犬って被るものだっけ?

人間にもカビって生えるんだろうか。
ずっと天気が悪い日が続いているけれど、それよりもどんよりとしている目の前の男に、マイクはそんなことを考えてしまう。
ルカが一週間の謹慎を言い渡されて四日が過ぎた。
強電流を浴びたトレイシーだったが、幸いにも火傷も後遺症も残らなかった。それでも念の為にと数日様子を見ることになった。
故意ではないとは言え、ゲーム外で人を攻撃したのでルカはエミリーに、それはもうこっぴどくお叱りを受けた。
そうして自室の謹慎となったのだが、あまりにルカの落ち込み様が酷く、部屋を覗いた面々にメンタルケアをとマイクが放り込まれた次第だ。
流石にこれは分野が違うとマイクは思ったけれど、二人の友情に関しては面倒を見ると勝手に決めている。トレイシーは気にしていないのに、ルカが離れていく様なことにならないようにしてやらねば。ただのお節介と言われればそれまでだが、どうにも放って置けないのだ。
自身の胡座に肘をつき、マイクは椅子に座っているルカ見上げる。
「そんで、何と間違えて電撃しちゃったわけ」
「……直球だな、モートン」
「回りくどく聞いても仕方ないじゃん」
トレイシーからあの日あったことは聞いている。自室に運ばれてる最中に意識が途絶えたのでうろ覚えだけど「違う」「間違えた」とルカが頻りに繰り返していたということも。
ルカはグシャリと髪を掻きむしりながら、渋面で話し始める。
「……私の体質は完全に操作できているものではないんだ。感情にも左右される傾向があると、最近気付いた。ゲーム以外は電荷を溜め込まないように意識しているんだが、感情が昂った時、若しくは不満が溜まるとそれに比例してしまうとでも言えばいいか」
「ルカの機嫌悪い時に空気ピリピリするやつ?そんなら知ってる」
マイクはつまらなそうに答える。そんなことなら多分、全員が知っている。
しかしルカは首を振った。
「違う。それは放電されている状態だから溜め込んではいないよ」
「そういえば、そうか。溜め込んでたらピリピリしないね。それじゃどう言う時になるわけ?」
「トレイシーといる時だ」
「…………なんで?」
「言っただろ。不満に思うと影響が出ると」
あまりの言いように、マイクは非難がましい目をルカに向けてしまう。自分から友達になっておいて、不満とはなんだ。
けれどルカが零した言葉に、それも霧散してしまう。
「可愛いと言うと、怒られる……可愛いのになんで駄目なんだ」
「あ、そっち?」
まだその話続いてたのか。もうあの時に済んだ話だとばかりマイクは思っていた。ルカも納得していたんじゃないのか。
それを問いただそうかとも思ったが、そうすると話が逸れてしまう。マイクはその話は一旦置いておくことにした。
「えっと?言いたいことを言えない不満で、勝手に充電されちゃう事があると。でもそんなに影響出るかな、それ」
「可愛い、撫でたい、触れたい、抱き締めたいと常に思っているからそのせいだと思う。長い時間一緒にいるほど電荷が蓄積する」
「………………おっけおっけ。一旦置いとこう、うん。それであの時はどのくらい一緒にいたの」
「二時間、かな」
「結構な充電がありそう」
「そうなんだ。少しづつ放電するよう意識すればましなんだが、天候が悪いとそっちも上手くいかなくてな」
「へえ」
顔を覆って背持たれに仰反るルカ。トレイシーが原因の不満の充電を、当人に食らわせてしまうとは。なんとも皮肉な話だ。
マイクは一旦流した話題に戻りたいのをぐっと堪え、額に指を当てる。
「ゲームじゃないのに電気溜め込んでた理由は分かったけど、なんで電撃したんだよ」
「…………物凄く言いたいくないんだが、そうもいかないよな」
「言っとくけど、これ誰かに言われて聞いてる訳じゃないよ。僕が気になってるだけ。だからルカが言うなってんなら、誰にも言わない」
マイクがそう言うと、ルカは椅子の背持たれから身を起こし、じっとマイクの顔を覗き込む。しばらくそのまま何かを考えていたが、ふっと肩の力を抜き、小さく笑う。
「君が信頼に値することは、ここに来たときに見せてもらった。どうか笑わないで聞いてほしい」
「笑わないかどうかは、保証できないかな」
「正直だな」
ルカは肩を竦めて、行儀悪く片足を椅子に上げた。そこに顎を乗せて、床に視線を落とす。
「トレイシーと友になりたいと言い出したのは私だが、最近はそれを反故にしたいと思っているんだ。私はあの子と親しくなりたいわけではないらしい。端的に言えば、欲しいと思っている」
「んんぅ?」
マイクは咄嗟に出かけた声を両手で塞ぎ、無理やり飲み込んだ。
一旦。一旦全部ルカの話を聞こう。こういうのは途中で止めてはいけない。疑問を投げかけるのはその後でいい。
ルカはマイクの異変には気づかず、床を見つめたまま話を続ける。
「しかし、あの子にも友に強い憧れがあるのは分かる。あんな輝いた目で見られては、なかったことにしてくれとはとても言い出せない。それに今の関係を手放せるかと言われれば、正直なところ難しい。居心地は恐ろしくいいのだから。我ながら欲張りだとは思うが」
「………………」
「関係を壊したくないというのも本音ではある。ただ、この体質がな……なかなか厄介で。二人きりでいるのがそこそこ辛くなってきてるのも現状だ。部屋に入れたらどうなるかわかったものではない」
「え、ケダモノ」
「そういう意味じゃない!充電の方でだ。トレイシーはそういう感情に幼いと言ったのは君だろう。流石にそんな無体は働かない」
「なら、いいんだけど」
「……あの時は、夢現が曖昧だったんだ。目の前にいるトレイシーを捕まえたのが現実だと思っていなかった。だからその手を剥がされそうになったことに怒りが湧いてしまって、咄嗟にな。奪われると思い込んで思い切り放電してしまったわけだ。そしたら、ああなったわけだ。間抜けなことに」
「なる、ほど?」
マイクは腕を組み、右に体と首を傾げる。事のあらましは分かった。けれどここに至るまで、ルカの話にはいくつも気になる点があった。
右に傾きながら、マイクはその「気になること」を質問してみることにする。
「ちょっと整理させて欲しいんだけど。まずルカは、トレイシーの事は恋愛として好きって事?」
「そうなるな」
「因みに、いつから?」
「ジルマンによく考えろと言われた辺りだ。友なら可愛いと思うのはおかしくないと君は言ってくれたが、どうにもすっきりしなくてな……」
「それは僕も適当な事言ったことは謝るけどさ。さっき撫でたいとか抱きしめたいとか言ってたけど」
「やってないからな。騙し討ちのような真似はできない。私を友として信頼してくれているトレイシーを裏切るようなものだろう」
「おお……ケダモノって言ったことも謝るね」
「誤解が解けて何よりだ。大体、下手にトレイシーに触れると怒られてしまうからな。真っ赤になったら離れるよう気をつけている」
「……へえ」
マイクは今更ながら、トレイシーが怒りで赤くなっていたわけではないことに気が付いた。あっちもあっちでルカを意識しているのではないだろうか、自覚は無さそうだけど。
それにしても、自分の勘違いにマイクは恥ずかしくなってくる。僕、ずっと的外れな友達アドバイスしてたってことじゃん。全然気付かなかった。とんだ道化だ。
ルカは当惑した顔で、顔色をころころ変える曲芸師を見やる。
「……なんでモートンが赤くなってるんだ」
「僕も間抜け仲間だったことに気付いたんだよ……こっちのことはいいから!ルカはいつトレイシーが女の子だって気付いたのさ」
「うん?」
「あー、だから、いつから可愛いってなったかってこと!」
「ああ……」
恥ずかしさを誤魔化すために、マイクがぶっきらぼうに放った問い。それにルカは数秒考えて、答えを出す。
「泣き声を聞いた時、かな」
「え?いつ」
「彼女が金色の人形に縋ってた、あれだ」
「…………………」
マイクは直ぐには思い出す事が出来ず、右から左に体を傾げながら記憶を探る。
――金色?金色……金色の人形……あ。
マイクの頭に、エプロンを付けた白髪の人形の姿が浮かぶ。そしてそれに縋って泣く、トレイシーの後ろ姿。
カッと目を見開いて、マイクは思い切り叫んだ。
「初日じゃん‼︎‼︎」
「っ、叫ばないでくれ……」
「顔見てないじゃん、あの時!」
「泣き方が可愛かった。声も可愛かったが」
「そんな事思ってたんだ⁈」
「顔も仕草も可愛いとは思ってなかった」
照れたように頬を赤らめているルカに、マイクは開いた口が塞がらない。惚気に突っ込む余裕もない。
あの時は、トレイシーの秘密に触れてしまった事に気が取られていた。だから全く気付かなかった。
というか、泣いてる姿が可愛いってなんだ。一目惚れに入るの、これ?ルカの感性が独特過ぎてマイクにはさっぱり理解できない。
「ん?じゃルカは最初からトレイシーが女の子って分かってたってこと?」
「分からないことが、あるのか?」
ルカが心底不思議そうな顔をしているのを見て、愚問だったなとマイクは力なく笑う。
しかしこれでいよいよ分からないことが増えた。マイクは両手を顳顬に当てて、痛み始めた頭を支える。まだまだ確認しないといけない事がある。
「一応確認するけど、トレイシーと友達になった事に他意はないんだよね?」
「……他意がよく分からないが、親しくなりたいと思ったのは事実だよ。彼女の技術は純粋に素晴らしい。話すのも楽しい。独学の知識不足はあっても、学ぶ機会さえあれば才能を伸ばせるはずだ」
「ああ、良かった……そこも計算だったとか言われたら人間不信になるところだった。すんごい勢いだったから遠目だとナンパにしか見えなかったんだよ……」
「あれは反省している。怯えさせてしまったなと。まあ、お陰で彼女はあからさまに項垂れて見せれば大方のことは許してくれるという事は分かった」
「前言撤回、やっぱ悪い男だった……」
真面目な顔で言ってるけど、なんて奴だとマイクはルカを睨み上げる。それはお人よしのトレイシーでは断れないはずだ。
ルカは、マイクが思っていたよりも随分と観察眼が鋭い。職業柄と言われればそうかもしれないが、人の感情にも敏感なようだ。ほぼ初対面のトレイシーの変化にも気付いている。
そこでマイクはふと気付いた。
「ってことはルカ、わざとトレイシーに『性別気づいてない』振りして接してたってことになる?」
「ああ……友として接するなら同性の様に過ごした方がいいのかと。それに彼女自身、そうして欲しそうだったからな」
事もなげにそう答える男に、マイクは顔を近付けて眉を顰める。
「分かってないようだから言っておくけど、ルカ。トレイシーは本気でルカが自分を同性だと思ってると信じてるよ」
「……嘘だろう」
「本当です」
「振りではなく?」
「マジで」
「……嘘だろう?」
ルカは口元を右手で覆って俯く。今の今まで暗黙の了解でのやりとりだと思っていたのだ、無理もない。
擦れ違い多過ぎでしょこの二人とマイクは天井を仰ぐ。どこまで行っても平行線な訳だ。
トレイシーは今までの扱いから、ルカも当然自分を男だと思ってると疑いもしなかった。ルカの直前に来たアンドルーが、トレイシーの事を少年として扱っていたせいだとも思う。
だからルカに女性に対する言動を取られると揶揄われている、馬鹿にされていると受け取っていたのだ。そして本気でそう思っていたからこそ、ルカ当人を異性として見ないように見ないように努めていたのが傍目にもよくわかる。
ルカはルカで、トレイシーが友ならば同等に扱って欲しいと願っていると思っていたのだ。だから女性扱いを嫌っているのだと。
恋情を伝えるなら友を辞めなくてはならない。そう悩んでいたことが、今回の事故に繋がったと言ってもいいのかもしれない。
ルカが呆然とした顔でどこか空を見ているのを、マイクは気の毒に思う。惚れた相手が悪すぎる。
「何故彼女はそんな勘違いをしていたんだ?私のせいか?」
「あー……ちょこっとそうかもしれないけど、違うと思う。トレイシーって髪が短くて作業着で生活してるじゃん?機械油の匂いも染み付いてるから、とても女の子に見えないらしくて、間違えられやすいというか」
「……何に間違うと?」
「男の子に見えるって話」
「目が悪いんじゃないか。間違えるわけないだろう」
「……ルカ?」
ぐりんと首を回すルカの目が据わっているのを見て、マイクはずりずりと後退る。
「や、僕が言ったわけではなくて」
「あれほど可憐な存在をどうやったら男と間違うと?鈴を転がすようなあの愛らしい声が、少年に出せるとでも?華奢でたおやかで男らしさなど微塵もないだろう」
「ルカ、ルカ。滔滔と語るのやめて欲しい」
「……まさか彼女は、私がそんな連中と同じだと思っているということか?」
「!」
ゆらりと椅子から腰を浮かせたルカを、マイクは慌て立ち上がり、上から押さえつけた。
「ストップストップ!」
「離せ、行かなくては」
「どこ行く気だよ!」
「トレイシーのところに決まっている!」
「駄目だってまずいって!」
「誤解を解かなくては」
「駄目だってルカ!」
「何故止める、モートン」
「今、君、謹慎中!部屋出たら駄目だろ!」
「……………………そういえばそうだった」
大人しく力を抜いた相手に、マイクはほうと息を吐き出す。ルカが夢中になると周りが見えなくなるのは知っていたけれど、危なかった。
謹慎中のルカを外に出した上にトレイシーのところに行かせたなんて事になれば、ルカどころか自分もお叱りを受けるに決まっている。今回のことに御冠のエミリーとパトリシアは黙っていないだろう。なにせ、トレイシーはまだ様子見でベッドの住人なのだ。
事故とはいえ、女の子に火傷や後遺症を負わせる危険性のある電撃を放ったのだ。「何かあったら責任を取らせる」「拒否権はないわ」と憤っていた二人を思い出して身を震わせる。
まずいのは、この話をルカに聞かせると逆に喜んで飛び出していきそうな事だ。そうなるとお叱りを受けるマイクだけが理不尽な目に遭う事になる。それは納得いかない。だから黙っていよう。
ちらりとルカを見れば、最初のカビが生えそうな状態に戻っている。浮き沈みの激しい奴だなとマイクは頬を掻く。
そういえばこのカビっぽいのをどうにかしろって放り込まれた事を、すっかりと忘れていた。どうしたものかとマイクは考えて、一つあることを思いついた。
「あのさ、ルカ。僕思ったんだけど」
「……なにをだ」
「トレイシーって友達が初めてって言ったけど、多分恋人とかそういうのも経験がないんじゃないかと思うんだけど、どう?」
マイクの問いに、ぴくりと俯いたままのルカの肩が揺れた。焦ったい動作で首を持ち上げ、ルカはマイクと目線を合わせた。
「続けてくれ」
「社交辞令とか、挨拶での女性への賞賛はトレイシー、嫌がらないんだよ。受け流したり御礼言ったり。でもルカからのは怒るって言ってたじゃん」
「そうだな。可愛いも愛らしいも失礼だと言われた。撫でると振り払われる」
「徹底してるね。でもそれ他の人がやってもトレイシー怒らないと思うんだ」
「……モートンそれは私が嫌われていると言うことか?」
「違う違う違う。本当にカビ生えそうにならないで、聞いてって。飽くまで僕の推測の域を出ないんだけどさ。それってぶっちゃけルカ、意識されてるんじゃないかなって」
「……………………うん?」
「急に耳遠くならないでよ。だから、トレイシーね。ルカの「可愛い」に照れてるんじゃないかって言ってるんだよ。赤くなるんでしょ」
「怒っているんじゃないのか?」
「ルカの観察眼、なんで偶にポンコツになるのかな。それはルカしか見てないから分かんないけどさ。話聞く限り、怒るようなことではないと思うんだ」
マイクの言葉に、ルカはふむと目を閉じる。トレイシーと過ごした時間を振り返り、言われてみればそうかもしれないと思い当たる事に気づく。
最初に可愛いと言ってしまったのはトレイシーの横顔を見ていた時だったと思う。うっかりぽそりと呟いた途端、顔を真っ赤にして「可愛いは、ダメ!」と怒られたのだ。その様も可愛かったのでどうしようかと思ったわけだが。
「ルカさーん、惚気るのは僕がいないところでお願いしたいな」
「すまない、口から出ていた」
マイクの乾いた声にルカは苦笑で返す。ずっと言えなかった事を吐き出せた反動で、ぽろぽろと本音が口から溢れてしまう。
マイクは咳払いをすると、気を取り直して先を続ける。
「トレイシーは、恋愛対象に自分はならないって思ってる節があるんだ。前に僕がルカが君の性別に気付いたらどうするんだって聞いた時に『気付いたところで何も変わらない』って言ってたくらいさ」
「なんの自信なんだ。危機感がなさすぎる」
「それはお姉様方も口酸っぱく言ってるんだよ、ルカくん。でも全然本気にしてないんだよ、トレイシーは」
何度も何度も部屋に鍵をかけろ、なにかあったらどうすると女性陣から注意を受けていたのに、トレイシーはどこ吹く風だった。「そんな物好きいるわけないじゃん」とまで言っていた。
その「物好き」はマイクの目の前で本気でトレイシーの危機感の無さを心配している。ケダモノじゃなくて良かった良かったとマイクは遠くを見て思う。時限爆弾式だけど。
「こうなったら私が外から鍵をかけるか……」
「ちょいちょい、軟禁はお辞めください、謹慎どころじゃなくなるって」
違う方向で危ないかもしれないとマイクはストップをかける。結構猪突猛進タイプだ、こいつ。
「彼女の危機感の無さは分かったが、それが私を意識しているという事実とどう繋がるんだ?」
「うーん、なんていうのかなあ。トレイシーは恋愛対象にされるのが怖いんだと思う。そんで自分が恋をするっていう事も信じたくないんだと思う」
「………………うん?」
「思考停止しないでって。つまるところ、ルカがドンピシャで危険要素って事だ。君を男として見ることと、自分が女の子として見られてることを認めたくないってこと」
マイクは普段の剽軽な態度とは裏腹の、達観した青年の顔でルカに指を突きつける。
「性別の事は誤解でもなんでもない。トレイシーは目を瞑ってるだけなんだよ。気付きたくないんだ、真実に。これはさ、ルカがどうにかしないとなにも変わらないと思うよ、僕は」
「君は、人をよく見ているな」
「……見る目がなさすぎた、過去があるからね」
ふふと笑う顔が一瞬翳る。明るいこの青年も、ここに招待された人間であることをルカは今更思い出した。
マイクはすぐにいつもの悪戯っ子のような表情に戻ると、頭の後ろで腕を組む。
「まー、僕が言えるのはこんなところ。後はルカが考えて」
「充分だよ。まさか根本からすれ違っていたとは思ってなかった」
ルカは自身の顔を撫でながら、自嘲の笑みを漏らす。
マイクに言われた事だが、確かに自分達は会話が圧倒的に足りていなかったらしい。探究者同士、通じるものが合ったのが裏目に出た結果だ。
マイクは「あ」ともう一つ付け足す。
「もう一個言うなら、他の人もルカがトレイシー男と思ってると誤解してる」
「……私はそんなに馬鹿に見えるのか?」
「距離が近すぎたんだよ、君ら。大方、本で見た友達の関係とかウィリアムとかナワーブの話参考にしたんだろうけど、それ全部同性の場合だから」
「はあ……」
トレイシーと親しくなろうと努めた結果が全て、自分の望みと逆の方に作用してる。ルカは両手で顔を覆う。
これからどう行動すべきなのか、残りの謹慎期間で悩み続けるしかない。今度ばかりは相談する相手は存在しなかった。
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