勝デク←轟【折寺村の少年と空飛ぶ雄英】
焦凍によって事実上の軟禁状態にある出久にとって唯一の救いは、8代目国王時代から「BIG3」と称えられる3人の側近たちの存在だった。
明るい声と共に部屋に入ってくる通形ミリオ。彼の太陽のような明るさは勝己の荒々しい熱量とはまた違う包み込むような優しさを持っていた。
「緑谷くんお疲れ! 今日は地上でしか採れないハーブの茶菓子を手に入れたんだ。環もねじれちゃんも君が元気がないのを心配してたよ」
「……ありがとうございます」
そのひとときだけ、出久は「囚われの王」であることを忘れかつての「折寺村のデク」として笑うことができた。
しかし、部屋を訪れるのが焦凍の番になると空気は一変して重く沈んでいく。
「……気分はどうだ緑谷」
「……うん。悪くないよ轟くん」
焦凍の左顔面に刻まれた大きな火傷の痕。それを見るたび、出久の胸は締め付けられる。
「(僕があの時そばにいれば……僕が勝手に地上に行かなければこんなことにはならなかったのに)」
対する焦凍もまた、出久の視線を「自分への憐れみ」や「軟禁への拒絶」と受け取ってしまい、言葉が続かない。
「(俺の不甲斐なさがお前を8年も地上のゴミ溜めに突き落とした。もう二度とあんな思いはさせないたとえ嫌われても、ここに閉じ込めておく)」
お互いを想うがゆえの深い罪悪感が、2人の間に透明な壁を作っていた。
出久の手元にある雄英の粋を集めた最新式の通信機。
そこに登録されているのは、焦凍、ミリオ、環、ねじれの4名だけ、当然のように勝己の名はない。
「(やっぱり緑谷くんをあの顔のままにしておく訳には行かないよね)」
出久の自室から出たミリオが向かったのはオールマイトの城下にある家で重い扉を開けると、そこには雄英の喧騒とは無縁の、どこか懐かしい「古い家」のような空間が広がっていた。
「お帰り通形。……緑谷くんの様子はどうだった?」
環が地上の茶葉で淹れたお茶を啜りながらぼそりと問いかける。
「ああ。相変わらず轟くんとはぎこちないままだよ。でも、お菓子は喜んでくれた。……彼にとって今のこの部屋は城じゃなくて檻に見えているんだろうね」
ミリオが椅子に深く腰掛けると、ねじれが楽しそうに袋を振って見せた。
「ねえねえ通形! このお菓子本当に美味しい! お茶も最高! これなら緑谷くんが地上に残り続けるのも無理ないよね〜。ねえ、地上ってどんなところなのかな? もっといろんな色があるのかな? 不思議だよね!」
ねじれが瞳を輝かせて問いかけると、環は視線を落として小さく呟いた。
「……僕は人と会わなくていいなら地上でも暮らしてみたい。空の上はあまりに規則正しすぎて……。緑谷くんが8年も隠れ通せた場所ならきっと静かなところもあるんだろうし」
彼ら「BIG3」は地上に降りたオールマイトの命で動く側近でありながら焦凍から出久を監視する役目を与えられながらも彼らが本当に守ろうとしているのは出久の「心」だったのだ。
「ねえねえ通形! 次は地上にいつ降りるの? 爆豪くんとはいつ会うつもり?」
ねじれが身を乗り出して尋ねると、ミリオは困ったように、でも穏やかに笑って首を振った。
「いや別に会わないよ、彼にとって雄英の人間は緑谷くんを連れ去った憎き存在だろうからね。今はただ、遠くから彼を観察するだけさ。」
実はBIG3が出久の側近として立ち振る舞っている裏には、引退した8代目国王・オールマイトからの極秘任務があった。それは「空飛ぶ雄英を地に下ろしオールマイトが地上の雄英の王になる」それは出久が国王から普通の少年になる計画でもあった。
環は大切そうにお茶のカップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「……オールマイトからこんな計画を持ちかけられた時は、本当に焦ったよ。心臓が止まるかと思った。でもこの隠れ家を無償で使わせてもらって……こんなに美味しいお菓子まで送ってくれる。少しでも恩返ししなきゃって思うんだ」
彼らが食べているお菓子や茶葉は、地上に降りたオールマイトが密かに「BIG3」へと送り届けているものだったのだ。
ミリオは窓の外遥か下に見える雲の海を見つめた。
「爆豪くんならもしかしたら緑谷くんと轟くんの間にある壁を破壊してくれるかもしれない」
出久が空へと連れ去られてから3年という月日を刻んでいた。
12歳だった勝己は15歳になりその体つきも扱う技術の鋭さもかつての少年時代とは比べものにならないほど逞しく成長していた。
折寺村の廃材置き場を改造した巨大なガレージ。そこには、勝己をリーダーとして慕う3人の仲間たちの姿があった。
赤髪の少年――切島鋭児郎、金髪に黒いメッシュが入った少年――上鳴電気、黒髪の少年――瀬呂範太
「おい、アホ面! 電圧が安定してねぇぞ、殺すぞ!」
「わかってるって! でもこの出力、マジで空まで届いちゃうよ!?」
「当たり前だ、そのために作ってんだよ……!」
彼らが表向きは村のトラクターや発電機の修理で生計を立てながら裏で心血を注いできたのは、1つの巨大な「兵器」でそれは雄英を「撃ち落とす」ための装置。
勝己は、油まみれのタオルで手を拭きながら、ガレージの屋根の隙間から見える空を見上げた。
「(3年だ。出久は……、あんな冷てぇ空の上でまだあの半分野郎に抱き込まれてんのか……?)」
勝己の胸に燻り続けるのは、あの日、自分を救うために自由を捨てた出久の涙。そして自分と同じように出久を愛していた焦凍のあの安心したような顔への煮えくり返るような憎悪だった。
メンテナンスを終えた装置が低く唸りを上げる。
雄英を撃ち落とす――。
それは勝己にとって唯一無二の解決策でありながら同時に最も認めたくない「敗北」の選択肢でもあった。
出久が死ぬ可能性。そして出久が大切に想っていたはずの空の国民たちを犠牲にすること。
「(クソが……! 壊すのは簡単だが、それじゃあいつは笑わねぇ……!)」
ガレージの壁を殴りつけ己の無力さと葛藤に苛立ちをぶつける日々。そんな勝己の横で切島が「お、おい爆豪! これを見ろよ!」と声を上げた。
切島の通信機に届いたのは地上の技術者たちには到底手の届かない、高度に暗号化されたメッセージだった。
『雄英・建国100周年記念祭への招待』
地上の優れた技術を持つ若者に、空の技術を学ぶ機会を与える。
同行者3名までを許可する。
送り主:天喰 環
「おいコレ! 前に俺が仕事先で仲良くなった天喰さんが俺たちを雄英の祭りに招待だってよ!」
「(雄英………! もしかしたら出久にあえるかもしれねぇ!)」
心の中で不敵に笑う勝己はこれがオールマイトやミリオたちが仕組んだものであるとは気づいておらず。正面から乗り込めば撃沈されるならば向こうから招かれる形で「懐」に入り込めばいい。
「クソ髪、アホ面、しょうゆ顔。……招待を受けてやる。ただし、ただの観光じゃねえぞ」
一方雄英では天喰が通信機を閉じ震える手で茶杯を持っていた。
「……送ったよミリオ、波動さん。……本当にこれで良かったのかな。もしバレたら僕たちは……」
「大丈夫だよ環、緑谷くんのあの悲しい笑顔をもう3年も見てきただろ?」
ミリオが窓の外の雲海を見つめて力強く答える。
「爆豪くんがどんな『爆弾』を持ってくるのか……楽しみに待っていようじゃないか」
ついに足を踏み入れた「空飛ぶ雄英」。雲を突き抜け視界に飛び込んできたのは重力から解き放たれた白銀の街並みと、絶え間なく回る無数の巨大な歯車だった。
「うおぉぉ! すげぇ! 建物が浮いてるぞ!」
「あっちの屋台、電気じゃなくて光ファイバーで調理してる!? マジかよ!」
切島と上鳴が地上の祭りとは異次元の光景に目を輝かせる。
技術者としての本能が昂ぶる一方で、勝己の胸を焼くのは、この煌びやかな街の頂点に君臨させられている出久の存在だった。
一行が散策を続け街の中心にそびえ立つ王城付近へと差し掛かった時だ。勝己は歩みを止め見上げるほど高い外壁を見据えて鋭く苦々しい舌打ちを鳴らした。
「チッ……」
「……爆豪?」
隣にいた瀬呂だけがその音に気づき顔色を変える。
勝己の視線の先には城の門を固める厳重な警備網があった。雄英兵士の群れと「雄英の紋章」が刻まれている自律型アンドロイド。勝己は瞬時に理解した、あれは外敵を防ぐためのものではなく「中の人間を逃がさないため」の配置だと。
窓の外から響く祭りの喧騒は出久にとって遠い世界の出来事のようだった。
「……賑やかだね、轟君」
出久が小さく呟くと背後に立っていた焦凍がその肩にそっと手を置いた。その手は温かいのに出久にはどこか冷たい鎖のように感じられます。
焦凍にとって出久を部屋から出さないことは最大の「愛」の形だった。8年前一瞬の隙で出久を失い自らも半身を焼かれたあの日。あの絶望を二度と繰り返さないために彼は出久を「傷ひとつ付かない箱」の中に閉じ込めておくことを選んだのだ。
ミリオたちが「少しだけでも外の空気を」と何度進言しても、焦凍の答えは変わることはなく出久を守りたいという純粋な願いと彼を自分だけのものにしておきたいという歪んだ独占欲が混ざり合っていた。
出久は、焦凍の左顔面の傷を見つめるたび、自分を責めた。
「(僕のせいで、轟くんはあんなに苦しんでいる。……彼をこれ以上悲しませちゃいけない。だから、ここにいなきゃ。……でも……)」
出久は、吸い寄せられるように眼下の群衆へ目を向けた。その時出久は、数千人の群衆の中からたった1人だけを見つけた。
「……え?」
出久の息が止まった。
そのツンツンと逆立った金髪、不機嫌そうに歪んだ口元。
3年間夢に見なかった日は一度もない大切な幼馴染。
「かっ……ちゃん……?」
出久の瞳に光が戻るのを焦凍は見逃さなかった。
「……? 何か見えたか緑谷」
焦凍が不審そうに窓の外へ視線を向けようとした瞬間、出久は咄嗟に焦凍の腕を掴んだ。
「な、なんでもないよ! ほらあそこの機械のパレード、すごく綺麗だったから……っ」
必死に誤魔化しながら出久の心臓は激しく波打っている。
「(かっちゃんが来てる、どうやって!? )」
勝己たち一行が宿泊するホテルの部屋は、地上のそれとは比べものにならないほど豪華だった。自動調節される室温、雲を模したような極上の柔らかさを持つベッド。切島と上鳴が子供のように飛び込み、旅の疲れもあって瞬く間に眠りに落ちていくなか、部屋には規則正しい2人の寝息だけが響いていく。
勝己は無言でベランダへと足を向けた。冷たい夜風が、火照った顔を撫でる。
「……爆豪、お前昼間っからずっと変だぞ」
背後から追ってきた瀬呂が勝己の隣に並んだ。昼間の舌打ちそして城を見上げる時のあの壊れ物を睨むような目。
「あんな城見せつけられて機嫌がいい奴がいんのかよ。……それだけだ」
「嘘つけ、お前あの中に『何か』があるって顔してた。……いや誰かがいるのか? 何か恨みでもあるのかよ」
しつこく問い詰める瀬呂に勝己はついに抑え込んでいた感情のダムが決壊した。
「……恨み? そんな生易しいもんじゃねぇんだよ……ッ!」
勝己の拳がベランダの手すりを強く叩いた。金属音が夜の静寂に鋭く響く。
「3年前……あの日、俺の目の前であいつは……デクはあいつらに奪われたんだ。俺を助けるためにあいつは自分の自由を差し出しやがった」
勝己の声が震え始める、脳裏に焼き付いているのは自分を愛おしそうに見つめて「ありがとう」と言った出久の涙と焦凍に抱きしめられ去っていった出久の姿。
「あの半分野郎は、あいつを愛してるとか言って城に閉じ込めてるはずだ……愛してるだと? 笑わせんじゃねぇ。閉じ込めて外も見せねぇで……あいつの心を殺してんのはどこのどいつだ……!!」
言葉を吐き出すたびに勝己の瞳から熱いものが溢れ出した。3年間仲間の前では決して見せなかった弱くて幼くてあまりに純粋な悔しさの涙。
「俺がもっと強ければ……あんな技術俺がもっと早く完成させてれば……デクを……デクをあんな空のゴミ溜めに返さなくて済んだんだ……!」
嗚咽を漏らしながら泣く勝己を瀬呂は何も言わずにただ隣で見守っていた。地上のガレージでがむしゃらに機械を弄り続けていた勝己の原動力がどれほど深い後悔と愛だったのかを、今初めて知ったからだ。
「……すまねぇ、みっともねぇもん見せた」
しばらくして勝己は乱暴に腕で涙を拭うと赤くなった瞳で再び城を見上げた。その目にはもう迷いはなかった。
「明日だ。明日あの中に潜り込む。……あの半分野郎の面拝んでデクをこの手に取り戻す。……たとえこの街全部を敵に回してもな」
そして迎えた朝――。
「爆豪、天喰さんからだ。……今すぐ城下町にある『オールマイトの家』に来てくれってよ」
天喰に呼び出されたオールマイトの家の扉を開けた瞬間に広がっていたのは古びた外観からは想像もつかない、雄英の最先端技術が詰め込まれた光景だった。
宙に浮かぶ無数の青白いホログラム。そこには雄英の浮遊機関の構造図、エネルギー経路、そして城内の詳細な警備配置図といった、本来ならば国家機密とされるデータが剥き出しのまま投影されていた。
「初めまして爆豪くん」
ホログラムの光に照らされたミリオが、真剣な面持ちで振り返った。その背後では、ねじれが複雑なコードを操作し、環が不安げに勝己たちの反応を伺っている。
「単刀直入に言うよ、僕たちはオールマイトの指示で空飛ぶ雄英を落とし、オールマイトが王を務める地上の雄英に人々を移すそうすれば緑谷くんは国王という呪縛から開放される」
ミリオは、ホログラムの一部を拡大した。そこには、出久の部屋の真下にある、巨大なエネルギー・コアが映し出されている。
「轟くんは緑谷くんを愛するあまり彼をこの国の国王として固定しようとしている。父であるエンデヴァーですら轟くんの言いなりで誰も今の彼を止められない……このまま行けば緑谷くんの心は本当に壊れてしまう」
ミリオは勝己の目を見据え、一歩踏み出した。
「君達を呼んだのは爆豪くんが3年を掛けて作った長距離レーザーが必要だったから」と
「……俺の長距離レーザーで雄英の浮遊システムを攻撃しろってのか」
勝己が低い声で応じる。その視線はホログラムに映る出久の居室の隔離バリアに向けられていた。
「それだけじゃない」と環が震える声で補足する。「雄英が落ちれば、出久くんは自由になる。でもそれは同時に……焦凍くんとの決戦を意味するんだ。彼は命に代えても出久くんを放さないだろうから」
「それで俺があの半分野郎をぶっ倒せばいいんだな?」
オールマイトの計画の全貌を聞かされ、勝己の心に火がついた。
「空を捨て地上へ還る……。オールマイトは本気でこの巨大な鉄の塊を降ろすつもりかよ」
「空の雄英さえ落とせばもうオールマイトが国王を務める地上の雄英が待っていてオールマイトは既に避難用の大型船を多数用意して待機しているあとは……雄英を覆う絶対防衛バリアを突破して雄英を撃ち抜くだけなんだ」
ミリオが人々を船へ避難させて城のバリアの原子振動を一時的に停止させるのは環とねじれが担当しバリアがシャットダウンした好きに極小かつ超高出力の長距離精密レーザーで雄英の浮遊システムを貫く。
しかし、そのレーザーを操作するには地上の荒削りな技術と雄英の精密回路を射撃の瞬間に「感覚」で同期させるという、天才的な技術者としての勘が必要でした。
「……このレーザーを扱えるのは俺だけだ」
勝己はホログラムから提示された複雑な演算画面を見つめて言った。しかし勝己には城の深部への潜入と射撃を同時には行えない。
「切島、上鳴、瀬呂。……てめぇら今からこれを見ろ」
勝己はいつも持ち歩いていた極めて詳細なレーザーのマニュアルを3人に叩きつけた。
「爆豪!? これ今から覚えろってのかよ!?」
上鳴は目を見開いて叫んだ。
「無理だなんて言わせねぇ、切島はレーザーの反動をその力自慢の腕で押さえろ、上鳴は回路がショートしねぇように電力を一定に保て、瀬呂は機材の角度を1ミリの狂いもなく固定しろ」
勝己の言葉にはかつてのような傲慢さではなく戦友への絶対的な信頼が宿っていた。
「俺は城の中へ突っ込む。お前らがこのレーザーで道をこじ開けなきゃ俺は中に入る前に消し炭だ。……俺の命てめぇらに預けるぞ」
「……あぁ、任せろ爆豪。お前が信じてくれるなら男として、絶対に応えてやる!」
ミリオは雄英の飛行経路を示したホログラムを拡大すると指を指した。
「空飛ぶ雄英が地上の雄英の真上に近づくのは最終日のお昼だ、その日に作戦決行する」
祭りの最終日。空飛ぶ雄英の空は祝祭の花火ではなく脱出を告げる無数の非常灯の赤に染まった。
ミリオ、ねじれ、環のBIG3は混乱する住民たちをあらかじめ用意されていた巨大な避難船へと誘導していました。その迅速すぎる手際に王宮の異変を察知したエンデヴァーが猛然と駆け寄ってくる。
「通形! これは何の真似だ! 避難命令など国王からも焦凍からも出ておらんぞ!」
その怒声が響いた瞬間世界が傾いた。
――ドォォォォォォン!!
耳を劈くような轟音と共に雄英を浮遊させていた巨大な歯車が悲鳴を上げ急激な重力が全員を襲う。空に留まるための「命」であった浮遊機関の出力がカットされ白銀の王都はその自重に耐えきれず雲の下――地上へ向かって真っ逆さまに急降下を始めたのだ。
「何が起きている……! 浮遊機関を止めたのは貴様らか!?」
エンデヴァーの問いにミリオは避難船のハッチに手をかけ真っ直ぐに8代目国王側近を見据えた。
「エンデヴァー、今日空飛ぶ雄英は地に落ちて人々は地上に帰るんだ。……これは8代目国王オールマイトの意志だ!」
落下する雄英を地上から心配そうに見守るオールマイトと切島達。
そしてゆっくりと落下を始めた空飛ぶ雄英の中で勝己は城の中へ突入する。環とねじれのハッキングで城を警備していたアンドロイドは機能を停止して雄英兵士は城の屋上に待機している小型船に向け走り出していた。
「――ッ、あ……!」
レーザーが城の防衛線を貫いた衝撃と雄英自体の急降下による重力の消失。出久は自分の体がふわりと浮き上がるのを感じ窓の外を流れる雲が恐ろしい速さで「上」へと消えていくのを目にした。
「まさか落ちて……いるの? 雄英が……」
「緑谷、こっちだ!」
焦凍は揺れる床を慎重に歩き出久に駆け寄るとその細い手首を壊れ物を扱うようなしかし決して逃がさない強さで掴み取った。
「轟くん……!? 何をするつもりなの、皆は……街の人は!?」
「通形さんたちが避難させている。……俺たちの心配をしろ。このままだと雄英は墜落する、既に兵士たちも小型船に乗っている脱出するぞ」
焦凍の瞳はかつてないほど切羽詰まっていた。
彼はこの3年間出久を守るためだけにすべてを捧げてきた。たとえ国が滅びようとも出久という「自分の光」だけは誰にも渡したくなかったのだ。
焦凍は出久を半ば抱きかかえるようにして傾く廊下を激走する。背後では城の構造材が次々と崩落し爆発音が響き渡っている。
そして城の屋上で勝己はようやく出久の姿を3年振りに視界に捉えた。
「待てよ!! デクッ!!」
勝己がボロボロの体で城の最深部を駆け抜けようやく辿り着いた小型船のハッチで出久が驚愕に目を見開いていました。
「かっ……ちゃん!?」
出久は迷わず船を降りようとしたがその体は背後から伸びた焦凍の白い腕によって、強引に引き戻された。
「……行かせない。緑谷お前は俺と一緒に来るんだ」
焦凍の瞳には一切の迷いはなかった。たとえ出久が自分を恨もうともこの崩落する空飛ぶ地獄から彼を救い出し、自分だけの安全な場所に隔離すること――それが焦凍のあまりに孤独で歪んだ正義。
「轟くん、放して! かっちゃんが……かっちゃんが置いていかれちゃうよ!!」
出久が叫び必死に抵抗するが、冷徹に閉じられたハッチのロックがかかり起動音が鳴り響き小型船のエンジンが点火される。
「止まれ……ッ! 止まれって言ってんだろ、半分野郎!!」
勝己は噴射されるブースターの熱と風圧に身を焼きながらも小型船の機体にその指を食い込ませた。爪は剥がれ指先からは血が滴るが、その瞳には執念の炎が燃え盛っていた。
「離すかよ……! 二度と……二度と、連れていかせてたまるかぁぁ!!」
勝己は機体の外部ハッチを力任せにこじ開け、内部へと雪崩れ込んだ。通路には、焦凍が配備していた精鋭の雄英兵たちが立ち塞がる。
「どけッ! 邪魔だぁ!!」
爆煙と打撃。ボロボロの体からは想像もつかないほどの殺気で、勝己は次々と兵士たちをなぎ倒していく。3年間の悔しさと、先ほど目の前でハッチを閉められた怒りが、彼を動かす純粋な破壊衝動となっていた。
ついに最奥にある出久と焦凍のいる部屋の扉が蹴破られた。
煙の中から現れたのは、血と油にまみれ、肩で息をする勝己の姿。
「かっちゃん……!」
出久が悲鳴のような声を上げ勝己のもとへ駆け寄ろうとする。しかし、勝己はそれを片手で制した。
「……動くなデク。そこで黙って見てろ」
勝己の視線は出久を背後に庇い、冷徹に構える焦凍に向けられた。焦凍からは殺意を孕んだ瞳が揺らめいている。
「デクを自分に都合のいい『人形』にしやがって。そんな不自由なもんを『愛』なんて呼びやがるなら……」
勝己はボロボロの拳を握り込み、真正面から焦凍を指差した。
「その歪みきった愛ごと俺がここでぶち壊してやる。……おい半分野郎王だの側近だのそんな肩書き全部捨てろ。1人の男として俺と殴り合え。……勝った方がデクの隣に立つ。文句ねぇよな!?」
「……いいだろう。お前のような野蛮な男に、緑谷の未来を汚させるわけにはいかない」
逃げ場のない空間で互いの意地と愛を賭けた泥臭くしかし、あまりに切実な決戦が始まろうとしていた。
出久は震える手で胸元を抑えながら対峙する2人をただ見つめることしかできなかった。
狭い機内を揺らしていた暴力的な熱気は去り、ただ重い呼吸の音だけが響いていた。
殴り合いの果て勝己はついに力尽きたように床へ倒れ込んだ。ボロボロの体血の混じった息。出久は迷わず駆け寄りその血だらけの勝己の頭をそっと持ち上げ自分の膝の上に載せた。
「……かっちゃんありがとう。僕のために……あんなにボロボロになるまで……。僕かっちゃんが来てくれて本当に嬉しかったんだよ」
出久の温かな涙が勝己の頬に落ちる。勝己は薄く目を開け不器用そうに口の端を歪めた。
「……チッ、泣くなクソデク。……不細工なツラが、もっと酷くなるだろ……」
そう言いながらも勝己の瞳には3年間の憑き物が落ちたような穏やかな光が宿っていた。
その横で壁に背を預けて座り込んでいた焦凍が震える声で口を開いた。
「……緑谷すまなかった。お前を失うのが怖くてお前の心を殺していたのは……俺だったんだなお前を愛していると言いながら俺は親父と同じようにお前を自分の檻に閉じ込めていただけだった」
焦凍の右目から一筋の涙がこぼれ落ちた。8年前、父に抗い出久と笑い合いたかったあの頃の自分をようやく取り戻した瞬間だった。
出久は勝己を支えたまま焦凍を真っ直ぐに見つめ返した。
「轟くん……僕こそごめん。君の傷を治したい君を1人にしたくないって思うあまり僕は君が差し出した檻に自分から入ってしまった。……君の本当の寂しさにもっと早く向き合えばよかったね」
小型船が地上の草原に静かに着陸しハッチがゆっくりと開いた。そこには自分たちを追いかけてきた切島たちや、避難船を誘導し終えたミリオたちの姿が見える。
轟音と共に地響きが走りかつて空に君臨していた「雄英」の巨体が地上の荒野へと激突した。
巨大な鉄の城が炎に包まれ黒煙が空を隠す光景は、一見すると世界の終わりのようだった。避難船から降り立った人々は家を失った絶望と見たこともない広大な大地の不気味さに不安な声を上げ、怯え立ち尽くす。
その時だった。
「――皆さん、怖がることはない!」
炎上する城を背に1人の男が前に進み出た。
それは痩せ細り力も失ったはずの男。しかしその声は地響きさえも圧倒するほど力強く、人々の心に真っ直ぐ届く「平和の象徴」の響きだった。
「空にいた私たちは孤独だった。だがこの大地には風があり、緑があり隣り合う人々がいる。今日私たちは自由を手に入れたんだ。これからはこの足で大地を踏みしめ共に生きていこう!」
オールマイトの宣言に、人々は1人、また1人と顔を上げました。混乱していた民衆の目に希望の光が宿る。
「オールマイト……!」
「私たちの王だ!」
誰からともなく歓声が上がり彼を再び「国王」として仰ぐことを誰もが心から受け入れた。
その光景を少し離れた場所から勝己と出久は恋人繋ぎをして見ていた。出久は重い王冠も豪華な衣装もすべて脱ぎ捨てた1人「普通の少年」となっていた。
「……本当の意味で帰ってきたんだね」
出久は自分の手を見つめそれから勝己を見つめた。
「デク。もうお前を『王』なんて呼ばねぇし閉じ込めさせもしねぇ。……これからは自分の足でどこへでも行きやがれ」
勝己が不器用ながらも力強く出久の背中を叩く。
3年前空に奪われた自由。すべての遠回りを終えて彼らはようやく同じ高さの目線で同じ地面の上に立っている。
燃え盛る空飛ぶ雄英の炎は古い時代の終わりを告げる篝火のようだった。
明るい声と共に部屋に入ってくる通形ミリオ。彼の太陽のような明るさは勝己の荒々しい熱量とはまた違う包み込むような優しさを持っていた。
「緑谷くんお疲れ! 今日は地上でしか採れないハーブの茶菓子を手に入れたんだ。環もねじれちゃんも君が元気がないのを心配してたよ」
「……ありがとうございます」
そのひとときだけ、出久は「囚われの王」であることを忘れかつての「折寺村のデク」として笑うことができた。
しかし、部屋を訪れるのが焦凍の番になると空気は一変して重く沈んでいく。
「……気分はどうだ緑谷」
「……うん。悪くないよ轟くん」
焦凍の左顔面に刻まれた大きな火傷の痕。それを見るたび、出久の胸は締め付けられる。
「(僕があの時そばにいれば……僕が勝手に地上に行かなければこんなことにはならなかったのに)」
対する焦凍もまた、出久の視線を「自分への憐れみ」や「軟禁への拒絶」と受け取ってしまい、言葉が続かない。
「(俺の不甲斐なさがお前を8年も地上のゴミ溜めに突き落とした。もう二度とあんな思いはさせないたとえ嫌われても、ここに閉じ込めておく)」
お互いを想うがゆえの深い罪悪感が、2人の間に透明な壁を作っていた。
出久の手元にある雄英の粋を集めた最新式の通信機。
そこに登録されているのは、焦凍、ミリオ、環、ねじれの4名だけ、当然のように勝己の名はない。
「(やっぱり緑谷くんをあの顔のままにしておく訳には行かないよね)」
出久の自室から出たミリオが向かったのはオールマイトの城下にある家で重い扉を開けると、そこには雄英の喧騒とは無縁の、どこか懐かしい「古い家」のような空間が広がっていた。
「お帰り通形。……緑谷くんの様子はどうだった?」
環が地上の茶葉で淹れたお茶を啜りながらぼそりと問いかける。
「ああ。相変わらず轟くんとはぎこちないままだよ。でも、お菓子は喜んでくれた。……彼にとって今のこの部屋は城じゃなくて檻に見えているんだろうね」
ミリオが椅子に深く腰掛けると、ねじれが楽しそうに袋を振って見せた。
「ねえねえ通形! このお菓子本当に美味しい! お茶も最高! これなら緑谷くんが地上に残り続けるのも無理ないよね〜。ねえ、地上ってどんなところなのかな? もっといろんな色があるのかな? 不思議だよね!」
ねじれが瞳を輝かせて問いかけると、環は視線を落として小さく呟いた。
「……僕は人と会わなくていいなら地上でも暮らしてみたい。空の上はあまりに規則正しすぎて……。緑谷くんが8年も隠れ通せた場所ならきっと静かなところもあるんだろうし」
彼ら「BIG3」は地上に降りたオールマイトの命で動く側近でありながら焦凍から出久を監視する役目を与えられながらも彼らが本当に守ろうとしているのは出久の「心」だったのだ。
「ねえねえ通形! 次は地上にいつ降りるの? 爆豪くんとはいつ会うつもり?」
ねじれが身を乗り出して尋ねると、ミリオは困ったように、でも穏やかに笑って首を振った。
「いや別に会わないよ、彼にとって雄英の人間は緑谷くんを連れ去った憎き存在だろうからね。今はただ、遠くから彼を観察するだけさ。」
実はBIG3が出久の側近として立ち振る舞っている裏には、引退した8代目国王・オールマイトからの極秘任務があった。それは「空飛ぶ雄英を地に下ろしオールマイトが地上の雄英の王になる」それは出久が国王から普通の少年になる計画でもあった。
環は大切そうにお茶のカップを両手で包み込みながら、ぽつりと呟いた。
「……オールマイトからこんな計画を持ちかけられた時は、本当に焦ったよ。心臓が止まるかと思った。でもこの隠れ家を無償で使わせてもらって……こんなに美味しいお菓子まで送ってくれる。少しでも恩返ししなきゃって思うんだ」
彼らが食べているお菓子や茶葉は、地上に降りたオールマイトが密かに「BIG3」へと送り届けているものだったのだ。
ミリオは窓の外遥か下に見える雲の海を見つめた。
「爆豪くんならもしかしたら緑谷くんと轟くんの間にある壁を破壊してくれるかもしれない」
出久が空へと連れ去られてから3年という月日を刻んでいた。
12歳だった勝己は15歳になりその体つきも扱う技術の鋭さもかつての少年時代とは比べものにならないほど逞しく成長していた。
折寺村の廃材置き場を改造した巨大なガレージ。そこには、勝己をリーダーとして慕う3人の仲間たちの姿があった。
赤髪の少年――切島鋭児郎、金髪に黒いメッシュが入った少年――上鳴電気、黒髪の少年――瀬呂範太
「おい、アホ面! 電圧が安定してねぇぞ、殺すぞ!」
「わかってるって! でもこの出力、マジで空まで届いちゃうよ!?」
「当たり前だ、そのために作ってんだよ……!」
彼らが表向きは村のトラクターや発電機の修理で生計を立てながら裏で心血を注いできたのは、1つの巨大な「兵器」でそれは雄英を「撃ち落とす」ための装置。
勝己は、油まみれのタオルで手を拭きながら、ガレージの屋根の隙間から見える空を見上げた。
「(3年だ。出久は……、あんな冷てぇ空の上でまだあの半分野郎に抱き込まれてんのか……?)」
勝己の胸に燻り続けるのは、あの日、自分を救うために自由を捨てた出久の涙。そして自分と同じように出久を愛していた焦凍のあの安心したような顔への煮えくり返るような憎悪だった。
メンテナンスを終えた装置が低く唸りを上げる。
雄英を撃ち落とす――。
それは勝己にとって唯一無二の解決策でありながら同時に最も認めたくない「敗北」の選択肢でもあった。
出久が死ぬ可能性。そして出久が大切に想っていたはずの空の国民たちを犠牲にすること。
「(クソが……! 壊すのは簡単だが、それじゃあいつは笑わねぇ……!)」
ガレージの壁を殴りつけ己の無力さと葛藤に苛立ちをぶつける日々。そんな勝己の横で切島が「お、おい爆豪! これを見ろよ!」と声を上げた。
切島の通信機に届いたのは地上の技術者たちには到底手の届かない、高度に暗号化されたメッセージだった。
『雄英・建国100周年記念祭への招待』
地上の優れた技術を持つ若者に、空の技術を学ぶ機会を与える。
同行者3名までを許可する。
送り主:天喰 環
「おいコレ! 前に俺が仕事先で仲良くなった天喰さんが俺たちを雄英の祭りに招待だってよ!」
「(雄英………! もしかしたら出久にあえるかもしれねぇ!)」
心の中で不敵に笑う勝己はこれがオールマイトやミリオたちが仕組んだものであるとは気づいておらず。正面から乗り込めば撃沈されるならば向こうから招かれる形で「懐」に入り込めばいい。
「クソ髪、アホ面、しょうゆ顔。……招待を受けてやる。ただし、ただの観光じゃねえぞ」
一方雄英では天喰が通信機を閉じ震える手で茶杯を持っていた。
「……送ったよミリオ、波動さん。……本当にこれで良かったのかな。もしバレたら僕たちは……」
「大丈夫だよ環、緑谷くんのあの悲しい笑顔をもう3年も見てきただろ?」
ミリオが窓の外の雲海を見つめて力強く答える。
「爆豪くんがどんな『爆弾』を持ってくるのか……楽しみに待っていようじゃないか」
ついに足を踏み入れた「空飛ぶ雄英」。雲を突き抜け視界に飛び込んできたのは重力から解き放たれた白銀の街並みと、絶え間なく回る無数の巨大な歯車だった。
「うおぉぉ! すげぇ! 建物が浮いてるぞ!」
「あっちの屋台、電気じゃなくて光ファイバーで調理してる!? マジかよ!」
切島と上鳴が地上の祭りとは異次元の光景に目を輝かせる。
技術者としての本能が昂ぶる一方で、勝己の胸を焼くのは、この煌びやかな街の頂点に君臨させられている出久の存在だった。
一行が散策を続け街の中心にそびえ立つ王城付近へと差し掛かった時だ。勝己は歩みを止め見上げるほど高い外壁を見据えて鋭く苦々しい舌打ちを鳴らした。
「チッ……」
「……爆豪?」
隣にいた瀬呂だけがその音に気づき顔色を変える。
勝己の視線の先には城の門を固める厳重な警備網があった。雄英兵士の群れと「雄英の紋章」が刻まれている自律型アンドロイド。勝己は瞬時に理解した、あれは外敵を防ぐためのものではなく「中の人間を逃がさないため」の配置だと。
窓の外から響く祭りの喧騒は出久にとって遠い世界の出来事のようだった。
「……賑やかだね、轟君」
出久が小さく呟くと背後に立っていた焦凍がその肩にそっと手を置いた。その手は温かいのに出久にはどこか冷たい鎖のように感じられます。
焦凍にとって出久を部屋から出さないことは最大の「愛」の形だった。8年前一瞬の隙で出久を失い自らも半身を焼かれたあの日。あの絶望を二度と繰り返さないために彼は出久を「傷ひとつ付かない箱」の中に閉じ込めておくことを選んだのだ。
ミリオたちが「少しだけでも外の空気を」と何度進言しても、焦凍の答えは変わることはなく出久を守りたいという純粋な願いと彼を自分だけのものにしておきたいという歪んだ独占欲が混ざり合っていた。
出久は、焦凍の左顔面の傷を見つめるたび、自分を責めた。
「(僕のせいで、轟くんはあんなに苦しんでいる。……彼をこれ以上悲しませちゃいけない。だから、ここにいなきゃ。……でも……)」
出久は、吸い寄せられるように眼下の群衆へ目を向けた。その時出久は、数千人の群衆の中からたった1人だけを見つけた。
「……え?」
出久の息が止まった。
そのツンツンと逆立った金髪、不機嫌そうに歪んだ口元。
3年間夢に見なかった日は一度もない大切な幼馴染。
「かっ……ちゃん……?」
出久の瞳に光が戻るのを焦凍は見逃さなかった。
「……? 何か見えたか緑谷」
焦凍が不審そうに窓の外へ視線を向けようとした瞬間、出久は咄嗟に焦凍の腕を掴んだ。
「な、なんでもないよ! ほらあそこの機械のパレード、すごく綺麗だったから……っ」
必死に誤魔化しながら出久の心臓は激しく波打っている。
「(かっちゃんが来てる、どうやって!? )」
勝己たち一行が宿泊するホテルの部屋は、地上のそれとは比べものにならないほど豪華だった。自動調節される室温、雲を模したような極上の柔らかさを持つベッド。切島と上鳴が子供のように飛び込み、旅の疲れもあって瞬く間に眠りに落ちていくなか、部屋には規則正しい2人の寝息だけが響いていく。
勝己は無言でベランダへと足を向けた。冷たい夜風が、火照った顔を撫でる。
「……爆豪、お前昼間っからずっと変だぞ」
背後から追ってきた瀬呂が勝己の隣に並んだ。昼間の舌打ちそして城を見上げる時のあの壊れ物を睨むような目。
「あんな城見せつけられて機嫌がいい奴がいんのかよ。……それだけだ」
「嘘つけ、お前あの中に『何か』があるって顔してた。……いや誰かがいるのか? 何か恨みでもあるのかよ」
しつこく問い詰める瀬呂に勝己はついに抑え込んでいた感情のダムが決壊した。
「……恨み? そんな生易しいもんじゃねぇんだよ……ッ!」
勝己の拳がベランダの手すりを強く叩いた。金属音が夜の静寂に鋭く響く。
「3年前……あの日、俺の目の前であいつは……デクはあいつらに奪われたんだ。俺を助けるためにあいつは自分の自由を差し出しやがった」
勝己の声が震え始める、脳裏に焼き付いているのは自分を愛おしそうに見つめて「ありがとう」と言った出久の涙と焦凍に抱きしめられ去っていった出久の姿。
「あの半分野郎は、あいつを愛してるとか言って城に閉じ込めてるはずだ……愛してるだと? 笑わせんじゃねぇ。閉じ込めて外も見せねぇで……あいつの心を殺してんのはどこのどいつだ……!!」
言葉を吐き出すたびに勝己の瞳から熱いものが溢れ出した。3年間仲間の前では決して見せなかった弱くて幼くてあまりに純粋な悔しさの涙。
「俺がもっと強ければ……あんな技術俺がもっと早く完成させてれば……デクを……デクをあんな空のゴミ溜めに返さなくて済んだんだ……!」
嗚咽を漏らしながら泣く勝己を瀬呂は何も言わずにただ隣で見守っていた。地上のガレージでがむしゃらに機械を弄り続けていた勝己の原動力がどれほど深い後悔と愛だったのかを、今初めて知ったからだ。
「……すまねぇ、みっともねぇもん見せた」
しばらくして勝己は乱暴に腕で涙を拭うと赤くなった瞳で再び城を見上げた。その目にはもう迷いはなかった。
「明日だ。明日あの中に潜り込む。……あの半分野郎の面拝んでデクをこの手に取り戻す。……たとえこの街全部を敵に回してもな」
そして迎えた朝――。
「爆豪、天喰さんからだ。……今すぐ城下町にある『オールマイトの家』に来てくれってよ」
天喰に呼び出されたオールマイトの家の扉を開けた瞬間に広がっていたのは古びた外観からは想像もつかない、雄英の最先端技術が詰め込まれた光景だった。
宙に浮かぶ無数の青白いホログラム。そこには雄英の浮遊機関の構造図、エネルギー経路、そして城内の詳細な警備配置図といった、本来ならば国家機密とされるデータが剥き出しのまま投影されていた。
「初めまして爆豪くん」
ホログラムの光に照らされたミリオが、真剣な面持ちで振り返った。その背後では、ねじれが複雑なコードを操作し、環が不安げに勝己たちの反応を伺っている。
「単刀直入に言うよ、僕たちはオールマイトの指示で空飛ぶ雄英を落とし、オールマイトが王を務める地上の雄英に人々を移すそうすれば緑谷くんは国王という呪縛から開放される」
ミリオは、ホログラムの一部を拡大した。そこには、出久の部屋の真下にある、巨大なエネルギー・コアが映し出されている。
「轟くんは緑谷くんを愛するあまり彼をこの国の国王として固定しようとしている。父であるエンデヴァーですら轟くんの言いなりで誰も今の彼を止められない……このまま行けば緑谷くんの心は本当に壊れてしまう」
ミリオは勝己の目を見据え、一歩踏み出した。
「君達を呼んだのは爆豪くんが3年を掛けて作った長距離レーザーが必要だったから」と
「……俺の長距離レーザーで雄英の浮遊システムを攻撃しろってのか」
勝己が低い声で応じる。その視線はホログラムに映る出久の居室の隔離バリアに向けられていた。
「それだけじゃない」と環が震える声で補足する。「雄英が落ちれば、出久くんは自由になる。でもそれは同時に……焦凍くんとの決戦を意味するんだ。彼は命に代えても出久くんを放さないだろうから」
「それで俺があの半分野郎をぶっ倒せばいいんだな?」
オールマイトの計画の全貌を聞かされ、勝己の心に火がついた。
「空を捨て地上へ還る……。オールマイトは本気でこの巨大な鉄の塊を降ろすつもりかよ」
「空の雄英さえ落とせばもうオールマイトが国王を務める地上の雄英が待っていてオールマイトは既に避難用の大型船を多数用意して待機しているあとは……雄英を覆う絶対防衛バリアを突破して雄英を撃ち抜くだけなんだ」
ミリオが人々を船へ避難させて城のバリアの原子振動を一時的に停止させるのは環とねじれが担当しバリアがシャットダウンした好きに極小かつ超高出力の長距離精密レーザーで雄英の浮遊システムを貫く。
しかし、そのレーザーを操作するには地上の荒削りな技術と雄英の精密回路を射撃の瞬間に「感覚」で同期させるという、天才的な技術者としての勘が必要でした。
「……このレーザーを扱えるのは俺だけだ」
勝己はホログラムから提示された複雑な演算画面を見つめて言った。しかし勝己には城の深部への潜入と射撃を同時には行えない。
「切島、上鳴、瀬呂。……てめぇら今からこれを見ろ」
勝己はいつも持ち歩いていた極めて詳細なレーザーのマニュアルを3人に叩きつけた。
「爆豪!? これ今から覚えろってのかよ!?」
上鳴は目を見開いて叫んだ。
「無理だなんて言わせねぇ、切島はレーザーの反動をその力自慢の腕で押さえろ、上鳴は回路がショートしねぇように電力を一定に保て、瀬呂は機材の角度を1ミリの狂いもなく固定しろ」
勝己の言葉にはかつてのような傲慢さではなく戦友への絶対的な信頼が宿っていた。
「俺は城の中へ突っ込む。お前らがこのレーザーで道をこじ開けなきゃ俺は中に入る前に消し炭だ。……俺の命てめぇらに預けるぞ」
「……あぁ、任せろ爆豪。お前が信じてくれるなら男として、絶対に応えてやる!」
ミリオは雄英の飛行経路を示したホログラムを拡大すると指を指した。
「空飛ぶ雄英が地上の雄英の真上に近づくのは最終日のお昼だ、その日に作戦決行する」
祭りの最終日。空飛ぶ雄英の空は祝祭の花火ではなく脱出を告げる無数の非常灯の赤に染まった。
ミリオ、ねじれ、環のBIG3は混乱する住民たちをあらかじめ用意されていた巨大な避難船へと誘導していました。その迅速すぎる手際に王宮の異変を察知したエンデヴァーが猛然と駆け寄ってくる。
「通形! これは何の真似だ! 避難命令など国王からも焦凍からも出ておらんぞ!」
その怒声が響いた瞬間世界が傾いた。
――ドォォォォォォン!!
耳を劈くような轟音と共に雄英を浮遊させていた巨大な歯車が悲鳴を上げ急激な重力が全員を襲う。空に留まるための「命」であった浮遊機関の出力がカットされ白銀の王都はその自重に耐えきれず雲の下――地上へ向かって真っ逆さまに急降下を始めたのだ。
「何が起きている……! 浮遊機関を止めたのは貴様らか!?」
エンデヴァーの問いにミリオは避難船のハッチに手をかけ真っ直ぐに8代目国王側近を見据えた。
「エンデヴァー、今日空飛ぶ雄英は地に落ちて人々は地上に帰るんだ。……これは8代目国王オールマイトの意志だ!」
落下する雄英を地上から心配そうに見守るオールマイトと切島達。
そしてゆっくりと落下を始めた空飛ぶ雄英の中で勝己は城の中へ突入する。環とねじれのハッキングで城を警備していたアンドロイドは機能を停止して雄英兵士は城の屋上に待機している小型船に向け走り出していた。
「――ッ、あ……!」
レーザーが城の防衛線を貫いた衝撃と雄英自体の急降下による重力の消失。出久は自分の体がふわりと浮き上がるのを感じ窓の外を流れる雲が恐ろしい速さで「上」へと消えていくのを目にした。
「まさか落ちて……いるの? 雄英が……」
「緑谷、こっちだ!」
焦凍は揺れる床を慎重に歩き出久に駆け寄るとその細い手首を壊れ物を扱うようなしかし決して逃がさない強さで掴み取った。
「轟くん……!? 何をするつもりなの、皆は……街の人は!?」
「通形さんたちが避難させている。……俺たちの心配をしろ。このままだと雄英は墜落する、既に兵士たちも小型船に乗っている脱出するぞ」
焦凍の瞳はかつてないほど切羽詰まっていた。
彼はこの3年間出久を守るためだけにすべてを捧げてきた。たとえ国が滅びようとも出久という「自分の光」だけは誰にも渡したくなかったのだ。
焦凍は出久を半ば抱きかかえるようにして傾く廊下を激走する。背後では城の構造材が次々と崩落し爆発音が響き渡っている。
そして城の屋上で勝己はようやく出久の姿を3年振りに視界に捉えた。
「待てよ!! デクッ!!」
勝己がボロボロの体で城の最深部を駆け抜けようやく辿り着いた小型船のハッチで出久が驚愕に目を見開いていました。
「かっ……ちゃん!?」
出久は迷わず船を降りようとしたがその体は背後から伸びた焦凍の白い腕によって、強引に引き戻された。
「……行かせない。緑谷お前は俺と一緒に来るんだ」
焦凍の瞳には一切の迷いはなかった。たとえ出久が自分を恨もうともこの崩落する空飛ぶ地獄から彼を救い出し、自分だけの安全な場所に隔離すること――それが焦凍のあまりに孤独で歪んだ正義。
「轟くん、放して! かっちゃんが……かっちゃんが置いていかれちゃうよ!!」
出久が叫び必死に抵抗するが、冷徹に閉じられたハッチのロックがかかり起動音が鳴り響き小型船のエンジンが点火される。
「止まれ……ッ! 止まれって言ってんだろ、半分野郎!!」
勝己は噴射されるブースターの熱と風圧に身を焼きながらも小型船の機体にその指を食い込ませた。爪は剥がれ指先からは血が滴るが、その瞳には執念の炎が燃え盛っていた。
「離すかよ……! 二度と……二度と、連れていかせてたまるかぁぁ!!」
勝己は機体の外部ハッチを力任せにこじ開け、内部へと雪崩れ込んだ。通路には、焦凍が配備していた精鋭の雄英兵たちが立ち塞がる。
「どけッ! 邪魔だぁ!!」
爆煙と打撃。ボロボロの体からは想像もつかないほどの殺気で、勝己は次々と兵士たちをなぎ倒していく。3年間の悔しさと、先ほど目の前でハッチを閉められた怒りが、彼を動かす純粋な破壊衝動となっていた。
ついに最奥にある出久と焦凍のいる部屋の扉が蹴破られた。
煙の中から現れたのは、血と油にまみれ、肩で息をする勝己の姿。
「かっちゃん……!」
出久が悲鳴のような声を上げ勝己のもとへ駆け寄ろうとする。しかし、勝己はそれを片手で制した。
「……動くなデク。そこで黙って見てろ」
勝己の視線は出久を背後に庇い、冷徹に構える焦凍に向けられた。焦凍からは殺意を孕んだ瞳が揺らめいている。
「デクを自分に都合のいい『人形』にしやがって。そんな不自由なもんを『愛』なんて呼びやがるなら……」
勝己はボロボロの拳を握り込み、真正面から焦凍を指差した。
「その歪みきった愛ごと俺がここでぶち壊してやる。……おい半分野郎王だの側近だのそんな肩書き全部捨てろ。1人の男として俺と殴り合え。……勝った方がデクの隣に立つ。文句ねぇよな!?」
「……いいだろう。お前のような野蛮な男に、緑谷の未来を汚させるわけにはいかない」
逃げ場のない空間で互いの意地と愛を賭けた泥臭くしかし、あまりに切実な決戦が始まろうとしていた。
出久は震える手で胸元を抑えながら対峙する2人をただ見つめることしかできなかった。
狭い機内を揺らしていた暴力的な熱気は去り、ただ重い呼吸の音だけが響いていた。
殴り合いの果て勝己はついに力尽きたように床へ倒れ込んだ。ボロボロの体血の混じった息。出久は迷わず駆け寄りその血だらけの勝己の頭をそっと持ち上げ自分の膝の上に載せた。
「……かっちゃんありがとう。僕のために……あんなにボロボロになるまで……。僕かっちゃんが来てくれて本当に嬉しかったんだよ」
出久の温かな涙が勝己の頬に落ちる。勝己は薄く目を開け不器用そうに口の端を歪めた。
「……チッ、泣くなクソデク。……不細工なツラが、もっと酷くなるだろ……」
そう言いながらも勝己の瞳には3年間の憑き物が落ちたような穏やかな光が宿っていた。
その横で壁に背を預けて座り込んでいた焦凍が震える声で口を開いた。
「……緑谷すまなかった。お前を失うのが怖くてお前の心を殺していたのは……俺だったんだなお前を愛していると言いながら俺は親父と同じようにお前を自分の檻に閉じ込めていただけだった」
焦凍の右目から一筋の涙がこぼれ落ちた。8年前、父に抗い出久と笑い合いたかったあの頃の自分をようやく取り戻した瞬間だった。
出久は勝己を支えたまま焦凍を真っ直ぐに見つめ返した。
「轟くん……僕こそごめん。君の傷を治したい君を1人にしたくないって思うあまり僕は君が差し出した檻に自分から入ってしまった。……君の本当の寂しさにもっと早く向き合えばよかったね」
小型船が地上の草原に静かに着陸しハッチがゆっくりと開いた。そこには自分たちを追いかけてきた切島たちや、避難船を誘導し終えたミリオたちの姿が見える。
轟音と共に地響きが走りかつて空に君臨していた「雄英」の巨体が地上の荒野へと激突した。
巨大な鉄の城が炎に包まれ黒煙が空を隠す光景は、一見すると世界の終わりのようだった。避難船から降り立った人々は家を失った絶望と見たこともない広大な大地の不気味さに不安な声を上げ、怯え立ち尽くす。
その時だった。
「――皆さん、怖がることはない!」
炎上する城を背に1人の男が前に進み出た。
それは痩せ細り力も失ったはずの男。しかしその声は地響きさえも圧倒するほど力強く、人々の心に真っ直ぐ届く「平和の象徴」の響きだった。
「空にいた私たちは孤独だった。だがこの大地には風があり、緑があり隣り合う人々がいる。今日私たちは自由を手に入れたんだ。これからはこの足で大地を踏みしめ共に生きていこう!」
オールマイトの宣言に、人々は1人、また1人と顔を上げました。混乱していた民衆の目に希望の光が宿る。
「オールマイト……!」
「私たちの王だ!」
誰からともなく歓声が上がり彼を再び「国王」として仰ぐことを誰もが心から受け入れた。
その光景を少し離れた場所から勝己と出久は恋人繋ぎをして見ていた。出久は重い王冠も豪華な衣装もすべて脱ぎ捨てた1人「普通の少年」となっていた。
「……本当の意味で帰ってきたんだね」
出久は自分の手を見つめそれから勝己を見つめた。
「デク。もうお前を『王』なんて呼ばねぇし閉じ込めさせもしねぇ。……これからは自分の足でどこへでも行きやがれ」
勝己が不器用ながらも力強く出久の背中を叩く。
3年前空に奪われた自由。すべての遠回りを終えて彼らはようやく同じ高さの目線で同じ地面の上に立っている。
燃え盛る空飛ぶ雄英の炎は古い時代の終わりを告げる篝火のようだった。
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