犬って被るものだっけ?

両手を広げて見せると、相手はビクリと肩を震わせる。
まだ慣れてくれない、その初々しい反応に笑ってしまう。
「………………」
「………………」
急かすことはしない。
手を差し出したまま、相手が動くのをじっと待つ。
悪足掻きのつもりなのか、きょろきょろと辺りを見回す。そして、誰もいない事に観念した彼女はそろそろと歩み寄ってくる。
ちょん、と広げた手に乗せられた指先。それを握り込んで、強引でない程度の力で腕を引き寄せる。
よたよたと近寄ってきた体を膝に座らせれば、最後の抵抗とばかりに胸を押される。
「トレイシー」
「…………」
咎める様に名を呼べば、むすりとした顔でそっぽを向く。
けれど白い頬が薄紅色に染まっている。
表情は取り繕えても、その色は隠せない。
胸を押す手を取り上げて、その手のひらにキスを落とす。そうすればトレイシーは慌てて手を引っ込める。
「っ……」
「嫌かい?」
「そうじゃ、ないけど……」
眉尻を下げて尋ねれば、トレイシーはもごもごと答える。
ただ恥ずかしかっただけなのは分かっている。
それでも悲しげな顔をすれば、トレイシーは申し訳なさそうに「ごめん」と呟く。
「やっぱり、こういうの慣れなくて」
「気にしないでくれ。慣れるまで付き合うと言ったのは私だ」
華奢な体を両腕で抱き込んで、ルカはほうと息をつく。
トレイシーは腕の中でじっとしている。
慣れないと彼女は言うが、以前は恥ずかしがってすぐに暴れていたから大分進歩したと思う。
 頬を撫で、耳に触れる。首筋に指が触れてもトレイシーはくすぐったそうに目を細めるだけだ。

――触れることも許されなかったのが嘘のようだ。

ルカはくすりと笑うと、金色の髪に顔を埋めた。



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