私に言わせればあれは悪魔

しばらく大人しく待っていたルカだったが、向けられる視線に耐えきれなくなってきた。
「……………………そんなに見られると、穴が開きそうなんだが」
「あー、ごめん」
「悪い」
エントランスに立ち塞がるようにしていた亀と狼に謝られる。丁度扉を開いた二人とばったりと出会したのだが、こちらを凝視したままどちらも動かなくなってしまったのだ。
二人の反応に不安になったルカは、自身の姿を見下ろして服の皺を伸ばす。
「何か、おかしいか?」
「いや、おかしくねえのがおかしいんだろ」
「うん、うん」
青い狼に扮したナワーブの言葉に、亀の甲羅を背負ったカートがブンブンと縦に首を振る。
「まともな人に見えるよ、ルカ!」
「この格好への感想がそれか」
カートの素直な言葉にルカは顔を顰めた。それはとても賛辞には聞こえない。
上質なシャツに、品のある光沢の白ベストにはジャガード織の模様が浮かぶ。落ち着いた色味のクロスタイに、胸には家紋のブローチ。実用性がありながら、拘ったであろうデザインの単眼鏡は、事故で負った目の傷を覆い隠す。ウールのスラックスはチョコレート色で揃いのジャケットは乱雑に腰に巻かれている。
ルカが身に纏うのはアカデミーの制服だ。その名も「卒業の日」という。なんて素晴らしい皮肉が効いているのかとルカは笑いたくなったものだ。流石は「遡及」だ。
マイクが新衣装を見せろと言っていたのでルカも祭り会場に一度は向かったのだが、やはりこれを着て祭りに行く気分にはなれず、足が重くなってしまった。なので早々に別の格好に着替えようと戻ってきたところだったのだ。
ナワーブはルカの頭のてっぺんから爪先までを見回して、面白そうに顎を摩る。
「お前、格好で損してるところあったんだな。そうしていると随分と立派に見える」
「んん?もしや貶められているのかな?」
「褒めてんだろ」
ナワーブがあっけらかんとそう答えるので、ルカは眉を顰めた。とても褒められてるとは思えなかったのだが。
ナワーブは首を振り、残念そうに溜息をついた。
「新衣装、俺は賭けは外れだな。もっとアウトローな感じかと」
「言ったじゃないか!彼は結構真面目だし、きっときちんとした学舎に行って、師に就くはずだって!俺の案に乗れば良かったのに」
「いやでも、あんたも学生までは予測出来てなかったろ」
「何をこそこそ話しているんだ?」
目の前で声を潜めて内緒話を始めた二人に、ルカは胡乱げな表情を浮かべる。カートもナワーブも「なんでもない」と言うが、どうにも怪しい。
「まあ、いい。君らは祭りに行くのかな?」
「ああ、そうだぜ」
「多分、みんな行ってると思うよ。ルカは行かないのかい」
「私は、一度着替えてからにしようかと」
「?なんでだ?」
狼姿のナワーブが不思議そうに首を傾げる。新品の衣装なんて、祭り会場でお披露目するのにぴったりの格好をしているのに、ルカは着替えようとしてる。新衣装姿のパトリシアとも会ったが、今さっき服を受け取ってきたなら誰もまだその姿を見ていない筈だ。
「何故と聞かれても、その、あまり気分が乗らない格好というか」
「囚人服で気分が乗るのかお前」
「そんな珍妙なものを見る目で私を見ないでくれないか、流石に他の服にするさ」
「それならその格好でいいんじゃないかな。トレイシーも喜びそうだしさ。ね?」
カートがそう言うと、ナワーブもルカの姿を繁々と見つめ、「そうだな」と同意する。
「彼女は私が何を着ていようが気にしないと思うが」
「いやいや、んなわけねえ。喜ぶだろ、その服なら」
「そうだよねえ。似てるもんねえ」
「は?なんの話だ。何が似てると……」
「もー、疑うなら確認しに行こう!それが話が早い!ほらルカ行くよ!」
「え?や、ちょ、フランク!」
ルカの右腕を掴んで引っ張るカートの力は存外強い。ずるずると引きずられていくルカに、ナワーブはちょっと面白い図だなと思いながらその後を追いかけた。
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