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その男は至極不機嫌だった。
用事があるなら向こうが赴くべきだ。なぜ自分が、あの薄汚い事務所に行かなければ行けないのか、と。
資料の入ったアタッシュケースを片手に来客用のドアノックすら使わず、無遠慮にダンテの事務所に押し入った。
spectrum#09
「あ…いらっしゃいま……せ?」
明るい、女の声。
言葉尻が疑問形なのは、恐らく自分の風貌を見たからだろう。
心底不本意ながら、ダンテと瓜二つの顔だ。一卵性の双子なのだから仕方ないと言えばそうなのだが、お互いこの点に関しては両親を少し疎ましく思った。せめて二卵性双生児がよかった。
埃っぽい、自分からしたらゴミ屋敷に近い事務所は掃除が行き届き、空気を入れ替えるためか窓は開け放たれていた。
乱雑に配置されたビリヤード台などはきちんと真っ直ぐ置かれ、れっきとしたインテリアとして生まれ変わったようにも見えた。
恐らく目の前の少女の仕業か。
アジア系の幼い顔立ち。あまり日に当たっていない生白い肌。ダンテとそう変わらないくらいの長さの黒髪。
何より気になったのは、蒼と翠の硝子を混ぜたような瞳と、
「あの…」
黙っている自分を、不安げに見上げてくる少女。遠慮がちに声をかけられ我に返った。
「ダンテはいるか」
「は、はい。ソファでお待ちください」
ピンと伸びる背筋。拭き掃除をしていたのだろう、清潔そうな台拭きをキッチンに置き、少女が二階へ掛けて行った。
…まさか人を呼び出しておいてまだ寝てる訳では、
「だ、ダンテさん!早く起きてください、お客様ですよ!」
やはり寝ていたのか。
はぁ、と重い溜息をついて、眉間を押さえる。
少女がいなければ容赦なくダンテに向けて刃を突きつけるところだが、見たところただの一般人がいるところでは流石にやめておいた。
程なくして少女が困ったような顔で階段を降りてくる。眺めの前髪が階段を下りるたびに軽やかに揺れた。
「す、すみません、すぐ用意されると思うので…」
「いつものことだ。構わん」
彼女のことではないのに、申し訳なさそうに謝ってくる。全ては愚弟のせいだというのに、心底呆れてしまった。
「コーヒー、すぐにお持ちしますね」
「…待て。」
咄嗟に掴んだ、彼女の手。
先程から違和感を感じていた。悪魔とは違う、魔力の気配。
触れて分かった。この気配は、彼女からだ。
「?…あ、あの」
「…お前は、」
「なーに口説いてんだ、バージル」
不愉快な声。
欠伸を呑気にしながら、忌々しい愚弟・ダンテは悠々と階段を降りてやってきた。
掴んだ少女の手を離し、ダンテを睨みつける。
「遅い。」
「仕方ねぇだろ、ここ最近事務所の周りに毎夜毎夜熱烈なファンがわいて出るんだからよ」
何の、とは問わなかった。
この男に喧嘩を売りつける相手は、悪魔くらいなものだ。
「言い訳か?」
「労るくらいして欲しいもんだね。カワイイ弟が大変だっていうのによ」
「あ。お兄さんだったんですね、どうりで」
少女が合点がいったように笑う。
その言葉にダンテは苦笑いし、俺は押し黙った。双子と言えども、お互い身内認定されるのは些か複雑だった。
「まぁな。名無し、コーヒー頼むわ」
「はい!」
明るい返事をひとつ、少女はキッチンに向かった。
ダンテが怠そうに向かいのソファへ座る。本当に寝不足なのだろう。大きな欠伸をひとつ零した。
「用件はなんだ」
「名無しのことだよ」
ダンテは名無しを拾った経緯を掻い摘んで話した。彼女のまとう妙な気配と、来た時期と同時に低級悪魔が事務所に寄り付いてきていること。
「んで、アンタに事務所に結界張ってもらおうかと思ってな」
「貴様がすればいいだろう」
「そういうの才能ないの分かって言ってるだろ」
「報酬は?」
そう問えば、暫く考え込むダンテ。
特に考えていなかったのか。そもそも無報酬でさせようというのが虫のいい話だ。
「本格的なニホン食ディナー、ってのはどうだ?」
…悪くない条件だ。しかし彼がそんな店を知っているとは思えないが。
「…………………仕方あるまい」
「よし、じゃあコーヒーでも飲んだら始めるとするか」
豆のいい香りが事務所に広がっている。
いつもはインスタントコーヒーすらまともに出ないというのに、まさかこの事務所できちんとした接客をされる日が来るとは。
バージルはソファに座り直し、感慨深そうに溜息をゆっくりとついた。
***
「まさかここでの食事になるとは」
「言っただろ?本格的なニホン食ディナー、って」
この間初めて食ったけど悪くねーな、と言いながらダンテは鯖の塩焼きを頬張った。
味噌汁、鯖の塩焼き、ほうれん草のおひたしに、ひじきの煮物、肉じゃがのメニューだ。
確かに和食だが、まさか彼女が作った食事とは。
「あの、お口に合わなかったらすみません…」
おろおろと困ったように謝る名無し。
何も悪いことをしていないのに、すぐ謝罪の言葉が日本人は出ると聞いていたがまさにその通りだった。
「…頂こう」
味噌汁を混ぜ、一口口に含める。
…美味い。
「悪くない」
そう答えれば、ほっと胸をなでおろす名無し。
緊張していた表情が柔らかく綻んだ。
「素直に美味いって言えばいいのによ」
「黙れ」
出汁の味が染みた煮物類は、特に絶品だった。
食生活がまさにジャンクフードのオンパレードのダンテからすれば、毎日美味しく健康的な食事はまさに願ったり叶ったりだろう。
その点だけは羨ましいと思った。
「…今まで食べた日本食の中で一番美味い」
「そ、それは言い過ぎですよ。でも、お世辞でも嬉しいです」
ふにゃふにゃと照れながら笑う名無し。
…こんな人畜無害そうな少女が、破天荒の塊であるダンテに毒されないか、少し心配になってきた。
「何かあればいつでも来い。その男よりは役に立つだろう」
「オイオイ、名無しの面倒見てるのは俺だぞ?何勝手に話を進めてるんだ」
「お前が面倒見てもらっている、の間違いだろう」
ほうれん草のおひたしを食べながら、バージルが嫌味を言えば「ま、当たらずとも遠からず、だな」とダンテが笑った。
用事があるなら向こうが赴くべきだ。なぜ自分が、あの薄汚い事務所に行かなければ行けないのか、と。
資料の入ったアタッシュケースを片手に来客用のドアノックすら使わず、無遠慮にダンテの事務所に押し入った。
spectrum#09
「あ…いらっしゃいま……せ?」
明るい、女の声。
言葉尻が疑問形なのは、恐らく自分の風貌を見たからだろう。
心底不本意ながら、ダンテと瓜二つの顔だ。一卵性の双子なのだから仕方ないと言えばそうなのだが、お互いこの点に関しては両親を少し疎ましく思った。せめて二卵性双生児がよかった。
埃っぽい、自分からしたらゴミ屋敷に近い事務所は掃除が行き届き、空気を入れ替えるためか窓は開け放たれていた。
乱雑に配置されたビリヤード台などはきちんと真っ直ぐ置かれ、れっきとしたインテリアとして生まれ変わったようにも見えた。
恐らく目の前の少女の仕業か。
アジア系の幼い顔立ち。あまり日に当たっていない生白い肌。ダンテとそう変わらないくらいの長さの黒髪。
何より気になったのは、蒼と翠の硝子を混ぜたような瞳と、
「あの…」
黙っている自分を、不安げに見上げてくる少女。遠慮がちに声をかけられ我に返った。
「ダンテはいるか」
「は、はい。ソファでお待ちください」
ピンと伸びる背筋。拭き掃除をしていたのだろう、清潔そうな台拭きをキッチンに置き、少女が二階へ掛けて行った。
…まさか人を呼び出しておいてまだ寝てる訳では、
「だ、ダンテさん!早く起きてください、お客様ですよ!」
やはり寝ていたのか。
はぁ、と重い溜息をついて、眉間を押さえる。
少女がいなければ容赦なくダンテに向けて刃を突きつけるところだが、見たところただの一般人がいるところでは流石にやめておいた。
程なくして少女が困ったような顔で階段を降りてくる。眺めの前髪が階段を下りるたびに軽やかに揺れた。
「す、すみません、すぐ用意されると思うので…」
「いつものことだ。構わん」
彼女のことではないのに、申し訳なさそうに謝ってくる。全ては愚弟のせいだというのに、心底呆れてしまった。
「コーヒー、すぐにお持ちしますね」
「…待て。」
咄嗟に掴んだ、彼女の手。
先程から違和感を感じていた。悪魔とは違う、魔力の気配。
触れて分かった。この気配は、彼女からだ。
「?…あ、あの」
「…お前は、」
「なーに口説いてんだ、バージル」
不愉快な声。
欠伸を呑気にしながら、忌々しい愚弟・ダンテは悠々と階段を降りてやってきた。
掴んだ少女の手を離し、ダンテを睨みつける。
「遅い。」
「仕方ねぇだろ、ここ最近事務所の周りに毎夜毎夜熱烈なファンがわいて出るんだからよ」
何の、とは問わなかった。
この男に喧嘩を売りつける相手は、悪魔くらいなものだ。
「言い訳か?」
「労るくらいして欲しいもんだね。カワイイ弟が大変だっていうのによ」
「あ。お兄さんだったんですね、どうりで」
少女が合点がいったように笑う。
その言葉にダンテは苦笑いし、俺は押し黙った。双子と言えども、お互い身内認定されるのは些か複雑だった。
「まぁな。名無し、コーヒー頼むわ」
「はい!」
明るい返事をひとつ、少女はキッチンに向かった。
ダンテが怠そうに向かいのソファへ座る。本当に寝不足なのだろう。大きな欠伸をひとつ零した。
「用件はなんだ」
「名無しのことだよ」
ダンテは名無しを拾った経緯を掻い摘んで話した。彼女のまとう妙な気配と、来た時期と同時に低級悪魔が事務所に寄り付いてきていること。
「んで、アンタに事務所に結界張ってもらおうかと思ってな」
「貴様がすればいいだろう」
「そういうの才能ないの分かって言ってるだろ」
「報酬は?」
そう問えば、暫く考え込むダンテ。
特に考えていなかったのか。そもそも無報酬でさせようというのが虫のいい話だ。
「本格的なニホン食ディナー、ってのはどうだ?」
…悪くない条件だ。しかし彼がそんな店を知っているとは思えないが。
「…………………仕方あるまい」
「よし、じゃあコーヒーでも飲んだら始めるとするか」
豆のいい香りが事務所に広がっている。
いつもはインスタントコーヒーすらまともに出ないというのに、まさかこの事務所できちんとした接客をされる日が来るとは。
バージルはソファに座り直し、感慨深そうに溜息をゆっくりとついた。
***
「まさかここでの食事になるとは」
「言っただろ?本格的なニホン食ディナー、って」
この間初めて食ったけど悪くねーな、と言いながらダンテは鯖の塩焼きを頬張った。
味噌汁、鯖の塩焼き、ほうれん草のおひたしに、ひじきの煮物、肉じゃがのメニューだ。
確かに和食だが、まさか彼女が作った食事とは。
「あの、お口に合わなかったらすみません…」
おろおろと困ったように謝る名無し。
何も悪いことをしていないのに、すぐ謝罪の言葉が日本人は出ると聞いていたがまさにその通りだった。
「…頂こう」
味噌汁を混ぜ、一口口に含める。
…美味い。
「悪くない」
そう答えれば、ほっと胸をなでおろす名無し。
緊張していた表情が柔らかく綻んだ。
「素直に美味いって言えばいいのによ」
「黙れ」
出汁の味が染みた煮物類は、特に絶品だった。
食生活がまさにジャンクフードのオンパレードのダンテからすれば、毎日美味しく健康的な食事はまさに願ったり叶ったりだろう。
その点だけは羨ましいと思った。
「…今まで食べた日本食の中で一番美味い」
「そ、それは言い過ぎですよ。でも、お世辞でも嬉しいです」
ふにゃふにゃと照れながら笑う名無し。
…こんな人畜無害そうな少女が、破天荒の塊であるダンテに毒されないか、少し心配になってきた。
「何かあればいつでも来い。その男よりは役に立つだろう」
「オイオイ、名無しの面倒見てるのは俺だぞ?何勝手に話を進めてるんだ」
「お前が面倒見てもらっている、の間違いだろう」
ほうれん草のおひたしを食べながら、バージルが嫌味を言えば「ま、当たらずとも遠からず、だな」とダンテが笑った。