1話
図書館のエントランスに降りてたルカを見て、イライは首を傾げた。
「なんだか、とても機嫌が良さそうだね」
「分かるかい?」
「それはね」
イライはじっとルカの顔を見やる。先ほどまで貼り付けた薄ら笑いだったのに、そんなににこやかな顔になっていれば分からない筈がない。
「将来有望な少年と対話が出来たものでね」
ルカは先程まで共にいた帽子の少年の事を思い出し、くすくすと笑う。
当人は頑張って隠していたつもりの様だが、ルカの姿が余程怪しく見えたのか、とっても逃げたそうにしていたのがまたおかしくて、ついつい意地悪をしてしまった。
折角暇つぶしにと図書館に向かったのに、あの分野の本は大体がルカが見たことがある内容だったのだ。その為に早々に読書に飽きていたルカは、梯子に腰掛けて暇を持て余していたのだ。
そうしたらあの不格好な帽子を被った少年がやって来た。退屈だったのでそのまま気配を消してしばらく観察していると、少年はずっと何かを探している事が分かった。
誰もいないと油断してか、あからさまにがっかりしたり、眉間に皺を寄せて何か悩んでいたりと考えていることが全て顔に出ている姿が面白かった。
なのでルカは彼に話しかけてみたくなってしまったのだ。ずっとそこにいたのに、ルカが完全に気配を消していたせいか存在に全く気付いていなかった少年は、ルカが話しかけると声も出さずにぴょんと飛び上がった。そのウサギの様な反応に、ルカは笑いを堪えるのが大変だった。
「残念ながら、主義が合わない様子だったが、それでもまた話す機会があるといいと思っているよ」
「それは良かったけど、僕らやることあるからそっちも忘れないで欲しいね」
「わかっているとも。それじゃ、早速調査状況を聞こうか」
そう言って顔つきを変えるルカに、切り替えが早いなとイライは感心する。
「警部さんは常識的な人で話は早かったよ。いろいろ教えてもらえた。詳細は後ほど確認するとしてだ。君が言っていた疑問は妥当だったみたいだよ、ルカ。僕達、というか君が派遣された理由は、この一連の事件を解明するためには物的証明が必要だったからだ」
「というと?」
「どうもこの事件は三ヶ月前どころか数年前から続いているものなんだ。ただそちらは身寄りのない一人旅の女性ばかりが狙われていた事と、犯人の手口が巧妙だった為に証拠どころかご遺体も無い。被害者が行方不明な事は確かだけれど、どこでそうなったかの証明が出来ていない。祓魔師殿の霊視で見えたものだけしか情報がないから警察にも伝えられていないそうだ」
「待ってくれ。調査するのは構わないが、その完璧主義者の犯行と、ここ三ヶ月の大胆な犯行が繋がっているとは私には到底思えないのだが?」
「教会公認の祓魔師殿を舐めない方がいいよ、ルカ。その人は霊視が得意でね、被害者の魂の残滓を追うと、皆が美術館へ向かっているらしい。そうして血を奪われた事を嘆いていると」
「あー……」
被害女性達の全身の血が抜かれている話は先程聞いたばかりだ。それは、行方不明事件も今回の連続殺人と無関係では無さそうだ。
それでも突然完璧だった犯行が三ヶ月前から大胆、というよりも杜撰になった理由がルカには気になった。
「事件が繋がれば、今疑われてる人は六ヶ月未満の滞在者だから容疑から外れるんだそうだ」
「ん?二人いるんじゃないのか?容疑者は。金髪の人間は二人いると君は言っていなかったか?」
ルカの疑問の声に、イライは唸りながら天井を見上げる。
「それがねえ……なんだか、はぐらかされたというかはっきりしないというか……」
「どういう事だ?」
「会った方が早い、だそうだよ。司祭様からは明日、お相手方と会う約束を取り付けてあるからとだけ。こちらの都合ではなく向こうに合わせないと会っていただけないらしいよ。容疑者様方には」
「……容疑者なのに大分丁重な扱いだな?」
「最初は事件の早期解決のためと協力的な対応で、屋敷の出入りを許可したのに聴取に来た警察も魔払いもあまりに目に余る態度だったせいで、女主人のお怒りを買ってしまったらしい。顔馴染みの巡査以外は永久出禁となってるそうだよ」
「色々やらかしているな」
「そしてもう一つ。未遂で終わったから一連の事件として数えられていないんだけど、最初の事件より半月前に、街中で女性が襲われていたんだそうだよ」
「街中で?しかし、未遂ということは、その女性は生きているのか?」
「そう。シュテルンという酒場で住み込みで働いているそうだよ。話はこちらも直接聞いてもらった方が確実だって言われたから、これから行こうかと思っているんだけど」
「そうか。しかし私は、件の美術館が気になっているんだが……」
「え?いきなり殴り込みは無理だよ?ちゃんと許可取らないと」
「そんな事を私がすると思うか……?下見というか、先に中を確認したいんだ。どんなものが展示されてるのかが気になる。美術館なら夕方に閉館してしまうだろうし、この時間ならざっと中を見るだけでもいい」
「それはいいけど……うーん、でもそうなると、困ったな。酒場も開店してしまったら忙しくなるだろうし、暗くなる前に行っておきたいんだけど……それだと時間が足りないなぁ」
困ったように首を捻るイライに、ルカはあっけらかんと答える。
「だったら二手に分かれればいいじゃないか。君は酒場に、私は美術館に行けばいい」
「……………………正気かい?そんな提案をするとは。僕、君の監視役でもあるわけだけども」
眉間に皺を寄せて硬い声を出すイライだったが、ルカは苦笑しながら自身の頭に触れる。
「『枷』が握られているのに私が好き勝手出来る筈がないだろう。怪しいと感じたらいつでも対応してもらって構わない。私としても早く自由が欲しいのに、自ら墓穴を掘る様なことはしないさ」
「そこまで言うなら、言う通りにしよう。でも、ルカの魔力の残量は大丈夫かな?」
「う……」
イライの指摘に、ルカの顔が引き攣る。ルカは吸血鬼の能力に制限を受けているので、自前の魔力も制限されてしまっているのだ。だから人間に擬態する為の魔力も、外部からの供給頼りだ。
ところが今日は太陽の光を無防備な状態で受け、更に魔除けの鐘を間近で聞いてしまったので、出発前に教会で補充して貰った魔力は大分底を尽きかけている。
「少し、心許ないといえばそうだが。でも大した事はしないだろうし、節約するさ」
陽が沈みさえすれば今よりましになる筈なので、それまで辛抱すればいいだけだ。そう考えたルカはイライにそう答えた。
「くれぐれも無茶はしないでくれ。君の方が終わったら酒場に来てほしい。そこが僕らの今日からの宿になるから」
「承知したよ」
「なんだか、とても機嫌が良さそうだね」
「分かるかい?」
「それはね」
イライはじっとルカの顔を見やる。先ほどまで貼り付けた薄ら笑いだったのに、そんなににこやかな顔になっていれば分からない筈がない。
「将来有望な少年と対話が出来たものでね」
ルカは先程まで共にいた帽子の少年の事を思い出し、くすくすと笑う。
当人は頑張って隠していたつもりの様だが、ルカの姿が余程怪しく見えたのか、とっても逃げたそうにしていたのがまたおかしくて、ついつい意地悪をしてしまった。
折角暇つぶしにと図書館に向かったのに、あの分野の本は大体がルカが見たことがある内容だったのだ。その為に早々に読書に飽きていたルカは、梯子に腰掛けて暇を持て余していたのだ。
そうしたらあの不格好な帽子を被った少年がやって来た。退屈だったのでそのまま気配を消してしばらく観察していると、少年はずっと何かを探している事が分かった。
誰もいないと油断してか、あからさまにがっかりしたり、眉間に皺を寄せて何か悩んでいたりと考えていることが全て顔に出ている姿が面白かった。
なのでルカは彼に話しかけてみたくなってしまったのだ。ずっとそこにいたのに、ルカが完全に気配を消していたせいか存在に全く気付いていなかった少年は、ルカが話しかけると声も出さずにぴょんと飛び上がった。そのウサギの様な反応に、ルカは笑いを堪えるのが大変だった。
「残念ながら、主義が合わない様子だったが、それでもまた話す機会があるといいと思っているよ」
「それは良かったけど、僕らやることあるからそっちも忘れないで欲しいね」
「わかっているとも。それじゃ、早速調査状況を聞こうか」
そう言って顔つきを変えるルカに、切り替えが早いなとイライは感心する。
「警部さんは常識的な人で話は早かったよ。いろいろ教えてもらえた。詳細は後ほど確認するとしてだ。君が言っていた疑問は妥当だったみたいだよ、ルカ。僕達、というか君が派遣された理由は、この一連の事件を解明するためには物的証明が必要だったからだ」
「というと?」
「どうもこの事件は三ヶ月前どころか数年前から続いているものなんだ。ただそちらは身寄りのない一人旅の女性ばかりが狙われていた事と、犯人の手口が巧妙だった為に証拠どころかご遺体も無い。被害者が行方不明な事は確かだけれど、どこでそうなったかの証明が出来ていない。祓魔師殿の霊視で見えたものだけしか情報がないから警察にも伝えられていないそうだ」
「待ってくれ。調査するのは構わないが、その完璧主義者の犯行と、ここ三ヶ月の大胆な犯行が繋がっているとは私には到底思えないのだが?」
「教会公認の祓魔師殿を舐めない方がいいよ、ルカ。その人は霊視が得意でね、被害者の魂の残滓を追うと、皆が美術館へ向かっているらしい。そうして血を奪われた事を嘆いていると」
「あー……」
被害女性達の全身の血が抜かれている話は先程聞いたばかりだ。それは、行方不明事件も今回の連続殺人と無関係では無さそうだ。
それでも突然完璧だった犯行が三ヶ月前から大胆、というよりも杜撰になった理由がルカには気になった。
「事件が繋がれば、今疑われてる人は六ヶ月未満の滞在者だから容疑から外れるんだそうだ」
「ん?二人いるんじゃないのか?容疑者は。金髪の人間は二人いると君は言っていなかったか?」
ルカの疑問の声に、イライは唸りながら天井を見上げる。
「それがねえ……なんだか、はぐらかされたというかはっきりしないというか……」
「どういう事だ?」
「会った方が早い、だそうだよ。司祭様からは明日、お相手方と会う約束を取り付けてあるからとだけ。こちらの都合ではなく向こうに合わせないと会っていただけないらしいよ。容疑者様方には」
「……容疑者なのに大分丁重な扱いだな?」
「最初は事件の早期解決のためと協力的な対応で、屋敷の出入りを許可したのに聴取に来た警察も魔払いもあまりに目に余る態度だったせいで、女主人のお怒りを買ってしまったらしい。顔馴染みの巡査以外は永久出禁となってるそうだよ」
「色々やらかしているな」
「そしてもう一つ。未遂で終わったから一連の事件として数えられていないんだけど、最初の事件より半月前に、街中で女性が襲われていたんだそうだよ」
「街中で?しかし、未遂ということは、その女性は生きているのか?」
「そう。シュテルンという酒場で住み込みで働いているそうだよ。話はこちらも直接聞いてもらった方が確実だって言われたから、これから行こうかと思っているんだけど」
「そうか。しかし私は、件の美術館が気になっているんだが……」
「え?いきなり殴り込みは無理だよ?ちゃんと許可取らないと」
「そんな事を私がすると思うか……?下見というか、先に中を確認したいんだ。どんなものが展示されてるのかが気になる。美術館なら夕方に閉館してしまうだろうし、この時間ならざっと中を見るだけでもいい」
「それはいいけど……うーん、でもそうなると、困ったな。酒場も開店してしまったら忙しくなるだろうし、暗くなる前に行っておきたいんだけど……それだと時間が足りないなぁ」
困ったように首を捻るイライに、ルカはあっけらかんと答える。
「だったら二手に分かれればいいじゃないか。君は酒場に、私は美術館に行けばいい」
「……………………正気かい?そんな提案をするとは。僕、君の監視役でもあるわけだけども」
眉間に皺を寄せて硬い声を出すイライだったが、ルカは苦笑しながら自身の頭に触れる。
「『枷』が握られているのに私が好き勝手出来る筈がないだろう。怪しいと感じたらいつでも対応してもらって構わない。私としても早く自由が欲しいのに、自ら墓穴を掘る様なことはしないさ」
「そこまで言うなら、言う通りにしよう。でも、ルカの魔力の残量は大丈夫かな?」
「う……」
イライの指摘に、ルカの顔が引き攣る。ルカは吸血鬼の能力に制限を受けているので、自前の魔力も制限されてしまっているのだ。だから人間に擬態する為の魔力も、外部からの供給頼りだ。
ところが今日は太陽の光を無防備な状態で受け、更に魔除けの鐘を間近で聞いてしまったので、出発前に教会で補充して貰った魔力は大分底を尽きかけている。
「少し、心許ないといえばそうだが。でも大した事はしないだろうし、節約するさ」
陽が沈みさえすれば今よりましになる筈なので、それまで辛抱すればいいだけだ。そう考えたルカはイライにそう答えた。
「くれぐれも無茶はしないでくれ。君の方が終わったら酒場に来てほしい。そこが僕らの今日からの宿になるから」
「承知したよ」
