色無き芙蓉(ナワトレ)
――カーテンが風にそよぐ。
閉め切っていた窓が開け放たれている。
そしてその窓辺に一人、男が腰掛けている。
赤い、血とワインの色の衣に、月光を紡いだ白髪。胸に開いた穴に伝承の石を宿す男。先ほどまで美しい死体でしかなかった存在。
物言わぬ肉の塊であった筈の男は、人ならざる気配を纏ってトレイシーにうっそりと微笑みかける。
トレイシーはゆっくりとソファーから立ち上がる。
この領域が、自分ではない存在に支配されている事を感じ取る。
「訪ねて来てやったぞ、人形」
「……招待した覚えはないんだけど」
トレイシーは困ったように眉根を寄せながら、頬に片手を添える。
「お客さんをおもてなし出来るようなもの、ここには無いんだよね」
「気にするな。お前を死なせに来ただけだ」
赤い来客が窓辺に立ち、窓の外から蛇の様にうねりながら藤蔓が室内に侵入してくる。
藤の蔓はゆらゆらと伸び進み、窓枠は太い枝で埋め尽くされてしまう。伸びた藤蔓はトレイシーの足元にまで到達している。
赤い男はトレイシーのすぐ側にまでやって来ると、顎を掴んだ。
「どうしてやろうか?」
「諦めて欲しいんだけどなあ」
トレイシーは苦々しい顔で呟く。
「厄介な死神に取り憑かれちゃった……」
楽しげに、赤い死神は微笑んだ。
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