親鳥じゃないですが


「あら?」
美智子はポーチから森へと続く裏庭を見下ろす。隣を歩いていたレオも美智子の視線の先を見て足を止める。
「あそこにいるのはアルヴァさんでは?」
「そうだな。こんなところで何をしているんだろう?」
二人が見やる先には、木に凭れ項垂れているアルヴァがいる。
静けさを好み、他人とあまり関わりたがらない人物なので、人気の無い裏庭にいること自体は不思議なことではない。
しかし彼が身につけているのは普段着ではなく「看守長」だ。蒼い蛾を思わせるマントの荘厳な衣装は、この場には非常に不釣り合いに見えた。ゲームに行く時でもなければ、あんな格好はしない筈。
それに、なんだか様子がおかしい。空気が重いというのだろうか。マスクで顔の半分は見えないが、なんだか憔悴しているようにも見える。
美智子とレオは裏庭に降りると、アルヴァの元に歩み寄った。
「アルヴァさん?どうかされましたか?」
「………………………………少々、困った状況になっているもので」
二人の呼びかけに、緩慢な動作で顔を上げたアルヴァは、蚊の鳴くような声でそう答えた。
なぜだか疲れ果てているその姿に、レオも美智子も顔を見合わせた。一体何があったのだろうか。
「顔色が良く無いようだが」
「その格好、ゲームのご予定があったのでしょうか?でしたら今は『異変』が解決するまでは全てのゲームが中止になっているそうですし、お部屋で休まれてはどうでしょう?」
「それなんだが、私の背後を見てもらえないだろうか」
「背後……」
アルヴァに言われた通り、背後に回り込んだレオはそこにある物体に目を丸くする。同じく反対側から背中を覗き込んだ美智子も「まあ」と口を抑えた。
アルヴァのマントにがっしりと腕を回してしがみついた黄色いひよこ、ではなく黄色いもっふりとした衣装のトレイシーがいる。今の今まで静かにぶら下がっていたので、まさか人間がもう一人いるとは二人も思っていなかった。
その異様な光景にレオと美智子が絶句していると、アルヴァが頭を抱え込んだ。
「ミューズの回廊からずっと貼り付いているのだが、どうにかしようとしても剥がれなくて困っている……時折小鳥の声がするのだが、質量的に正体が不明で……これが『異変』なのだろうか」
「うーん……」
「おかしいと言えばおかしいものではありますね」
どうやらアルヴァ自身は、何が背中にしがみついているのかは分かっていなかったらしい。
「異変」が起きている事とゲームの全モードが閉鎖された事は、居館にいた美智子とレオもアナウンスで聞いていたが、そこから詳細はまだ聞かされていない。
何やら立て込んでいるらしい事は、珍しくナイチンゲールの焦った様な声音から察せられた。なので予定の無かった二人は居館内部を軽く見て回っていたのだ。
そうしてここで項垂れているアルヴァを発見した訳なのだが、その背中にはトレイシーが無言でぶら下がっている。これはどういう状況なのだろう。
レオが頭を悩ませていると、それまで静かにマントにしがみついていたトレイシーが二人に気付き、にこりと笑う。
「ぴーよぴよ!」
「まあ」
「ああ、なるほど」
トレイシーの口から流れた小鳥の囀りに、荘園滞在歴が長いレオと美智子は頷いた。今回の「異変」はこのタイプか。
「これはひよこだろうか」
「ぴるるっ!」
「そうかそうか」
「うふふ、可愛らしい『異変』ですね」
「美智子がペットのミニ美智子と中身が変わってしまった事を思い出すなぁ」
「あれはあれで楽しかったですよ。レオさんがビーバーに変わってしまった時もありましたか。人参を一生懸命に運ぶ姿が愛らしくて」
「そんな事もあったな。いや、懐かしい」
「和やかに会話をしているところ申し訳ないのだが、何がどうなっているのか教えてもらえないだろうか」
思い出話で盛り上がり始めたレオ達に、アルヴァは苦々しげな声を出す。
背に貼り付いている謎の生き物を確認してもらったのは、和気藹々のほっこり空間を作るためではないのだ。
難しい表情で眉間に皺を寄せているアルヴァに、レオは朗らかに笑いかける。
「ああ、すまない。しかし危険なものでは無いので、どうか安心して欲しい。君の背にトレイシーがくっついているだけだ」
「!時計技師が?」
「ぴーよぴーよ!ぴよっ!」
「…………しかし、鳥の鳴き声がしているのだが」
「『異変』ですから。そう言うものなんですよ」
「……………………」
おっとりと答える美智子に、アルヴァは閉口してしまう。
何故トレイシーが自分の背にしがみついているのか、何故離れてくれないのか、そもそも気がおかしくなったわけではないのか、何故鳥の声になっているのか。
疑問はアルヴァの中では次々と湧き出ているのに、美智子とレオは「異変」の一言で全て納得してしまっている。割り切れていない自身がおかしいのだろうか。
「それにしても、ゲームを閉鎖する程の『異変』と聞いていたのですが、この程度でそんな大事になるのでしょうか?」
「もしかすると、他に何か大きな『異変』が起きてこの子は見過ごされているのかもしれない」
「その可能性はありますね。この様子ですし」
美智子とレオが話している間、トレイシーはアルヴァのマントの肩周り、白い柔らかな装飾の部位に顔を埋めて沈黙している。どうやらふわふわとした感触が気に入っている様子だった。
大人しくぴよぴよと鳴いているだけに見えるトレイシーに、レオと美智子は無害という判断を下した。ここに来るまでに彼女一人でハンター二人とゲームフィールドを一つ犠牲にしているとは夢にも思っていないのだ。
しかし、いくら大人しくてもこのままではいられないのはアルヴァだ。背中に謎の生物がくっついてるのも問題だったが、その正体がサバイバーで女性なのもとても困る。
「レオ殿。時計技師を剥がしては貰えないだろうか。流石に、子女を背に吊り下げたままでは支障が」
「マントを脱いだらいいんじゃないか?」
「できる事ならそうしている……マントもその下の衣服も掴んでいる状態で、何度か振り払おうとしたのだが全く動じないんだ」
アルヴァはうんざりとした表情を隠そうともせず、そう答える。
背に妙なものが貼り付いたその時に、当然出来る事は全て試したのだ。しかしトレイシーの握力は強く、全く動じる事はなかった。皮膚に指が食い込み始め、それ以上の抵抗は危険と判断したアルヴァは、人気のない所でどうしたものかと思い悩んでいたのだ。
すっかりと困り果てているアルヴァが気の毒になり、レオは手を貸してやろうと言う気になった様だった。背中にぶら下がって、マントの装飾のふかふか加減を楽しんでいるトレイシーに話しかける。
「トレイシー、アルヴァが困っているそうだ」
「そのままだと腕も疲れるでしょう?」
美智子とレオの言葉に、綿羽から顔を上げたトレイシーはぱちりと目を瞬かせた。
トレイシーは「異変」によって言葉を話せなくなっているが、こちらが話しかけると反応をするので人の言う事はわかっているものとレオは判断する。
それでも意思の疎通がはかれているのかは分からないから、下手に刺激をするのは良くないかもしれない。なのでレオは極力、穏やかに話しかける。
「一旦、降りないか?ずっとそうしている訳にも行かないだろう」
「落ちたら危ないですし、サバイバーの皆さんは貴女がここにいることを知らないのでは?」
「ぴよ」
「本当に離れてくれないか。いつまでそうしているつもりなのかと」
優しく話しかけている二人とは真逆に、ずっとトレイシーに貼り付かれているアルヴァは冷たくそう言い放った。
しかしトレイシーはアルヴァのマントにしか興味がないらしく、当人の言葉には無反応だ。もしかすると、自分がくっついているのが人の背だと言うことも認識していないのかもしれない。
反応は返すけれど、動く気はなさそうなトレイシーの両脇に、美智子は手を差し入れて軽く体を持ち上げる。
「ほら、アルヴァさんもこう言ってますし、手を離しましょう。ね?」
「ぴぃ……」
マントから引き離そうとする美智子に対して、トレイシーは弱々しい声を出して目を潤ませる。
まだ若いトレイシーがひよこの衣装でそんな仕草をすれば、幼気に見えることは間違いない。その様に美智子もレオも憐れみを覚えてしまう。
ゲーム中は容赦がなくても、フィールドの外に出てしまえば善人の塊のような二人だ。小動物には強く出れない。美智子はトレイシーから手を離すと、表情を曇らせた。
「そんな顔をされると、悪い事をしている気分になってしまうわ。可哀想で」
「ふむ。まあ、実害があるわけではないなら、そのままでも良いか」
「実害はなくとも現状、私は困窮しているのだが。こんなことを言いたくはないが、その憐れみを僅かにでもこちらに向けて貰いたいのだが」
平時ならば冷徹なアルヴァも、声に感情が乗ってしまう。
全く力が緩まず、どれだけ振り解こうとしてもびくともしなかったトレイシーだ。どこが可哀想なものかと苛立たしさが募る。
刺々しい声音になるアルヴァに対し、トレイシーは小鳥の声で儚げな鳴き声を出すので、レオも美智子も困り果ててしまう。
しかし、そんな二人を押し退け現れた人物は、トレイシーの黄色いパーカーフードを引っ掴むと容赦なく引っ張った。
「なーにをあざとい声で鳴いてやがる、この怪力ひよこが!」
「びえ!」
文字通り、首を絞められた鶏の様な声を出したトレイシー。そのフードを掴んでいるのは、息切れを起こしているナワーブだった。
呼吸を整えたナワーブはぎろりとトレイシーを睨みあげ、レオと美智子に告げた。
「騙されんな!こいつボンボンをメンテナンス送りにしてハッチの扉も破壊してやがるんだぞ」
「まあ」
「あ、先ほどジャックさんも腰の違和感を訴えて医務室送りになったそうです」
「……何したんだ、トレイシー」
すたすたと歩いて来るメリーからの続報に、レオは呆気に取られてしまう。実害があちらこちらで出ているのは知らなかった。
「こんの、いい加減降りろ……!」
「っ…………」
異変トレイシーの怪力を分かっているナワーブは、黄色のフードを引っ張り、強引に首を絞めてアルヴァから引き剥がす作戦を取る。これ以上被害を広めるわけには行かないので、多少手荒になるのは目を瞑ってもらうしかない。
ところがトレイシーも粘り強かった。呼吸が苦しくなったら根を上げるというナワーブの予想に反し、中々手を離さない。
それどころか「ぐう……」とアルヴァの方が蹈鞴を踏み、苦しげな声が漏れ出る始末だ。レオが慌ててナワーブの手を抑えた。
「やめてやってくれ」
「は?」
「トレイシーが服を掴んでいるせいで、アルヴァの襟が首を絞めている」
「マジか」
そう言われてしまえば、ナワーブも手を緩めるしかなかった。流石に三人目のハンターにまで害を及ぼすわけには行かない。
仕方なくフードから手を離したナワーブに対し、くるりと後ろを振り返ったトレイシーが小馬鹿にした顔でべーと舌を出した。
「このガキっ……!」
「待て待て」
「落ち着きましょう、サベダーさん。相手はひよこです」
額に青筋を浮かべ、怒りを露わにするナワーブを、レオとメリーが宥めにかかる。
邪魔者が消えたとばかりにトレイシーはナワーブ達への興味を失うと、ふかふかとしたマントの飾りに夢中になっている。その様子にアルヴァは顳顬を抑え、元々良くない顔色を更に暗くして呟く。
「……分かった。この『異変』はこちらではどうにもならない訳か」
「ゲームの閉鎖は居館にいた私達も聞いているのですが、一体何があったのでしょう?」
「あー、話すと長くなるんだが……」
そう前置きして、ナワーブは聖心病院のゲームから起きた「異変」の内容をハンター三名に話して聞かせた。システムに認識されない「異変」であること、トレイシーが鳥の衣装に反応すること、逃走後に被害にあったジャックの話も全て伝える。
話を聞き終えた美智子は、不思議そうに首を傾げる。
「そのお話の通りなら、何故トレイシーはアルヴァさんの衣装に執着しているのでしょう。鳥がモチーフではありませんよね」
「それは俺も分からねえ。どう見ても虫……多分、蛾だよな。これ」
「そう聞いている」
その場にいる全員が、アルヴァが纏う「看守長」の衣装に視線を向ける。蒼い蛾の模様のマントは美しいが、鳥に間違える要素は見当たらない。
しかし、間近でマントを観察していたメリーは何かに気づいた様だった。
「思ったのですが、ロレンツさんのそのマントの肩周りの素材は綿羽なのでは。そうなると羽毛になるので、ひよこトレイシーさんの大好きな鳥の羽根と言うことになりますが」
「は?こいつ羽根素材にまで反応するのか?」
「分かりませんが、そうとしか思えないのでは。現にとてもうっとりした顔で羽毛を堪能していますし」
メリーが見上げた先で、トレイシーは満足そうに目を閉じている。腕の力だけでぶら下がっているのに、辛くないのだろうかと心配になる。
「とにかくだ。こいつ力は強いわ、足は速いわで捕獲が出来ずに困ってたんだ。だから羽根に夢中ならそのまま……」
「あっ」
ナワーブの話が終わる前に、アルヴァが「看守長」から普段着に服を変えてしまう。ずっと他人が背中にぶら下がっている状態に、我慢の限界を迎えてしまった様だ。トレイシーが綿羽に執着しているのなら、羽根の無いものに変えてしまえと思ったのかもしれない。
羽根が消えた途端にアルヴァの背中から降りたトレイシーに、隣にいたメリーが咄嗟に手を伸ばす。けれどトレイシーはその手を潜り抜け、「ぴよっ」と一声鳴くと森の方向へと走り出してしまう。
それに慌てたのはナワーブとメリーだ。「異変」はトレイシーを捕まえないと終わらないのに、そんな果てしなく広大な場所に逃げこまれては堪らない。
二人もトレイシーの後を追いはするが、アントニオにダチョウに例えられた足の速さは伊達ではない。
「うおいいい!どこに行く、お前はあああああ!!」
「トレイシーさん戻って!森は駄目!」
「あらまあ」
「アルヴァのせいで大事になっているが」
「………………」
レオが責める様な目線を送ると、アルヴァは眉間に皺を寄せ、渋々といった態度で杖を振り上げた。水平に杖を構え、照準を黄色いひよこ少女に向ける。赤い電磁エネルギーの塊が杖から発射されるとトレイシーに電荷が付与される。続けて青い電磁エネルギーに切り替え、トレイシーの真横に向けて撃ち込み、磁場を作り上げる。
「ぴ!」
磁場に吸引されたトレイシーは動きが止まる。しかし諦めずにまた走り出そうとするトレイシーに、アルヴァはもう一度同じ事を繰り返した。
それは数秒の足止めだったが、その間にメリーの操る虫の群がトレイシーの体に纏わりついた。
「ぴよ!ぴいい!」
勝手に体が後方に運ばれていくので、トレイシーはもだもだと踠いて逃れようとするが、こればかりは怪力ではどうにもならない。
漸く身柄を確保することが出来たので、ほうとナワーブは息を吐いた。
「ったく手間かけさせやがって……プリニウス、このままナイチンゲールのところまでトレイシー運べるか?」
「流石にそんなに長距離、長時間の移動は不可能ですね」
「そうだよなあ……」
虫とり網を振りながら答えるメリーに、ナワーブは頭を掻き毟った。あの怪力では力づくではどうにもならないし、何かトレイシーの気が引けるものはあれば。
「うーん……やっぱり鳥の衣装しかねえのか?」
「鳥なら、なんでもいいのでしょうか。それならこれはどう?」
ナワーブのぼやきに、進み出た美智子の葡萄色の和服が白と黒の中華風味の衣服に変わる。袂が鳥の翼に、服の裾も鳥の尾羽根を思わせるデザインの「丹頂鶴」だ。
美智子の着物が変わるや否や、それまで森の奥へ行こうと抵抗していたトレイシーはくるりと進行方向を変え、美智子へと突進する。
「ぴーよ!ぴぴー!」
「ふふ。はい、捕まえた」
広げた両手に飛び込んできたトレイシーを抱き込み、美智子はにこりと微笑んだ。
「これでいいのでしょう?」
「あ、ああ……」
これまでの苦労が嘘のように、あっさりと捕まったトレイシーにナワーブはぽかんと間の抜けた表情になってしまう。
「さ、このままナイチンゲールさんのところに行きましょうね」
「ぴるる……」
美智子に黄色のニット帽越しに頭を撫でられ、トレイシーは気持ち良さげに目を細めている。本当に鳥の親子を見ている様な気分になる。
ナワーブは首の後ろを掻きながら、怒っているような安堵しているような、表現の難しい表情になる。
「こんな事なら、最初からあんたに頼れば良かったな……」
「お役に立てたなら良かったわ」
ふふと微笑む美智子と「ぴよ」とその腕の中で鳴くひよこに、ナワーブは女にはやっぱり勝てないな、と苦笑いを浮かべたのだった。


その後。
無事にトレイシーの身柄をナイチンゲールに引き渡し、「異変」はそれ以上の被害を増やすことなく収束した。
トレイシー当人は「異変」中の記憶は無く、聖心病院が数日閉鎖されている事を「何があったんだろうね?」と他の仲間と一緒に首を傾げていた。
事情を知っている四人は、なんとも言えない表情を浮かべて沈黙を貫いたのだった。




メリーが待機ロビーに入ると、先にいた黄色い存在が視界に入り、驚きで身を仰け反らせた。
「あ、メリー!」
「……おはようございます、トレイシーさん」
人の言葉を話すトレイシーに、メリーはこっそりと胸を撫で下ろした。「ぴよ」と鳴かれたら回れ右をするところだった。
トレイシーが着ているのは黄色いひよこ顔のニット帽に、全身にくっついたひよこのマスコット。ふんわりとした素材の黄色のパーカーとブーツ、白いスカートにソックス。可愛らしいひよこがモチーフの衣装。先日の怪力ひよこ騒動の原因になった服だ。
ついつい身構えてしまったことを恥入りながら、メリーは紗帽で顔が隠れている事を幸いに、平常心を装った。
「新しい、衣装が届いたんですね」
「そう!今朝届いたんだぁ。ちょっと久しぶりだったから、嬉しくて早速着ちゃった」
「とてもお似合いですよ。可愛らしくて」
「えへへ、ありがとう。あ、ねえ。折角だからメリーも着ようよ、ウサギのやつ」
「はい、構いませんよ」
トレイシーの誘いを二つ返事で受けたメリーは、トレイシーのひよこと同じシリーズであるウサギの衣装にその場で着替える。
白いウサギ耳のフードを目深に被り、ボーダーのソックス姿になったメリーは、トレイシーの隣に並んで腰を掛けた。
にこにことご機嫌なトレイシーはロビーのテーブルに上半身を預けてひよこのリモコンを撫で回している。
「最初のゲームから動物仲間のメリーと一緒なの嬉しいなー」
「そうですね。私も少し楽しくなってきましたよ」
二人が和やかな雰囲気で会話をしていると、ロビーの扉が開いた。入ってきたのはナワーブとイライだった。二人はひよこ衣装を見てびしりと固まったが、「あ、おはよー」とトレイシーが挨拶したのを見てあからさまに安堵した表情を浮かべる。
「二人ともなんでそんな変な顔してんの?」
「いや……気のせいだ」
「新しい服が来たんだね、トレイシー」
「そう!で、メリーもいるからお揃いにしようって誘ったの」
「なるほど。じゃあナワーブも合わせてあげたらどうかな?」
「何を言っているのか分からねえ」
しれっとナワーブはそう答えて、ロビーテーブルの端の椅子を引いた。ナワーブの中でクマの着ぐるみは無かった事になっているのだ。
イライはくすくすと笑いながら空いている席に腰掛ける。
「まあまあ。そう意固地にならなくても。今日はトレイシーが動物仲間に加わった訳だし、特別に着てあげてもいいんじゃないかな」
「そんなに気を使うな。俺が合わせたらお前だけ仲間はずれになっちまうだろうが。そうなったら悲しいだろう。だから俺はそれが心配な訳だ」
言っている内容はとても親切だが、ナワーブは不機嫌な顔のまま頬杖をつき、棒読みもいいところな投げやりさでそう捲し立てた。全く心など篭ってはいない事は全員が分かっている。
そう言い逃れるナワーブに対し、イライはひらひらと手を振った。
「心配ご無用だよ。僕にも森の仲間っぽい衣装はあるからそれで合わせるよ。ほら」
イライがそう言って着替えたのは「夜行フクロウ」だった。目元を覆う光る仮面に、フードケープから溢れ出るフクロウを思わせる羽飾り。
メリーはその衣装をじっと見やり、物言いたげな眼差しをイライに向けた。ナワーブはといえば、ひくりと口元が引き攣っている。
「イライくんよ。お前、鳥の衣装持ってるんじゃねえかよ……こないだの『異変』、お前が囮になったら話が早かったんじゃねえのか」
「何を言っているのかさっぱり………」
唸る様な低い声でそう詰るナワーブにイライはつい、と視線を逸らした。
ひよこになってしまったトレイシーを探している間、イライのこの「夜行フクロウ」があれば、もっと早く事態は解決していた筈だ。
誤魔化す様な反応をすると言うことは、イライは分かっていて黙っていた証に他ならない。
「イライ……」
「いや、そうは言うけど僕には心に決めた相手がいるんだよ?他の女性に抱きつかれるわけにはいかないじゃないか……ってそうだ!それを言うならナワーブだってあったよね、鳥の衣装。なんか格好いいの持ってた筈」
「…………」
ナワーブは無言でクマの着ぐるみ衣装に着替えると、テーブルの上で両手を組んで顎を乗せた。
「何を言っているのか分からねえ」
「あ、ずるい!」
イライの文句とメリーのフード越しの刺さるような視線を受け流し、ナワーブは仏頂面でそう空惚ける。
イライの指摘通り、ナワーブにも「白鷹の舞」という、青地に白い羽根の装飾がついた鷹がモチーフの衣装が存在する。
実は森でひよこ化していたトレイシーが逃走した際、それに着替えて引きつけるべきかをナワーブは悩んでいたのだ。先に美智子が鶴の衣装を出してくれたので出番が来ることは無かった訳だが。
「サベダーさん……」
「許せ、俺も我が身が可愛い」
メリーの咎める声に、ナワーブはぼそりと呟いた。
彼女の言いたいことも分かるが、ナワーブとしても目の前でボンボンが軋んでる音を聞いているし、歪んでしまったハッチの扉を見ているのだ。あの怪力相手では然しものナワーブもただでは済まない。というか死んでしまう。
妙な空気が漂う中、一人だけ事情が分からないが元凶であったトレイシーは、きょとんとした顔をしている。
「みんな、何の話してんの?」
「トレイシーさんは気にしなくていいですよ。雄の鳥は情けないという話ですので」
「??そうなんだ」
「………………」
「………………」
メリーの嫌味に、イライとナワーブは何も言い返せない。
俯いている二人を他所に、トレイシーは鼻唄を歌いながらリモコンを掲げ持った。
「そうだ!今度人形もお揃いのにしようかなあ。卵の殻被ってるのとかどうかな?それとも嘴が付いてるのがいいかな」
「お揃いのニット帽はどうでしょう?」
「あ、それいい!」
メリーとトレイシーがそんな会話をしていると、遠くで扉が開く音が四人の耳に聞こえてくる。ハンターが待機ロビーに入ってきた音だ。サバイバー側からは向こうの扉も待機の椅子も死角になっているので、ゲームが始まるまでは相手が誰なのかは分からない。
ところがカツカツと響くハンターの靴音は椅子では止まらず、そのままこちらへと向かってくる。
時折、気分の乗ったハンターがサバイバーのロビーテーブルにまで挨拶や挑発に来る事がある。なので今回もそれかと思っていた四人だったが、破けた帳を潜って姿を現したのはアルヴァだった。
――この人、訪問なんかするっけ?
そうトレイシーは疑問を浮かべる。今までアルヴァが訪問をした姿など見たことは無い。そもそも、そんな事をするような性格でもない筈。
何をしに来たのだろうかと緊張する面々に対し、アルヴァはただただ黙ってこちらを睥睨していたかと思うと、眉間に深い皺を寄せた。
「時計技師」
「え?あ、なに?」
アルヴァに名指しされ、トレイシーは背筋を伸ばした。逆転した色の目で睨まれると落ち着かない。
何を言われるのかとどぎまぎしていると、アルヴァは額を抑えて囁く様な声で懇願する。
「その服、着替えてくれないだろうか……」
「へ?」
「頼む」
アルヴァからの突然の要望に、トレイシーは戸惑った顔で瞬きを繰り返す。何故そんな事を願われたのかが、トレイシーにはさっぱりと分からなかった。
「あー…………」
事情を知っているナワーブは、半笑いで頬を掻いた。
アルヴァにしてみれば、背中にこれがぶら下がってたのかと見せつけられるのが辛いのだろう。あの場では言わなかったが、冷徹なアルヴァの背中にトレイシーがぶら下がってぴよぴよ鳴いている姿は中々シュールで面白い構図ではあった。
普段は感情が表に出ないアルヴァが、心底嫌そうな顔で訴えているのでメリーもイライも多少、気の毒に感じてしまう。なので次のゲームで衣装を合わせようと不思議がっているトレイシーを説得したのだった。



「ジャックにも着替えてくれってお願いされたんだけど、この服なんか変なのかなぁ?」
「さあ、ひよこが怖いのかもしれませんね」
「お前今度その衣装着てぴよって鳴いてみろ。きっと面白い反応返ってくるぞ」
「ナワーブ、それは性格が悪すぎるよ……」



END

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