2話


ルカが宿泊階から酒場へと降りると、デミが笑顔で「おはよう」と挨拶をする。
「随分とお寝坊さんね、ルカ」
「ああ、おはよう」
茶目っ気たっぷりにそう言うデミであったが、まだ時刻は朝の九時前だ。そこまで遅い時間ではないのではとルカは首を傾げたが、デミはくすくすと笑いながら言葉を続ける。
「イライなら陽が出る前に教会に向かって行ったわよ」
「彼は私と違って真面目なんだ」
ルカはそう答えながら、その時間に起こされなくて良かったと安堵する。
イライは聖職者らしく規則正しい生活をしているが、本来のルカは夜に活動をする魔物なのだ。今は人の生活に合わせて寝起きをしているとは言え、そんな時間から活動するのは耐えられない。
デミが朝食を勧めるのを断り、ルカはコーヒーを受け取ると仕事の邪魔にならないように店内の端に腰掛けた。今日からトレイシーが調査に加わるので、彼が来るのをルカは待つ必要がある。
窓の外を眺めながら時間を潰していると、表が騒がしくなる。何事だろうかとルカが腰を浮かせると、扉がバンと音を立てて開いた。
「デミ!デミ!ちょっと早く来てちょうだい!」
「もー!大した事ないってば!大袈裟!」
酒場に飛び込んできたのは看板娘のマルガレータと、ガッチリとその腕に首をホールドされたトレイシーだった。
おっとりとした印象のマルガレータだったが、今は眦を吊り上げ、ジタバタと暴れるトレイシーをずるずると引きずるパワフルさを見せている。
昨日、あれだけ嫌そうな顔をしていたトレイシーがどんな態度でやってくるだろうか。ルカはそれを密かに想像して楽しんでいたのだが、これは完全に予想外の登場だ。
「デミ!どこにいるのよ!」
「あーもー、何よ!うるさいわね、今忙しいんだから……」
「見てよこれ!」
ぶつぶつと文句を言いながら厨房から出てきたデミに対し、マルガレータはトレイシーの顎を掴んで強制的にそちらを向かせる。トレイシーの顔と首には傷を覆う絆創膏が貼られている。
それまで不満げな顔をしていたデミだったが、驚愕に目を見開いたあと、眦が吊り上がっていく。
「どうしたのよ、この怪我!」
「え、えっと……ちょっと転んで……」
「デミ、そんな事よりドーフリンちょうだい!」
「分かってる」
バーカウンターから酒瓶を持ってきたデミは、清潔な布に酒を染み込ませる。そしてトレイシーの絆創膏を剥がして傷口に押し当てた。途端にトレイシーは顔を顰める。
「うううう……!」
「沁みるだろうけど我慢して」
「分かってるけどぉ!こんな怪我、大した事ないじゃんん……」
「何言ってるのよ!この可愛い顔に傷が残ったらどうするの‼︎」
「はい、動かない」
「なんでみんな同じ事言うの……ううっ!」
デミがトレイシーの頬の傷から布を外して、次は顎の傷に布を宛てがう。
「………………」
気のせいだろうか。三人から距離があったルカの目には、トレイシーの頬の傷が消えたように見えた。まさかな、と思いつつも気になったルカは、酒場の三姉弟の側へと近づいていく。
「ほら、最後!首!」
「いたたた!ねー、これ飲んだ方が早いじゃん……」
「何言ってるのよ、子供にはドーフリンは飲ませられないわ」
「私、成人して」
「動かない!」
「うう……」
反論を全て封じられ、トレイシーは呻く事しかできない。
全ての傷の手当てが終わり、痕が残っていない事を確認すると漸くデミは満足そうに頷いた。
「これでいいわ」
「もー、トレイシーったら!顔に怪我なんてするから心配しちゃったじゃない」
「心配してる相手にヘッドロックかけないでよ、うぐっ!」
すりすりと頬擦りをしてくるマルガレータに、トレイシーが諦めの境地で脱力していると、脇から伸びてきた手が強引に顎を掴み、顔を上向かせる。驚くトレイシーの眼前にはルカの顔があった。
ルカはじろじろと無遠慮にトレイシーの顔と首を見て、綺麗さっぱりと怪我が消えていることを確認する。
「…………傷がない?」
「そうなの、すごいでしょう?デミのドーフリンなら軽い病気とか疲労、軽傷程度ならあっという間に治してしまうの」
「飲み過ぎは良くないけどね。味も最高なんだから。勿論、レシピは秘密よ。教えられないわ」
「それは素晴らしいな。ぜひ味わってみたい」
「それなら試飲用にこの小瓶をプレゼントするわ。お気に召したら是非、営業時間に飲みに来てちょうだい」
「ああ、ありが」
「ええい!近い‼︎」
「ぐっ……」
デミとのやりとりの最中だったが、トレイシーの掌底がルカの顎に決まる。
ずっと顔を固定されたまま、至近距離で会話を続けるルカにトレイシーの限界が来たのだ。近いのも気になるが、なによりもずっと上向かされた首が痛い。
「あんたのパーソナルスペースどうなってるの⁈近いんだよ!ずっと!離れろ!」
「そうか?今の君たちの方が近かったと思うんだが……何故、異性が平気で同性の私にその反応をするんだ」
掌底打ちの決まった顎を摩りながら、ルカは不思議そうにしている。
「吸血……じゃなくて見ず知らずのあんたと、ずっと一緒に仕事してる二人じゃ信頼度が違うんだっての」
「これは手厳しいな。しかし、これから行動を共にするわけだから、もう少し歩み寄って貰いたいんだが」
「それは」
「トレイシー、来てるのかい?来てるならちょっと頼まれてくれる?」
「あ、はーい!」
奥の部屋から女将に呼ばれ、ぱたぱたとトレイシーは走って行ってしまう。
ふとルカは、女性二人がじっとこちらを見ている事に気付いた。
「どうかしたかな?」
「……その、なんと言うか」
「トレイシーは人と当たり障りのない接し方をする子なのに、随分あなたには態度が違うんだなと思って」
「ああ。それはちょっとした擦れ違いがあって、嫌われてしまっているんだ」
「あら、そうなの?」
「私が悪かったんだ。しかし、どうにかして仲直りをしたいと」
ルカが少し落ち込んだ態度でそう言えば、デミとマルガレータは同情する様な顔になる。
この宿泊客は風変わりな格好をしてはいるが人当たりが良く、紳士的だと二人は思っている。なにより聖都の教会から派遣された人物、況してや聖匙の使徒のパートナーに選ばれた者が悪人であるはずがない。
刺々しい態度を取っているトレイシーだって、理由もなくそんなことをする子ではないのは自分達がよく知っている。
ルカはそんな二人に、気恥ずかしげに微笑んだ。
「良ければ、トレイシーの事を教えてくれないだろうか。あの子の事について知れば、もっと歩み寄れると思うんだ」
「そういう事なら協力するわ」
「ありがとう」
ルカは感謝を伝えながら、さて何を聞き出そうかと思考を巡らせる。
トレイシーに警戒されているのは事実だし、彼ともう少し友好的な関係になりたいのも事実だが、それよりルカは気になっていることがある。
――あの少年、何かを私達に隠している気がして仕方がない。
人外の疑いをかけられたと言っていたが、トレイシーには微かに魔物ではない人外の気配が纏わりついているのだ。それも一つではなく複数の気配だ。一つは喪失の呪いをかけた相手なのだろうが、もう一つにルカは何か既視感を感じているのだ。
既視感といえば、イライも「あの子どこかで見たような」と溢していた。
吸血鬼のルカを警戒するのは分かるのだが、トレイシーはイライに対しても警戒するような態度を取り続けている。
崇める、とまではいかないが、通常の反応ならば信仰する宗教の使徒を見たらもう少し安堵するような、救われるような表情になるものではないだろうか。どうしたら警戒する対象になるのか。
あまり露骨な事を聞くのはよろしくないよなとルカが考えていると、厨房の扉が開いてトレイシーが顔を覗かせる。
「調査員さん、緊急の依頼入ったからちょっと行ってくる。そんな時間かかんないと思うから」
「ああ。構わないよ」
「どうかしたの?」
「またダイヤル錠の番号変えて忘れたって、肉屋の旦那さんが……」
「もうダイヤル錠使うのやめて普通の南京錠にすればいいのに」
「それ提案してみるよ……じゃ、行ってくる!」
それだけ言って、裏に引っ込んでしまったトレイシーに、ルカは首を傾げた。
「何故、ダイヤル錠?」
「トレイシーは手先が器用だから、本職以外にも鍵師もしてるのよ。ダイヤル錠も作るし、そこまで複雑じゃなければ金庫も開けられるんだから」
「時計職人だというのは聞いていたが、そんなこともしてるのか」
「時計だけじゃなくて、機械系はなんでも得意みたい。修理もしちゃうし、凄いものも作るのよ」
「なるほど。幼いのに腕がいいとは、東の職人街の出身なのかな」
「いいえ、もっと遠くの田舎の出って言ってたわよ。なんてとこだったかしら……えっと」
「エジルでしょ。地名に弱いわよね、マルガレータ」
「人の名前なら覚えられるのだけど。それに私の故郷と正反対なんだもの」
「エジル……」
ルカは頭の中にある国の地図を思い出す。確か、エジルは北の方角にあった町の名だったように思う。
その地方は発展が緩やかだが自然が豊かで昔の様に妖精が見られるという噂もある。空気中に含まれる魔力の素も多く、それが原因か住人達は皆が髪の色が薄いのだと聞いている。
「トレイシーの髪色はこの辺りでは珍しい色をしているが」
「あら、ルカもそうじゃない。でもそうね、トレイシーは町のみんなが同じ色だったから、旅に出てびっくりしたんですって。髪の色が濃い人が多いのは知らなかったって。それどころかどこに行っても自分の方が珍しがられるから、もう慣れたって言ってたわね」
「トレイシーと一緒に旅してた人達の方が目立つから、あんまり気にならなかったんじゃないの?」
「イノシシと一緒じゃそうでしょうね」
「……随分変わった道連れがいたんだな」
「小さな子供一人じゃ危ないからって町に来てた旅行客と一緒にいたそうよ。それで旅慣れしているんですって」
「ふうん。そうなのか」
イノシシと旅をしていたのは驚きだが、トレイシーの喪失の呪いをかけた相手は隠遁生活をしていたそうだから、そのイノシシを連れた人物がそうなのかもしれない。
しかし、知れば知るほどおかしなエピソードが出てくるなあの少年、とルカは呆れを通り越して感心してしまう。
「旅の記憶が楽しかったから、お仕事の契約が終わって即座に飛び出してきたそうよ」
「契約?専属の技師でもやっていたのかな?」
「うーん?そういうのじゃなくて、行儀見習いっぽい事をしていたみたい。でもその辺りの事はトレイシーは話したがらないのよね」
「本当に嫌そうな顔するもんねえ。よっぽど楽しくなかったみたいで」
「旅の話はよくしてくれるけれど」
「故郷の話はしないのか?」
「そうね。嫌いではないみたいだけど」
「いいところではあったみたいよ。オーロラが出るから観光客も多くて……そう、そこでイノシシの紳士と愉快な魔術師さんと知り合ったんだって言ってたわ」
「愉快な魔術師……」
ルカの中で魔術師と愉快と言う言葉は結びつかない。彼らは厳しい修行と魔力強化の為に節制した生き方をしているので、堅苦しい人物が多い。それが愉快。あとイノシシの紳士とはなんだ。
聞けば聞くほど分からない。ルカが眉間に皺を寄せて考え込んでいると、表の扉を開いてトレイシーが戻ってくる。
「あら、おかえりー」
「早かったわね」
「もうナンバー錠リセットしてきた。ただの南京錠として使ってって」
「なるほど。それがいいわ」
トレイシーはきょろきょろと辺りを見回し、首を捻る。気のせいかと思っていたが、白い司祭見習いの姿が見当たらない。調査の協力を言い出したのは彼の筈なのに、どこにいるのだろうか。
イライを探しているトレイシーに構わず、扉へ向かうルカを慌てて引き止める。
「さあ、行こうか」
「待って、イライは?一緒じゃないの?」
「うん?彼なら別行動だよ。言っただろう?イライは陽の光に弱いから日中はあまり外にいられないんだ。だから教会にいる。調べ物が山の様だからね。教会の人員とそちらを担当してもらう」
「は……?ちょ、ちょっと待って?それじゃあもしかして、あんたと二人で調査するの……?」
トレイシーは引き攣った顔でそう尋ねると、ルカはきょとんとした表情で頷く。
「その通りだけど、言ってなかったか?」
「き、聞いてないけど⁉︎」
「それはすまない。私は魔力さえ供給してもらえれば動けるから、無駄に魔力が有り余っている君がいれば充分なんだ」
「無駄じゃないし!ってそこじゃないんだよ、私を魔力の供給源扱いする為に巻き込んだわけ⁉︎」
「行動力があって賢くて補給もできるのは最高の条件ではある。私にとって」
「帰る!」
くるりとルカに背を向け、酒場の奥へ向かおうとするトレイシーだったが、またもやルカにサスペンダーを掴まれ引き止められる。
「まあ待ってくれ。そう言わずに」
「離せっての」
「一度頼みを請け負ったのは君じゃないか。それに君が駄々を捏ねている間に、犠牲者がまた出てしまったらどうするんだ」
「うう……それは」
「何を警戒しているのかは分からないが、男の血に興味は無いと、むぐ」
ルカが余計な事を言うので、トレイシーは慌てて両手で男の口を塞ぐ。
この場には吸血鬼が好みそうな、妙齢の美女が二人もいるのだ。
連続殺人事件の犯人も吸血鬼ではないかと噂されている。そんな中、封神化で害はないとはいえ、私は吸血鬼ですなどと自己紹介をするのはやめてもらいたい。マルガレータは被害者の一人なのだから怯えさせてしまうかも知れない。
トレイシーはルカのネクタイを引っ掴み、声を潜めて「ここで余計な事を言うな」と釘を刺す。
「すまない、つい」
「ついじゃないんだよ!こんな女性だらけの場所で失言するな!」
そろりとトレイシーがデミとマルガレータに視線を向けると、何故だか微笑ましいものを見るような目を向けられている。その視線の意味は分からないが、ルカの失言は聞こえていなかったようだ。その事に安堵する。
この胡散臭い吸血鬼と二人きりは嫌だけど、協力することを承諾したのはトレイシー自身だ。パウラにも大丈夫と言い切ってしまった手前、こうなっては仕方がない。トレイシーが諦めるしかないだろう。
トレイシーはルカのネクタイを掴んだまま扉へと引っ張っていく。
「あらトレイシー、どこに行くの?」
「調査の手伝い。イルダさんにお店の開く時間には戻ってくるからって言っといて」
「そう、仲直り出来たみたいで良かったわ、いってらっしゃい」
看板娘の二人に見送られ、トレイシーとルカは酒場を後にした。
そのままずかずかと歩き、店から距離をとったところでトレイシーはルカに向き直った。
「で?どこから調査を始めるつもりなの、調査員さん」
「おや、協力してくれる気になったのかい?」
「あんたが駄々捏ねるなって言ったんでしょう。それに、腹は立つけどあんたの言う通り、これ以上犠牲者増やすわけにはいかないもん」
「分かってくれたようで何よりだ。そもそも私は、君と敵対するような立場ではないからね。まずは被害者達の遺体の発見現場へ行ってみようと思う」
「分かった」
並んで歩く二人の頭上、本日のドラクルの空は、ルカが到着してから初めて曇り空を見せてくれた。これなら魔力の枯渇を心配しなくて済みそうだ。天に嫌われたのかと思う程、憎らしい晴空が続いていたのでイライもルカもうんざりしていたのだ。
ずれてしまったネクタイを直しながら、「ああ」とルカがトレイシーに顔を向ける。
「マルガレータさんが以前住んでいたというアパートの場所を君は知っているかい?」
「え?うん。分かるけど」
「先にそちらを案内をして欲しい。彼女が襲われた現場と聞いている。時間が経ってしまったとはいえ、犯行現場に何か手掛かりが残っていないとも限らない。殺人事件と繋がりがある前提の調査はしていない筈だろう?」
「なるほど」
ルカの言い分はもっともだ。トレイシーはルカの先に立つと「こっち」と道を先導する。
大通りを外れ、人通りも建物も少ない道を進む。二人が着いた場所は民家はあるものの店の様なものはなく、街灯もまばらなので、日中はいいが夜になれば人目はなくなる様な場所だ。
トレイシーは外観の小洒落ているアパートを指差し「あれだよ」とルカに教える。
「前にマルガレータが住んでたとこ。襲われたのはこの辺りだけど」
「ふむ。何か見つかるといいのだけれど」
ルカはごそごそと服を探り、L字型の金属のロッドを二本取り出した。トレイシーは見慣れない器具に、不思議そうな顔でルカの手元を覗き込む。
「なに、これ?」
「ダウジングロッドだよ。水脈なんかを探す時に使われている技術だな。振り子なんかを使う事もある。これは私の作ったものだから通常のものとは少し違うけれどね」
「これで調査するの?」
本当に大丈夫か、と胡乱げな顔を隠そうともしないトレイシーに、ルカは困った様に笑う。
「そんな詐欺師を見るような顔をしないでくれないか。これは科学道具の一つでもあるんだ。私達を手掛かりへと導いてくれる筈さ。仕組みを逐一説明してもいいが、時間が惜しいのでそれはまたの機会にしよう」
ルカがロッドを指でなぞりあげると、電気の火花が散る。何が始まるのかと見つめていたトレイシーが驚いて後退る。
「な、なに⁈」
「ああ、危ないぞ。私のダウジングはロッドを磁化させる必要があるんだ。その為に電流を発生させているから少し離れていてくれ」
「先に言いなさいよ!電流って吸血鬼ってそんな能力あんの……?」
「いや。吸血鬼の力は今は封じられているよ。これは人間の頃に事故で得たものさ。代償が大きすぎた、割に合わない力ではあるが、慣れた今は便利に使っている」
ルカはそう言って、ダウジングロッドを両手に一本づつ持つと、胸の前に構えてあちらこちらをうろうろと歩きまわる。何が起こるのだろうかとトレイシーは黙ってその動作を見ていたが、しばらくするとルカは首を振りながら戻って来た。
「流石に時間が経ち過ぎているな。何も反応がない」
「それ、本当に意味あるの?」
益々胡散臭げにダウジングロッドを見やるトレイシーに、ルカはにこりと微笑む。
「本領発揮はこれからさ。街の外へ出よう。事件現場を確認しなくては」




自信に満ちた声でそう宣言したルカだったが、市外に出て事件現場で同じくダウジングを試してみても、ロッドが反応する事は無かった。
トレイシーがいよいよ猜疑心に満ちた目をルカに向け始めたが、当人は涼しい顔で全く気にした様子はない。
「うん。ここにも何も手掛かりは無しか」
「ねえ。さっきから、ただただ棒持ってうろうろしてるだけの状態を見せられてるんだけど、これ私いる?もうアパートから四箇所目だけど、それ本当に役に立つの」
「まあまあ。捜査に焦りは禁物だよ、助手くん。君の役目はそのうちに分かるよ」
「はあ……」
「おや、もう疲れているのかい?しっかりしてくれ。まだ半分も見ていないというのに」
「全部の事件現場でこれをやるつもりなの……」
「うん」
背中を力強く叩き、次の現場へと促すルカに、トレイシーは協力を承諾した事を早くも後悔し始める。この男は魔法科学調査が得意という話だったが、なんだかとても雲行きが怪しく思えてきた。
嫌々ながら歩くトレイシーを半ば引きずる様に、ルカは四つ目の殺人事件の現場へと向かう。
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