ウサギとオオカミ

屋根裏部屋の窓を開け、そこから外に出る。屋根の縁にまで走り寄って、下をトレイシーは慎重に確かめる。
「よーし、敵影なし」
「なんで態々こんなとこから行くんだい?」
トレイシーの抱えたバスケットから、ひょこりとリスが顔を出す。
「中から行けばいいのに」
「イライってば、ウサギの瞬発力舐めてるよ。遠くにいると思っても本当にすぐ来るんだから。廊下で匂い辿られたら追いつかれちゃう。下手したらイライの部屋の周りで流血騒動起こるけど?グロ注意だけどいいの?」
「あ、それは遠慮したいかも」
「でしょ」
トレイシーは屋根からバルコニーに飛び降りた。普段の鈍臭いトレイシーでは出来ない芸当だ。オオカミになってから、とても体が軽いのだ。
バルコニーのすぐ目の前にある太めの枝に飛び移り、そこを伝って木から木へと移り、イライの部屋の窓に近づいて行く。
トレイシーは半分開いた窓を確認し、腕に下げたバスケットの蓋を開いた。
「イライ、今ルカどこにいるかな?」
「うん。んんん………………赤い、絨毯。本館内の廊下走ってる」
「え⁈ここいんの⁈」
オオカミの耳が緊張を示すようにピンと立つ。本館なら同じ建物にルカもいる事になる。まさか、自分がここにいることがバレたのかとトレイシーは焦ったが、イライは「大丈夫」と続ける。
「バレた、とかじゃないみたい。彼、自分の部屋に入って行ったし」
「あ、なんだ……」
「あと頭に雄鶏乗ってた」
「まだ乗っけてんの?」
トレイシーは苦笑してしまう。クレイバーグ競馬場からここまで、かなりの距離があるはずだが、ルカはずっと雄鶏を連れて歩いているのか。
ルカの頭に乗っていると言うことは、ニワトリはあのウサギ耳の間に収まっている状態の筈。その図、ちょっと見てみたい気もする。
イライはバスケットの縁から顔を出し、トレイシーを見上げる。
「僕から頼んでおいてなんだけど、バルサーさん本館いるなら出直す?」
「そんな部屋が近い訳じゃないし、ちょっと様子見るだけだから大丈夫でしょ」
「トレイシーがいいならいいけれど」
イライはルカのいる上階を一度見て、バスケットの中に潜り込んだ。
トレイシーは枝を伝ってイライの部屋の窓に近付き、中を覗き込む。イライの部屋は夜行性の相棒の為にか、日中も暗くなっている。
静まり返った室内にはなにも居ないように見えたが、トレイシーが目を凝らすとベッドの縁に心無しか項垂れている梟の姿があった。その足元にはイライのマントがある。
梟を驚かさないように、トレイシーは軽くガラスを叩いた。くるりと首を回した梟は、トレイシーの姿に気付くと羽ばたいて窓辺に近づいてくる。
「ぐー」
「こんにちは、梟ちゃん。一人で留守番ご苦労様。君の相棒連れてきたよ」
トレイシーが持っていたバスケットを掲げると、梟は不思議がる様に首を傾げた。実際は音を確認しているだけなのだろうが、なんだか可愛らしい仕草に見える。
笑いながらトレイシーがバスケットを窓辺に置いてやれば、梟も中身が分かっているのか顔を近づける。
「やあ、心配させたみたいだね。僕は大丈夫だから安心して欲しい」
「ホー」
イライの声がするバスケットに、梟は首を伸ばしたり蓋を噛んでみたりと忙しない。
その様を見てトレイシーはイライに直接会わせてやりたくなってしまうが、自分で蓋を開けられるのに噛むだけで我慢してる梟に、その気持ちをぐっと堪える。
いくら梟が賢いとはいえ、捕食者と被食者なのだ。万が一があっては問題だ。
目を閉じてバスケットに頭を擦り付ける梟に、込み上げるものがある。すぐに身を隠す予定だったけれど、離れ難そうにしている梟とイライを引き離すのはトレイシーには忍びない。
もう少しだけ、あとちょっと、と思いながら一羽と一匹の様子を眺めていると扉をノックする音が聞こえた。
「!」
しまった、ルカかとトレイシーは身構えたが、来訪者は匂いが違う。
バスケットを掴み、逃げようかどうしようかと悩んでいると、再びのノックと話し声が聞こえてくる。
「イライ、いるか?おい」
「不在なんじゃないか」
「誰も見てねえって言うし、いると思うんだがなあ」
どうやら、訪ねて来たのはナワーブとフレディの様だ。珍しい組み合わせだなとトレイシーが思っている間にも、ノックは続く。
「イライー。寝てんのか?おいー。用があるんだが」
「……用あるって言ってるけど」
トレイシーがバスケットを見下ろすと、蓋が少しだけ開く。そこから顔を出したイライが扉に向かって叫ぶ。
「用ってなんだい、ナワーブ」
「!やっぱいるじゃねえか。占いをして欲しいんだが、頼めないか?」
「だって」
「うーん、なんかあんまりいい予感がしないんだけど、出ていいかい?」
「私に許可いらないよ。イライの客なんだから」
トレイシーが肩をすくめながら窓を押し開ける。イライの部屋へと入り込み、バスケットを手にしたまま扉に歩み寄る。
その間も扉の前ではフレディとナワーブがなにやら言い合いをしていた。
「お前、頭に乗るのやめろよ」
「なんだ、俺が重いとでも言う気か」
「重いわ」
「鳥頭は動じなかった」
「じゃああっちに乗ってれば良かっただろ」
二人ともよく分からない口喧嘩をしているなとトレイシーは思いながら鍵を外した。何かあった時の為に扉を半分だけ開いた。
「なにを人の部屋の前で言い争ってんの?」
「!」
イライの部屋からトレイシーが出てくるとは思っていなかったナワーブは、目を見開いた。トレイシーを探してもらおうと思っていたら、当人がそこにいたのだ。これが驚かずにいられるだろうか。
トレイシーはトレイシーで、ナワーブの頭に乗っているニワトリに目が行く。先程から何度もイライがルカの頭に乗る雄鶏の話をしていた事を思い出す。
トレイシーとナワーブは互いに互いを指差し、疑問を口にする。
「なんでここにいるんだ?」
「なんでニワトリ乗せてんの?」
「話すと長くなる」
「話せば長くなるというか」
ナワーブの頭上にいたフレディと、トレイシーのバスケットから顔を出したイライが同時に答えると、トレイシーとナワーブは驚いて仰反る。
「喋った⁉︎ってかそのニワトリ、フレディさん⁉︎」
「おま、リスになってたのか!」
「うん、まあこれでもいつも通り能力は使えるから問題ないよ。それで何を見ればいいんだい?」
「あー……」
ナワーブは口篭るしかなかった。探そうとしていた人間は、目の前で不思議そうな顔で首を傾げている。
まさかルカから逃げてる相手にルカに協力してるとは言えないので、ナワーブは咳払いをして誤魔化す。
「いや、それはもういいっつーか」
「?そうなのかい?」
「ナイチンゲールがいつ戻るかとかは見れないのか」
「流石に荘園主の管轄の事は見れないかなあ」
フレディの問いに、イライは苦笑するしかない。それが知れるならとっくに自分で見ている。イライだってリスの状態では困るのだ。
トレイシーもオオカミの耳に触れながらぎゅっと顔を顰めた。
「もう本当に早く戻って来てほしい、今回は特に」
「ところでお前はなんで耳が六個になってんだ?」
人間の耳、頭の上に猫の耳とオオカミの耳と大変賑やかなトレイシーに、ナワーブは首を捻る。ただでさえオプションが付いているのに、何故よりによって耳を増やす「キャンディー少女」を着ているのだろう。
トレイシーはへらりと笑って頬を掻く。
「やー、いろいろあって、匂いとか誤魔化せるかなーって」
「なるほど?」
聞こえて来た声にトレイシーは文字通りに飛び上がる。ぬ、と扉の影から出て来た男に、声にならない悲鳴を上げた。
「道理で、いくら探しても見つからない訳だ」
アカデミーの制服、「卒業の日」を纏ったルカがそこにいた。
漂ってくる香水は、以前つけるのをやめろとトレイシー自身が願ったものだ。それ以来、ルカはトレイシーの前でこの香水をつけなくなったので、すっかりとその存在を忘れていた。覚えのある香りがしているとは思ったが、ルカに結びつかなかったせいで接近を許してしまったのだ。
トレイシーは咄嗟に扉を閉めようとしたが、それより早く扉の隙間にルカが足を挟み込む。その足を容赦なく全体重を乗せて踏みつけ、ルカが呻いている隙にくるりと踵を返すとトレイシーは窓に向かって走り出した。
「っ、逃すか!」
叫ぶや否や、ルカはウサギの瞬発力を利用し長い手足を目一杯伸ばし、窓枠から飛び出さんとするトレイシーの腰のリボンを掴んだ。そして小柄な体を力づくで室内に引き摺り戻す。
「うぎゃ!」
「捕まえた!」
ルカは体勢を崩したトレイシーを背中から抱き込み、身動きを取れなくする。
トレイシーの逃走からルカの捕縛までの動きがあまりに早すぎて、ナワーブはぽかんと口を開けて見ていることしかできなかった。
「だー!もー!離せ離せ離せー!」
「嫌だ」
浮いた足をバタつかせて逃げようと踠くトレイシーに、ルカが肩で息をしながらきっぱりと言い放つ。
「バルサーさん、トレイシー女の子だからもうちょっと扱いは丁重に」
「その、余裕が、ないもので」
トレイシーの放り出したバスケットから、リスがのそのそと這い出てくる。イライへ返答するルカがぜえぜえと荒い呼吸なのは自室から走ってきたからだろう。
フレディの言う通りに服を着替えに行っていたはずなのに、いつの間に戻ってきていたのか。ナワーブもルカがいつから居たのか気付いていなかった。ルカの部屋からイライの部屋は階層も違えばそれなりに離れている。
ギャーギャーと喚いているトレイシーに構わず、オオカミの耳に満足げに頬擦りしてるルカにナワーブは戸惑いながら問いかける。
「お、お前、いつ戻ってきたんだ?」
「占い結果が早く知りたくて。そうしたらトレイシーの声が聞こえるじゃないか。だから気配を消してこっそりと」
「聞きたかったのってトレイシーの居場所だったんだ」
イライはナワーブの肩によじ登り、そこに腰を落ち着ける。
ルカとトレイシーが暴れるのに巻き込まれて踏み潰されては堪らない。
「考えることが一緒だなあ。実はずっとトレイシーのお願いでバルサーさんの動向見てたんだよね」
「それは見つからねえはずだなあ」
ナワーブは首の後ろを撫でながら、苦笑いを浮かべる。
ただでさえあんな囮を撒きまくっていた癖に、更にはイライの能力まで駆使されてはどうしようもない。尻尾も捕まらないはずだ。
しかし、運はルカに味方したようだ。これだけトレイシーに有利な状況下だったにも関わらず、今トレイシーはがっちりとルカに捕らえられてしまっている。
「もおおおお!なんでいんの!なんで匂い消してんの!」
「君も同じ手を使っていただろう。甘い匂いに紛れていると思ったらこれのせいだったとは」
「この!離せって、言ってる、でしょ!」
「無駄だと言った筈だが」
トレイシーはどうにか足を蹴って逃げようと試みる。しかしルカもそれが分かっているので、踏ん張れない様にトレイシーを持ち上げている為、上手くいかない。
さっきまで神経質に苛々した態度を隠そうともせず、静電気と火花を周囲に起こしていたルカだったが、今はウサギの耳をへたりと倒し、すっかりとリラックスした状態になっている。
「君と来たら話も聞かずに逃げ回るから……」
「いやいや、したよね⁉︎した上で聞いてないのあんただよね!」
「あんな見え透いた嘘をつかなくても、約束を破ったりはしないのに」
「嘘じゃない、嘘じゃないでしょ、あんた噛まれてるでしょ!なんでそこ忘れるかな!都合のいい頭だな⁉︎」
「ああ、ただちょっと抱きしめるのは我慢出来そうにないから二人きりになる必要はあるな」
「もうその約束あんた守れてないんだよ、そこに人いるんだよ!」
「席外すか?」
「外さないで!置いてかないで‼︎」
イライとフレディを連れて部屋の扉を閉めようとするナワーブに、トレイシーは慌てて待ったをかける。こんなところに二人きりにされては堪らない。
だがナワーブはそんなトレイシーの声を無視して扉を閉じ、すたすたと歩き出す。
「よし、こっちは一件落着って事だな」
「…………なんか忘れてる気がするんだけど」
仲良く戯れあっている様にしか見えないルカとトレイシーに、ナワーブは自分の役目は終わったと判断する。
厄介事に巻き込まれたと思っていたが、無事目的は果たせたようで良かった良かった。イライの何やら不穏な呟きは聞き流すことにする。気のせいに違いない。
「気になっていたんだが」
それまで黙っていた、ナワーブの頭上のニワトリが口を開いた。
「何故にウサギがオオカミを追い回していたんだ?逆なら分かるが」
「あー、そういやそ」
「あああああ!」
「うお」
肩で叫び声を上げるリスに、ナワーブは耳を塞ぐ。声量は人間と変わらないのにこの距離で叫ばれては鼓膜が破ける。ナワーブは顔を顰めて肩のイライを睨んだ。
「突然なんだよ!」
「まずい!ナワーブ!」
「はあ?」
「戻って!すぐ!今すぐ!」
「おい、クラークはなにをそんなに焦っているんだ?」
歯で噛んで、前足を使ってフードを引っ張るイライに、ナワーブもフレディも首を傾げるしかない。ついさっきまでいつも通りの胡散臭げな雰囲気だったのに、この慌て様はなんだろう。
「落ち着けって。なんなんだよ」
「落ち着いてたら僕の部屋がスプラッターになるんだよ!早く戻ってってナワーブ!バルサーさんが危ない!」
「スプラッター……?トレイシーじゃなくてルカ?」
「!そういうことか!」
ナワーブは意味がわからず眉間に皺を寄せていると、フレディが何かを察し叫ぶ。
「お前らだけでなんか納得してるが」
「サベダー、早く戻れ!オオカミはウサギを喰らう!」
「は……?いやいやだってあいつら耳だけで」
「スイートガールも耳だけだっただろうが!だが俺は本気でキツネに食われかけたわ!」
「!そういやそうだった!」
フレディが完全にニワトリに変わっていたせいで別と判断していたが、フレディを前にしたエマの豹変ぶりを思い出し、ナワーブは急いで廊下を戻る。
イライの部屋の中からはバサバサと羽ばたく音がしている。
ナワーブが扉を開け放つとルカとトレイシーは先程と同じ体勢のままだったが、梟がルカの頭を叩くように羽ばたいている。
一見すれば部屋を出る前と変わらない状況にほっとしたが、ルカの肘から滴る血にナワーブは目を見開いた。
「ぐっ……」
「…………」
「トレイシー!おい!何してんだ!」
ナワーブは室内に駆け込むと二人を引き剥がしにかかる。
血は、トレイシーの伏せた顔から流れている。自身を拘束するルカの前腕に、トレイシーは喰らい付いている。どのくらいの力で噛み付いているのかは分からないが、ルカは顔を歪めはするものの、拘束を解こうとはしない。
梟はそんなルカを叱るように周りを羽ばたいていたのだ。「離せ」と言っている様にナワーブ達には見えた。
イライはそれに加勢しようとトレイシーの肩に飛び移ると髪を引っ張り始める。
「トレイシー!駄目だって!」
「ぐううう……」
「おい!やめろって!」
イライとナワーブの呼び掛けにも、トレイシーは唸るだけだ。ぎろりとこちらを見る目はキャンディー少女の青色ではなく金色、オオカミの目に変貌し、人の理性を手放している。
獲物に長時間触れすぎて耐えられなかったのだろう。しっかりとルカの腕を掴んで、離そうとしない。
それならばとルカの腕を外そうと試みるも、それはルカ自身が阻む。空いている手でナワーブを押しやろうとする。
「っ、平気だ。問題ない。甘噛みだ」
「んなわけあるか!血が出てるっつの!」
「君は誰か人呼んできて!もう一人いないと駄目だ、これ!」
ナワーブ一人では二人を止められそうにない。イライがそう叫ぶと、梟が部屋から飛び出していく。
「ぐううううう!」
「お前は人間だろうが!おい、正気に戻れ!」
「お前も何をしているんだ!レズニックを離せ!」
「離すと彼女が逃げる!」
「阿呆が、そんな事を言っている場合かっ‼︎」
「んお⁉︎」
フレディの渾身の雄鶏キックがルカの額に決まる。先程は手加減したが、今回は蹴爪がさっくりと刺さる。痛みに耐性のあるルカもこれには堪らずよろめいた。そして拘束する力が緩む。
「ナイス、フレディ!」
その隙に、ナワーブはトレイシーを扉側に突き飛ばし、ルカの足を払い、床に転がす。手荒な手に出た事を心で詫びながら、なんとか二人を引き離すことに成功する。
一瞬迷ったが、ナワーブは捕食者になってしまっているトレイシーを羽交い締めにする。ルカもどうにもやばいが人の命に関わるのはこちらだ。
「はなしてー!やだー!うさぎたべるのー!」
「そいつ食われちゃ困るんだよ!」
「やー!」
「⁉︎ぐあっ!」
ナワーブは暴れるトレイシーを抑えようとしたが、異変のせいか尋常ではない力で振り解かれ、突き飛ばされる。
勢いよく吹き飛んだナワーブは背中と後頭部を強かにクローゼットに打ちつけ、呼吸が詰まる。
「サベダー!」
「っ……!」
意識はあるものの、ナワーブが痛みと衝撃で身動きが取れない間にトレイシーは四つん這いでルカに狙いを定める。その動きは肉食の獣そのものだった。
「駄目だ、トレイシー!」
「やめろ!おい!」
フレディとイライの声ではトレイシーは止まらない。二人は今ニワトリとリスの姿でオオカミの前では無力だ。
トレイシーはオオカミの瞳をぎらつかせ、ウサギへと飛びかかる。肝心のルカは逃げるどころか両手を広げてトレイシーを受け止めてしまう。
「うさぎ!」
「ぐぅっ……!」
嬉々としてルカの首筋に噛みついたトレイシーに、ルカは呻き声を上げる。しかしその痛みを無視し、トレイシーの体を強く強く抱き込んだ。離す気は無いと言わんばかりの態度に慌てたのは他の面々だ。
「何をしている!死にたいのかお前は!」
「っ、そのつもりはない」
「だったらトレイシー離して、バルサーさん!」
「うっわこれ何事⁉︎」
音を立てて扉が開き、マイクが部屋に飛び込んでくる。続いて部屋の入り口を狭そうに潜り抜ける鉱石のハンターの姿があった。肩にはイライの相棒の梟が止まっている。
フールズ・ゴールド姿のノートンは部屋の中を見渡し、億劫そうに頭を擡げた。
「この子が急くから、そのまま来ちゃったじゃん」
「ノートン、マイク!助かった!」
「こいつからレズニック剥がしてくれ!」
「え?まあ、いいけど」
足元で騒ぐリスとニワトリに言われるがまま、ノートンはトレイシーの体にツルハシを引っ掛ける。「うぎゅ!」という声が聞こえたがそのまま持ち上げる。
「これでいい?」
「……お願いしておいてなんだけど、女の子だからね、トレイシー。もうちょっと丁重に扱って?」
「トレ、うぐ!」
「貴様は動くな」
トレイシーを取り戻そうとするルカの顔面に、机から雄鶏が飛び降りる。三キロはあるニワトリにルカはもう一度床に倒れ込む羽目になる。
事情は分からないながらも、なんとなく何があったかを察したマイクもフレディに加勢する。ルカを転がして背中に乗り上げておく。
「モートン!退いてくれ!」
「詳細聞いたら退いてあげるよ、大体何があったか察してるけど」
「その前に、一ついいか」
挙手をしているナワーブに、その場にいる全員の視線が集まった。
ナワーブは何故か先程から立ち上がることもせず、クローゼットに凭れたまま動こうとしていない。
「どうかした、ナワーブ」
「悪い、限界だわ」
「は……?」
「あと、頼んだ」
そう言うと同時にパタリとナワーブは床に倒れ込んだ。
「うえ⁈ちょ、ナワーブ⁈」
「どうしたんだい⁈」
「おい、こいつも血が出てるぞ」
「さっき頭打ちつけたから⁈」
「まずいじゃん!エミリー‼︎エミリー先生呼んでえええ!」
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