spectrum
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
眠っていた間に見た夢は、悪夢に近かった。
貴方が、赤に沈む光景。
spectrum#12
飛び起きれば、くらりと歪む世界。
目眩とはまさにこういうことなのだろう。
割れそうなくらいの頭痛に耐えきれず、頭をつい抑えた。
「大丈夫?」
涼やかな声。
背中をそっと支えてきたのは、細くて白い腕。
「トリッシュ、さん?」
「あら。覚えてくれていたのね、名無し」
金髪ブロンドを軽く揺らし、とても綺麗に彼女は微笑む。
嬉しそうにトロリと細めた目元は、ダンテそっくりのアイスブルーの瞳だった。
「目元、隠すために前髪伸ばしていたのね。悪いことをしたわ。ごめんなさいね」
「あ…いえ、大丈夫です。少し、ビックリしましたけど…」
違和感、だ。
この落ち着かない胸騒ぎ。
未だにバクバクと音を立てる心臓が落ち着く気配がないのだ。
「あの、」
「大人しく横になっていなさい。貴方、死ぬギリギリまで血を吸われたんだから」
「……ダンテさんは?」
問えば、ピクリと濡れタオルを作っていたトリッシュの手が止まる。
それは一瞬だけだったが、名無しは見逃さなかった。
「少し、野暮用よ」
「どこに行ったんですか、教えてください」
『野暮用』の内容はおおよそ検討がついた。
私を襲った、あの悪魔の元へだろう。
「聞いてどうするの?貴方はただの人間よ。足でまといになるだけじゃない」
「確かに、何も出来ないと思います。それでも、知らないのは嫌なんです」
私は、非力な人間だ。
血肉が悪魔に好まれようと、変な目を持っていようと、戦う術がないただの小娘。
それでも、
「知らなかったからなんて、理由にならない」
「見たの?彼の、もうひとつの姿」
もうひとつの姿。
コートに覆われる前に一瞬見た彼。
深紅の鱗に覆われた異形の姿。
それは名無しを襲ったアスモデウスとどこか似たような雰囲気はあったが、纏う雰囲気は別物だった。
少し刺々した空気を纏っていたが、紛れもなくダンテだと直感で分かった。理由は、分からないけれど。
「いつもの姿に戻った時…泣きそうな顔を、してたんです」
見るな。見ないで、くれ。
彼はコート越しにそう嘆願するように言った。
いつも軽い調子を崩さない声音が、震えていたのだ。
あぁ、私は、彼の触れられたくない柔らかい部分へ無遠慮に触れてしまったのだ。
謝らなければ。
そう思ったのにあの場で言葉に出来なかった。
謝るのは、少し違うような気がしたからだ。
今ならきっと、言葉にできる。
「それに、さっきからザワザワして落ち着かないんです。…嫌な、夢を見て、」
「夢?」
「…ダンテさんが、路地裏で…」
言葉は、続かなかった。
夢であって欲しい。そう願うのに、どうしてもそれが現実のような気がしてならないのだ。
「それは、恐らく夢じゃない。
『星天の瞳』はそもそも未来を視るための魔界の道具だったの。
…ダンテの父親が2000年前に魔界から持ち出して、それから行方知らずだった」
「未来を、」
「ただ未完成の代物だったから未来が視えるなんて眉唾だったかもしれないわ。それでも、持ち主の名無しがそう感じるならきっとそれは現実でしょうね」
現実。
どうしよう。
それが今もし起きているとしたら。
冷たい指先が更に冷たくなっていくような、気がした。
血の気が引くとはまさにこのことだ。
――ダメだ。泣くな、これしきで。
「私はここを絶対に動くな、名無しを見てろって言いつけられているのよね」
さて困ったわ、と言いたげにチラリと壁に掛けられた水色のヌンチャクを見やるトリッシュ。
氷のような冷々とした色をした三又の武具を一瞥したあと、ベッドへ体をグッと乗り出した。
「少し、痛いかもしれないけれどいいかしら?」
反射的に首を縦に振った。
彼を、助けられるならなんだっていい。
「OK。ダンテにバレると煩いから。袖の見えない所にするわ」
三又棍を掴み、先端の鋭い部分を腕に押しつけられる。
ぷつりと皮膚が切れた感覚に思わず眉を顰めた。大丈夫だ、これくらいなら。
血を受けたヌンチャクは冷たい光を放ち、異形の姿へ変える。
首が三つ。それぞれ赤と緑と青の瞳をした、大型犬の姿に。
「今の血は、」
「この子のよ」
低い、低い声。
地を這うような掠れた声の主が、この目の前の大型犬から発せられていることはすぐに分かった。
これが、悪魔だということも。
「この小娘、」
「ダンテのよ。勝手に手を出したら怒られるわ」
三対の双眸がこちらを見遣った。
思わず身を固くするが、「大丈夫よ。彼は義理堅い性格だから」とトリッシュが言いながら腕に包帯とガーゼを巻いてくれる。
「元通り具現化する程の魔力か。魔力だけは人間離れしている小娘よ」
「ケルベロス、ダンテの匂いは辿れるかしら?」
「無論だ」
「…だそうよ。名無し、迎えに行ってあげなさい」
「へ、」
思わず変な声が漏れてしまった。
だって、
「トリッシュさん、だって、私を見てろって」
「そうよ。『見てろ』って言われただけだもの。絶対に外へ出すな、とは言われていないわ」
悪戯っぽくウインクをして見せる彼女は、どこかダンテに似ていた。もしかしたら、姉なのかもしれない。
「ケルベロスの背中は寒いから。ダンテのコートでも拝借しなさい」
「…大きい。」
「しっかり前も閉じて。ゴワゴワするけど、我慢しなさい。今度、ダンテにコートでも買ってもらいなさい」
クスクスと笑いながらトリッシュが目元を柔らかく細める。
彼にはよく似合っていた真っ赤なコートは、何だか私には不釣り合いな気がしてならなかった。
「小娘、名は?」
「名無しです」
「名無しか。振り落とされるなよ。病み上がりだからな、加減はするが」
「お…おてやわらかに、お願いします」
乗れ、と言わんばかりに背を低くするケルベロス。
恐る恐る背に乗れば、確かにヒヤリとした感覚だ。ゴツゴツと彼が纏うこれは本物の氷だった。
「名無し、」
「?、はい」
「ダンテを頼んだわよ」
トリッシュの言葉に、大きく頷く。
「…はい!」
満身創痍。首筋は痛いし、貧血でフラフラするし、さっき切った腕も少し痛い。
それでも私は『行かない』という選択肢が出てこなかった。
彼を、迎えに行かなければ。
貴方が、赤に沈む光景。
spectrum#12
飛び起きれば、くらりと歪む世界。
目眩とはまさにこういうことなのだろう。
割れそうなくらいの頭痛に耐えきれず、頭をつい抑えた。
「大丈夫?」
涼やかな声。
背中をそっと支えてきたのは、細くて白い腕。
「トリッシュ、さん?」
「あら。覚えてくれていたのね、名無し」
金髪ブロンドを軽く揺らし、とても綺麗に彼女は微笑む。
嬉しそうにトロリと細めた目元は、ダンテそっくりのアイスブルーの瞳だった。
「目元、隠すために前髪伸ばしていたのね。悪いことをしたわ。ごめんなさいね」
「あ…いえ、大丈夫です。少し、ビックリしましたけど…」
違和感、だ。
この落ち着かない胸騒ぎ。
未だにバクバクと音を立てる心臓が落ち着く気配がないのだ。
「あの、」
「大人しく横になっていなさい。貴方、死ぬギリギリまで血を吸われたんだから」
「……ダンテさんは?」
問えば、ピクリと濡れタオルを作っていたトリッシュの手が止まる。
それは一瞬だけだったが、名無しは見逃さなかった。
「少し、野暮用よ」
「どこに行ったんですか、教えてください」
『野暮用』の内容はおおよそ検討がついた。
私を襲った、あの悪魔の元へだろう。
「聞いてどうするの?貴方はただの人間よ。足でまといになるだけじゃない」
「確かに、何も出来ないと思います。それでも、知らないのは嫌なんです」
私は、非力な人間だ。
血肉が悪魔に好まれようと、変な目を持っていようと、戦う術がないただの小娘。
それでも、
「知らなかったからなんて、理由にならない」
「見たの?彼の、もうひとつの姿」
もうひとつの姿。
コートに覆われる前に一瞬見た彼。
深紅の鱗に覆われた異形の姿。
それは名無しを襲ったアスモデウスとどこか似たような雰囲気はあったが、纏う雰囲気は別物だった。
少し刺々した空気を纏っていたが、紛れもなくダンテだと直感で分かった。理由は、分からないけれど。
「いつもの姿に戻った時…泣きそうな顔を、してたんです」
見るな。見ないで、くれ。
彼はコート越しにそう嘆願するように言った。
いつも軽い調子を崩さない声音が、震えていたのだ。
あぁ、私は、彼の触れられたくない柔らかい部分へ無遠慮に触れてしまったのだ。
謝らなければ。
そう思ったのにあの場で言葉に出来なかった。
謝るのは、少し違うような気がしたからだ。
今ならきっと、言葉にできる。
「それに、さっきからザワザワして落ち着かないんです。…嫌な、夢を見て、」
「夢?」
「…ダンテさんが、路地裏で…」
言葉は、続かなかった。
夢であって欲しい。そう願うのに、どうしてもそれが現実のような気がしてならないのだ。
「それは、恐らく夢じゃない。
『星天の瞳』はそもそも未来を視るための魔界の道具だったの。
…ダンテの父親が2000年前に魔界から持ち出して、それから行方知らずだった」
「未来を、」
「ただ未完成の代物だったから未来が視えるなんて眉唾だったかもしれないわ。それでも、持ち主の名無しがそう感じるならきっとそれは現実でしょうね」
現実。
どうしよう。
それが今もし起きているとしたら。
冷たい指先が更に冷たくなっていくような、気がした。
血の気が引くとはまさにこのことだ。
――ダメだ。泣くな、これしきで。
「私はここを絶対に動くな、名無しを見てろって言いつけられているのよね」
さて困ったわ、と言いたげにチラリと壁に掛けられた水色のヌンチャクを見やるトリッシュ。
氷のような冷々とした色をした三又の武具を一瞥したあと、ベッドへ体をグッと乗り出した。
「少し、痛いかもしれないけれどいいかしら?」
反射的に首を縦に振った。
彼を、助けられるならなんだっていい。
「OK。ダンテにバレると煩いから。袖の見えない所にするわ」
三又棍を掴み、先端の鋭い部分を腕に押しつけられる。
ぷつりと皮膚が切れた感覚に思わず眉を顰めた。大丈夫だ、これくらいなら。
血を受けたヌンチャクは冷たい光を放ち、異形の姿へ変える。
首が三つ。それぞれ赤と緑と青の瞳をした、大型犬の姿に。
「今の血は、」
「この子のよ」
低い、低い声。
地を這うような掠れた声の主が、この目の前の大型犬から発せられていることはすぐに分かった。
これが、悪魔だということも。
「この小娘、」
「ダンテのよ。勝手に手を出したら怒られるわ」
三対の双眸がこちらを見遣った。
思わず身を固くするが、「大丈夫よ。彼は義理堅い性格だから」とトリッシュが言いながら腕に包帯とガーゼを巻いてくれる。
「元通り具現化する程の魔力か。魔力だけは人間離れしている小娘よ」
「ケルベロス、ダンテの匂いは辿れるかしら?」
「無論だ」
「…だそうよ。名無し、迎えに行ってあげなさい」
「へ、」
思わず変な声が漏れてしまった。
だって、
「トリッシュさん、だって、私を見てろって」
「そうよ。『見てろ』って言われただけだもの。絶対に外へ出すな、とは言われていないわ」
悪戯っぽくウインクをして見せる彼女は、どこかダンテに似ていた。もしかしたら、姉なのかもしれない。
「ケルベロスの背中は寒いから。ダンテのコートでも拝借しなさい」
「…大きい。」
「しっかり前も閉じて。ゴワゴワするけど、我慢しなさい。今度、ダンテにコートでも買ってもらいなさい」
クスクスと笑いながらトリッシュが目元を柔らかく細める。
彼にはよく似合っていた真っ赤なコートは、何だか私には不釣り合いな気がしてならなかった。
「小娘、名は?」
「名無しです」
「名無しか。振り落とされるなよ。病み上がりだからな、加減はするが」
「お…おてやわらかに、お願いします」
乗れ、と言わんばかりに背を低くするケルベロス。
恐る恐る背に乗れば、確かにヒヤリとした感覚だ。ゴツゴツと彼が纏うこれは本物の氷だった。
「名無し、」
「?、はい」
「ダンテを頼んだわよ」
トリッシュの言葉に、大きく頷く。
「…はい!」
満身創痍。首筋は痛いし、貧血でフラフラするし、さっき切った腕も少し痛い。
それでも私は『行かない』という選択肢が出てこなかった。
彼を、迎えに行かなければ。