呪胎戴天
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それが叶わないことと突きつけられるのには、そう時間はかからなかった。
無骨なコンクリートの壁に寄りかかるようにして上半身だけの男が絶命している。その両脇の遺体は更に酷く痛めつけられ、まるでそういう加工をしたように人間の肉が丸まっていた。人間の体の造りをまるで無視して、まるで幼子が泥団子を作ったかのような気軽さで。
虎杖はその遺体を見て、声も出せずに立ち尽くした。そのあまりにも、人間の死に様として相応しくない凄惨な姿に。
釘崎が「惨い」と呟く。それに月詠が釘崎の顔を見ずに「んならあっち行ってな」と反対を指差して言った。
月詠はそう言って釘崎を気遣った後、全く冷たい顔をしてズカズカと遺体に近付く。
「3人でいいのか」
「あー多分。この2人は顔わかんないな。でもこの人は……、服に名前ある。えーと、岡崎正……」
「あの人の子供だ」
虎杖がそう言った。
あの人。と、聞いて月詠がえーと、と顔を作る。
そう言えば外に1人保護者が来てたな。女の人。ああそう言えば『正』って言ってた気がする。虎杖くんよく覚えてんな。
月詠はそこまでダラダラと考えて「そうね」と肯定した。あー、どうしようね、と。気まずそうな顔をして項を指で摩る。
ただでさえ自分達の手に余る任務なのだ。正直生死確認できたしもうこの遺体に用はないなあ、という冷めた思考から出た仕草と表情だった。
だから虎杖に「月詠、この遺体持って帰ろう」と言われて「え?」と凄く嫌そうな顔と声で返した。
「正気?ちょっと無理くないかな」
「でも遺体もなしに死にましたじゃ納得できねえだろ」
「いやあーしらに今他人気遣う余裕とかねえんだけど。そゆの今いーよ」
「は?そういうのって何だよ」
「いやなにキレてんの?そういうオヒトヨシ今やめてっつってんの。アタシらの仕事は『生存者の確認と救出』で死体の回収じゃねえよ。ただでさえレベチな任務よ、その最低限すらこなせるかわかんねえの。なに?お前もここで死にたいわけ」
「お前さ、何で呪術師やってんの?」
「あ?」
虎杖がゴッソリと表情が抜け落ちた顔で月詠を見て、ゾッとする程低い声を出した。普段の表情が明るいからその無表情がとても恐ろしく見える。
それが鼻についたのか月詠がカクン、と首を傾げて不機嫌そうに虎杖を見た。元々コイツは迫力のある美形なので、表情一つが作り出す威力が大きい。
まあつまり、一触即発である。
釘崎が「ちょっと」と声を上げた。今にもお互い爆発しそうな空気だ。
すると伏黒が月詠の首根っこを掴んで後ろに引いた。制服のタートルネックが首を絞めて、月詠は「ぐえッ」と唸った。そして「恵くん……」とジトッと伏黒を見た。しかし先程の虎杖に向けていたような威圧はスッカリない。
「お前は一々語彙が冷たい」
「えー、だってさあ」
「虎杖、ここは月詠の言う通りにしろ。あと2人の生死を確認しなきゃならん」
「伏黒。でも振り返れば来た道がなくなってんだよ、後で戻る余裕もねえだろ」
虎杖の発言に月詠が「だアら、あーしらにはそもそも死体を運ぶ余裕がねえッつーの」と腹立たしそうに噛み付くが、伏黒が掴んだままだった月詠の襟を、グイッと釘崎の方に向かって投げた。
その勢いに月詠の体がよろついて、釘崎がそれを受け取る。伏黒はそっちに目を一切向けず、『ソイツ黙らせろ』という仕草で釘崎に向かって人差し指を動かした。釘崎はそのハンドサインを受け取って月詠に向かって一発景気よく平手打ちした。そこまでやれとは言ってない。
伏黒はそれを後目に見てから、はあと目を伏せて息をつき、虎杖に向き直る。そうして「俺も月詠と同意見だ」とハッキリ言った。
「ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで救う気は俺にはない」
今度は虎杖が伏黒の制服を掴み上げる。
「どういう意味だ」と伏黒を睨んだ。
「ここは少年院だぞ。呪術師には現場のあらゆる情報が事前に開示される。岡崎正は無免許運転で下校中の女児をはねてる。2度目の無免許運転だ。
オマエは大勢の人間を助け、正しい死に導くことに拘ってるな。
だが自分が助けた人間が、将来人を殺したらどうする」
伏黒は虎杖の手を払いもせずに淡々とそう述べた。
伏黒恵はそれを正義としてる男だった。蹲ってる人間に選り好みして手を差し伸べる。自分が差し出した手に決して間違いがなかったと思えるように。
しかしかつて、そういう救い方をしていたこの少年は。特急呪物をその身に宿し、【宿儺の器】と恐れられ死刑となった虎杖にもその手を差し伸べた。
大勢を鏖殺する呪いをその身に宿した虎杖を。
「じゃあ何で俺は助けたんだよ!!」
伏黒はその激高に答えない。
そこで、今まで黙って一連のイザコザを聞いていた釘崎が「いい加減にしろ!」と痺れを切らした。
月詠、虎杖、伏黒の順にビシ、ビシ、ビシ、と勢いよく無遠慮に人差し指を向ける。
「お前も、お前も、お前もッ。2級術師共は特に!!時と場合を弁え」
その先の、『ろ』の声は聞こえなかった。
釘崎の体がカクンッと沈む。足元に蟠った影に、釘崎の体が引きずり込まれた。
「ッ、野薔薇!!」
影から伸ばされた釘崎の手を隣にいた月詠が掴む。勢いのあまり月詠の派手な爪先が釘崎の手首を引っ掻いた。
掴んだ釘崎の手に引っ張られて月詠の体も蟠った影に、あまりにもアッサリ飲み込まれる。
「釘崎?……月詠?」
虎杖が、もう何も残っていないコンクリートに向かって呆然と呟く。
次に見たのは壊された伏黒の玉犬。
次に感じたのは、明確な【死】への恐怖である。
*
無骨なコンクリートの壁に寄りかかるようにして上半身だけの男が絶命している。その両脇の遺体は更に酷く痛めつけられ、まるでそういう加工をしたように人間の肉が丸まっていた。人間の体の造りをまるで無視して、まるで幼子が泥団子を作ったかのような気軽さで。
虎杖はその遺体を見て、声も出せずに立ち尽くした。そのあまりにも、人間の死に様として相応しくない凄惨な姿に。
釘崎が「惨い」と呟く。それに月詠が釘崎の顔を見ずに「んならあっち行ってな」と反対を指差して言った。
月詠はそう言って釘崎を気遣った後、全く冷たい顔をしてズカズカと遺体に近付く。
「3人でいいのか」
「あー多分。この2人は顔わかんないな。でもこの人は……、服に名前ある。えーと、岡崎正……」
「あの人の子供だ」
虎杖がそう言った。
あの人。と、聞いて月詠がえーと、と顔を作る。
そう言えば外に1人保護者が来てたな。女の人。ああそう言えば『正』って言ってた気がする。虎杖くんよく覚えてんな。
月詠はそこまでダラダラと考えて「そうね」と肯定した。あー、どうしようね、と。気まずそうな顔をして項を指で摩る。
ただでさえ自分達の手に余る任務なのだ。正直生死確認できたしもうこの遺体に用はないなあ、という冷めた思考から出た仕草と表情だった。
だから虎杖に「月詠、この遺体持って帰ろう」と言われて「え?」と凄く嫌そうな顔と声で返した。
「正気?ちょっと無理くないかな」
「でも遺体もなしに死にましたじゃ納得できねえだろ」
「いやあーしらに今他人気遣う余裕とかねえんだけど。そゆの今いーよ」
「は?そういうのって何だよ」
「いやなにキレてんの?そういうオヒトヨシ今やめてっつってんの。アタシらの仕事は『生存者の確認と救出』で死体の回収じゃねえよ。ただでさえレベチな任務よ、その最低限すらこなせるかわかんねえの。なに?お前もここで死にたいわけ」
「お前さ、何で呪術師やってんの?」
「あ?」
虎杖がゴッソリと表情が抜け落ちた顔で月詠を見て、ゾッとする程低い声を出した。普段の表情が明るいからその無表情がとても恐ろしく見える。
それが鼻についたのか月詠がカクン、と首を傾げて不機嫌そうに虎杖を見た。元々コイツは迫力のある美形なので、表情一つが作り出す威力が大きい。
まあつまり、一触即発である。
釘崎が「ちょっと」と声を上げた。今にもお互い爆発しそうな空気だ。
すると伏黒が月詠の首根っこを掴んで後ろに引いた。制服のタートルネックが首を絞めて、月詠は「ぐえッ」と唸った。そして「恵くん……」とジトッと伏黒を見た。しかし先程の虎杖に向けていたような威圧はスッカリない。
「お前は一々語彙が冷たい」
「えー、だってさあ」
「虎杖、ここは月詠の言う通りにしろ。あと2人の生死を確認しなきゃならん」
「伏黒。でも振り返れば来た道がなくなってんだよ、後で戻る余裕もねえだろ」
虎杖の発言に月詠が「だアら、あーしらにはそもそも死体を運ぶ余裕がねえッつーの」と腹立たしそうに噛み付くが、伏黒が掴んだままだった月詠の襟を、グイッと釘崎の方に向かって投げた。
その勢いに月詠の体がよろついて、釘崎がそれを受け取る。伏黒はそっちに目を一切向けず、『ソイツ黙らせろ』という仕草で釘崎に向かって人差し指を動かした。釘崎はそのハンドサインを受け取って月詠に向かって一発景気よく平手打ちした。そこまでやれとは言ってない。
伏黒はそれを後目に見てから、はあと目を伏せて息をつき、虎杖に向き直る。そうして「俺も月詠と同意見だ」とハッキリ言った。
「ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで救う気は俺にはない」
今度は虎杖が伏黒の制服を掴み上げる。
「どういう意味だ」と伏黒を睨んだ。
「ここは少年院だぞ。呪術師には現場のあらゆる情報が事前に開示される。岡崎正は無免許運転で下校中の女児をはねてる。2度目の無免許運転だ。
オマエは大勢の人間を助け、正しい死に導くことに拘ってるな。
だが自分が助けた人間が、将来人を殺したらどうする」
伏黒は虎杖の手を払いもせずに淡々とそう述べた。
伏黒恵はそれを正義としてる男だった。蹲ってる人間に選り好みして手を差し伸べる。自分が差し出した手に決して間違いがなかったと思えるように。
しかしかつて、そういう救い方をしていたこの少年は。特急呪物をその身に宿し、【宿儺の器】と恐れられ死刑となった虎杖にもその手を差し伸べた。
大勢を鏖殺する呪いをその身に宿した虎杖を。
「じゃあ何で俺は助けたんだよ!!」
伏黒はその激高に答えない。
そこで、今まで黙って一連のイザコザを聞いていた釘崎が「いい加減にしろ!」と痺れを切らした。
月詠、虎杖、伏黒の順にビシ、ビシ、ビシ、と勢いよく無遠慮に人差し指を向ける。
「お前も、お前も、お前もッ。2級術師共は特に!!時と場合を弁え」
その先の、『ろ』の声は聞こえなかった。
釘崎の体がカクンッと沈む。足元に蟠った影に、釘崎の体が引きずり込まれた。
「ッ、野薔薇!!」
影から伸ばされた釘崎の手を隣にいた月詠が掴む。勢いのあまり月詠の派手な爪先が釘崎の手首を引っ掻いた。
掴んだ釘崎の手に引っ張られて月詠の体も蟠った影に、あまりにもアッサリ飲み込まれる。
「釘崎?……月詠?」
虎杖が、もう何も残っていないコンクリートに向かって呆然と呟く。
次に見たのは壊された伏黒の玉犬。
次に感じたのは、明確な【死】への恐怖である。
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