逆位置の御呪い(ナワトレ)
「どうかな?」
トレイシーに差し出された、補強の完了したドリームキャッチャーをナワーブは掲げた。
強度を上げるために少しだけ輪の飾りが小さくなってしまったが、その分よりツルバラの真円は硬く固定され、編み込まれた糸の幾何学模様もより繊細になっている。輪の下に吊るされた羽飾りとビーズには金具が追加され、取り外して交換ができる様になっている。これならフクロウに突かれても、落としてしまってもそう簡単には壊れないだろう。
少し不安気にしているトレイシーに、ナワーブは口角を上げて微笑む。
「ああ。いいな。気に入った」
「本当?良かった!」
合格をもらえたことに、トレイシーはほっと胸を撫で下ろした。ナワーブは理不尽に怒ったりしない事はわかっているけれど、やっぱりちょっぴり気に入らなかったらどうしようという緊張があったのだ。
「こほん」
「…………おい」
すす、とナワーブの隣にやってきたウィラが咳払いをし、ウィリアムがこっそりと肘でナワーブを突く。見なくても、責める様な目を向けているであろう事は予想できた。
――そんな急かされなくても分かってるっての。
ナワーブは二人を追い払う様に手を振ると、こちらに背を向けて片付けを始めたトレイシーを呼び止める。
「トレイシー」
「なあに?」
「あー、その……なんだ」
「?」
「…………お前の、その格好だけど」
「う、うん」
「っ…………」
言葉の続きをとても言いづらそうにしているナワーブに、トレイシーは何かおかしいのだろうかと服装を見下ろす。
体を捻って後ろも確認するが、自分では特におかしいところは見当たらなかった。
そこでトレイシーははっとする。
――もしかして、おかしいのは服じゃなくて、本当は全然私に似合ってないとか?だからナワーブも言いづらそうにしてる?もしそうだったらどうしよう。やっぱり、みんなに褒められたの真に受けるべきじゃなかったのかな。
トレイシーは、言葉の続きを言い淀んでいるナワーブに益々不安になり、身を小さく縮こまらせた。ぱたぱたと発条仕掛けの羽根が羽ばたきを繰り返す音すら、気恥ずかしく思えてしまう。
「……いな」
「え?」
悪い方に悪い方に考えて俯いてしまうトレイシーに、ナワーブはぼそりと一言何かを呟いた。
それが、とても小さな声だったのでトレイシーはうまく聞き取ることができなかった。思わず聞き返してしまったが、ナワーブは眉間に皺を寄せ、口を開きかけては閉じるという行動を繰り返す。
しかししばらくすると覚悟が決まったのか、深く息を吐き出すと真っ直ぐにトレイシーの目を見つめ返す。
「可愛いって言ったんだ」
「………………………………あ、ドリームキャッチャー?」
「違う」
数秒固まったトレイシーがぽん、と手を叩いて出した答えに、ナワーブはこめかみを抑えた。頑張って頑張って勇気を出して絞り出した褒め言葉を、どうして斜め上の方向に受け止めるんだ、こいつは。
きょとんとしている妖精にナワーブが脱力感を覚えたが、同時に無駄に緊張していた自分にもなにをしているんだかと苦笑が浮かぶ。つい、ウィラ達の勢いに流されてしまったが、自分らしくない。
ナワーブは手を伸ばし、飾りを潰さないようにトレイシーの頭を撫でた。トレイシーは一瞬目を閉じたが、大人しくナワーブの行動を受け入れている。
女性として褒めても、トレイシーは不思議そうにするだけだ。自分なぞ、精々ちょっと怖い兄さんくらいにしか思われていない。
――今の俺とこいつの距離感はこのくらいが限度なんだろう。恋愛云々以前の問題だ。
ナワーブは犬の子を相手にするように、乱雑にトレイシーを撫でたので、髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
しかしトレイシーはそれに怒るどころか、照れたように笑っている。
「えへへ、ナワーブに褒められた。そんなに御守り気に入ってくれた?」
「……ああ」
トレイシーはすっかりとナワーブが褒めたのはドリームキャッチャーだと思い込んでいる。ナワーブは諦めて、訂正することなく話を合わせる。
トレイシーが折角にこにこと楽しげにしているのに、水を差す気にはなれなかったのだ。笑ってるの可愛いし。
不満げな気配を両サイドから感じたが、そんな事は知ったことではない。自分には自分のペースがある。
「また壊れちゃったら、いつでも言ってね。直してあげる」
「その時は頼んだ」
少しづつ、トレイシーに歩み寄っていこう。
自身の恋心を自覚したナワーブはそう決心したのだが、実際はなかなか上手くはいかなかった。なにせ、無口なナワーブは女性達とゲーム以外の接点がないのだ。男同士で連んでいる事が殆どだ。
トレイシーも付き合いは悪くはないのだが、それは人に誘われればの話だ。大抵は自室に引きこもって自分の作業を優先させる。だからなかなか二人で話す機会というものはやって来なかった。
全く接点が無いわけではない。同じゲームに参加する回数は少なくはない。だが共通の話題というものがナワーブとトレイシーには無い。だから、ナワーブは話し掛けるきっかけが掴めないでいた。
――どうしたものか。
焦って距離を詰めれば、臆病なトレイシーは狼狽えた様子で盾になる人間を探すのが分かっている。まだ、やっぱり怖がられてる節があるんだよなとナワーブは唸るしかない。
そうして、トレイシーのことばかり考えていたせいか、ナワーブにはある変化が起きた。
「……またか」
鳥の鳴き声で目を開く。窓から入ってくる朝の風が心地いい。よく眠れたのですっきりとした目覚めだ。
ナワーブは寝台から体を起こすと、長い髪を鬱陶しそうに掻き上げた。身体はとてもいい状態だ。だが心身共に快適な目覚めとはいかなかった。ナワーブの気分は最悪だった。
見下ろした右手には何もない。当たり前の事なのに、それに酷い喪失感を覚えた。
「はあああ……」
ナワーブは全身の息を吐き出すと右手を強く握りしめた。
――手応えをやっと感じられたのに。
ここ最近、似た様な夢を見る。何度も何度もだ。その内容は消えることなく朝になってもナワーブの頭に焼き付いている。
悪夢では決してない。あれはいい夢に分類していいだろう。しかし、だからこそ起きた時に夢だった事を知ると虚しくなってしまうのだ。
ナワーブの見る夢は夜空の下で始まる。目を開くと夜の風の匂いしかしない、機能を停止したゲームフィールドに一人ぽつんと立っている。それは廃墟の病院、廃工場、異国の町並み、寂れた海辺の村など、よく見知った場所のことが多い。だがしかし、それらは夜というだけで全く別の空間にいるかの様だ。
なぜそこにいるのかはナワーブには分からない。平時の自身なら、きっとその場から離れよう、荘園に帰ろうとするだろう。だが夢の自分は「見つけなくては」という思考で脳を埋め尽くされている。
月も星もない、夜の帷は明かりがなければ何も見えない。しかしまるで獣にでもなったかのように、暗闇の中でもナワーブはなにがどこにあるのかが分かった。躓くことも、手で探ることもせずにゲームのフィールドを歩いて行く。
どこに向かっているのかとナワーブが考えていると、目の前にきらきらとしたものが現れる。はたりはたりと動く発条仕掛けの羽根をつけた、春の色を纏う華奢な妖精。「枯れない花」を着たトレイシーだ。
彼女はその場に蹲って眠っていたり、くるくると踊っていたりとその時々で好き勝手に過ごしている。決まっているのはナワーブが近づくと、逃げていってしまうことだ。
と言っても本気で逃げているわけでなく、距離が開けばこちらを振り向き、足を止めてじっとこちらを追いかけて欲しそうに見つめている。
追えば逃げ、距離が開けば立ち止まり、捕まりそうになれば飛んで逃げる。朝が来るまでずっと二人で鬼ごっこを繰り返す。
遊びのつもりなのか、夢の自分はとてもそれを楽しんでいる。夢のトレイシーも楽しげだ。だが、遊びのはずなのに頭の何処かで本当に捕まえてしまえという声がする。それは時間が経つほどに大きくなっていく。
ナワーブがその声に従って腕を伸ばすと、トレイシーは高く飛んで逃げていってしまう。
いつもそこで夢は終わる。
――今日は、足を掴んだと思ったのに。
飛び立つ寸前の妖精の足に手が届いた。ナワーブはそう思ったのだ。しかし夢は所詮は夢だ。そこで目が覚めてしまった。
ようやく、という思いがあったので夢だと分かってしまった後の喪失感は言い表せない。
「あー……」
いつまでも夢現つのままでいるわけにはいかない。夢の残滓を振り払い、ナワーブは寝台から立ち上がった。――顔でも洗おう。
浴室の扉を開き、洗面台の前に立つ。ぽっかりと胸に穴が空いたようなナワーブの気分とは裏腹に、鏡の自身の顔色は至って良好だ。
洗顔と朝の支度を済ませ、部屋に戻る。ふと目についたのは、白いドリームキャッチャーだ。ナワーブはきらきらと朝日を浴びて光るビーズに夢の中の妖精を思い浮かべた。
悪夢を祓う御守り。その名の通り、ナワーブは全く悪夢を見ない。だがしかし、夢見が良過ぎるのもそれはそれで辛いのだ。追いかけっこをしている夢とは違って、現実では相変わらずトレイシーとナワーブの距離は付かず離れず、一定のままだ。
「はっ……お前は今日も絶好調だな」
ドリームキャッチャーを指で優しく弾き、ナワーブは苦笑を浮かべるのだった。
現実ではないと分かっていても、起きたら虚しさを覚えるとしても、片思いの相手が夢に出るのはやはり嬉しい。
毎晩必ずという訳ではないが、数日に一度は訪れるあの夢をナワーブは密かに楽しみにしていた。トレイシーが「枯れない花」を着ているのを見ると、今日もあの夢が見れるかもしれないと期待してしまう。
しかし、ナワーブのそんなささやかな楽しみは、ある時から突然終わってしまう。
春色の妖精の夢は、春の終わりと共にすっかりと見れなくなってしまったのだ。
偶然なのか、トレイシー自身も「枯れない花」を着なくなってしまったので、夢でも現実でもあの可憐な衣装を纏う彼女を見ることは叶わない。服装など当人の気分によるものなので仕方がないことなのだが、それがナワーブには残念でならなかった。
目が覚めて、ああ今日もあの夢は見れなかったとがっかりする。夢なんかに縋るのは情けないとはナワーブも思うが、あれだけ何度も見れていたものが突然なくなってしまったのだ。惜しく思ってしまうのも仕方ないだろう。
ナワーブの気分と同じく、空模様もどんよりとしている。壁に吊り下がったドリームキャッチャーも、心なしか灰色にくすんで見える。
ナワーブはそんな御守り飾りを手に取り、ふうと溜息をつく。
悪夢を祓える御守りも、見る夢を選ばせてはくれない。それは当たり前の事なのだが、欲張ってしまう。有能な御守りも、多くを望みすぎたら罰が当たりそうだ。
ナワーブはドリームキャッチャーを定位置に吊り下げ、ポツリと呟いた。
「お前がどうにかできんのは、悪夢だけだもんな」
「あれー?ナワーブ、もしかして今からゲーム?」
紐を口に咥え、肘当てを腕に装着しながらナワーブが回廊を歩いていると声を掛けられた。顔を上げると向いから歩いてくるマイクの後ろにはトレイシーとノートンの姿もあった。
「ああ。マーサの信号銃に不備があったらしくて、間に合わないから交代になった」
「そういう事か!」
「お前らは……ゲーム終わりか?」
草臥れた姿のマイク達を見て、ナワーブはそう判断する。衣服は薄汚れていたが、落ち込んでいる様子はないので悪くない結果だったに違いない。
ナワーブの問いに、マイクは得意気に胸をそらす。
「当然、勝ったよ」
「頑張ったのは僕とアンドルーだけど。マイクはただ解読してゲート開けただけ」
「あ、そういうこと言う⁉︎サポートしてあげたのに!」
ノートンの指摘に、マイクが食ってかかる。
言われてみれば、一番服が汚れているのもノートンだ。頑張ってハンターから逃げ回る役を引き受けていたのだろう。
猛抗議してくるマイクにうんざりとした顔をしながらノートンが耳を塞ぐ。
「分かった分かった、助かった助かった」
「心がこもってないんだけど!」
「………………」
騒ぐ二人とは正反対に、後ろに立つトレイシーは静かに俯いている。何か怪我でもしたのだろうかとナワーブがその顔を覗き込むも、トレイシーはぼーっとしたまま無反応だ。
「おい?トレイシー、大丈夫か?」
「!」
様子がおかしいトレイシーの肩をナワーブが掴む。顔を上げたトレイシーは目の前にナワーブがいることに驚いた様だった。
「え、あ、あれ?ナワーブ?」
「どうかしたのか」
「う、ううん。ちょっとぼーっとしてた」
そう答えるトレイシーだったが、ナワーブには顔色がいつもよりも悪く見えた。
「やっぱちょっとトレイシー変だよね」
「疲れたんならもう戻るといいよ。トレイシーは僕らの分も解読してたし」
「僕との扱いの差がとっても気になるところだけど、ノートンの言う通りだよ」
マイクとノートンも気遣わしげだ。そんな二人にトレイシーはけらけらと笑って首を振る。
「やだな、大袈裟だよ。ちょっと夢見が悪くてさ。大したことじゃないよ」
「そう?」
「あんまり無茶しない方がいいよ。まだゲームあるんでしょ」
「うーん?じゃ、お言葉に甘えて先に戻るね」
二人に勧められるがままに、回廊を歩いていくトレイシー。どうも無理をしているような印象をナワーブは覚えたが、気のせいかもしれないとその時は深く考えることはしなかった。
――ふと、ナワーブは目を開いた。
明かりの消えた、荘園の居住階の廊下に自分は立っている。突き当たりの窓の外に月は無い。暗闇に落ちた空間にいる訳だが、不思議とナワーブには周辺の様子が見てとれた。ああ、とナワーブは顎を摩る。
――なるほど、これは夢だな。
いくら自分が夜目が効く方だとしても、完全な闇の中、こんなにはっきりと辺りが見えるはずがない。だからこれは夢の中なのだろう。
ナワーブは早々に現状を把握すると、ゆっくりと廊下を歩き始めた。見慣れた空間ではあるが、夢ならどんな展開が待っているか分からない。周囲が見えると言っても、廊下の先は闇に沈んでいる。何が飛び出してきてもおかしくはないし、慎重に行動するに越した事はないだろう。
「…………ふむ」
足音もさせずに歩くナワーブだったが、暫く歩いた所で不自然な事に気付く。この廊下には扉が存在しないのだ。
燭台や花瓶、絵画なんかは現実と同じく一定の距離に配置されているのだが、廊下から外へ出る為の扉も、各々仲間達のいるであろう私室の扉が見当たらない。
――困った。無限に続く廊下とかじゃねえだろうな。
延々と暗闇を歩き続ける夢なんて、悪夢に間違いない。最近はドリームキャッチャーがあるからと、すっかりと油断していた。あれが本当に役に立っているという根拠もないというのに。
このままだと進展がないので、窓でも扉でも現れたのならそこに入ろうとナワーブが考えていると、ぽつんと廊下の先に扉が現れた。
タイミングの良さにナワーブは呆気に取られたが、そういえばこれは俺の夢だったなと思い直して苦笑する。夢ってのは変なところで希望通りになるものだ。そうして最後は裏切る。
扉の前に立ったナワーブは、ノックをしようかどうしようかを一瞬迷った。仲間達の居室の扉に似ているので、癖で握った甲を打ち付けようとしてしまう。
しかし、直ぐにこれは夢なのだからいらない気遣いだと気付き、苦笑する。そうして握り玉を掴み、静かに扉を押し開けた。
「………………」
何があってもナワーブは驚かないつもりでいたが、扉の先は拍子抜けするくらいに普通の部屋だった。暗がりなので全てが見えている訳ではないが、寝台やクローゼット、浴室の扉などは自分の部屋と同じ位置にある。
それでも馴染みのある空気ではないので、自室ではない。そしてなにか覚えのある様な雰囲気を感じる。
――これは誰かの部屋、なのか?
それ以上奥に進むことに戸惑いを覚え、ナワーブは背後を振り返る。が、扉の向こうは暗闇に消失しており、そこには先程まであった廊下の影も形も無い。これでは戻ることは不可能だ。ならばナワーブには先に進むしか選択肢はない。
夢とはいえ、人の部屋に侵入するのはいい気分ではない。一歩踏み出そうとして、ナワーブは何かを踏みつけた感覚に慌てて足を上げる。
先程よりも視界が悪いのでよくは見えないが、感触からして布と判断する。なんでこんなものがと拾い上げると、それは衣服の様だ。目を凝らせば、クローゼットが中途半端に開いており、そこから雪崩のように衣服がこぼれ落ちている。
――こりゃひでえな。
ナワーブは大量のその衣類に眉を顰めた。ナワーブ自身、荘園から贈られる衣装の数に困ってはいるものの、それなりに管理はできている。そうでなくても荘園では衣装は不思議と綺麗になっているし、クローゼットもそこまで荒れない様になっている。
そんな謎の力が働いているクローゼットがこの有様とは。一体どんな使い方をしているのだろう。ナワーブが呆れて見ている先でも、ばさばさと服がクローゼットからこぼれ落ちる。
これ以上散らからないように、せめて戸だけは閉めてやるか。そう考えたナワーブがクローゼットに手を掛ける。
「ん?」
半開きのクローゼットの内側で、きらきらと光るもの。ずっと暗闇の中にいたナワーブは、人の性に逆らえず、その僅かな光を無意識に求めて戸を開いた。
目の前にある暗い衣服を掻き分けて、光の元に手を伸ばす。
「!これは……」
クローゼットの奥からナワーブが引っ張り出したのは、春色の妖精の衣装、最近その姿を見れなくなってしまっていたトレイシーの「枯れない花」だ。
何故、これがここに?とナワーブは呆気に取られていたが、はっとして寝台を振り返る。この服がここにあるなら、この部屋の主は一人しかいない。
ナワーブの予想通り、寝台の上には瞼を閉じたトレイシーが横たわっている。やはり、こいつの部屋だったのかとナワーブが納得していると、トレイシーが「うう」と呻き出す。
ナワーブは無理矢理にクローゼットを閉じ、寝台に大股に歩み寄る。その間もトレイシーは首を振って寝苦しそうに何か呟いている。
――なにか、悪夢でも見ているのだろうか?
起こしてやろうとナワーブがトレイシーの肩を掴む為に手を伸ばす。
「!」
開いた視界が白一色で、ナワーブは現状を把握するのに数秒を要した。今見ているのが自室の天井であることに気付くと、ナワーブは全身の力を抜いた。
夢から現実に放り出されるこの唐突な感覚は、幾つになっても慣れない。あれだけ夢だ夢だと思っていたのに。
ナワーブは体を起こすとぐしゃぐしゃと髪を掻き毟る。今日のは良いのか悪いのか、なんだかよく分からない夢だ。どっちなんだと恨めしげに白いドリームキャッチャーをじっと見つめるも、御守り飾りは静かに朝日を浴びて煌めいているだけだった。
ふっとナワーブは息を吐く。こればっかりはドリームキャッチャーを責めても仕方ないのかもしれない。こんな夢を見たのは昨日会ったトレイシーの様子がおかしかったのを、ナワーブが気にかけていたせいもあるのだろう。
まあ、昨日は疲れていただけなのかもしれない。