無名のオブスキュラ 番外編
03.モブシーン
ハリーたち三人は、グリフィンドールのテーブルについた。相変わらずの大混雑だ。クリスマス休暇が近いのもあって、大広間はにわかに活気付いていた。
「二人とも、やることは分かっているわよね?」
ハーマイオニーがひそひそ声で話した。
「とにかく探し続けなきゃ。ハグリッドが必死になって隠していたんですもの。きっと有名な人よ」
「だけどハーマイオニー、僕たち何百回もあそこで探したじゃないか!」
ロンが小声で言い返した。
「まったく嫌になるよ。来る日も来る日もフラメルで、たまにマルフォイなんかに会っちゃうし──」
「ロン、静かに」
ハリーの一言で、三人は示し合わせたかのように黙った。隣にディーンとシェーマスが座ったのだ。その少し離れたところではフレッドとジョージが席を取り、ハーマイオニーの隣にはネビルが腰を下ろした。
そこからは自然と、お互いの休暇の過ごし方について話し合った。
「僕、家に帰りたくないよ」
ネビルが沈んだ声でいった。
「ばあちゃんったら、先生から授業の様子を聞いてカンカンなんだ。特に『魔法薬学』では、僕はスネイプ先生に怒られてばかりいるから……」
「スネイプなんて!悪いのはあいつの方だぜ」
ロンの言葉に、その場にいる全員が頷いた。
「僕は、今年はホグワーツでクリスマスを過ごすよ。フレッドとジョージ、パーシーも同じさ。ディーン、君は?」
「僕はママとパパと一緒に映画を観に行くんだ。主人公の女の人がFBIの卵でさ、人喰いの精神科医と一緒に殺人事件を解決するんだって」
ハリーも含めてみなが興味を持ち始めた。FBIって何?セーシンカイは何をする人なの?人を食べるなんて変だよ。その人、鬼婆の血をひいてるんじゃない?
そんな質問が飛び交っていた時、頭上から聞き慣れない声が降ってきた。
「やあ、ディーン」
六人が一斉に声の主を見上げた。栗色の髪の毛の男の子が、ディーンに会釈をしている。驚くべきことに、彼はエメラルドグリーンのネクタイを締めていた。
「ハティ、元気かい?」
ディーンが朗らかに挨拶をした。
「久しぶりだね。まさか君がスリザリンに組分けされるとは思わなかったよ」
「僕もまさか……ね」
男の子が肩をすくめた。
「でも、君が挨拶を返してくれてよかったよ。アーニーにも話しかけてはいるんだけど、目を合わせることすら嫌がるんだ」
「そりゃそうだろうな」
ぼそっと呟いたロンの腕を、ハーマイオニーがつついた。案の定、男の子は気まずくなったようだ。
「それじゃあ、僕は失礼するよ。……また授業で」
「うん、またね」
彼はひらりとローブを翻して、スリザリンのテーブルへ向かった。気取ったやつだ、とハリーは思った。ボタンも靴もピカピカに輝いているし、話し方はマルフォイに似てなくもない。
彼が通り過ぎたあと、こちらをチラチラ見ていたパーバティが、ラベンダーに耳打ちをした。
「彼の髪の毛を見た?」
二人はこっそりスリザリンの方を盗み見ると、揃ってクスクス笑った。
「僕、栗色は嫌いだ」
ロンが低い声でいった。
「人生で見た中で、一番最低の色だよ。暗いし、地味だし、パッとしないし」
「あら、そう。それは初耳だわ」
ハーマイオニーが、明るい栗色の髪を払っていった。彼の髪の毛よりも量が多い上に、ところどころ爆発したように広がっている。
ロンは自らの失言に気づいたようだった。
「違うんだよ、ハーマイオニー。僕が言いたいのは、あのウスノロが──」
「ハティ・フォウリーはウスノロではありません」
ハーマイオニーがぴしゃりと遮った。
「スネイプの態度を見れば分かるでしょ。『魔法薬学』に関しては、マルフォイと同じくらい優秀だわ」
「君、正気か?あいつはスリザリン寮生なら、誰だって贔屓するだろ……。クラッブとゴイルを見ろよ」
二人が言い合っているのを横目に、ハリーはディーンに話しかけた。
「あの子、君の知り合いなの?」
「ああ、ホグワーツ特急で同じコンパートメントだったんだ。悪い子じゃないよ。僕をマルフォイから庇ってくれたし」
「でも、なんでそんな子がスリザリンに?」
シェーマスがもっともな疑問を口にした。スリザリンに入る子はもれなく感じが悪い。いつも威張り散らしているし、恐ろしいほど卑怯だ。マルフォイやフリントなんかがいいお手本だろう。
「あの子なら、ハリー。君のファンだぜ」
リー・ジョーダンとふざけ合っていた双子が、口を挟んだ。
「僕たち、彼と話したんだ──」
「クィディッチでスリザリンをボコボコにしたあとにね──」
「君のプレイを褒めていたよ。見事な箒さばきだったって──」
「名前を聞いたんだけど、教えてくれなかったんだ」
それを聞いたロンが、途端に勝ち誇った顔になった。
「やっぱりな。普通、自分の寮が負けたら悔しがるもんだろ?ハリー、あいつは君が箒から落ちかけたのを皮肉ったのさ。マルフォイが君のことを何て言っていたか覚えてるか?『木登り蛙』のシーカーって呼んでた」
「ハティはただ、ハリーを褒めただけかもしれないよ」
ディーンが控えめに反論したが、ロンは鼻で笑った。
「まさか。やつらが素直に褒めるわけがないだろ。僕らの気を悪くするためだけに生きてるんだから。……ほら、見ろよ。今だって、何を言っているか分かんないぜ」
ロンの視線の先には、スリザリンのテーブルがあった。何人かの一年生と一緒に、フォウリーがくつろいだ様子で談笑している。近くにはマルフォイも座っており、会話に耳を傾けている様子だった。
「──可哀想に。クリスマス休暇なのに、家に帰ってくるなって言われてる子がいるんだっけ?」
嘲るような声が、グリフィンドールのテーブルにまで届いた。クラッブがハリーたちに気づいて、拳を上げて脅す仕草をしたところだった。
一瞬の静けさが訪れたあと、スリザリンのテーブルから笑いが起こった。どうやらフォウリーが素晴らしいユーモアを披露して、連中を大いに沸かせたらしい。ハリーを貶す役目を奪われたマルフォイは、不機嫌な表情になっていた。
ロンがほら見ろ、という風にため息をついた。フォウリーもまた、意地悪なスリザリン寮生の一人なのだろう。
ハリーはそう答えを出すと、二度と彼に興味を示さなかった。
今は腹立たしさに襲われていても、十分後には彼の存在など綺麗さっぱり忘れていることだろう……。結局のところハリーにとって、ハティ・フォウリーは名も無き大衆の一人にしか過ぎなかったからだ。
ハリーたち三人は、グリフィンドールのテーブルについた。相変わらずの大混雑だ。クリスマス休暇が近いのもあって、大広間はにわかに活気付いていた。
「二人とも、やることは分かっているわよね?」
ハーマイオニーがひそひそ声で話した。
「とにかく探し続けなきゃ。ハグリッドが必死になって隠していたんですもの。きっと有名な人よ」
「だけどハーマイオニー、僕たち何百回もあそこで探したじゃないか!」
ロンが小声で言い返した。
「まったく嫌になるよ。来る日も来る日もフラメルで、たまにマルフォイなんかに会っちゃうし──」
「ロン、静かに」
ハリーの一言で、三人は示し合わせたかのように黙った。隣にディーンとシェーマスが座ったのだ。その少し離れたところではフレッドとジョージが席を取り、ハーマイオニーの隣にはネビルが腰を下ろした。
そこからは自然と、お互いの休暇の過ごし方について話し合った。
「僕、家に帰りたくないよ」
ネビルが沈んだ声でいった。
「ばあちゃんったら、先生から授業の様子を聞いてカンカンなんだ。特に『魔法薬学』では、僕はスネイプ先生に怒られてばかりいるから……」
「スネイプなんて!悪いのはあいつの方だぜ」
ロンの言葉に、その場にいる全員が頷いた。
「僕は、今年はホグワーツでクリスマスを過ごすよ。フレッドとジョージ、パーシーも同じさ。ディーン、君は?」
「僕はママとパパと一緒に映画を観に行くんだ。主人公の女の人がFBIの卵でさ、人喰いの精神科医と一緒に殺人事件を解決するんだって」
ハリーも含めてみなが興味を持ち始めた。FBIって何?セーシンカイは何をする人なの?人を食べるなんて変だよ。その人、鬼婆の血をひいてるんじゃない?
そんな質問が飛び交っていた時、頭上から聞き慣れない声が降ってきた。
「やあ、ディーン」
六人が一斉に声の主を見上げた。栗色の髪の毛の男の子が、ディーンに会釈をしている。驚くべきことに、彼はエメラルドグリーンのネクタイを締めていた。
「ハティ、元気かい?」
ディーンが朗らかに挨拶をした。
「久しぶりだね。まさか君がスリザリンに組分けされるとは思わなかったよ」
「僕もまさか……ね」
男の子が肩をすくめた。
「でも、君が挨拶を返してくれてよかったよ。アーニーにも話しかけてはいるんだけど、目を合わせることすら嫌がるんだ」
「そりゃそうだろうな」
ぼそっと呟いたロンの腕を、ハーマイオニーがつついた。案の定、男の子は気まずくなったようだ。
「それじゃあ、僕は失礼するよ。……また授業で」
「うん、またね」
彼はひらりとローブを翻して、スリザリンのテーブルへ向かった。気取ったやつだ、とハリーは思った。ボタンも靴もピカピカに輝いているし、話し方はマルフォイに似てなくもない。
彼が通り過ぎたあと、こちらをチラチラ見ていたパーバティが、ラベンダーに耳打ちをした。
「彼の髪の毛を見た?」
二人はこっそりスリザリンの方を盗み見ると、揃ってクスクス笑った。
「僕、栗色は嫌いだ」
ロンが低い声でいった。
「人生で見た中で、一番最低の色だよ。暗いし、地味だし、パッとしないし」
「あら、そう。それは初耳だわ」
ハーマイオニーが、明るい栗色の髪を払っていった。彼の髪の毛よりも量が多い上に、ところどころ爆発したように広がっている。
ロンは自らの失言に気づいたようだった。
「違うんだよ、ハーマイオニー。僕が言いたいのは、あのウスノロが──」
「ハティ・フォウリーはウスノロではありません」
ハーマイオニーがぴしゃりと遮った。
「スネイプの態度を見れば分かるでしょ。『魔法薬学』に関しては、マルフォイと同じくらい優秀だわ」
「君、正気か?あいつはスリザリン寮生なら、誰だって贔屓するだろ……。クラッブとゴイルを見ろよ」
二人が言い合っているのを横目に、ハリーはディーンに話しかけた。
「あの子、君の知り合いなの?」
「ああ、ホグワーツ特急で同じコンパートメントだったんだ。悪い子じゃないよ。僕をマルフォイから庇ってくれたし」
「でも、なんでそんな子がスリザリンに?」
シェーマスがもっともな疑問を口にした。スリザリンに入る子はもれなく感じが悪い。いつも威張り散らしているし、恐ろしいほど卑怯だ。マルフォイやフリントなんかがいいお手本だろう。
「あの子なら、ハリー。君のファンだぜ」
リー・ジョーダンとふざけ合っていた双子が、口を挟んだ。
「僕たち、彼と話したんだ──」
「クィディッチでスリザリンをボコボコにしたあとにね──」
「君のプレイを褒めていたよ。見事な箒さばきだったって──」
「名前を聞いたんだけど、教えてくれなかったんだ」
それを聞いたロンが、途端に勝ち誇った顔になった。
「やっぱりな。普通、自分の寮が負けたら悔しがるもんだろ?ハリー、あいつは君が箒から落ちかけたのを皮肉ったのさ。マルフォイが君のことを何て言っていたか覚えてるか?『木登り蛙』のシーカーって呼んでた」
「ハティはただ、ハリーを褒めただけかもしれないよ」
ディーンが控えめに反論したが、ロンは鼻で笑った。
「まさか。やつらが素直に褒めるわけがないだろ。僕らの気を悪くするためだけに生きてるんだから。……ほら、見ろよ。今だって、何を言っているか分かんないぜ」
ロンの視線の先には、スリザリンのテーブルがあった。何人かの一年生と一緒に、フォウリーがくつろいだ様子で談笑している。近くにはマルフォイも座っており、会話に耳を傾けている様子だった。
「──可哀想に。クリスマス休暇なのに、家に帰ってくるなって言われてる子がいるんだっけ?」
嘲るような声が、グリフィンドールのテーブルにまで届いた。クラッブがハリーたちに気づいて、拳を上げて脅す仕草をしたところだった。
一瞬の静けさが訪れたあと、スリザリンのテーブルから笑いが起こった。どうやらフォウリーが素晴らしいユーモアを披露して、連中を大いに沸かせたらしい。ハリーを貶す役目を奪われたマルフォイは、不機嫌な表情になっていた。
ロンがほら見ろ、という風にため息をついた。フォウリーもまた、意地悪なスリザリン寮生の一人なのだろう。
ハリーはそう答えを出すと、二度と彼に興味を示さなかった。
今は腹立たしさに襲われていても、十分後には彼の存在など綺麗さっぱり忘れていることだろう……。結局のところハリーにとって、ハティ・フォウリーは名も無き大衆の一人にしか過ぎなかったからだ。
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