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逃げたアスモデウスを仕留めたまではよかった。
切り裂かれた腹からの出血が、止まらない。
あぁ、マズった。
剣を振るっていた時は怒りで気にもしていなかったのに、今になって痛みが増しているような気がした。
人気の無い路地裏にズルズルと座り込めば、一瞬にして血の水溜りが出来る。
こんなに深手を負ったのは久しぶりだ。
絶え絶えになりそうな呼吸を繰り返し、ダンテはそっと目を閉じた。
彼女に、会いたい。
spectrum#13
――ンテ、
んだよ、煩いな。
――ダ…テさ…
休んでるんだってば。見ればわかるだろ。
――ダンテさん、
あぁ、くたびれてるんだな。名無しの声が幻聴で聞こえる。
「ダンテさん!」
気だるく目を開けば、顔面蒼白の彼女が半月を背負ってそこにいた。
ビルの隙間へ柔らかく射しこむ光は、優しく彼女の姿を逆光に包む。
「…幻聴だけじゃなくて、幻覚まで見えてきた」
「いますよ、ここに、」
泣きそうな顔でくしゃくしゃに笑う名無し。
声が、震えていた。
「何でここにいるんだよ…」
「え。…えっと、」
「お前が連れてきたのか、ケルベロス」
名無しの傍で行儀よく座っていた異形の大型犬をジロリと見れば、ぷいっと反抗的にそっぽを向かれた。オイ、誰が主人だと思ってんだ。
「我を起こしたのはあの女だ」
「トリッシュのヤツ…。やり方は、見当ついているしな。帰ったら説教だ」
しっしと手で追い立てれば、呆れたようにケルベロスは帰っていった。
夜闇に溶ける氷の獣が見えなくなるのを確認して、ダンテは小さくため息を吐いた。
「お前もお前だ、名無し。まだフラフラのくせに、勝手に外に、」
彼女へ視線を戻せば、ダンテは続ける言葉を見失った。
宝石のような大きな瞳からボロボロと大粒の涙が溢れていた。
嗚咽も零さず、静かに。
「あ、あれ、なんか、起きて、喋ってるダンテさん見たら、勝手に」
すみません、すぐ止めますから。
そう言って、彼女が着ていた俺のコートで雑に目元をゴシゴシと拭う。
が、ダムが決壊したようにあふれる粒は止まる気配がない。むしろ目元が赤く擦れて逆に痛々しい。
「泣き虫かよ」
辛うじてあまり血で汚れていない左手でそっと涙を指で掬えば、吸い込まれるように指先に消えた。
一瞬驚いたが、そう言えば先程肉塊にしてやった悪魔が言っていたことを思い出す。
魔力を帯びた血液。仮に体の一部が悪魔にとってご馳走だというならば。
半魔であることが、誇りに思ったことは正直あまり多くなかった。
むしろ悪魔であることを自覚させられることが多く、嫌なことの方が人生では多かった。
「なぁ」
「は、い」
「あの時、何で俺だって分かったんだ?」
投げつけられた彼女を抱き留めた時。
迷うことなく名無しは俺の名前を呼んだ。
初めて見せてしまった恐ろしい姿。
悪魔に対して恐怖を抱く彼女には、見られたくなかった姿。
どうして見られたくなかったのか、と自問自答する必要はなかった。
理由は簡単。名無しに怖がられたくなかったから。
嫌われたく、なかった。
彼女の怯えた目を、見たくなかったのだ。
「なんで、でしょう。よく分からないん、です。多分、怖くなかった、からだと…思います」
「いや、あの姿は普通に怖いだろ」
「私は、怖く、なかったです」
ダンテさんだったから、でしょうか。
くしゃくしゃに泣きながら、彼女は困ったように笑う。
――あぁ、本当に、彼女は。
悪魔でもある自分を、受け入れられた。…気がした。
それはずっと心の隅に追いやって見ないふりをして、埃をかぶった黒い部分をそっと優しく救い上げられたような気分だった。
「名無し、」
「は、はい」
「やっぱり泣き止まなくていい。こっち、こい」
彼女が血濡れになるのも気にせず、思い切り抱きしめる。
数時間前にベッドへ置いてきた時より随分温かくなった体温を感じて、安心したようにほっと息をついた。
「傷に障りますよ、ダンテさん、」
「あぁ、血で汚れるの嫌だったか」
「そうじゃ、ないですけど」
「なぁ」
「はい?」
「悪魔にとって、お前の体の一部はご馳走らしいぞ」
「らしい、ですね」
どこか他人事のように、嗚咽を押し殺しながら相変わらず涙を雑に拭う名無し。目元はすっかり赤く擦れてしまっていた。
「貰うぞ」
「へ、」
目尻から溢れる涙を、舌で舐めた。
…なるほど。あの悪魔が言っていたことが、理解したくはないが分かった気がする。
魔人化で枯渇していた魔力が元通りになろうとしていた。
それに比例するように、深手を負っていた傷が中からジクジクと治ってきているのもよく分かる。
効果はテキメンらしい。
が、肝心の涙をこぼしていた名無しが、ピタリと泣き止んでしまった。
驚いたように目を丸くして、過去最高に顔を真っ赤に染めていた。風呂を覗いてしまった事故の時以上に顔が赤い。
「あ、あ、あの、」
「涙、止めるなよ。体液はご馳走なんだからよ」
「すみません、じゃなくて!いま、めもと、舐め、」
オロオロと挙動不審になる彼女が、あまりにも可愛くて。
――あぁ、もう。後で彼女にこっぴどく叱られても、構わない。
「名無し、」
「な、なんです、」
か。
そう続けられるはずだった言葉を、唇で塞ぐ。
彼女の顔をゼロに近い至近距離で見れば、黒い瞳に灯る青と緑の煌めきが視界に入った。
やっぱり、綺麗だな。
内心ぽつりと呟き、時々角度を変えながら何度も柔らかく口付ける。
最初は可愛らしいバードキスが、少しずつ唇を食んで、深く深く貪っていく。
息の仕方が分からないのか、時々息継ぎをするように呼吸をする名無しが可愛くて仕方がなかった。
そんなことはお構いなしに、もっと深く、唇を重ね合わせる。
名無しの唇を割って舌をねじ込めば、暖かい口内が柔らかく包みこんだ。
突然の舌の侵入に驚いたのか、鼻にかかったような声が僅かに漏れる。甘い、甘い声。
彼女の柔らかな舌を追いかけて絡み取れば、固く閉じられた瞼がふるりと震えた。
彼女の唾液ですら、魔力の供給源になるらしい。傷は殆ど塞がっていた。
けれど、まだ唇は離されない。
厚すぎず、薄すぎない柔らかい唇も、甘くて柔らかい口内も、時々こぼれる可愛らしい声も。
ダンテにとって全て媚薬のように感じた。
名残惜しく唇を離せば、糸のように一筋銀糸が繋がり、ぷつりと切れる。
熱に浮かされたようにトロリと溶けた名無しの表情は、まさに煽情的だった。
あぁ。また口付けしたくなってきた。
傷はすっかり塞がったのに、まだ足りない。
悪魔としての本能か、それとも男としての本能か。…恐らく、両方だろう。
「エロい顔。」
「だ、ダンテさんが…っ、その、いきなり、………き………きす、するから」
「初めてだったか?」
冗談半分で訊ねれば、この上なく顔を赤くして俯いてしまった。
図星。だったらしい。
それは悪い事をした。
すまなかった。
色々言葉は浮かぶが、真っ先に出てきたのは、
「光栄だな。名無しの初めて奪っちまえて」
「普通、こういうのは、同意の上なんじゃ、」
「嫌だったか?」
我ながら意地悪な質問だと思う。
そう訊けば、彼女は本音だろうが建前だろうが、絶対にNoとは答えられないのを知ってて質問している。
「な、なんか、変なんです」
「何がだ?」
YesでもNoでもない、予想の斜め上の返答に僅かに首を傾げた。
「ふわふわして、ぼやっとして、その、」
ぎゅっと小さく握られたコートの裾。
ぽつりと恥ずかしそうに、彼女はとんでもない一言を爆撃してきた。
「…………も、もう、一回」
さようなら俺の理性。
こんなの、断れるはずがなかった。
真っ二つに割れたような月の光が、もう一度重なる影を柔らかく照らした。
切り裂かれた腹からの出血が、止まらない。
あぁ、マズった。
剣を振るっていた時は怒りで気にもしていなかったのに、今になって痛みが増しているような気がした。
人気の無い路地裏にズルズルと座り込めば、一瞬にして血の水溜りが出来る。
こんなに深手を負ったのは久しぶりだ。
絶え絶えになりそうな呼吸を繰り返し、ダンテはそっと目を閉じた。
彼女に、会いたい。
spectrum#13
――ンテ、
んだよ、煩いな。
――ダ…テさ…
休んでるんだってば。見ればわかるだろ。
――ダンテさん、
あぁ、くたびれてるんだな。名無しの声が幻聴で聞こえる。
「ダンテさん!」
気だるく目を開けば、顔面蒼白の彼女が半月を背負ってそこにいた。
ビルの隙間へ柔らかく射しこむ光は、優しく彼女の姿を逆光に包む。
「…幻聴だけじゃなくて、幻覚まで見えてきた」
「いますよ、ここに、」
泣きそうな顔でくしゃくしゃに笑う名無し。
声が、震えていた。
「何でここにいるんだよ…」
「え。…えっと、」
「お前が連れてきたのか、ケルベロス」
名無しの傍で行儀よく座っていた異形の大型犬をジロリと見れば、ぷいっと反抗的にそっぽを向かれた。オイ、誰が主人だと思ってんだ。
「我を起こしたのはあの女だ」
「トリッシュのヤツ…。やり方は、見当ついているしな。帰ったら説教だ」
しっしと手で追い立てれば、呆れたようにケルベロスは帰っていった。
夜闇に溶ける氷の獣が見えなくなるのを確認して、ダンテは小さくため息を吐いた。
「お前もお前だ、名無し。まだフラフラのくせに、勝手に外に、」
彼女へ視線を戻せば、ダンテは続ける言葉を見失った。
宝石のような大きな瞳からボロボロと大粒の涙が溢れていた。
嗚咽も零さず、静かに。
「あ、あれ、なんか、起きて、喋ってるダンテさん見たら、勝手に」
すみません、すぐ止めますから。
そう言って、彼女が着ていた俺のコートで雑に目元をゴシゴシと拭う。
が、ダムが決壊したようにあふれる粒は止まる気配がない。むしろ目元が赤く擦れて逆に痛々しい。
「泣き虫かよ」
辛うじてあまり血で汚れていない左手でそっと涙を指で掬えば、吸い込まれるように指先に消えた。
一瞬驚いたが、そう言えば先程肉塊にしてやった悪魔が言っていたことを思い出す。
魔力を帯びた血液。仮に体の一部が悪魔にとってご馳走だというならば。
半魔であることが、誇りに思ったことは正直あまり多くなかった。
むしろ悪魔であることを自覚させられることが多く、嫌なことの方が人生では多かった。
「なぁ」
「は、い」
「あの時、何で俺だって分かったんだ?」
投げつけられた彼女を抱き留めた時。
迷うことなく名無しは俺の名前を呼んだ。
初めて見せてしまった恐ろしい姿。
悪魔に対して恐怖を抱く彼女には、見られたくなかった姿。
どうして見られたくなかったのか、と自問自答する必要はなかった。
理由は簡単。名無しに怖がられたくなかったから。
嫌われたく、なかった。
彼女の怯えた目を、見たくなかったのだ。
「なんで、でしょう。よく分からないん、です。多分、怖くなかった、からだと…思います」
「いや、あの姿は普通に怖いだろ」
「私は、怖く、なかったです」
ダンテさんだったから、でしょうか。
くしゃくしゃに泣きながら、彼女は困ったように笑う。
――あぁ、本当に、彼女は。
悪魔でもある自分を、受け入れられた。…気がした。
それはずっと心の隅に追いやって見ないふりをして、埃をかぶった黒い部分をそっと優しく救い上げられたような気分だった。
「名無し、」
「は、はい」
「やっぱり泣き止まなくていい。こっち、こい」
彼女が血濡れになるのも気にせず、思い切り抱きしめる。
数時間前にベッドへ置いてきた時より随分温かくなった体温を感じて、安心したようにほっと息をついた。
「傷に障りますよ、ダンテさん、」
「あぁ、血で汚れるの嫌だったか」
「そうじゃ、ないですけど」
「なぁ」
「はい?」
「悪魔にとって、お前の体の一部はご馳走らしいぞ」
「らしい、ですね」
どこか他人事のように、嗚咽を押し殺しながら相変わらず涙を雑に拭う名無し。目元はすっかり赤く擦れてしまっていた。
「貰うぞ」
「へ、」
目尻から溢れる涙を、舌で舐めた。
…なるほど。あの悪魔が言っていたことが、理解したくはないが分かった気がする。
魔人化で枯渇していた魔力が元通りになろうとしていた。
それに比例するように、深手を負っていた傷が中からジクジクと治ってきているのもよく分かる。
効果はテキメンらしい。
が、肝心の涙をこぼしていた名無しが、ピタリと泣き止んでしまった。
驚いたように目を丸くして、過去最高に顔を真っ赤に染めていた。風呂を覗いてしまった事故の時以上に顔が赤い。
「あ、あ、あの、」
「涙、止めるなよ。体液はご馳走なんだからよ」
「すみません、じゃなくて!いま、めもと、舐め、」
オロオロと挙動不審になる彼女が、あまりにも可愛くて。
――あぁ、もう。後で彼女にこっぴどく叱られても、構わない。
「名無し、」
「な、なんです、」
か。
そう続けられるはずだった言葉を、唇で塞ぐ。
彼女の顔をゼロに近い至近距離で見れば、黒い瞳に灯る青と緑の煌めきが視界に入った。
やっぱり、綺麗だな。
内心ぽつりと呟き、時々角度を変えながら何度も柔らかく口付ける。
最初は可愛らしいバードキスが、少しずつ唇を食んで、深く深く貪っていく。
息の仕方が分からないのか、時々息継ぎをするように呼吸をする名無しが可愛くて仕方がなかった。
そんなことはお構いなしに、もっと深く、唇を重ね合わせる。
名無しの唇を割って舌をねじ込めば、暖かい口内が柔らかく包みこんだ。
突然の舌の侵入に驚いたのか、鼻にかかったような声が僅かに漏れる。甘い、甘い声。
彼女の柔らかな舌を追いかけて絡み取れば、固く閉じられた瞼がふるりと震えた。
彼女の唾液ですら、魔力の供給源になるらしい。傷は殆ど塞がっていた。
けれど、まだ唇は離されない。
厚すぎず、薄すぎない柔らかい唇も、甘くて柔らかい口内も、時々こぼれる可愛らしい声も。
ダンテにとって全て媚薬のように感じた。
名残惜しく唇を離せば、糸のように一筋銀糸が繋がり、ぷつりと切れる。
熱に浮かされたようにトロリと溶けた名無しの表情は、まさに煽情的だった。
あぁ。また口付けしたくなってきた。
傷はすっかり塞がったのに、まだ足りない。
悪魔としての本能か、それとも男としての本能か。…恐らく、両方だろう。
「エロい顔。」
「だ、ダンテさんが…っ、その、いきなり、………き………きす、するから」
「初めてだったか?」
冗談半分で訊ねれば、この上なく顔を赤くして俯いてしまった。
図星。だったらしい。
それは悪い事をした。
すまなかった。
色々言葉は浮かぶが、真っ先に出てきたのは、
「光栄だな。名無しの初めて奪っちまえて」
「普通、こういうのは、同意の上なんじゃ、」
「嫌だったか?」
我ながら意地悪な質問だと思う。
そう訊けば、彼女は本音だろうが建前だろうが、絶対にNoとは答えられないのを知ってて質問している。
「な、なんか、変なんです」
「何がだ?」
YesでもNoでもない、予想の斜め上の返答に僅かに首を傾げた。
「ふわふわして、ぼやっとして、その、」
ぎゅっと小さく握られたコートの裾。
ぽつりと恥ずかしそうに、彼女はとんでもない一言を爆撃してきた。
「…………も、もう、一回」
さようなら俺の理性。
こんなの、断れるはずがなかった。
真っ二つに割れたような月の光が、もう一度重なる影を柔らかく照らした。