無名のオブスキュラ 番外編

01.無神経なシマフクロウ

ドラコ・マルフォイは眉間にしわを寄せた。

まただ。またあいつがセオドールにちょっかいを出している。

べつに、ノットに特別な想いを抱いているわけではない。確かに幼い時からの友人だし、気兼ねなく話せる間柄ではあるから、一切の感情がないといえば嘘になる。

だけどホグワーツに入学し、お互いの距離が開いてからは、以前のような淡い友情は感じなくなった。彼は同寮生であり、同じチームに属するメンバーだ。友だちというよりはむしろ、同志という表現が似合う。ゆえに距離をとられても追いかけはしなかったし、このまま離れていってもいいかとすら思っていた。

そう、ハティ・フォウリーが現れるまでは。

ドラコはこのフォウリー家の長男が苦手だった。名家の出である彼は、一見するとただのお坊ちゃまのように見える。ただ、その[[rb:瞬 > まばた]]きの少ない風変わりな瞳と、喜怒哀楽に乏しいふくろうのような顔は、ドラコの心に薄いもやのような不安を抱かせた。

気に入らないのは見た目だけではない。彼はまるで掴みどころのない性格をしている。マグル生まれを庇うような勇敢さ──、ドラコからしてみれば愚かさだが──。を見せるのに、同時にスリザリンの空気になじむという荒業を平然とやってのけるのだ。彼の穏やかさは身内だけに向けられたものではないのに、誰もそのことに気付かないらしい。

入学当初はしらけた目で彼を見ていた仲間たちも、だんだんと態度を和らげていった。初めに半純血の連中、グリーングラス、それからザビニ。パーキンソンやクラッブ、ゴイルは未だに冷ややかだが、それもドラコが彼を煙たがっているからに過ぎない。

しかし、ノットが彼を受け入れたのは意外だった。一般的に人が仲良くなるために使う手段は、ノットには通用しない。例えば愛想のいい微笑みやユーモア、ふとした瞬間に出てくる蛙チョコなど。そもそも人に興味がないのだから、何をやろうとタペストリーに腕押しのはずなのだ。

いったい、フォウリーはどのような手を使ったのだろう。次第に彼はノットの隣を占領するようになり、授業でも一緒に組むことが多くなった。

現に今も、レポートの仕上げにかかっているノットの横で、飼い猫と意味のない喧嘩を繰り広げている。

「いい加減にしろよ」

フォウリーはすんでのところで、飼い猫の前から細長い何かを奪った。ほっそりと長い黒檀の杖は、ノットのものだ。

「ちょうどいいマタタビじゃないんだぞ。今度この杖をかじったら、ベーコン抜きの計にしてやる。ミリセント・ブルストロードに頼んで──」
「キャットフードだけの生活にさせる」

ノットが静かな声で口を挟んだ。フォウリーは勢いよく頷いた。

「そうだ。彼女の猫にも会わせないようにするからね。コンビーフもなし、ジャケットポテトもなし、朝晩お野菜ミックスのカリカリで、ガールフレンドとのデートも禁止だ。ああ、そうそう。お散歩もできないように検討しておくよ。どうにかして、君を男子寮に閉じこめておくからな」

飼い猫はこの上なく絶望的な顔になった。特に「朝晩お野菜ミックスのカリカリで、ガールフレンドとのデートも禁止」のところでは、衝撃のあまりヒゲが少し縮んだように見えた。まるで、ブレーズ・ザビニを猫にしたようなやつだ。ザビニだって、「朝晩はキャベツとカブのスープで、きれいな女の子に話しかけちゃいけない」と言われれば、きっと同じような顔をすることだろう。

しょげた様子の猫は、トボトボと一年女子の方へ足を向けた。お気に入りの女の子、ダフネ・グリーングラスに慰めてもらうつもりらしい。ダフネは猫の姿を認めると、笑顔で百味ビーンズの袋を振ってみせた。今までのことが全部嘘だったみたいに、猫の顔がぱあっと明るく輝いた。

すかさず、フォウリーが立ち上がった。

「ちょっとダフネに釘を刺してくるよ。あまりソルティに優しくするなってね。まったく、隙あらば女の子の膝に乗りたがるんだから、あいつは……」

ブツブツ呟きながら、ドラコの横を通り過ぎていく。ローブは清潔で皺一つなく、りんごに蜂蜜をたっぷりとかけたような、甘くて優しい香りがした。

気に入らない。ドラコは心の中で呟いた。

ノットは杖をポケットにしまい、何事もなかったかのようにレポートを書き続けていた。罫線が引かれているわけでもないのに、彼の字は整然と並んでいる。どうでもいいことをこと細かに書いて、びっしりと文字が連なったグレンジャーのレポートとは大違いだ。ドラコは、ノットこそが学年トップの成績をとるに違いないと心から信じている。

「セオドール、君の友人だけどね」

ドラコは、フォウリーが座っていた椅子へ腰を下ろしながらいった。

「その、僕はあまりいい人間だとは思えないな。だって、マグルなんかに優しいだろう。レイブンクローはともかく、ハッフルパフやグリフィンドールの連中と付き合ってるようじゃ見込みがないよ。僕らの考え方とは反してるように見えるね。……それに彼、何となく変じゃないか?」
「ああ、変だ」

いつも通りそっけない返答だ。ドラコはほっとして、ノットの顔を見つめたところで仰天した。理知的な彼の瞳に、面白がるような光が宿っていたのだ。

「だけど、スリザリンの風紀を乱すようなことはやってない。マグル生まれを特別に贔屓したわけでもないし」

妙な輝きは、ドラコと目が合う前にふっと消えた。

「いずれにせよ、僕には関係のないことだ。どこに行こうが、誰と話そうが、彼の好きにしたらいい」

ドラコは面食らって、しばらく口が聞けずにいた。こんな幼なじみは見たことがない。ドラコの知るノットは他人に無関心で、自分のテリトリーに入られるのを嫌がる子だ。呆けた顔で冗談を飛ばし、飼い猫を追いかけるシマフクロウなど、どうでもいいはずなのに。

「やあ、マルフォイ」

気がつくと、フォウリーがそばに立っていた。例の瞬きの少ない、濃いグレーの瞳が、ドラコの顔を覗きこんでいる。

「君もレポートのコツを聞きに来たのか?彼のは参考にならないよ。何と言ったって、地頭が良すぎるからね」

ドラコはパッと弾けるように立ち上がった。ノットが優秀なのは知っている。幼なじみだからだ。それを、たかだか数ヶ月程度の付き合いのやつに知ったかぶられるなんて、最大の屈辱だった。

「あいにく、僕は君ほど出来は悪くないんでね。レポートなんてすぐに済ませたさ」
「そうなの?」
「フォウリー、君は脳の活性薬でも飲んだ方がいいね。魔法薬学は得意なんだろう?得意の薬を煎じれば、少しは成績が上がるかもしれないよ。──では、失礼」
「クラッブとゴイルなら図書館にいるよ」

フォウリーの声が背後から追いかけてきた。

「君に命令された本を探すので、迷子になってる。もしレポートが仕上がってるのなら、早いところ見つけてあげた方がいいと思うね。彼ら、ベソをかいてたからさ」

ドラコは足音荒く談話室を出た。

気に入らない。まったく気に入らない。神経を逆撫ですることに関しては、あのポッターと並ぶくらいだ。なぜ、あんなやつがセオドールのお気に入りなんかになったりするんだろう?僕の方が賢くて、付き合いも長いはずなのに。

図書館でクラッブとゴイルを回収したあと、入り口のところでグリフィンドールの三人組と出会った。ポッターとウィーズリーは顔をしかめ、グレンジャーは何も見えていないという風に遠くを見つめている。

ちょうどいい。このむしゃくしゃした気持ちをこいつらにぶつけてやろう。

ドラコは複雑な気持ちを腹へしまいこみ、ハリーに向けて特別嫌な笑顔を向けてみせた……。
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