に、綺麗だと言われて。こんなにも嫌いで惨めだった色が初めて認められた気がして無性に泣きたくなった。
何が原因でこちらの世界に来てしまったのかは分からないけれど、悪いことばかりじゃない。そう思えたのは不幸中の幸いだと思った。
それもこれも、少し離れたところで眠るダンテのおかげだろう。
不安なことはまだ沢山あるけれど、今日はいつもより穏やかに眠れそうな気がした。
***
窓ガラスを打ち付ける雨音。
風でカタカタと揺れる窓枠。
名無しが目を覚ましたのは、そのどちらも原因ではなかった。
魘される、声。
上半身を起こし、辺りを見渡せば声の主はすぐ分かった。
「…ダンテさん?」
ベッドに近づき、そっと顔を覗き込む。
魘されながら小さな声で呟く彼の言葉に耳を傾けた。
「――母さん、」
小さく、弱々しい声。まるで、迷子になった子供のような。
痛々しいくらいにシーツを握りしめる手。
そっと重ねて、震える彼の指をゆっくりほどいた。
「…ダンテさん、」
彼のことを、私は何も知らない。
『大丈夫』とも、『起きてください』と無遠慮に声を掛けるのもはばかられた。
汗ばんで張り付いた前髪をそっと払えば、うっすらと開らかれるアイスブルーの瞳。
夢現のぼんやりした視線は、何を捉えているのだろう。
「ダンテさん?」
名無しが名前を呼んだ時だった。
ぐるりと廻る視界。
引っ張られる腕。
しっかりした胸板に彼女は無様に鼻をぶつけた。
寝惚けて、いるのだろうか。
何が起きたのか理解するのに数瞬時間を要した。
背中には柔らかいスプリングの感触。
頬には柔らかい銀髪がふわふわと擽る。
覆い被さるように抱き抱えられたこの体勢は、どう考えても脱出不可能だった。
耳元あたりからすぅすぅと、先ほどと打って変わったように穏やかな寝息が聞こえてくる。恐らく狸寝入りではないとは思うが、ダメ元でそっと声を掛けた。
「…ダンテさん?」
返事はない。
ずっしりだと重たい身体は完全に力が抜けきっていた。
さて。自分の片足はベッドからだらしなく落ちてしまっているが、まぁこの際いいだろう。
恥ずかしい、と言えば恥ずかしい。完全に押し倒されているような体勢だからだ。
かと言って体型から筋肉量まで天地の差がある目の前の青年を起こすほど気力も根気も腕力もない。
早々に諦めて、少しでも心臓の鼓動が落ち着くように、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
(…あったかい)
他人の人肌は、こんなにも温かいものなのだと初めて知った。
すん、と小さく嗅げば、男物のシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。
もう時間はあと少しで明け方だ。
あともう数時間、ちょっと寝苦しいが惰眠を貪ることにしよう。