勝デク←轟【折寺村の少年と空飛ぶ雄英】

100年前に作られた空中都市「空飛ぶ雄英」という超科学の結晶が作られ、空へと去ってからというもの地上では機械文明が発展していた。
深夜、折寺村近くにある森の上空。
空飛ぶ雄英は飛行エネルギーを回収するため、地上に近づいていたが、突如飛行を維持する装置が爆発し、そこに住まう人々は混乱に陥った。
雄英の8代目国王オールマイトの側近であるエンデヴァーがエンジン部分の爆発に巻き込まれた自分の子供を抱えながらも、人々の混乱を落ち着かせていた。
その裏でまだ幼い4歳の少年、緑谷出久は地上への転送装置を使って雄英を降りようとしていた。
「ここがオールマイトが話してた地上の世界……緑も花も凄い綺麗!」
出久は空飛ぶ雄英の転送装置を使い、地上に降りるとワクワクしながら森を抜けていき、その先にあった村の中、一軒家の倉庫の中に入ると倒れ込み、夢の中に行ってしまった。
翌朝、4歳の勝己が自宅の倉庫の中で、見つけたのは歯車やボルトが転がる中に力なく倒れていた出久だった。
「……お前どこから来たんだ?」
泥だらけの顔で目を覚ました出久は自分の名前と年齢以外の情報を隠し自己紹介する。そして勝己は両親に出久を紹介した。
「もし良ければ一緒に暮らさない?」
勝己の両親は素性の知らない出久を受け入れ、以来2人はお互いを「かっちゃん」「デク」と呼び兄弟のように育っていった。
​そして8年の月日が流れ、2人は12歳になった。
​勝己は村一番のエンジニア候補、廃材を組み合わせて爆発的な推進力を生む小型エンジンを自作する天才。
​出久は勝己の助手で機械の仕組みとかに詳しく古びた機械や最新の機会も魔法のように修理してしまう。
​ある日、巨大な影が落ちた。見上げれば雲を割って降りてくるのは100年間一度も地上に干渉しなかったはずの「空飛ぶ雄英」から放たれた小型の偵察艇だった。
​村の外れにある丘に降りた偵察艇から出てきたのは雄英の8代目国王であるオールマイトの側近エンデヴァーとその息子の九代目国王の側近である轟焦凍、彼らの目的は村の略奪ではなく「ある探し物」だった。
「空飛ぶ雄英」が折寺村の上空に来る――。
それは停滞したこの村にとってそして有名な機械技師を目指す勝己にとって歴史が変わるほどの大事件だった。
​村の広場は高度な機械技術を持つ雄英を拝もうとお祭り騒ぎになっていた。見上げる空には巨大な雲を割って歯車と反重力機関が複雑に噛み合う空中都市・雄英の底部がうっすらと見え始めていた。
​「おいデク! 見ろよ、あの排気ノズルの形状……! 蒸気じゃねえありゃ純度の高い液体エネルギーを使ってやがる」
​勝己は自作の望遠鏡を片手に目を輝かせていた。
「もし運が良けりゃ、あいつらの技術を盗めるかもしれねえ。そうなりゃ、こんなボロ村ともおさらばだ。お前も連れてってやるからな!」
​しかし、隣に立つ出久は勝己の熱量とは対照的に顔を青ざめさせて震えていた。
勝己が不思議そうに覗き込むと出久は自分の左胸をぎゅっと押さえ込んだ。
「かっちゃん、あれは……ごめん!」
​普段とは打って変わって顔を青ざめた出久は勝己から離れると森の中へ逃げるように去っていった。その様子を勝己は呆然と眺めていた。
​出久が去っていった方向とは逆の方向から村に現れたエンデヴァーは圧倒的な威圧感で村人たちを平伏させる。その傍らにはどこか冷めた瞳をした焦凍の姿もあった。
​勝己は村人たちの熱狂に紛れながらも鋭い眼光でエンデヴァーの装備を観察していた。
「(あのマントの裏……熱伝導を遮断する特殊繊維か。それにあのガキが持ってる杖あれ自体が高度な演算機になってやがる……!)」
​技術への好奇心で胸を高鳴らせる勝己とは裏腹に出久はエンデヴァー親子を見た瞬間、全身を突き刺すような「拒絶反応」に襲われていた。
​彼らが纏う空気、そして彼らが発する微かな機械の駆動音。それが、出久の深い記憶の底にある「何か」を激しく揺さぶる。
「(怖い……あそこにいたら僕は僕じゃなくなってしまう――!)」
​出久は森の中を無我夢中で走り出した。向かったのはは村を一望出来る崖で息を切らして生えている1本の木に背中を預けて座る出久。
「はぁ……、はぁ………」と村人から歓迎される轟親子を見て出久は膝を抱え俯き顔を隠す。
村の中心部は、煌々と焚かれた篝火と「雄英」からもたらされた眩い電光に照らされ夜とは思えないほどの熱気に包まれていた。エンデヴァーを囲み酒を酌み交わし見たこともない機械技術に酔いしれる村人たちの歓声が遠く崖の上まで響いていく。
​しかしその喧騒から切り離された暗い崖の上で出久は膝を抱え、小さく震えていた。
​「……いつまでそうしてやがんだ。湿気たツラしてんじゃねぇよ」
​背後から投げかけられたのは聞き慣れた少し乱暴で自信に満ちた声、勝己だった。彼は出久の隣にどかっと腰を下ろすと手に持っていた村の祭りの差し入れ――少し冷めたパンを一つ出久に放り投げた。
​「かっちゃん……、村の皆あんなに喜んでるね………怖くないのかな?」
​出久は受け取ったパンを見つめたまま力なく微笑んだ。その瞳には夜空に浮かぶ巨大な雄英の灯火が映っていた。
​「あぁ? あんなもんただのデカい鉄屑の塊だろ、……お前さっきから何にビビってんだ。あのエンデヴァーか? それともあの半分野郎か?」
​出久の手が無意識に左胸を強く掴む。
​「僕、本当はあの村の人たちと同じ『人間』じゃないんだ。もし僕があの人たちに見つかったら……僕はかっちゃんと一緒にいられなくなるかもしれないんだ」
​勝己は鼻で笑い夜空を見上げた。その瞳には出久への不安ではなく揺るぎない決意が宿っている。
​「ハッ! お前が何だろうが知るかよ。機械だろうが化け物だろうが、8年前に俺が拾って俺が一緒に暮らすって決めたんだ。文句があるならエンデヴァーや半分野郎にだって殴りかかってやる」
​勝己は立ち上がり出久に向かって力強く手を差し出した。
​「デク、お前が何者かなんてどうでもいい、お前がどこにいたいかはお前自身が決めろ……俺の横にいたいなら死んでも離さねぇようにしやがれ」
​その時、2人の背後――後ろの森の暗闇からカサリと草を踏む音がした。しかし、会話に夢中な2人にはその音が聞こえていなかった。
​「いいかデク。俺の夢はこの掃き溜めみたいな村で終わるようなもんじゃねぇ。いつか、あの空飛ぶ雄英にある全技術を超えて世界一のエンジニアになってやる。あの大掛かりな空中要塞だって俺がもっとスゲェもんに作り変えてやるよ」
​勝己は空に浮かぶ巨大な要塞を、敵意ではなく「獲物」を狙うような野心に満ちた瞳で見据えていた。
​「その時はお前も連れてってやる。俺の隣で俺の作る機械が動くのを特等席で見せてやるからな」
​その言葉に、出久は驚いたように目を見開き、やがてゆっくりと、心からの笑顔を浮かべた。
「……うん。かっちゃんなら、きっとできるよ。世界一の技術者になって、誰も見たことがない景色を作るんだ」
​出久は膝を抱えていた手を離し村の暖かな灯りを見つめ返した。
​「僕はね……この折寺村でかっちゃんの夢をずっと応援していたい。かっちゃんが新しいエンジンを作って僕がそれを直して……、いつまでもそうやって過ごせたらいいなって思うんだ」
​出久はそこで言葉を切るとどこか遠くを見つめるような目をして小さく独り言のように呟いた。
​「普通の人生って……こういう事なのかな」
8年前、勝己の家の倉庫で倒れていた自分を勝己が拾ってくれて勝己の両親が見ず知らずの自分を温かく迎えてくれ毎日機械の油にまみれて笑い合った。
​出久にとってそれは「奇跡」に近いものだった。自分がどこにだれだろうと、今この瞬間に感じている勝己との心の距離こそが彼にとっての唯一の真実だったのだ。
​しかしその「普通」を噛み締める2人の背後、夜の闇に紛れて一対の冷徹な瞳がその光景を静かに見つめていました。
そして遡ること数十分前、村の広場では村人たちの好奇心は止まるところを知らなかった。100年間ずっと空中を浮き続けていた雄英で「8代目国王」の治世が終わり、新たな時代が始まろうとしているという噂は、地上の民にとっても死活問題だったからだ。
​「エンデヴァー様! 9代目様はもうお決まりなのですか!?」
「空の上では、一体どなたが次の玉座に……!」
​矢継ぎ早に浴びせられる質問に対し、エンデヴァーは一切口を開かなかった。ただ、その厳格な顔に宿る業火のような瞳が騒がしい村人たちを一喝するように見渡す。
​そして彼は傍らに立つ息子・焦凍へと鋭い視線を向け短く顎をしゃくって合図を送った。
​その「合図」が何を意味するのか村人たちには分からなかった。しかし焦凍は頷き返し父に背を向け喧騒が続く村の中心部から外れ闇の深い「村の外」へと静かに歩き出した。
焦凍は勝己と出久が「普通の生活」について語り合っている場所に背後からゆっくりと近づいていく、草を踏む規則正しい足音が聞こえたことで勝己と出久は同時に振り向いた。
​「……やっと見つけたぞ、緑谷………」
「………轟くん」
​焦凍は勝己を完全に居ないものとして扱い、彼の視線は勝己を通り越し青白く震える出久に真っ直ぐに向けられている。
「てめぇ雄英の………! なんでここにいんだ!?」
「悪いが、そいつを連れて行く。そいつはただの『人間』じゃない。空飛ぶ雄英の次期国王で9代目国王の緑谷出久だ」
そう告げる焦凍の言葉と共に何かがものすごいスピードで2人に迫ってきた。
​「……っ!? なんだこれ……動かねぇ……!」
​勝己の叫びは瞬時に取り付けられた口枷によってくぐもった呻きへと変わった。勝己は必死に抵抗しようと筋肉を躍動させるが、四肢を固定された拘束具は重力制御を伴う最新鋭の代物であり地上の少年が抗えるものではなかった。一方、出久の状態はさらに異常で、両手両足に食い込んだ電磁枷が青白い放電を繰り返し、出久の体は重力を無視して崖の上に高く吊り上げられている。
​「あ、あう……っ、かっちゃん……!!」
​2人の無力な姿を嘲笑うように雄英の偵察艇が崖の上に着陸してきてハッチから姿を見せるのはエンデヴァーと雄英の兵士たちそれを見た出久は更に青ざめた。
勝己の脳内に、今まで感じたことのない激しい衝撃が走った。
​出久の口から零れた見知らぬ少年の名。
​「(てめぇら……知り合いだったのかよ……!!)」
​勝己は拘束具で自由を奪われたまま喉を鳴らして焦凍を睨みつける。8年間片時も離れず一緒にいたはずの幼馴染。その空白の過去に目の前の白銀の貴公子が平然と踏み込んできた事実に勝己の自尊心と独占欲が激しく軋む。
​焦凍は地面でのたうち回る勝己には目もくれず空中に固定された出久のもとへと一歩一歩静かに歩み寄った。
​電磁枷の放電に怯え震える出久。その瞳は見つかってしまった絶望と隠し事をしていた申し訳なさが入り混じり、勝己の方を見ることができなかった。
​焦凍の声は先ほどまでの冷徹なものとは打って変わりどこか熱を帯びた慈しむような響きを持っていた。
彼は宙に浮く出久の頬にそっと手を伸ばす。手袋越しではない焦凍の指先が出久の柔らかな肌を優しく撫でた。
​「……っ、どうして……。どうして、ここが……」
​出久が震える声で問うと、焦凍は悲しげに目を細める。
​「お前がいなくなってからの空の上は地獄だった。一緒に空に帰ろう俺の傍にいてくれ緑谷」
焦凍の瞳から感情が消え機械的な冷徹さが宿る。彼がポケットから取り出した小型銃器の銃口は無慈悲に勝己の眉間へと向けられた。
​「……お前が出久を地上に縛り付けてた鎖か………?」
​100年前から空に君臨する「雄英」。その絶対的象徴であった8代目国王オールマイトが2年前突然「全土を平等にするため地上へ降りる」と宣言した時、空中国家は激震した。国民の不安が頂点に達する中次期国王として即位するはずだった緑谷出久を人々の安定剤にしようとエンデヴァーは思い必死に捜索していたのだった。
勝己は目を見開いた。隣で泣きじゃくっていた弱虫のデクが自分たちが憧れた空の上の「王」その人であったという事実。そしてその幼馴染が冷徹な秩序のために連れ戻されようとしている。
​「やめて、轟くん!! かっちゃんには………かっちゃんは関係ないんだ!!」
宙に浮く出久が、電磁枷に身を焼きながら叫んだ。
​「関係はある、こいつは王であるお前を地上に縛り付けていたんだお前が大人しく来るならこの男の命だけは助けてやってもいい」
​焦凍の指が引き金にかけられました。
​そして船ハッチから彼の父親であり、8代目国王――オールマイトの側近であるエンデヴァーが叫ぶ。
「焦凍! 何をモタモタしている、早々に『王』を回収して9代目国王の時代を始めるぞ!」
出久にとって自分の未来や自由など勝己の命に比べればあまりに軽いものだった。
​「……分かった。行くよ、行くから……だからかっちゃんには手を出さないで」
​出久がそう絞り出すように告げた瞬間彼を縛り付けていた電磁枷と磁場が霧散するように消滅し、彼は地面へ崩れ落ちるように着地した。そこへ焦凍が歩み寄り壊れ物を扱うような手つきでしかし決して逃がさないという強い意志を込めて、出久の体をきつく抱きしめた。
​「……賢明な判断だ緑谷、お前さえいれば俺はもう何もいらない」
​焦凍の顔に浮かんだのは勝利者の冷徹さではなく長年の渇きを癒やされたかのような、あまりに純粋で安らかな「安心」の表情だった。
​その光景を地面に転がされたままの勝己は焼けるような苛立ちとともに見つめていた。
​「(なんだよ……そのツラは……!)」
​勝己は、焦凍の瞳の中に自分と同じ色を見つけ、戦慄します。それは、出久という存在に対する彼を自分だけの世界に繋ぎ止めておきたいという剥き出しの「愛」だった。自分だけが、この8年間注いできたと思っていた感情を空の上から来たこの「王の半身」もまた等しくあるいはそれ以上に歪んだ形で抱えていたのだ。
​昇降機へと連行される間際、出久は一度だけ振り返った。
その瞳からは大粒の涙が溢れ月の光に照らされてキラキラと輝いている。
​「かっちゃん……、拾ってくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう、……大好きだよ………」
​声にならない感謝を出久は唇の動きだけで伝えた。
​勝己は口枷の奥で絶叫する。
「(行くな! デク!! 誰が許可した!! 俺の隣にいろって言っただろ!!)」
​しかし勝己の願いも怒りも虚しく夜の丘に置き去りにされた。
エンデヴァー、焦凍、そして出久を乗せた船は爆音と共に夜空を貫き雲の上の巨大な鉄の島――「雄英」へと吸い込まれていった。
崖に残されたのは焦凍が去り際に解除していった拘束具の残骸だけだった勝己は自由になった手で出久が流した涙の跡が残る地面を強く叩きつけた。
​「……ふざけんな……。王だか何だか知らねぇが……」
​勝己は顔を上げ、眩い光を放ちながら遠ざかっていく「空飛ぶ雄英」を呪うようなしかしこれまでで最も鋭い闘志を宿した瞳で見上げました。
​「待ってろデク。……あんな薄汚ねぇ空から俺が必ず引きずり降ろしてやる」
​世界一の技術者を目指していた少年の夢は、この夜「空への宣戦布告」へと変わった。

時は8年前の「空飛ぶ雄英」。
そこは歯車が噛み合い蒸気が吹き出す白銀の王都だった。
​4歳の焦凍はその小さな体に似つかわしくない、重厚な訓練用プロテクターを身に纏っていた。父・エンデヴァーからの「指導」は、もはや教育という名の虐待に等しかった。
​「……はぁ、……はぁ……」
​ボロボロになった焦凍は、人気のない広場のベンチに、崩れ落ちるように座り込む。
空の上の美しく整えられた庭園。しかし、彼にとっては冷たい檻と同じだった。
​そこへ、遠くからパタパタと軽やかな足音が近づいてきた。
​「大丈夫………?」
​焦凍が顔を上げるとそこには豪華なけれどどこか着崩した王家の装束を纏った少年が立っていた。ふわふわとした緑色の髪にそばかすの散る頬。そして見るものを包み込むような慈愛に満ちた大きな瞳。
​それはこの国ですべての国民に愛され大切に育てられている次期国王緑谷出久だった。
​「ひどい……、怪我してるね……」
​出久は焦凍の隣にちょこんと座ると自分の白く綺麗な袖で、焦凍の顔に付いた煤と血をそっと拭う。焦凍は自分とは対極の「光」の中にいる少年に触れられ驚きのあまり固まってしまう。
​「……何だお前。……俺に触るな。親父に怒られる」
​「怒る人なんているの? 痛い思いをさせるのは悪い人だよ。僕は緑谷出久君の名前は?」
​「……轟焦凍」
​出久はパッと顔を輝かせ、焦凍の手を両手で包み込んだ。出久の掌は、訓練で凍りついた焦凍の右手を溶かすほど、温かかったのだ。
​「轟くん! ねえ轟くんは大きくなったら何をしたい? 僕はねこの『雄英』を地上に降ろして、皆がお花畑で遊べるようにしたいんだ!」
​焦凍はその時、生まれて初めて「希望」というものを知った。
父が強いる地獄のような訓練。その先にある「王を守る盾」としての人生。その中心にこの温かな少年がいるのなら、耐えられるかもしれない。
​けれどこの時の出久はまだ知らなかった。
自分を愛してくれる8代目国王・オールマイトが地上への遷都を計画していること。
ベンチでの密かな時間は2人にとって唯一の救いだった。しかしその穏やかな時間は業火のような殺気を孕んだ影によって無残に踏みにじられた。
​「焦凍……。王族と馴れ合う暇があるなら修練に戻れと言ったはずだ」
​現れたエンデヴァーの威圧感に、焦凍は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。エンデヴァーは焦凍の腕を力任せに掴むと、引きずるようにして連れて行こうとした。
​「あ……っ、待って、親父……っ! 放せよ!!」
​初めて上げた「親父」という拒絶の声。しかし幼い焦凍の力ではその鉄腕を振り払うことはできず、彼の顔は絶望と悲しみに歪む。その表情を見た瞬間いつもは大人しく優しい出久の中の「王」としての資質あるいは1人の友人としての怒りが爆発した。
​「放してください!!」
​出久は小さな体でエンデヴァーの前に立ちはだかり鋭い眼差しで巨躯の男を見上げた。
​「轟くんはあなたの道具じゃない! あなたの夢を叶えるための駒なんかじゃないんだ!! 轟くんは……、笑ったり泣いたりする僕と同じ普通の1人の男の子なんだ!!」
​その叫びは、静かな庭園に響き渡った。次期国王からの、あまりに真っ当で、かつ痛烈な否定。エンデヴァーが一瞬、その言葉の圧力に怯んだ――その隙を、焦凍は見逃さなかった。
​「……そうだ。俺はあんたの私物じゃない……ッ!」
​焦凍は残された力を振り絞り焦凍は親父の手を力一杯振り払いよろけながらも出久の元へと駆け寄ったのだ。
​焦凍は出久の背後に隠れるのではなくその隣に並び立ち、震える拳を握りしめて父親を睨みつけた。
​「俺は……緑谷と一緒にいたい。親父の言う通りには、もうならない」
​次期国王である出久の強い意志と焦凍の「親父に従わない」という決意。8代目国王オールマイトも出久の願いを聞き入れ焦凍は「王の側近候補」として公に1日の大半を出久の側で過ごすことが許されるようになった。
​それまでの地獄のような孤独な鍛錬とは一変し訓練場にはいつも出久の姿があった。
​「轟くん、すごい! 今の動き、今までで一番速かったよ!」
​出久の声が響くたび、焦凍の心には熱い力が宿る。かつては親父に無理やり振るわされていた力も、今は「大切な出久を守るための力」として、焦凍自身の意志で研ぎ澄まされていった。
​焦凍は休憩時間に出久の隣に座りまだ幼い声で夢を語る。
「……俺もっと強くなるよ。緑谷の隣にいても誰にも文句を言わせないくらい。俺が緑谷の一番の側近だ」
​「うん、轟くんがいてくれたら僕どこへだって行ける気がするよ」
​2人の話題は、いつしか雲の下に広がる未知の世界、「地上」へと向かっていく。
​「ねえ轟くん。オールマイトが言ってたんだ、地上には、空の上にはない『色』がたくさんあるんだって。土の匂いや、どこまでも続く緑の草原……。僕たちがこの雄英を降りて地上に行けたら、きっと楽しいよね」
​「……地上か。緑谷が行きたいなら俺も行く、そこならきっと親父の影も届かない」
​焦凍の強さは出久の笑顔を守るという純粋な願いによって、皮肉にもエンデヴァーが期待していた以上の速度で成長していった。出久もまた焦凍という唯一無二の理解者を得たことで、「いつか地上の世界を見に行ける」という輝かしい希望を抱き始める。
しかし、幸福な夢はあまりに突然そして残酷な形で崩れ去った。「雄英」が地上へと高度を下げ、エネルギー回収を開始したその日。焦凍は自分の意思でエンデヴァーに「騎士としての任務がしたい」とエンデヴァーに宣言してエンデヴァーの指示で警備の末端の一員として立たされていました。わずか4歳の少年にとって唸りを上げる巨大な回収機械は怪物そのものだった。
​その時機械の深部で不気味な異音が響き制御不能となった飛行エネルギーが暴発を起こしていた。
​「あ、あ……ッ!!」
​爆心地のすぐ近くにいた焦凍を凄まじい熱風と閃光が襲う。咄嗟に顔を庇ったものの左半分を焼き尽くすような激痛。一方、その混乱の最中出久は「焦凍が怪我を負った」という事実さえ知らされぬまま混乱に乗じて地上へと降り立ってしまう。
​そして地上に降りた出久が出会ったのは自分を「デク」と呼び、次期国王の事を忘れさせてくれた勝己だった。
空の上の医療カプセルの中で焦凍は左半分に消えない傷を負い目を覚ました。
​「……緑谷はどこだ……?」
​帰ってきた答えはあまりに絶望的だった。「次期国王・緑谷出久は回収機の暴走による混乱で行方不明、墜落死した可能性が高い」。
​「(俺のせいだ……! あの日、俺が出久の傍に居てやれば警備の仕事がしたいなんて言ったから暴走に巻き込まれて、アイツは……!)」
​左顔面の火傷が疼くたび、焦凍の心には「罪悪感」という名の消えない呪いが刻まれていた。自分の不甲斐なさが、太陽のような出久をこの空から消してしまった。
​しかし数年が経ち、父――エンデヴァーから「出久を見つけた」という生存の証拠を見せられた瞬間、焦凍の罪悪感は狂信的なまでの執着へと変貌した。
​「親父、俺も迎えに行く」
​8年間焦凍は出久を失ったことで、親父に言われるがまま牙を研ぎ続けるだけの生活に戻っていた。
一方の出久は、勝己との「普通」を壊したくない一心で、空の上の記憶に蓋をして過ごしていた。
​あの夜、崖の上で焦凍が「やっと見つけた」と言った言葉の裏には、8年分の血を吐くような後悔と取り戻したい初恋が詰まっていたのだ。
「空飛ぶ雄英」の最上階、豪華でありながら冷たい空気が漂う王家の私室。
出久はかつて二人で夢見たはずの「城下の景色」を、皮波打つ強化ガラス越しに眺めることしか出来なかった。
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