一年生編

第八章 有意義なクリスマス

「ハティ、おかえり!」

フォウリー家の邸宅に着いた途端、黒い物体がまっすぐハティのお腹に突っ込んできた。よくよく見てみると、それはオモチャの箒にまたがった弟だった。髪の毛から箒にいたるまで、全身死神犬グリムのように真っ黒だ。

「ただいま、グリム。いい箒だね」

ハティはみぞおちを押さえながら、青い顔で微笑んだ。帰り際に食べた蛙チョコが飛び出てきそうだ。

「まあ、ハティ!」

フォウリー夫人が室内用のスリッパのまま、玄関から出てきた。切り分けられたキャロットケーキと、ケーキナイフも一緒だ。宙にふわふわ浮いている。

「グリムったら、箒に乗る時は周りをよく見なさいって言ってるでしょう。……ああ、ハティ。こんなところに倒れてしまって」

母親は、玄関に転がっていた長男を助け起こした。まるで真冬に咲くひまわりのような出で立ちだ。クロムイエローのローブに、たっぷりとした栗色の巻き毛が広がっている。

「二人とも、早く中に入りなさい。今夜も冷えるわ。何といってもクリスマスが近いんだから。……そういえば、お父様はどこにいらっしゃるの?」
「ああ、ここだよ」

遅れて、突きでた丸い腹を揺らしながら、フォウリー氏が到着した。

「メルクリウスがマグルの庭に墜落したみたいでね。回収しに行っていたんだ」

肩にはしょぼくれたコノハズクが乗っていた。もしここにロン・ウィーズリーがいたならば、「エロール爺さんとどっこいどっこいだな」と感想を漏らしていただろう。メルクリウスは年老いたメスのふくろうで、最近の猛烈な雪の具合にぐったりしていた。

「マグルは気にもとめていなかったよ。この子を古びた毛ばたきだと思っていたみたいでね」

フォウリー氏がお腹を撫でた。

「さあ夕食にしようじゃないか。熱々のビーフシチューが我々を待っているよ」

フォウリー邸は相変わらず、光に満ち溢れていた。ふかふかの絨毯が敷かれたゲストルーム、居心地のいいリビング、所狭しと本が並べられた書斎。吹き抜けのホールにはご先祖様の肖像画が飾られている。
靴下やオーナメントで彩られた部屋は、どこもかしこも暖かな色彩で整えられており、今しがた磨かれたばかりのように清潔だった。

ハティは暖炉の火がはぜる音を聞きながら、ご馳走に舌鼓を打った。ホグワーツのディナーは絶品だったが、うちも負けてはいない。両親はハティ以上の美食家だし、何よりこの家にはマギーがいる。

「ハギスをどうぞ、坊ちゃま」

屋敷しもべ妖精のマギーが、キーキー声でいった。きれいなパステルブルーのバスマットを、そのか細い体に何重にも巻きつけている。

「ありがとう、マギー。──ホグワーツの厨房へ行ったんだけどね、君の仲間たちがたくさんいたよ」

受け取ったハギスを切り分けながら、ハティは話しかけた。

「あそこのコテージパイはおいしかったな。だけど、うちには敵わないね。ハギスをこんな風に作れるのは、世界中どこを探しても君だけしかいないから」

マギーはその言葉に気分を良くしたのか、さらに料理に精を出した。フォウリー一家はこんもりと膨らんだクッションの上に座り、テーブルの上に置かれた、小さなモミの木のツリーを眺めながら食事をした。
やがてデザートに、ハティの大好きなアップルクランブルが出てくるころ、とうとうフォウリー氏が切りこんだ。

「スリザリンの寮は快適かい?」
「あー、うん。快適だよ。ハッフルパフと同じ地下にあるからね」

ハティは「ハッフルパフと同じ」の部分を強調して答えた。

「談話室も男子寮も、神秘的できれいなんだ。湖の中だから、水音が子守唄みたいでさ。ただ、常に薄暗いのは頂けないな。せめてもうちょっと光が届くようなら、みんなも優しくなろうって思えるんだろうけど」

両親は曖昧な表情で話を聞いていた。大方、自分たちの学生時代を振り返っているのだろう。どうやらスリザリンは、その頃からかなりの嫌われ者だったらしい。
フォウリー夫人が、例の「歌うふわふわピンクの綿あめ」の声でいった。

「あなたのお手紙を読んだわ。いいお友だちと出会えたみたいね。仲のいい子は優秀なんでしょう?名前は何というの?」
「ノットだよ」
「え?」

夫妻の声が重なった。今度こそ、「気に食わない」とはっきり顔に書いてある。不穏な空気を感じとったグリムが、いち早くソルティを連れてリビングを離れていった。

ハティは平静を装って、アップルクランブルを食べ続けた。

「セオドールはとてもいい子だよ。そりゃあグリフィンドールに厳しいし、マグルにもちょっぴり冷たいけど……」

スプーンでつついたクランブルが、ほろほろと崩れていく。

「でも、それは仕方ないだろ。カンタンケラス・ノットの子孫なんだから」
「そうね。純血主義だったとしてもおかしくないわ」

フォウリー夫人がゆっくりと頷いた。綿あめはややしぼみかかっている。

「昔からスリザリンは、純血の名門の子が入る寮だったもの。それこそ、ブラック家とかね……。そういえば、今年はマルフォイ家の子が入学したはずだけど」
「スリザリンだよ。僕、あまり好かれてない」

ハティはきっぱりと言った。

「その他にはブルストロード、パーキンソン、グリーングラスなんかがいるね。あと、上級生にフリントもいたな。ザビニは聖28一族じゃないけど、お母さんが有名で……」

話し終わった時には、何ともいたたまれない空気が漂っていた。綿あめはぺしゃんこになり、フォウリー氏は励ますようにハティの頭を撫でた。

その晩、夫妻の寝室の前で二人が話し合う声が聞こえた。

「ノットにマルフォイ、クラッブ、ゴイルですって」

母は心の底から怯えているようだった。

「みんな『例のあの人』に仕えてた人の名前だわ。ああ、組分け帽子はどうしてうちの子をスリザリンに?」
「仕えてたんじゃない。『服従の呪文』で操られていたことになっている。……表向きでは」

フォウリー氏が掠れたような、低い声でいった。

「いずれにせよ、彼らは悔い改めたんだ。生まれてきた子どもに罪はないさ。スリザリンだって、そう悪くはない……。マーリンは偉大な魔法使いだ、そうだろう?アンドロメダ・トンクスを見てごらん。あんなに優しい女性はまたといないよ」
「でも、彼女の姉はアズカバンにいるわ」

ハティは自分の部屋に戻ると、ベッドの上にあぐらをかいた。予想通りの反応だったが、やはりいい気分にはなれなかった。

しかし、そんな憂鬱も長くは続かなかった。泣く子も笑う、クリスマスの到来である。

ハティは冬の淡い日差しで目を覚ました。陽の光で目覚めるなど、スリザリン寮生には滅多にないことだ。格子入りのガラス窓の外では、真っ白な雪が黄金色に染まっていた。ちょうど日の出の時間だ。

もっとよく見ようとして、ふと気がついた。窓際のクリスマスツリーの下に、プレゼントの山がぎっしりと置かれている。ツリーには雪が積もるように魔法がかけられていたため、プレゼントは粉砂糖のかかったケーキのようになっていた。

「メリークリスマス」

ハティは小声で呟くと、さっそくプレゼントを開けにかかった。

記念すべき一人目は、ミリセント・ブルストロードだった。ソルティに対する短い文句のメモが、キャットフードの上に貼ってある。中身はもちろん、お野菜ミックスのカリカリだった。 

ハティはパッケージを片手に考えこんだ。ローストした七面鳥の間に挟みこめば、うまく騙せるかもしれない。

反対に、ダフネ・グリーングラスはソルティの好物をチョイスしていた。すなわちバーティー・ボッツの百味ビーンズと黒胡椒飴だ。ザビニは香水の瓶で、身につける衣服によって香りが変わるという代物だった。

何とも嬉しいことに、ディーンからもプレゼントが届いていた。大きな蛙チョコの箱だ。彼はハティの好物を覚えてくれていたらしい。弟のグリムからはココナッツキャンディで、祖父母からは簡単な魔法薬の調合キットが贈られてきていた。

ハティはくたびれた袋を取り上げた。赤と緑の布を切り合わせて作ったもの──。どう見ても、ホグワーツの古いシーツだ。縁起が悪いことに、スリザリンとグリフィンドールの二色でできている。飾りには曲がった柊の葉っぱと、曇ったガラス玉がついていた。

中には、クランベリーを散らした白いファッジが入っていた。一緒に入っていた羊皮紙に、猫の肉球のようなスタンプが捺してある。

「ソルティ?」

ありえない。いくら彼がニーズルの血をひいているからといっても、賢さには限度がある。ハティは袋を持ってキッチンへ向かった。

「あら、おはよう。早いのね」

ソルティは母の足下でお腹を見せていた。マギーの作ったクランペットを食べたのだろう。ヒゲにかけらがついている。

「母さん、おはよう。メリークリスマス──。ソルティ。これ、君が用意してくれたプレゼントだろう。どこから盗んできたんだ?」

ソルティは仰向けの無防備な姿のまま、静かにウゥ、と唸った。どうやら抗議をしているつもりらしい。

「盗んでないって?でも、君が作ったわけじゃないだろう。あんまりにもきれいすぎるし、毛が入ってないし、甘い味しかしないんだから」
「ソルティはいい協力者を見つけたのよ」

フォウリー夫人がオレンジ色の頭を撫でながらいった。頬にいたずらっぽいえくぼができている。

「安心して、見たところただのファッジみたいだから。変な呪いはかかっていないわ。それにしても、可愛らしいラッピングだこと!」

夫人はよれよれのシーツでできた袋が気に入ったらしい。どうやら、母も一枚噛んでいそうだとハティは思った。

「もし誰かが手伝ってくれたのなら、僕、その人にお礼をしなきゃ」

ハティは宝石を品定めする鑑定士のように、ファッジを日の光に当てながら見つめた。

「だってその人、かなり神経を削ったみたいだし。こんなに真四角で丁寧な味のするファッジ、今まで食べたことがないよ」

ソルティがご満悦の様子で、ヒゲについていたかけらを舐めとった。

飼い猫と謎の協力者が作ったファッジをつまみながら、ハティは自分の部屋に戻った。プレゼントはまだ残っている。小さなクリームイエローの包みは両親からだろう。シルバーグレーの包みに紺色のリボンがかかったものは……。

「ノットからだ」

ハティは慎重にラッピングを解いた。中から出てきたのは手のひらサイズの月球儀だった。青白い月は本物よりも幻想的だ。輝くクリスタルのスノードームに入っており、ベールのような薄い銀の雲をまとっている。クリスタルの表面を弾くと、月は様々な顔を見せた。新月と満月、かじり取られた三日月、猫の目そっくりの半月と……。もちろん欠けた月食。

ハティはにっこり笑った。

最高のクリスマスプレゼントだ。美しくて、知的で、この上なく親友らしい。ホグワーツに帰ったら、ベッドの近くに飾っておこう。スリザリン寮のほのかな明かりの下では、よりいっそう魅力的に見えるに違いない。

うっとりとクリスタル越しに月を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「ハティ?入ってもいいかしら」

母のサファイアのような瞳が、隙間から覗いた。

「みんな起きたようだから、朝ごはんにしたいと思ってるの。着替えて、顔を洗ったら降りてらっしゃい。午後からはお祖父様たちもいらっしゃるわ」

母の視線が、ハティの手のひらの上に移った。

「それは?」
「ノットからのクリスマスプレゼントだよ。素敵だろう」

ハティは誇らしげに月球儀を差し出してみせた。

「……ええ、本物よりもずっと綺麗ね。思い出の中の月みたい」

フォウリー夫人はふんわり微笑んだ。きっと、書斎の月の模型を思い出しているのだろう。ハティの母は月を見るのが大好きだった。

「気が済んだらリビングにいらっしゃいね。マギーがうずうずしてるわ。今年のローストターキーは最高の出来なんですって」

十分後、アイボリーのセーターにコーデュロイのパンツを引っかけたハティが、分厚いクッションの乗ったソファーに座った。リビングはきらきらと眩しかった。ツリーにかけられたオーナメントは二倍に増え、口の悪い小さな天使たちが、星の飾りでキャッチボールをしている。

「くらえっ!このポンコツめ」
「メリークリスマス、二人とも」

ハティは飛んできた、キャンディ型のオーナメントを避けながらいった。

「グリム、ココナッツキャンディをありがとう。大事に食べるよ。マギー、よく似合ってるね」

ハティは頭を指差した。淡いブルーの布地に白の花をあしらった小さな帽子が、マギーのはげ頭の上に乗っかっている。
マギーはグレイビーソースの入った器を持ったまま、ぶるぶると震え始めた。

「朝起きて、マギーは恐ろしくなったのです。坊ちゃまがマギーを自由になさるのではないかと……」
「何だって?そんなわけないじゃないか」

ハティは慌てて、たっぷりと肉汁の入った器を受け取った。

「クビにしたいのならもっと別のものを贈るよ。ほら、セーターとか靴下とか……。僕とグリムで買ったんだ。たまにでいいからかぶってみてね。もちろん、この家で!」

泣きじゃくりながらキッチンへと戻るマギーを、フォウリー氏が困惑の表情で見送った。

「マギーはどうしたんだ?せっかくのクリスマスだというのに」
「子どもたちのプレゼントがショックだったのよ。大丈夫、落ち着いたらまた出てきてくれるわ」

両親は息子たちからのクリスマスプレゼントを身につけていた。フォウリー氏は柔らかいイエローのネクタイ、夫人は小さなムーンストーンのついたバレッタだった。

グリムはといえば、また新しいおもちゃの箒を買い与えられていた。両親は弟に甘すぎるのではないかとハティは訝り始めた。何しろハティに贈られたのは、よく分からない尖った石のついた、シルバーのペンダントだったからだ。

「ペンデュラムよ」

息子の表情を見たフォウリー夫人が説明をした。

「マグルの間では、水脈や鉱脈を見つけるのに使われていたの。チェーンを持って、石が反応した方向に答えがあるそうよ。たまに占いでも利用されるらしいけど」
「魔法が使えないのに、そんなことができるの?」
「むろんできるはずがない」

フォウリー氏がローストされた七面鳥にナイフを入れた。

「我々が探知機として使っていたのが、どこかから漏れて彼らに伝わったのさ。いうなれば魔法省の失態だな」

父は渋い表情をしていた。あの楽観的だったご先祖様、「派手なフォウリー」の話をする時と一緒の顔だ。

「そのペンデュラムには魔法がかかっている。怪しい人物や闇の魔法を感知すると、石が熱くなるようにね。携帯かくれん防止器スニーコスコープでもよかったんだが、あれはうるさいから。ダンブルドアがいらっしゃる以上、ホグワーツは安全だが、万が一ということもある。そのペンダントを常に身につけておくんだよ。いいね?」

ハティは小声でお礼をいった。スリザリンに組分けされた以上、ペンデュラムは常に熱くなるのではないかと思っていたが、とても口には出せなかった。

午後からはさらに賑やかなクリスマスとなった。祖父母を含め、何人かの親戚がやってきたからだ。

フォウリー一族は豪華なクリスマスディナーを楽しんだ。食卓には二度目の七面鳥のほか、ローストビーフやパセリのかかったポテト、ハムのサラダ、ヨークシャープティング、マッシュポテトなどが並んでいた。

祖父がモルドワインを飲みながら、上機嫌でいった。

「マギー、君は一流の屋敷しもべ妖精だね」
「いえ、滅相もございません」

マギーはかしこまって、銀のお盆をぎゅっと握りしめた。彼女の母親はまだ現役で、祖父母の屋敷に長年仕えている。

ほとんどの時間を楽しく過ごせたが、一度だけひやりとする場面があった。ハティの組分けについて話していた時だ。

「しかし、わが一族からスリザリンの人間が出るとは」

伯父が大声でいった。頬が真っ赤に染まっており、したたかに酔っ払っている。

「連中は嫌なやつらだ……。スリザリンといえば、半分が闇の魔法使いと決まっている!ホグワーツの教師陣は、なぜあの寮を残しておくのかねえ。私ならすぐに、あいつらをまとめてアズカバン送りにするのだが」
「あなた、飲みすぎよ」

伯母が静かな口調でたしなめたが、伯父の勢いは止まらなかった。

「しかし、組分け帽子……。あの老いぼれが間違えたのでなければ、何がいけなかったんだ?この子はフォウリー家の子だろう。まあ、他の子に比べると痩せているし、ちょっとばかり無愛想な子に育ったがね。フォウリーの血を継ぎ、この子に問題もないのなら、やっぱり別のところに要因があるはずなんだ」

伯父はニヤニヤ笑うのをやめ、ふと真面目な顔になった。

「私たちにはなく、この子にはある要因だよ。ハティ、分かるかい?」

その場に嫌な緊張が走った。みな気にしていないという風にワインを飲んでいたが、ハティは見てしまった。父以外の大人が、母の方へ思わせぶりな視線を向けたところを。

「ごめんなさいね。あの子は酒癖が悪いのよ」

帰り際、祖母がフォウリー夫人の手をとっていった。

「私たち、あなたが嫁いできてくれたことをうれしく思っているわ。彼の言葉は気にしないで」
「もちろんですわ、お義母様」

母はとびきりの笑顔を作った。家族に向ける微笑みにしては、少し気合いが入りすぎていた。

親戚たちを見送ったあと、ハティはくたくたの体でベッドの上に倒れこんだ。伯父につつかれ、祖母に撫でられ、ホグワーツを卒業したいとこたちからは散々からかわれた。

騒ぎの名残はとっくに消え、聖なる夜は静寂に包まれている。

窓辺では、しんしんと降り続く雪を背景に、あの月球儀がサイドテーブルの上で優しく輝いていた。周りには、ディーンのくれた蛙チョコの残骸が散らかっている。

ハティのぼんやりとした瞳が、あるカードの説明書きを捉えた。


『アルバス・ダンブルドア

ホグワーツ魔法魔術学校の現校長。近代の中で最も偉大な魔法使いだと言われている。1945年に闇の魔法使いであるグリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーのニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名……』


大人びたノットの横顔が、脳裏に浮かぶ。

──この手の話題なら、僕より君のご両親の方が詳しいはずだ。

まどろんでいた意識が、一気に覚醒した。そうだ、ニコラス・フラメル。クリスマス・ディナーに満足して、いびきをかいている場合ではない。

リビングでは、両親が酔い覚ましに温かなクリスマスティーを飲んでいたところだった。

「おや、クラッカーのプレゼントを取りにきたのかい?」

父がツリーの天使たちから、「手作りの虫刺されキット」を取り上げた。クリスマスクラッカーに入っていた残り物だ。

「返せ!返しやがれ、この──」
「僕、父さんたちに聞きたいことがあるんだ」

とんでもなく下品な天使の口を塞ぎながら、ハティがいった。

「その、いつもやっている研究のことで……。実はある人から聞いたんだけど、父さんたちは錬金術の研究をしているの?」

両親は顔を見合わせると、二人してじっとハティを見つめた。

「いったい、誰からそのことを聞いたのかしら」

フォウリー夫人は、ティースプーンでくるくると紅茶を混ぜた。いつもよりも混ぜる回数が多い。明らかに警戒している。

「僕、聞いたんだよ。……ダンブルドア先生から」

ハティは大胆なでまかせを放った。

「この前、廊下で一緒になったんだ。先生ったら、カシミヤの靴下が欲しいんだってね……。僕が錬金術に興味があるって言ったら、教えてくれたんだよ。そういうことは父さんや母さんに聞いた方がいいって」

ポケットから蛙チョコのカードを出すと、フォウリー氏が慎重に手にとった。

「錬金術がどういう学問か、知っているのか?」
「いいや」
「そうだろう。一年生には早すぎる内容だ。錬金術は古代の学問でね。目指す先は一つ、賢者の石を創り出すことだ。ただ、これが非常に難しい……。ホグワーツでは、希望した六、七年生のみ授業を受けることができる」

フォウリー氏はひと息つくと、ダンブルドアのカードを手放した。

「父さんや母さんも、かつては賢者の石を手に入れようと必死だった。でも、とうの昔に諦めてしまったよ。永遠の『命の水』なんて、夢のまた夢だ。そもそも古代の学問はかなり複雑だからね」 

ハティは息を呑んだ。喉がカラカラに乾き、出てきた声は興奮でうわずっていた。

「でも、手に入れた人はいるはずだ。例えば、ニコラス・フラメルとか。でなきゃ、ダンブルドアがわざわざホグワーツに隠したりしない」

結論から言えば、この発言は失敗だった。両親は途端に顔をしかめ、疑念を確信へと変えてしまった。

「父さんたちが何のためにそのペンダントを送ったのか、理解できていないようだね」

フォウリー氏はじろりと息子を睨んだ。

「スネイプ先生から手紙が来たよ。トロールが学校に迷いこんだ時、勝手に廊下をうろついていたそうだな」
「スネイプ先生が?」

ハティは衝撃をくらった。そういえば、あの先生はスリザリンの寮監だった。

「父さん、先生は疑われているんだよ!ダンブルドアの隙をついて、賢者の石を盗もうとしているんじゃないかって」
「学校のことは先生たちが考える」

父が、有無を言わせぬ口調で言い渡した。

「お前は何も考えず、ただ学ぶべきことを学びなさい。危険なことに首をつっこまないように。──さあ、今夜も遅い。部屋に戻ってベッドに入るんだ」
「そうだ!けぇりやがれ、クソガキ!」

巻き毛の天使が、ハティの右手から顔を出していった。

ハティは、すごすごとその場を立ち去った。小さな顔は疲れていたが、瞳には輝きが宿っていた。

ホグワーツに隠してあるのは賢者の石だ。元はニコラス・フラメルの所有物で、グリンゴッツに預けていた。さらに新しい情報として、賢者の石は「命の水」なるものを創りだすことができる。

やっと、フラッフィーの下に眠るものを突き止めた。それを知れただけでも、大いに有意義なクリスマスだった。
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