一年生編

第七章 図書館での盗み聞き

劇的な結末から三十分後。競技場の様子は荒れに荒れていたが、やがてブーイングをしていた生徒たちも、落ち着きを取り戻し始めた。

「なるほど、ニンバス2000のおかげってわけね」

見知らぬ上級生が苦々しく呟く。隣にいたパーキンソンが、マルフォイの方を振り返った。

「こんなのって納得いかないわ。マクゴナガルの贔屓で勝ったようなものじゃないの」

マルフォイはひどく打ちのめされているようだった。青白い顔はさらに血の気を失い、唇はきつく結ばれている。パーキンソンは機嫌をとるように、パチパチと瞬きを繰り返した。

「ねえ、みんなでスネイプ先生に言いに行きましょうよ。もう一度、試合をやり直すようにって。そうしたら──」
「また負けを見ることになる」

スリザリン寮生が一斉に振り返る。ハティは慌てて違う方向へ目を向けたが、すでに遅かった。

パーキンソンが腕を組んで、一歩前に出た。

「今のって、どういう意味?」
「何でもないよ」
「あら、私が知らないとでも思ってるの?」

気の強そうな顔に嘲笑が浮かんだ。

「あなた、この前フリントと揉めてたでしょう。グリフィンドールの味方をしたっておかしくはないわ」
「僕はそんなつもりじゃ──」
「どういう意味も何も、言葉通りだ。パーキンソン」

落ち着いた声が、緊迫した空気を切り裂く。パーキンソンが目を見開いた。

「あなた、こいつの肩を持つの?」
「べつに庇うわけじゃない」

ノットは白い息を吐き出しながらいった。

「ハティは事実を述べただけだ。グリフィンドールの味方をしてるわけでは──」
「ハティ?」

マルフォイが小さな声で遮った。目元にわずかな驚きの色が表れている。

「セオドール、僕の気のせいかな?今、君はフォウリーのことを……」
「ハティと呼んだ。それが彼の名前だ」
「ちょっと、正気なの?」
「ご心配どうも」

ノットの口調に苛立ちが滲んだ。

「君たちこそ、もう少し頭を使った方がいい。勝因がニンバス2000にあるのなら、試合をやり直したところで何になる?」
「私はただ──」
「どうせ同じ結果になるだけだろう。彼が言いたかったのはそういうことだ」

ノットは静かに畳みかけた。

「分かったら、くだらない言いがかりはよせ」
「……喧嘩をしたいわけじゃないわ。ひと言余計なのはフォウリーの方でしょ」

パーキンソンはそう言い捨てると、取り巻きの女子たちを連れて、ぷりぷりとスタンドを離れていった。

一部始終を静観していたマルフォイが、鼻で笑った。

「慈善活動かい?」
「放っておけ」

マルフォイは肩をすくめると、クラッブとゴイルの元へ戻った。周りの生徒たちがブツブツと文句を言いながら、競技場を去っていく。

「えっと……、ありがとう」
「礼を言われるようなことは何もしていない」
「そっか」

相変わらず掴みどころがない性格だ。仕切り直しに、ハティはにっこりと笑った。

「ねえ、せっかくだから、競技場の周りを歩いてみないか?この辺は滅多に通らないだろう」

ノットはひょいと眉を上げた。

「僕たちの寮が負けた、この時に?」
「……うん」
「遠慮しておく。騒ぎはもうたくさんだ」

その視線の先には、箒を片手に言い合っている選手たちがいた。フリントが唾を飛ばしながら、ハリーはスニッチを取ったのではなく、飲みこんだのだと主張している。

グリフィンドール側は勝ち誇った様子で立っていたが、その中にシーカーはいなかった。スニッチを捕らえた途端、そそくさとどこかへ消えてしまったらしい。

一人の散歩を楽しみながら、ハティは先ほどの状況を頭の中で整理した。

──あの時、呪文を唱えていたのはスネイプ先生だった。瞬きもせずに口を動かしていたのだ。ハーマイオニーもそれに気付いたのだろう。だから、彼のローブに火をつけた。けれど……。

不意にドンと、左肩に衝撃が走る。グリフィンドールの上級生たちが、にんまりと笑いながらそばを通り過ぎていった。

ハティは腕をさすりながら、遠ざかっていく背中を眺めた。

何だか釈然としない。試合の最中であんなことをするくらいなら、最初からハリーを出場できないようにすればいいのに。スネイプ先生なら、いくらでも方法があるだろう。大勢の前で箒をおかしくするだなんて、まるでスリザリンの寮監らしくない。

それとも、地面に叩きつけてぐちゃぐちゃにしたいほど、ハリーのことを憎んでいるのだろうか?

そうかもしれない、とハティは思い直した。スネイプのハリー嫌いは異常なのだ。殺すとまではいかないまでも、骨の一本や二本はへし折ってやりたいと考えている可能性がある。

問題はほとんどの場合、ハリーはまったく悪くないということだ。

その時、誰かに軽く肩を叩かれた。

「君、大丈夫か?」

振り返ると、空からの帰還を果たしたばかりのウィーズリーの双子が、揃ってハティを見下ろしていた。クィディッチのローブを着たままで、真紅の布地は炎のようだ。それに負けないほどの赤毛が砂埃に汚れている。

「えっと、何が?」
「あいつらだよ」

フレッド、もしくはジョージが、ぶつかってきた上級生たちを指差した。

「酷いことをするもんだよな。一年生に当たるなんてさ」
「そりゃ、フリントのやり方は胸くそだったけど。でも、そんなの今さらだろ?僕たち、スリザリンの汚さには慣れてる──。おっと」

双子の片割れが言いすぎたという風に、片手で口を覆った。ハティは笑いながら首を振った。

「気にしてないよ。僕たちがずるいのは本当だから。ところで……」

次の言葉は、無意識に口から転がり出ていた。

「ポッターはどこにいるの?」
「ハリー?さあな、談話室に帰ったんじゃないかな」
「今回の一番の主役はハリーだからね。君も見ただろ?あのスニッチ」

双子はまるで、叩けば音の出る人形のようだった。どこか自信がなさげなロンと違って、びっくりするほど陽気だ。ノットには悪いけれど、彼らのことは嫌いになれそうにない。

去り際に、ハティは躊躇いがちな声でいった。

「ポッターに伝えてくれないか。君の箒さばきは素晴らしかったって。……スリザリンの子には内緒で」

双子は顔を見合わせると、「了解!」と口を揃えた。

「ねえ、君!名前は何ていうの?」

どちらかの声が風に乗って流れてきたが、ハティは振り返らなかった。ハリーは知る必要もないし、知られない方がいい。万が一、スリザリン勢に今のやりとりが漏れたら……。マルフォイ一味はともかく、ノットはきっといい顔はしないだろう。一時の気の迷いで、友人の不興を買うことだけは避けたかった。

談話室に戻ると、その友人は珍しく感情を露わにしていた。眉根をひそめ、やや困惑に近い表情でハティの飼い猫を見下ろしている。

「ずいぶん遅かったな」
「ああ、スプラウト先生の温室を見てきたんだ。君も一緒に来たらよかったのに。体が温まるよ」

ハティはマフラーを外しながら答えた。

「まあ、外はまだグリフィンドールの子たちが騒いでたから、いい気分にはならなかっただろうけど……。何?どうかしたの?」
「いいや」

ノットは言葉少なに否定し、逃げるように図書館へと去っていった。

「ソルティ。君、またノットの杖をかじろうとしたんじゃないだろうな」

ハティの睨みに対して、ソルティは大あくびでごまかした。あくまでもシラを切るつもりらしい。それでもなお説教を続けていると、尻尾を苛立ち紛れに揺らし、ブルストロードの猫の方へとちょっかいをかけにいってしまった。


結局箒の謎は解けないまま、十一月の最後の週が過ぎた。降りしきる雪がホグワーツ城を真っ白に染め、クィレル先生は雪玉に後頭部をぶたれる羽目になった。

のちに赤毛の双子が罰則を言い渡されたのを聞いて、ハティは思わず吹き出した。クィレルは生徒にすら怯えていて、普段なら減点でさえもしたがらない。よっぽどあのターバンがお気に入りなのだろう。アフリカの王子様からもらったという、物語つきの品だ。

とはいえ、かなりの異臭が漂っているので、近づこうとするのはあの双子くらいものだった。

「うーん、あの先生に呪いをかける度胸はないよな……」

闇に対する防衛術のクラスのあと、ハティは教科書をカバンに突っこみながら呟いた。

隣に座っていたノットが、「またか」といいたげにため息をつく。

「君、まだポッターの箒にこだわっているのか?」
「箒じゃない。かけられた呪いの方に興味があるんだ」

ハティは浮遊呪文を唱えた。真新しい羽根ペンが、ニンバス2000よろしくふわっと宙に浮かび上がる。

「君の言うところによると、ああいった魔法を扱うにはそれなりの実力が必要とされる」
「ああ」
「そうなると必然的に、生徒よりは教授陣の方が怪しく思えてくるわけだけど……」
「クィレル先生を疑っているのか?」
「やっぱり変かな」

ノットは飛んできた羽根ペンの先を、呪文で丁寧に拭きとった。

「確かに、あの人ならできないこともないだろう。闇の魔術に詳しくなければ、防衛術の教師にはなれないから。けど──」
「動機がない」

そうなのだ。クィレル先生には、ハリーを地面に叩き落とす理由がない。

ぐるぐる回りだした羽根ペンに向かって、ノットが杖を向けた。

「フィニート・インカンターテム。君の杖はどうも不安定だな。呪文のかかりが悪い」
「そりゃどうも」
「そういえば、次の授業は……」
「魔法薬学だよ。ここから地下室まで十三分」
「噂によると、スネイプ教授はクィレル教授の席を狙っているとか」

ハティは色の白い、ほっそりとした顔を見つめた。一見すると眠たそうな瞳には、思惑の影すら映っていない。

「君も見ていたの?」
「何を」
「えっと、スネイプ先生が……」
「スリザリンは手段を選ばない。分かりきったことだ」

そう言うと、ノットは急に立ち上がって教室を出た。次の授業が始まるまで、あと十五分。時間に正確な置き時計のようだ。

ハティは小走りでそのあとを追いかけた。

「ねえ、授業が終わったら図書館へ行くんだろう」
「いつも通り」
「一緒について行ってもいいかい?」
「もちろん、君にも利用する権利はあるが」

ノットの歩く速度が緩やかになる。ハティは勢いあまって、彼の後頭部に顔をぶつけた。

「闇の魔術についての本は、ほとんどが禁書の棚にある。おまけに君はスリザリン寮生だ。教授陣を説得するのは簡単じゃないぞ」
「サインなんていらないよ」

ハティは鼻を押さえながらいった。

「ちょっと、『バカのバーナバス』について調べるだけだから」

楽観的な自分の考え方に疑問を覚えたのは、それから二時間ほどあとのことだった。

「どうしてもサインが必要なんですか?」
「その通りよ、坊や」

マダム・ピンスがそっけなく答えた。痩せた背の高い女性で、かなり目つきが悪い。

「それに、君のいうところによると……。『バカのバーナバス』が闇の魔術に関係しているんですって?」
「はい。魔法史の教科書を読むかぎりでは、闇の魔法使いは常に『人外』とされる者たちと手を組んできました」

ハティはハゲタカそっくりの司書に向かって、熱心に語りかけた。

「巨人なんかがいい例です。トロールにバレエを教えこんでいるのはその前段階かと。何もない壁の前に飾られているのも不自然で、これは飾った人による一種の暗示かもしれないと思っ──」
「君が勉強熱心で、口の回る生徒だということは分かったわ。陰謀論がお好きなのもね」

マダム・ピンスは両手を腰に当てた。

「それで、どの本を借りたいの?」
「あー」

ハティは目を泳がせた。思いつきの衝動に駆られるがまま、計画も立てずに言い出したことだ。

「それでは、『バカのバーナバス』に関する資料と……。基礎的な闇の魔術についての本を何冊か貸してください」

数分後、トロールについての分厚い研究書を抱えたハティが、ドサリとノットの向かい側の席に座った。

「この僕が陰謀論者?冗談じゃない」
「だから言ったろう、簡単にはいかないって。マダム・ピンスはてこでも動かない人だ」
「おかしいなあ。普通なら、僕を魅力的だと感じるはずなんだけど」

奇妙な沈黙が落ちる。ノットがまじまじと自分を見つめていることに気がついて、ハティは打ち消すように手を振った。

「べつに、自分がハンサムだって言いたいわけじゃないよ。ただ、ああいう時の僕って強いんだ。やろうと思えばそれなりに人を惹きつけることができるってだけ」

真面目くさった大人が相手ならなおさらだ。ハティは自分が口を挟むたびに、両親の堅苦しい研究仲間たちの表情が緩むのを、もう何度も目にしてきている。

「でも、気のせいだったみたい」
「気のせいじゃない。普通ならとっくに追い出されてるところだ」

ノットが研究書をパラパラとめくる。

「その器用さをスリザリンでも生かすべきだと思うけど」
「僕の笑顔が通じるのは賢い人間だけだ。バカには見向きもされないよ」

ハティは大きく伸びをすると、おもむろに立ち上がって本棚の方へ近づいた。

「どこへ行くんだ?」
「箒の仕組みについて、ちょっとね」
「クィディッチ関連はつき当たりを左だ。そっちじゃない」

何という知識欲。入学してからまだ半年も経っていないのに、ノットはもう図書館の構造を理解しつつあるらしい。ハティは彼の指示に従って、迷路のように入り組んだ書棚の間を歩いた。

人と箒の間にも相性は存在する。杖のように明確な意思は持っていないけれど、それぞれに飛び方の個性や癖があるのだ。
ゆえに、呪文をかけて操るのは難しい。人に「服従の呪文」をかけるのと同じで、箒に呪文をかけるのにはかなりの力量が必要とされる。

ハティは埃っぽい本から顔を上げた。何もかもノットがいった通りだ。逆にそれ以上の情報は引き出せそうにない。

手当たり次第に本を読み漁っていると、近くでこそこそ話し合っている声が聞こえた。

「だめだ。『現代の著名な魔法使い』にも載ってないよ」

ロン・ウィーズリーだ。本棚の向こう側にいる。続いて、重たい本をテーブルに置く、荒っぽい音が聞こえた。

「これも、そっちも。探してみたけど、ぜーんぶ収穫なしだ。フラメルの『フ』の字もない」
「ちょっと、本をそんな風に置かないで」

ハーマイオニーの咎める声を、ロンは無視した。

「なあ、こいつって何者なんだ?これだけ探しても出てこないなんて……。僕、ハグリッドが出まかせを言ったんじゃないかって、そんな気がしてきたよ」
「まさか。彼の顔を見ただろう。ニコラス・フラメルは実在するはずだ」

お次はハリーの声だ。妙に熱がこもっている。

「僕、どこかでこの名前を見たような気がするんだ。ああ、思い出せたらな!スネイプが何を盗もうとしているのかが分かるのに」

スネイプ先生が盗み?まるで頭を殴られたかのような気分だった。ハティは頭を低くし、できる限り耳を研ぎ澄ませた。

「君、言ってたよな。金庫から出した物はそんなに大きくなかったって」
「うん、ほんの小さな包みだったよ。このくらいの。だから、グリンゴッツに盗みに入れたんだ……。大きな物じゃ、とても運び出せないから」
「じゃあ、あの侵入事件もスネイプのせいだっていうの?」

ハーマイオニーが小さな声で疑問を口にした。

「信じられないわ。ホグワーツの先生なのに」
「ハーマイオニー、スネイプはフラッフィーに噛まれたのを知られたってだけで、ハリーを殺そうとしたんだぞ。最初に言い出したのは君じゃないか」
「ええ、けど……。そうよね、呪文をかけていたのは間違いないわ」
「スネイプは隠されてある物を狙ってる」

ハリーが有無を言わさぬ口調でいう。

「トロールを放ったのもあいつだ。でなきゃあの時、『禁じられた廊下』に行くはずがない。他のみんなは地下に行っていたんだから」
「でも、そこまでして手に入れたいものってなんだろう──?」
「シーッ、マダム・ピンスがこっちに来るわ」

数秒の沈黙と慌ただしく本を戻す音、ロンのぼやきが加わって(『まったく、嫌になるよな』)、三人は小走りで図書館を出ていった。

残ったのは、気味が悪いほどの静けさだけだ。

ハティはゆっくりと頭を上げた。箒のことなど、頭から吹っ飛んでしまっていた。

「ちょっと、どこへ行くの?」

マダム・ピンスが毛ばたきを持って叫んでいる。

「『バカのバーナバス』について調べるんじゃなかったの──?」

ハティは急いで寮へ戻ると、トランクの中をかき回した。くしゃくしゃに丸まった「日刊預言者新聞」が厚手のセーターの下に置いてある。


「グリンゴッツ侵入さる

七月三十一日に起きたグリンゴッツ侵入事件については、知られざる闇の魔法使い、または魔女の仕業とされているが、捜査は依然として続いている。
グリンゴッツの小鬼たちは、今日になって、何も盗られたものはなかったと主張した。荒らされた金庫は、実は侵入されたその日に、すでに空になっていた」


ここ数ヶ月のクエスチョンマークが一気に繋がったような気がする。まずはグリンゴッツの侵入事件。次にハロウィーンの夜、スネイプ先生は確かに四階への階段がある廊下を走っていた。

その次は彼の負傷した脚と、ニンバス2000の不具合だ。これに関しては、呪文を呟いていたところをハティも目撃している。

唯一分からないのは「フラッフィー」だが、あの脚の様子を見ると、そこそこの化け物であることは間違いない。そいつは何かを守っている。トリオの推理では、それはニコラス・フラメルなる者にまつわる物で、スネイプ先生はそのお宝を狙っている。

しかし、仮にもスリザリンの寮監である人が、そんなことを企てたりするのだろうか。

「詰めが甘い」

その次の授業で、ハティはスネイプ先生から初めてのお小言をもらった。

「工程は悪くないが、どうも気が抜けたような出来栄えだ。フォウリー、君ならもう少し上手くやれそうなものだが」
「すみません」

裏を返せば、今までの授業ではそこそこ優秀だったという、褒め言葉ともとれる指摘だったが、ハティは亀のように首をすくめて萎縮していた。実のところ、グリフィンドールの三人組に気をとられていて、薬を一回多く混ぜてしまったのだ。

スネイプは内緒話をしているハリーたちをめざとく見つけると、早口で指摘した。

「原因は単純な注意力の問題だ。次からは気をつけたまえ」

彼はグリフィンドールのテーブルの方へ足を向けた。

「グリフィンドール五点減点。ポッター、むだ口を叩くな」

気の抜けた薬を瓶に詰めながら、ハティは確信を深めた。スネイプは何かを盗もうとする人ではない。意地悪で陰険でスリザリンを贔屓してばかりなのは認めるが、それ以上に抜け目がないのが彼だ。ダンブルドアがいるこのホグワーツで、盗みを働こうとは思わないだろう。
ハリーの箒に関しては……。完全には否定できないが。

「どうしたの?ぼーっとして」

思考の声を現実の声が遮る。ふんわりとしたハニーブロンドの女の子が、微笑みながらハティを見下ろしていた。

「やあ、グリーングラス。ノットを見かけなかったかい?」
「彼なら、ひと足先に大広間に行ったわよ。あなたのことは放っておけって。でも……」

小さな唇が戸惑うように半開きになる。ダフネは両手を腰の後ろに回して、気恥ずかしそうに立っていた。明らかに何か言いたげな様子だ。

「どうしたの?」
「あのね、もう少しでクリスマス休暇に入るでしょう?私……。あなたにクリスマスプレゼントを贈りたいの」
「僕に?」

ハティは濃いグレーの瞳を見開いた。グリーングラスはいつもパーキンソンと一緒にいるから、てっきり嫌われているものだと思っていたのに。

「べつに嫌なら断ってくれてもかまわないのよ」

ダフネは少し赤くなっていった。

「ただ『ふくろう通信』で百味ビーンズの大袋を見かけたから、あなたの猫ちゃんにどうかなって──」
「ダフネ!」

女王様の登場だ。パーキンソンが怒った顔で、暖炉の前に立っている。
「あとで住所を教えてね」、グリーングラスはそう囁くと、今にも噴火しそうな友人のところへ歩いていった。

「フォウリーと何を話していたの?」
「たわいもないことよ。クリスマスのプレゼントは何がいいかって」
「あなた、まさか彼にプレゼントを贈るつもりなの?」

おおげさなキンキン声が、薄暗い談話室に響き渡った。

「あのマグル贔屓に?考え直した方がいいわ。上級生たちが彼のことを何て言っているか、知ってるでしょう」
「でも、ザビニが言っていたわ。彼は面白い子だって」
「だったら、なおさら関わるべきじゃないわよ。ザビニの面白いは問題があるってことなんだから……」

ハティはそっと談話室を出た。地下の廊下はとてつもなく寒くて陰気くさかった。もうすぐクリスマスだというのに。

謎は解かれるどころか、ますます深くなるばかりだ。箒を呪った犯人に、容疑者のスネイプ先生、そしてニコラス・フラメル。

ハティはこめかみをぐりぐりと親指で押した。ニコラス・フラメル。どこかで聞いたことがあるような名前だ。でも、思い出せない。教科書に載っている偉人なら、そう苦労もせずに出てくるはずなのだが。

極めて静かな心の中とは対照的に、大広間は賑やかに浮き足立っていた。クリスマスらしい、すばらしい眺めだ。柊と宿木が綱のように編まれて壁に飾られ、十二本ものクリスマスツリーがテーブルを囲むようにしてそびえ立っている。

フリットウィック先生が出した金色の泡に、みんなが歓声を上げていたが、一方でどのような状況においても、決して揺らがない生徒がいる。

「今日のランチはどう?」

ノットはスプーンを持った手を止めた。ちょうどシェパーズパイを食べようとしていたところだった。

「見たところ、すごく特別な感じがするけれど」
「デザートが増えたようだな。それに、味が濃い」

星型の模様がついたマッシュポテトの表面を、スプーンが容赦なく抉り取る。

「瞑想は終わったのか?」
「うーん、どうだろう。天使の声は聞こえてこないけど」

ハティはお行儀悪く頬杖をつくと、精いっぱいのさりげなさを演出してみせた。

「ねえ、ノット。ニコラス・フラメルって知ってる?」
「錬金術で有名な人だろう」

答えはすぐに返ってきた。求めていたものがあまりにもすんなりと手に入ったので、ハティは呆気にとられてしまった。

「君、何で知ってるの?」
「だから言ったろう。錬金術では一番に名前が挙がる有名人だ。君がよく食べている蛙チョコにも書いてある」

ノットは言葉を切ると、シェパーズパイの方ではなく、コテージパイの皿をハティの方へ押しやった。大好物をクラッブに食べ尽くされる前にと、気遣ってくれたらしい。意外と優しい一面もあるものだとハティは感心した。

「ありがとう。──それで聞き覚えがあったのか。いや、ずっと頭の片隅に引っかかっていた名前でね。どうにも思い出せないから気になっていたんだよ」
「この手の話題なら、僕より君のご両親の方が詳しいはずだ」
「え、母さんたちが?」

ハティは大好きなコテージパイを十分に堪能したあと、手をひらひらと振った。

「ないない。だって、トロールの爪の──。あ、ごめん。とにかく、夫婦揃って変な研究ばかりしているんだ。錬金術は関係ない」

ノットは何かを言いかけたが、ふわっと甘いバニラの香りに遮られた。ブレーズ・ザビニが向かい側の席についたのだ。

「コテージパイか。僕はソーセージでいいな」

そういうと、お皿にケチャップを盛り付け、気取った風に食べ始めた。十一歳にしては、ややませた雰囲気をまとっている子だ。キャラメル色の肌から香る、甘いコロンがとても似合っている。

「君たち、クリスマスには家へ帰るんだろう?」

ザビニがそう言いながら、スクランブルエッグの皿へと手を伸ばした。ハティは皿を押し寄せてやった。

「ああ」
「フォウリー、君の家は賑やかそうだな。お母さんからいつもふくろう便が来てるだろう。息子が帰ったとなったら、さぞかし喜ぶだろうね」
「あー、どうかな」

ハティは曖昧な表情を作った。

「なにしろ、スリザリンに組分けされたのは僕が初めてだからね。親戚中にもどう思われているか分からないよ」
「へえ、そうか」

ザビニはニタッと笑った。

「もし居心地が悪いのなら、僕の家に来いよ。母さんが、フォウリー家の息子はどんな子かって気になってるみたいだから」
「せっかくの申し出だけど、やめておくよ。君のお母様の手にかかったら、きっと正気じゃいられなくなるだろうからね」

ザビニの母親は有名な美魔女なのだ。その上今までに結婚した七人の夫が、全て謎の怪死を遂げている。

ハティとザビニが冗談を言い合っている最中、ノットは淡々と食を進めていた。この手の話題には口を挟まないのだ。そうでなくても、彼は普段から寡黙だった。

会話に何人かの子が加わったところで、マルフォイが席を移ってきた。

「随分と騒がしいな。七年生たちが文句を言ってるよ。まるでグリフィンドールのテーブルみたいだってね」
「休暇の話をしてるんだ。僕の家のパーティーに誘っているのに、フォウリーがつれなくてさ」
「へえ?」

マルフォイはザビニを見てハティに目を移し、もう一度ザビニの方へ視線を戻した。

「君がフォウリーをパーティーに?」
「聖28一族の坊ちゃんだ。母さんは間違いなく喜ぶに違いない。それはそうと、君はどうするんだ?」
「クリスマスにはもちろん帰るさ。僕としてはどちらでもいいんだけど、母上が淋しがるんでね」

マルフォイはふんぞり返りながらいった。

「ここにいるみんながそうだろう。……ああ、でも可哀想に。クリスマス休暇なのに、家に帰ってくるなって言われてる子がいるんだっけ?」

後半の言葉はかなり大きく響いた。それこそスリザリンのテーブルを越えて、グリフィンドールのテーブルへ届くほどに。ハリーは知らんぷりを決めこみ、たっぷりとバターを塗ったトーストをかじっていた。

「よせよ、マルフォイ」

周囲のクスクス笑いがやんだ。ほとんどが驚いた顔でハティを見ている。
マルフォイはぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「フォウリー。まさか、ポッターを庇う気じゃないだろうねえ?」
「庇うわけないじゃないか」

そう、庇うわけではない。一方的なやり方が気に食わないだけだ。

「ただ、興味がないから言ってやったのさ。誰もが君みたいに、ポッターに惚れこんでいるわけじゃないからね」

狙い通り、どっと笑いが起こった。口には出していないだけで、マルフォイのハリーに対する執着心は異常だと誰しもが思っていたからだ。ハティはパンジー・パーキンソンに睨まれ、危うくゴイルにどつかれるところだったが、それ以外を除けばかなり和やかな昼食の席だった。

こんな調子であっという間に時が流れ、待ちに待った、クリスマス休暇が訪れた。
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