一年生編

第四章 一匹狼の気配

最初の数日間は飛ぶように過ぎていった。ほんの始まりにしかすぎない期間だが、寮での立ちふるまい方を知るのには十分だった。

いくつかの不愉快なやり取りを経て、学んだことがある。スリザリンでは正直さは美点にならない。気付いた時には、すでにクソ爆弾を踏み抜いていたが。当然ながら、他の生徒たちには白い目で見られるようになった。

上級生たちと談話室のソファーを巡って対決した夜、ハティは無心で教科書を読み漁った。

談話室は暗い。椅子は硬い。そこに入り浸る連中ときたら、ガラスケースの中の骨董品のように退屈なやつらばかりだ。

けれども、起こること全てが悪いとは限らない。

「ルーモス、光よ」

黒クルミの杖の先に、柔らかな明かりが灯った。

ハティは明かりを生み出しては葬り、葬っては生み出しを繰り返した。自分の杖を持つことができる。それだけで今は満足だ。よくよく考えてみれば、湖の水音には癒されているし、アンティークのベッドはふかふかで寝心地がいい。ディナーだって絶品だった。

周りがどうであれ、自分らしく過ごそう──。その決意が三日で揺らぐことになるとは思いもしなかった。

雨がしとしとと降る朝、ハティは急いで階段を降りていた。たどり着いた先が扉を模した壁の一部、いわゆる「扉もどき」だったのだ。動く階段が再び廊下へ繋がるのに、少なくともまるまる三分は待たなければいけなかった。

腕時計の針は北西の方向を指している。あと十分で教室にたどり着かねばならない。

その時、後頭部に鈍い衝撃が走った。冷たい液体がたらたらと髪の毛の隙間から額に流れ落ちてくる。

「ピーブズ、君だな?」

ポンッと空気の抜けるような音がして、空中にニヤニヤ笑いの小男が現れた。ポルターガイストのピーブズだ。星の飾りのついたジェスターハットを被り、右手に色とりどりの水風船を持っている。

「かーわいい一年生ちゃん!そーんなに急いでどこに行くのかなぁ?」
「君には関係ない」
「おぉぉぉぉおう!」

ピーブズは耳障りな奇声をあげた。

「愉快な一年生ちゃん!スリザリンの一年生ちゃん!君はなーんて嫌なやつなんだ!」

運の悪いことに、廊下は授業へ向かう生徒たちでごった返していた。四年生の子がクスクスと笑いながら、二人のやり取りを見ている。

ジェマ・ファーレイの言う通り、スリザリンの立ち位置は蛇だ。人に忌み嫌われ、鳥の巣からこっそりと卵を盗み出す邪悪な存在。もしかしたらその蛇の群れの中には、善良なトカゲが紛れこんでいるかもしれないのに、他の寮の生徒たちは考えたこともないらしい。

ハティは真新しいハンカチで水滴を拭った。

「その通り、僕はスリザリン寮生だ。言いたいことは分かるね?──とっとと失せろ。『血みどろ男爵』をけしかけるぞ!」

ピーブズはイーっと歯をむき出してみせると、今度は周りの生徒たちに水風船を投げつけ始めた。野次馬どもが悲鳴をあげて逃げ惑う中、騒ぎを聞きつけたフィルチが、飼い猫のミセス・ノリスとともに登場した。

「どうした?何の騒ぎだ?──お前!」

血色の悪い指が、バカ笑いをしていた泥んこのクィディッチ選手を指す。

「磨いたばかりの床を汚した!罰則だ!」

報復の結果をしっかりと見届けたあと、びしょ濡れになった髪を絞りながら、ハティは何とか教室に辿りついた。

先生はまだ来ていない。後ろの席は賢そうな男の子が座っているのみで、ほとんどのスリザリンの生徒は前の方を陣取っている。

彼らはハティの姿を見つけると、思わせぶりな内緒話を始めた。

ハティは肩をすくめた。談話室でマーカス・フリントに楯ついたのが、そんなにいけなかったのだろうか。半純血の子の容姿を貶していたから、「鏡を見ろ」と言ってやっただけなのに。

特に気にもせずに教科書を読んでいると、後ろの方から騒がしい足音が聞こえてきた。

「まったく──、何で──、教室っていうのは……。こう、離れているんだろう?」

ハッフルパフの生徒たちだ。息も絶えだえに呟いたのは、アーニーだった。隣にはおさげのハンナと、ハティの知らない男の子がいる。

「やあ、アーニー」

ハティは手を振ってみせたが、返ってきたのは驚愕の表情だった。挨拶を返すどころか、ろくに目を合わせようともしない。まるで最初から話しかけられていなかったかのように、ハティの隣を小走りにすり抜けていく。

「おやおや、随分と優しい友だちだね」

代わりに声をかけてきたのは、マルフォイだった。ありがたいことに何人かの取り巻きたちを連れている。

「だから言ったろう。ハッフルパフなんて──」
「きっと挨拶が聞こえなかったんだろう」
「ふん、お気楽だな」

マルフォイは嘲るようにいった。話を遮られたのが明らかに気に入らないようだったが、なおも喋り続けてくる。

「そんなことより君、スリザリンに入ったんだって?」
「ああ」

どうも嫌な流れだ。組分けを終えたのは三日前で、談話室でも数えきれないほど顔を合わせているというのに、今さら何を言いだすのだろう。

マルフォイは片方の頬だけで笑った。

「それは驚いただろうねえ。君の家は代々ハッフルパフに組み分けされていたんだろう。なぜスリザリンを選んだんだい?」
「さあね。僕はただ──」
「ああ、誤解しないでくれ。僕としてはいい判断だと思ってるんだよ。噂によると、ハッフルパフには劣等生が多いらしくてね」

薄い灰色の視線が、ハッフルパフ生の方へと流れる。ヨーグルトを一口含んだかのような滑らかさで、彼は続けた。

「父上がおっしゃるには、どこにも入ることができなかった、かわいそうな子を救うための寮なんだそうだ。……そうなると、ロングボトムが入ってないのが不思議だね。やつにこそ、ふさわしい寮じゃないか?」

地獄のような空気とは、まさにこういうことをいうのだろう。穏やかに流れていた時が、一瞬で冷ややかに凍りついた。

ハティはマルフォイに向かって、ふっと微笑んだ。

「僕の家系を貶したいのは分かるけど、残念ながら劣等生だとは言えないな。父も祖父も優秀だったからね。他のハッフルパフ生だって、きっと同じだろう」
「あら、あなたのお家がすごいのは知ってるわ。魔法大臣を出したほどなんだもの」

気の強そうなパグ顔の女の子、パンジー・パーキンソンが参戦した。空気を読めと言わんばかりのしかめっ面だ。

「だからこそ、みんなが同じなわけじゃないでしょ。ドラコの言ってることが間違いだとは限らないわ。そういえば、聞いたことがあるわよ……。レイブンクローに入りたかったのに、ハッフルパフに入れられちゃった子がいるんですって?」

パンジーの周りの女子たちがクスクスと笑い出す。

ハティは思わず、アーニーの方へ視線を向けた。何も気にしていないように振る舞ってはいるが、ふっくらした頬が危険なトマトの色に染まっている。

友情が壊れていく、儚い音を聞いたような気がした……。


過ぎたことを恨んでも、時を戻すことはできない。どのみちアーニーとは疎遠になっていただろうし、そもそもスリザリンに入った時点で、こうなることは予想していた。

にも関わらず、これから先のことを考えると、胸が重くなってしまうのはなぜだろう?

ハティは地下室で、分厚い教科書を開いていた。魔法薬学──。グリフィンドールとの初めての合同授業だ。

授業が始まるその前から、教室にはすでに不穏な空気が漂っていた。ハティの右斜め前にはかの有名なハリー・ポッターが、少し離れたところにスリザリン勢が固まって座っている。

鳴り物入りでホグワーツに入学したハリーだが、ハティの目にはごく普通の生徒に見えた。痩せっぽちの体に古びたメガネ、長めの黒髪は後頭部でクシャクシャになっており、額には例の傷跡をどうにか隠そうとした形跡がある。

どうやら、汽車でのマルフォイたちの訪問は成功したらしい。ハリーは明らかに殺気立っており、彼らと喧嘩をする理由を探しているようだった。

「失礼。ここ、座ってもいいかな?」

ハティは観察するのをやめ、声をかけてきた物好きを見上げた。なんと、スリザリン寮生だ。隣の空席を指差している。

「かまわないよ」
「どうも」

彼は軽く頭を下げると、きびきびとした動作で羊皮紙を広げ始めた。初日に、スリザリンのテーブルで隣に座っていた子だとすぐに分かった。名前はたしか、セオドール・ノット。ハティと同室の男の子だ。

「いいの?ここはグリフィンドールに近いけど」

ノットは見事な羽ペンを羊皮紙の上に置いた。すでに使いこまれていて、それがかえって洗練されているように見える。

「そういう君こそ、なぜここを選んだんだ?」
「僕は……。この席なら、落ち着いて勉強できそうだし」

本当は、ディーンと少しでも話したかったからなのだが、あえて黙っておくことにした。ノットも他のスリザリン寮生と同様に、筋金入りのマグル嫌いだという噂を耳にしたことがある。

彼は教科書に目を留めたまま、単調な声でいった。

「同じ理由だ。下らない喧嘩や仲良しごっこをするために、学びに来ているわけじゃないからね。騒がしくない方が僕には好ましい」

それなら、ハリー・ポッターの近くに座るべきではないとハティは思ったが、あえなく会話は終了した。魔法薬学の先生が姿を現したのだ。

「我輩の授業では、杖を振り回すようなバカげたことはやらん」

スリザリンの寮監、セブルス・スネイプが厳かにいった。土気色の額に、脂っぽい黒髪がはらりと垂れている。

「それでも魔法なのかと諸君は思うかもしれん。フツフツと沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気──」

ハティは彼の言葉を一言一句、聞き漏らさないように努めた。

魔法薬学の真髄……。スネイプ先生いわく、「人の血管を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力」には心の底から魅了される何かがある。変身術や呪文学も興味深い学問だが、それと比べても一風変わった魔法だと感じた。

しかし、それを教える立場にある先生は──。端的に言うと、セブルス・スネイプは実にスリザリンらしい先生だった。それによって、グリフィンドール寮生がどのような憂き目に遭ったのかはいうまでもない。

彼は特に、ハリーに対して当たりがきつかった。

「ポッター、アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギの粉末を煎じたものを加えると何になるか。答えたまえ」

心踊る演説のあとの出来事だ。当然、名指しされた本人は戸惑っていた。

ハティはさらさらと羊皮紙に書いた。正しい回答は強力な眠り薬、通称「生ける屍の水薬」だ。暇潰しで得た知識がこういった時に役に立つのなら、ひとりぼっちも悪くはない。

しかし、肝心のハリーはまったく見当がつかないようで、隣にいるウィーズリーと顔を合わせてばかりいた。

「わかりません」
「フン、有名なばかりではどうもならんらしい……。では、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

ヤギの胃の中だ。答えを分かっているのはハティだけではなかった。栗色の髪の女の子が必死に片手を挙げている。スリザリン側では、マルフォイ、クラッブ、ゴイルがニヤニヤと笑っていた。誰が見ても理不尽な状況なのに、彼らにとってはおかしくてたまらないらしい。

「わかりません」
「ほう。授業が始まる前に教科書を開いてみようという気にはならなかったようだな?」

スネイプは地下牢内を歩きながら、ゆっくりと吟味するようにいった。

「では、最後にもう一つ。もっとも、聞いてもむだだろうが……。モンクスフードとウルフスベーンの違いは何か?」

どちらも同じトリカブトの別名だ。その時、カタンと椅子がずれる音がした。あの女の子が、我慢できずに立ち上がったのだ。

「わかりません」

ハリーは落ち着いた声でいった。

「ですが、ハーマイオニーがわかっているようです。彼女に質問してはいかがでしょう?」

主にグリフィンドール側から、称賛の入り混じった笑い声が起こった。なるほど、彼はたしかに「生き残った男の子」だ。見た目によらず、しっかり肝が据わっている。

それまでゆるやかに動いていたスネイプ先生の足が、ちょうどハティのテーブルの横でとまった。おそろしいほど不快そうな目でハリーを見下ろしている。

「座りなさい、グレンジャー。……よろしい、我輩が自ら教えてしんぜよう。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。『生ける屍の水薬』と呼ばれていて、非常に強力な効果がある。ベゾアール石はヤギの胃の中から取れる。解毒の力があって、大抵の薬には有効だ。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で──」

アコナイトという別名もある。ハティは意気揚々と書き終えたあと、頭をあげたところで固まった。スネイプの感情のない瞳が、同じくらい無気味なハティの顔でとまっていた。

「……別名をアコナイトという。それらはすべて、トリカブトの呼び名だ」

残りの言葉を言い終えると、その薄い唇はきつく結ばれた。真っ黒な目は木のうろのように虚ろだ。スネイプはハティの手元へ目線を落としたあと、ノットの方を見やり、やがて踵を返して二人に背を向けた。

「諸君、なぜ今のをすべて書き写さないのかね?」

みながいっせいに羊皮紙を取り出しはじめた。ハティは信じられないような、救われたような、ちょっと奇妙な気持ちで隣の方を向いた。

ノットもすでに答えを書き終えていたが、彼の羊皮紙の構成にはむだがなかった。綴られた字は端正で読みやすく、ハティのお遊びのような殴り書きよりもはるかに出来がいい。言葉選びも秀逸で、とても同い歳の子どもが書いたとは思えないほど大人びた文章だ。

ノットは少しだけ目を細めると、急に興味を失ったかのように視線を逸らした。彼もまた、ハティの羊皮紙の文章を目で追っていた。


結局、ディーンとは話せずじまいのまま、魔法薬学の授業は終わった。

ビンズ先生が壁をすり抜けて現れるのを待つ間、ハティは必死に羽根ペンを動かした。学んだことを忘れてしまう前に、書きつけておきたいことがある。おできを治す薬は簡単だが、面白い発見があった。

この薬の肝は山嵐の針だ。ありがたいことに、ネビル・ロングボトムが未完成の薬を被ってくれたおかげで、すぐに分かった。何かの症状を抑える、もしくは治すための薬は、緩和したい症状そのものを調合の途中で作り出さなければならない。

つまり、おできを治す薬を作るためには、おできができる状態の魔法薬を用意しなくてはいけないのだ。

ハティはこの一連の流れを「薬の理解」と名付けた。

とはいえ、この「薬の理解」が法則として成り立つかどうかは定かではない。まだ一度しか魔法薬を作ったことがないし、そのおできを治す薬だって、一緒に組んだパートナーが優秀すぎてあっという間にできあがってしまったのだ。

ハティは魔法薬学用の羊皮紙をくるくるとまとめ、魔法史の教科書を開いた。

孤立しているハティに話しかけてきた彼、セオドール・ノットは左斜め前の席に座っていた。みながビンズ先生の退屈な魔法にかかり、ぼーっとなっている最中、淡々とノートを取っている。

口をきいたのはほんの数回だけだったが、それだけでも分かった。彼は他のスリザリン寮生とは何かが違う。単に頭がいいというだけではなく、まとっている雰囲気や、むだのない行動がものすごく大人びているのだ。

簡単に人を近づかせないその様には、割り切った冷ややかさすら感じさせた。

ハティは彼が表情を変えるのを見たことがなかった。夕食でグリンゴッツの話題になった時、誰かがゴブリンについて下品なジョークを飛ばしても彼は笑わなかったし、飛行訓練の授業がグリフィンドールと合同になると知った時も、不必要に嫌がらなかった。

それは授業を受けた当日も同じで、ノットはロングボトムが医務室に運ばれ、そのあとにハリーがマクゴナガル先生に連行されていく流れを、冷静な目つきでじっと見つめていた。

授業が終わるころには、多くのグリフィンドール寮生が打ちのめされていた。スリザリン寮生がほくそ笑みながら城へ帰る中、ハティはさりげなくノットに話しかけた。

「ねえ、君はどう思う?」
「何が?」
「ポッターの件だよ。マルフォイの見立て通り、彼は退学になるのかな」
「そのことか。いいや、ならないだろう」

ノットは気だるげに返した。髪の毛一本ほどの関心もない。そんな口調だ。

「マダム・フーチが言ったことは単なる脅しだ。実際には、罰則程度ですむんじゃないかと思う。ロングボトムが自分から落ちたのを除けば、生徒は誰も怪我をしてないんだからね」

彼は続けていった。

「それに、ポッターがいなくなるとしたら、多少面倒なことになるだろう。マクゴナガルは公平な教師だし、何よりグリフィンドールのやつらが黙っているはずがない。必ず何があったのかを訴える。そうなったら、確実にドラコは責められるだろうな。少なくとも、スリザリンの局面は悪くなる、って──」

ノットは言葉を切ると、まじまじとハティを眺めた。

「どうしたんだい?」
「そんなこと、君ならとっくに見抜いているはずだろう。なぜ分かりきったことを聞くんだ?」
「買い被りすぎだよ」

ハティは硬い笑顔を顔に貼りつけた。

「僕はただ、この先のことを心配しただけさ。もしかしたらマクゴナガル先生が、ポッターをグリフィンドールチームのシーカーにするんじゃないかって」

ほんの冗談のつもりで言ったことだったが、言葉じゅもんは現実になるという格言がある。

ハリーはマルフォイが仕掛けた罠──、真夜中にトロフィー室で決闘をしようという誘いだ。もちろん、マルフォイは最初から行く気などなかった──。から逃れたあと、この上なくすばらしい特権を与えられた。なんと新型のニンバス2000を特別に所持することを許可されたのだ。

つまりその出来事は、彼がグリフィンドールのクィディッチチームの一員として、一年生でありながらも選ばれたのだいうことを示していた。

もちろん、マルフォイはかんかんに怒った。談話室でめちゃくちゃに荒れ回っている彼を、ハティは温かいココアを片手に眺めた。

「ねえ、座ってもいいかな?」

突然降ってきた声に、ハティは身構えた。また上級生たちが文句をつけに来たのかもしれない。

ところが、声をかけてきたのは一年生だった。マルフォイとは違うグループの、穏健派の子たちだ。穏健派とは、言い方を変えれば日和見派のことでもある。

ハティは訝りながらも頷いた。

「どうぞ」

しばらくは気まずい沈黙が続いたが、一人の生徒が勇気を出して口を開いた。

「いきなり話しかけられて、びっくりしただろう?今まで僕たちは──」
「僕を避けてた」

ハティのすらりとした物言いに、日和見派の子たちは曖昧な表情で頷いた。

「君は何というか、こう。目立っていたから。時々マグル生まれの子を庇うようなことも言ってたし……。あ、マグル生まれに偏見はないんだよ!僕たちが言えることじゃないし」

話し続けていた子が、慌てて否定する。そう、穏健派のほとんどは半純血だ。

「でも、ここではマグルをバカにしていないとやっていけないだろう」
「そのようだね」

純血の子が覇権をとるこの寮において、マグルの血が混じっている子たちの肩身はかなり狭いはずだ。反感を買っている人間に話しかければ、ハティ以上に袋叩きに遭うだろう。

「でも、今になって話しかけてみようって気になったわけだ」
「あ、ウン。ノットが君を気にかけているみたいだから、話しかけても大丈夫かなって……」

ハティはココアを飲みこみ損ねて、軽く咽せた。

「ノット?ノットってあの、セオドール・ノットのことかい?」
「君と同じ、聖28一支族の出身の子だよ。僕たちじゃ話しかけられない相手だ」
「誰だって彼には話しかけられないさ。僕もほんの少ししか喋ったことがないんだから。きっと君たちの気のせいだよ。ノットは誰かに興味を持つタイプじゃない」

半純血の子たちは顔を見合わせたあと、首を傾げた。

「でも、君にちょっかいをかけた上級生たちに言い返してたよ。ほら、最初の日にあそこのソファーにいた五年生」
「……それはきっと、僕がフォウリーの生まれだからじゃないかな。歴史だけでいえば、僕の家の方が長いから」

それ以外に、ノットに庇ってもらう理由がない。彼はルームメイトの一人だが、向き合って授業の感想を言い合ったこともなかった。

半純血の子が何かをいいかけた時、暖炉側の方がにわかに騒がしくなった。むすっとした顔のマルフォイの横で、フリントがイライラしながら、口汚くグリフィンドールを罵っている。

「賑やかだな」
「当たり前さ。ニンバス2000のシーカーなんて、勝ち目がなさすぎるよ。しかも相手はハリー・ポッターだ。マルフォイによれば、『君のおかげで箒がもらえたんだ』って言われたらしい」
「へえ、ポッターも言うものだね。僕が知っているところでは、彼はただ優しそうな子に見えるだけだけど」

半純血の子は本気で怯えた顔になった。

「フォウリー、頼むからマルフォイの前でそんなことを言うなよ。ただでさえ、君とは折り合いが悪いんだから」
「もちろんさ。触らぬ死神犬グリムに祟りなし、だ」

そう言いながら、ハティは視界の隅でセオドール・ノットを捉えた。どうやらまた、図書館へ行くつもりらしい。
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