オールキャラ短編小説

ナワーブはベッドに凭れ掛かり、天井を仰いだ。
――暇だ。とても暇だ。
朝のゲームは終わり、次の予定は夜のゲームだ。日中だけぽっかりと空いている訳だが、退屈で仕方ない。
やろうと思えばやれる事はあるのだろうが、面倒臭いの虫が勝つ。だからと言って昼寝をする気分でもない。ウィリアムやガンジがいれば体を動かせるのだが、二人とも用事があるらしく不在だ。
何をやるにも無気力な日というのがあるが、ナワーブはそれが今日のようだ。予定や誘いがあれば動く気はあるのだが、そういう時に限り何もない。
このままだらだら過ごすのも、なんだか勿体無い気がする。ナワーブはすっかり怠けている体を無理矢理に起こし、散歩に出かけることにした。話し相手でも見つかればいいのだが。
『ナワーブの兄さん、今暇ぁ?』
「どわ⁈」
外に出ようと扉を開けたナワーブだったが、目の前にあった銀色の人形に驚いて飛び退る。
心臓が飛び出るかと思った。人間の気配なら分かるが、機械人形は生きていないのでそこにいたのが分からなかったのだ。
銀色の機械人形はトレイシーの作ったアシスタントだ。ズボラな彼女は自分では動かずに、人形で用事を済ませようとすることが多い。
激しく音を立てる胸を抑えてナワーブは機械人形を睨んだ。
「お前か、トレイシー!なんの悪戯だ!」
『いやいや違うって!ノックしようとしたらそっちが出てきたんだよ!脅かすつもりはなかったよ!』
両手と首を振る機械人形に、操作してる人間の慌て振りが伝わってくる。これは嘘はついてはいなそうだ。
ではなんの用事だろうか?ナワーブは腕を組んで話を聞く態勢になる。暇だったのは事実だ。何か面白い誘いなら乗ってやらないこともない。
ナワーブが怒りを引っ込めたのを見て、機械人形は安心した様に両手を下ろす。
『あのさ、時間あるなら今からゲームに行こうよ。で、その前に着替えて欲しいんだけど』
「何にだ?」
機械人形が答えた衣装に、ナワーブはそれならいいかと思う。奇抜な服や面倒な服なら断ったが、持ってる中でも然程おかしくはない衣装だ。
「構わねぇぞ」
『おお!兄さん話が分かる!』
「兄さん呼びやめろ。お前も着替えるのか?」
『まー、お願いされちゃったし』
「……それ、言い出したのエマだな」
『正解』
両手の人差し指をこちらに向けて答える人形に、ナワーブはやっぱりかと苦笑いになる。
何かと衣装を合わせたがり、トレイシーが仕方ないなと自分から重い腰を上げる相手なんぞ、ムードメーカーの彼女くらいしかいない。
他のメンバーならトレイシーは面倒臭がるので強制的に引き摺られていく筈だ。末っ子力が高いエマに、女性陣はみんな甘いのだ。
ナワーブは後頭部を掻きながらクローゼットに目をやる。
「最近着てねぇからな。探すのに少し時間がかかる。三十分寄越せ」
『そんじゃ、そのくらいに大階段の前集合で。よろしくー』




ルカは歩きながら、首元のクロスタイの位置を何度も調整する。何か落ち着かないのだ。
落ち着かないのはタイというよりも、この服の所為なのは分かっている。
サテン生地のシャツに、ジャガード織りの白いベスト。ブロンズカラーのしなやかなウールのジャケットにスラックス。かつて身に纏った上質な衣服に、凝ったデザインの単眼鏡、今更目にするとは思わなかったブローチ。
「遡及」の名を冠するシリーズの衣装を渡されたものは、大抵がなんとも言えない顔をする。
荘園の主も、実に趣味が悪いと思う。「もしも」の自分を再現した衣装を突きつけられても、素直に喜べるわけがない。
「はあ……」
ルカが溜息をついていると丁度目の前の扉が開き、人が出て来た。相手はルカに気付くと全身を見やり、一つ頷く。
「まともに見えるな、新しい衣装か」
「……私がまともでないかの様な発言はよしてくれ、サベダー」
「まともなつもりだったのか?」
間髪入れずにそう返される。今のナワーブはゴーグルのせいで顔が見えないのだが、声質からして目を丸くしていることだろう。
ナワーブは嫌みでもなんでもなく、純粋に自分を奇人に分類している。その事実にルカは渋面になる。
「…………随分と懐かしい衣装を着ているな、君も」
反論しようかと悩んだが、恐らく無駄と判断したルカは話題を変える。
ナワーブは飛行帽にゴーグル、厚手の革のジャケットと言う全身パイロットの様な出で立ちで、背中にジェットパックを背負っている。
「蒸気少年」という名は気に入らないもの、衣装としては満足だったのだろう。ルカが来た当初はナワーブが着る高品質といえばこれだった印象がある。衣装数が増えてからはあまり見なくなっていたが。
ナワーブの性分からして、新しい衣装に埋もれていったのをそのままにしていたのだと思う。そこまで服に拘りがあるタイプとも思えない。
ナワーブはゴーグルをずらして「ああ」と答える。
「指定されたんだ、これに着替えろと。まーたエマのお揃い攻撃だろうな」
「毎度巻き込まれている様だが、君も本当に付き合いがいいな」
「しつこく食い下がられるよりましだろ」
「違いない」
ナワーブの遠い目にルカは乾いた笑いを返すしかない。何を隠そう、今ルカがこの「卒業の日」を着ることになったのもエマが原因なのだ。
ルカは朝食の席で偶然エマとトレイシーと一緒になり、そのまま先日来たこの新衣装の話になった。
その時にトレイシーが「ルカの新しい衣装がエマの探偵服に雰囲気が似てる」と言い出し、エマが「トレイシーちゃんも似てる服あるの!」と言い、良いことを閃いたとばかりに両手を叩いて立ち上がり「四人お揃いでゲームに行こう」となった訳だ。
あと一人は一体誰だろうと思ったし、これからやろうとしていた作業もあったのだが質問も拒否もする間もなく、とっとと着替えろとばかりにルカは食堂を追い出された。
エマは普段は周りを気遣う優しい女性だが、時折自分の我儘を押し通そうとする、融通の効かない幼さを剥き出しにすることがあるように思う。
そう言う時は、人の言うことを聞かないトレイシーも仕方がないとばかりに黙ってエマの要望に答えてやっている。普段の世話焼きなエマと立場が逆転しているようで、なんとも不思議な関係だ。
「ところで、お前上等な服をそんな粗雑に扱っていいのか?」
「うん?」
ナワーブが指差す先にあるのはルカの腰に巻かれたジャケットだ。
最初はかっちりと着ていたのだが、他の衣装と違い二の腕周りが窮屈でどうにも邪魔臭い。これでは動けないなとルカは腰に巻いてしまったのだ。
確かに上質な衣服ではあるが、この荘園で作られた衣装は汚れようと破けようと勝手に直ってしまうので気にする必要もないだろう。
そう返してもナワーブは眉間に皺を寄せる。
「そんな皺だらけにするくらい邪魔なら置いてくればいいんじゃねえか?」
「確かに」
それは思いつかなかったとルカは額を叩いた。





トレイシーは一番最初に大階段の下に到着して、そこに座り込んでいた。
トレイシーがエマに指定された衣装は「目盛り調整」だ。
近所にいた少年達を彷彿とさせる、ハンチング帽にゴーグル、ベストと動きやすいショートパンツ、ハイソックスと革の靴。どれもとても質が良いものだ。着たくても世間の目があり着れなかった、少年のような出で立ち。
「時計屋の若旦那」という遡及衣装の説明に、思うところがない訳ではない。しかし実際とても自分の好みに合っている。
高品質な衣装を指定される際、トレイシーはこれを身につけている。動きやすい上に、華やかな場でもおかしくない。更に工具ポーチが衣服についているのだ。堂々と商売道具を持ち歩けるのは気分がいい。
トレイシーが腕時計を見れば、そろそろ他のメンバーも揃いそうな時間だった。
さて、誰が先に来るかとトレイシーが思っていると、とたとたと軽い足音が階段を駆け降りてきた。
「お待たせなの!」
「うん」
背後からの明るい声に、トレイシーは上半身と首を反らす。逆さまになった視界に階段を降りてくるエマが写った。
ブラウンのインバネスコートに、天辺に空色のリボンが着いた鹿打ち帽。有名小説の探偵のような出で立ちだが、コートの裾から覗くプリーツスカートとアーガイルチェックのタイツが可愛らしい。
「真理の令嬢」を身に纏ったエマが、元気よく階段から飛び降りる。
「トレイシーちゃん早い!私も急いで着替えたのに」
「まー私は結構これ着る頻度高いしね」
クローゼットの中を探るまでもなく、手前にあるので他のメンバーよりは着替えるのも早いだろう。
トレイシーは膝に頬杖をついて、エマの姿を繁々と見つめる。言われるまではあまり気にしていなかったが、なるほどと思う。
「ふーん。本当に似てるね、私のこれとエマの服」
「でしょう?色も似てるし、タイツとソックスもお揃いみたいだし、ほら!これだと私も金髪なの!」
帽子を脱いで頭を得意気に指すエマに、トレイシーは胡座をかいてにやりと笑う。
「兄弟みたいって?エマってば妹っぽいもんねえ」
「えええ⁈どこが⁈私がお姉ちゃんに決まってるの!」
「いやいやいやいや、エマってば子供っぽいじゃん。私の方がお姉ちゃんでしょ」
「 私の方が年上だもん!」
「その言い方が子供って言ってんの!」
どちらが姉かで言い合いを始めた二人だったが、タイミング悪くルカとナワーブもそこにやってきていた。
喧嘩かと身構えたのだが、会話の内容が実にくだらなかったのでナワーブはため息を吐いた。どちらも正直末っ子感は変わらない。
階段の手すりから階下の二人が落ち着くのを窺っていると、ルカがぽそりと呟いた。
「私が言えることは成人女性のする喧嘩ではないと思う」
「ガキの喧嘩だわな」
「どうする?何だか放っておいても収まりそうにないなあ」
「…………止めるしかねえってか」
億劫そうに口を歪め、しかしナワーブは階段を降りていく。ルカに任せると皮肉で火に油を注ぎそうなので、止めるなら自分が行くしかない。
「怖い話聞いたら怖い怖いってどこ行くにも引っ付いてくるじゃん!」
「そ、それは怖いから仕方ないの!トレイシーちゃんなんて最初ノートンさんが怖い怖いって隠れてたくせに!」
「し、仕方ないでしょ!デカいしやばい目してるし顔に傷あるし迫力あり過ぎなんだから!」
「でもアンドルーさんは平気だったの」
「そりゃデカい奴なんかいい加減慣れるよ、ここいたら!エマだって」
「おい、もうそこらへんにしとけ」
エマとトレイシーの間を分断する様にナワーブは手を上から振り下ろす。こういう仲裁、懐かしいなと思いながらナワーブは二人の間に割り込んだ。
「いつまでやってんだ、お前達。猫の耳のついたフリヒラ服贈られる時点でどっちも変わんねえだろ。ガキだ、ガキ」
ナワーブに言わせれば、どちらも子供に毛が生えたようなものだ。
荘園の主の扱いはどちらも間違いなく少女枠だ。同い年だったり年下だったりする女性陣とくっきり隔てられている。
呆れた顔で腕を組むナワーブに、トレイシーとエマはジトりとした目を向ける。
「『蒸気少年』さんは黙ってて欲しいの」
「そうだよ、『蒸気少年』二十七歳」
「うぐ……」
少年の部分にやけに力を込める二人からの攻撃に、ナワーブはその場に沈み込んだ。
最近いじられることがなくなった傷を抉られた気分だ。この服が来た時に、散々「蒸気‼︎少年‼︎」とジャック、ウィリアムに笑い転げられたことを思い出す。同じ年齢のウィラにはそっと目を逸らされたっけ。
トレイシーははん、と鼻を鳴らしてナワーブを見下ろす。
「四捨五入三十路の癖に少年衣装二着同時に貰ったナワーブが一番説得力がないんだけど」
「んー、『スプリング』の方が男の子らしくてお揃いっぽかったかもしれないの。ナワーブさん今から着替える?」
――さっきまで喧嘩してた癖に、どうして女ってやつはこういう攻撃する時に息ぴったりになるんだ。
階段の手摺から身を乗り出したルカは、女性二人の反撃に膝をついているナワーブにふくくと笑う。
「子供でも大人でも女性には口では勝てないものだなあ、サベダー」
「……一人だけ高みの見物決め込みやがって」
離れた位置で他人事の様に佇んでいるルカに、ナワーブは恨めしい声を出す。そもそも喧嘩を止める方向に持っていったのはあいつなのに、何故俺が被害にあっているのか。
恨みがましい目を向けられたルカは態とらしく身を震わせながら階段を降りる。
「そんな怖い顔しないでくれ、三兄妹の喧嘩に割って入るなんて私には到底出来ないよ」
「おい、勝手に俺もその設定に入れんな」
ルカとエマ、そしてナワーブと並び立った姿を見て、トレイシーはふうんと納得したように唸る。
服の系統は違うのに、色味と雰囲気が似通っているように感じる。
「似てる、とは違うけど確かになんかこう、衣装が合ってるね。こうやってみると三人ともさ」
「そうか?俺にはピンと来ないが」
「もーよく見て欲しいの!ナワーブさん!お揃いみたいでしょ!」
トレイシーの左腕とルカの右腕を抱えて息巻くエマに、ナワーブは首を傾げつつも三人の姿を改めて観察する。
トレイシーとエマのベストとタイツの柄が同じ系統で、ルカとエマのジャケットの色は似通っていると思う。二人の胸のブローチも形が似ていると言われればそうかもしれない。
トレイシーの頭上のゴーグルと、ルカがつけている単眼鏡もデザインが似ているような気がしてきた。思い込みの様な気もするが、一度そう思うと何もかもが同じように見えてくる。
「……………………似てる、な?」
「でしょう⁈」
ぱっと嬉しそうな顔になるエマに、腕を掴まれている二人もつられて笑う。
ナワーブは顎をさすりながらふむと頷く。
「俺から見たらお前らの方が兄妹みたいに見える」
「ん?それで行くと私が兄だろうか?」
「あにぃ?ルカが?」
ルカが乗り気に答えると、トレイシーがへっと鼻で笑う。
そのなんとも人を小馬鹿にした腹の立つ顔に、ルカがひくりと唇をひくつかせる。
「何かご不満でも?先輩」
「別にぃ?若いナワーブの兄さんと違って老け顔のルカ様じゃ精々近所のおじちゃんが関の山じゃあない?」
「私がおじちゃんとは、はっはっはっは。面白いことを言う坊やだ」
嫌味で返すトレイシーの頭をぐりぐりと額に青筋を浮かべて強めに撫で回すルカに、ナワーブは疲れた顔で天井を見上げる。
十五、六歳程度に見えるのに先輩風を吹かせるトレイシーを面白がり、揶揄いを込めて先輩呼びをし始めたのはルカだ。そしてトレイシーはその事を根に持っている。
エマとトレイシーの次はこっちか。なんで喧嘩ばっか起きるんだ、ここは。
「もー、トレイシーちゃんもルカさんも仲良くして欲しいの!これからゲームに行くんだから!」
仁王立ちでそう言うエマに、ナワーブは「お前が言うな」という言葉を飲み込み、ゴーグルを被り直した。





「わあ、ヴィオレッタさんなの!」
「ん?ああ、あんたなのか」
「ふふ、見て!私もみんなとお揃いにしたの!」
そう言って待機ロビーに訪問してきたヴィオレッタは、「時の狩人」の姿だ。頭に白い網目模様の仮面を被り、背中が時計の文字盤になっている。大きな義足が時計の針の形をしており、後ろに背負ったギアが時を刻み、パイプからは蒸気が噴き出している。
ナワーブはそれを見て、「ああ」と頷くと自身の腕を摩る。
「あんたもスチーム出てるもんな。俺と同じで」
「ヴィオちゃん、時計私とお揃いだ!」
「お面の模様が私とそっくりなの!」
トレイシーが腕時計を掲げ、エマがスカートを両手で摘み上げてお辞儀をするようにタイツを見せる。
三人の反応に、ヴィオレッタは手を叩いて大きく頷く。
「そうでしょう?そうでしょう⁉︎」
「君も懐かしい衣装を着てきたなあ」
「うふふ」
ルカが感心したように呟けば、ヴィオレッタは両手を口に当てて少女らしい笑みを浮かべる。
丁度ルカがこの荘園にやって来た時に、シーズンの主役に選ばれたヴィオレッタの衣装がこれだった。
「懐かしい」とは言ったが、どちらかというとルカには苦い思い出しかないのだが。
ここに来て最初に彼女に追いかけられた時もこの衣装だったなあ……
遠い目をするルカに気づいているのかいないのか、ヴィオレッタはご機嫌に体を揺らしている。
「覚えててくれて嬉しいわ。今日はね、一緒に遊ぼうと思って私が来たの」
「本当?」
「ええ!今日はお揃いだから特別よ。だからみんなが解読してる間はルカと追いかけっこしてるわね」
「…………え」
突然の指名にルカの反応が遅れた。その間にやる気満々のトレイシーとエマが元気に返事をする。
「分かった、早く終わらせるね!」
「任せてなの!」
「待て待て、なぜ私なんだ!暇つぶしならサベダーの方がいいだろう!」
テーブルを叩いて反論するルカに、ヴィオレッタはキョトンとした顔になる。
「あら、新しい衣装をじっくり見たいじゃない」
「普通に見てくれ……」
「それじゃあつまらないじゃない」
尚も反論しようとするルカの肩に手を置き、ナワーブが首を振る。
「諦めろ、ご指名だ。頑張って逃げろ」
「私が解読した方が良いのでは」
「俺だって解読よか追われた方がマシだわ。でも仕方ねえだろ、行ってこい色男」
「はあああああ……」
肺の空気を全て出し切るようなため息をつくルカに、ナワーブは苦笑して背中を叩いた。



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