一年生編
第一章 食べ残した男の子
ハリー・ポッターが悪を撃退し、惜しまれつつもプリベット通り四番地に置き去りにされたころ、ハティ・フォウリーは特大のげっぷを響かせていた。
実に悲惨な状態だ。果物はあちこちに散らばり、仕上げとばかりにヨーグルトが──、元々はちっちゃな黄色いボウルに入っていた──。赤ん坊の周りを、円を描くように飛び散っている。
当の本人といえば、だんまりを決めこんでおり、空腹のために泣きわめいたことも、そのせいで両親を起こしてしまったことも、食べ物をそこら中にばらまいたことも、まるで気にしていない。
あえて言うならば、今が真夜中であることも気にしていなかった。
ふてぶてしい様子のハティを見て、両親はにっこりと微笑んだ。
「食いしん坊のハーティーちゃん、何が気に入らなかったの?」
フォウリー夫人がとびきり甘い声で歌う。軽く砂糖をまぶしたような、「喋るふわふわピンクの綿あめ」といった具合だ。
「きっと、水切りのヨーグルトじゃなかったからさ」
フォウリー氏が眠そうに目をこすりながらいった。
「この子はママとパパに似て、生まれつきの美食家なんだろう。なあ、ハティ? 」
ハティは答える代わりに、小さなしゃっくりをしてみせた。フォウリー夫人がクスクスと笑う。
「もしあなたに似たのなら、ガルム。この子は将来、笑顔の素敵な大物になるわよ」
そういって、フォウリー氏の突き出たお腹を軽く叩く。夫妻は目を合わせたあと、幸せを噛みしめるように微笑みあった。
長い長いフォウリー家の歴史を振り返ってみても、ハティの両親はずば抜けて善良な人間だった。偏見を持たず、異なった思想にも耳を傾ける。例えそれが、どんなにヘンテコな意見であったとしてもだ。まともでないことを何よりも嫌うダーズリー夫妻とは、まるで正反対だった。
それでも、両夫妻には似通った点がある。息子を溺愛しすぎているのだ。
幸い、ハティはダドリーのように育つことはなかった。弟のグリムが生まれたことで、甘ったるい愛情を半分こすることができたし、何よりフォウリー家は魔法使いの家系だ。ハグリッドに、豚のしっぽを生やしてもらう必要はない(もちろん、そんな事件があったことなどハティは知る由もなかった)。
ただ、両親の希望通りに育ったわけではないのも確かだ。
今やハティは十一歳になり、大きなトランクと一匹の猫を連れて、苦々しい顔で立ち尽くしていた。
「いい?向こうについたら、なるべく早く手紙を書くのよ。週に一回……。最低でも、二週間に一回は送ってきてちょうだいね」
「分かったよ、母さん」
「それから、どの寮に入ったとしても、他の寮の生徒とは喧嘩しないこと。みんなと仲良くするのよ。七年間も一緒に過ごすんですからね。先生の言うことを聞いて、真面目に──」
「要は上手く立ち回れってことだ」
「まあ、ガルムったら!」
フォウリー氏は、心配でやきもきしている夫人をなだめると、ハティに向かってウィンクしてみせた。
「お腹が空いたら、談話室から階段を降りていくんだよ。そうしたら──」
「梨の絵の梨をくすぐる」
ハティは言葉を引き継ぐと、濃いグレーの目を父に向けた。
「もう三百回は聞いたよ。大体、ハッフルパフに入るって決まったわけじゃないだろ」
「決まっているさ。父さんもお前のじいちゃんやひいじいちゃんも、みーんなハッフルパフだったんだから。でも、そうだな……」
フォウリー氏は、ちらりと夫人の方を見た。
「母さんはレイブンクローだったから、お前もその素質があるかもしれない。そうなったら、みんなでお祝いしよう。さあ、そろそろ行く時間だ」
ハティは、静かにしょげ返っている弟を見下ろした。
「すぐに帰ってくるよ。……もしかしたら、退学になっちゃうかもしれないしね」
ハティの冗談に、両親は縁起でもないといいたげに顔をしかめたが、グリムはほんの少しだけ元気をとり戻した。
「ホグワーツについたら、手紙をくれる?」
「向こうの屋敷しもべ妖精がどんな感じか、気になるだろう?似顔絵を描くよ」
ハティは弟の頭を撫で、両親からの暑苦しいハグを受け入れた。あまりにもぎごちない表情で抱かれていたため、周囲の人が嫌がっているのかと勘違いする始末だった。
家族に手を振ったあと、ハティはもくもくと煙を吹くホグワーツ特急を見上げた。
ハティ・フォウリー。フォウリー家の長男にして、ガルムとマーナの子。前下がりの栗色の髪を無造作に分け、グレーのマグルの服に身を包んでいる。感情が表に出にくいせいか、十一歳の子にしては、あまりにも薄情そうな顔つきだ。
本来なら触れられることすらない、平凡な男の子だった。
そんなハティの物語は、このホグワーツ特急列車に乗りこんだところから始まる……。
ハリー・ポッターが悪を撃退し、惜しまれつつもプリベット通り四番地に置き去りにされたころ、ハティ・フォウリーは特大のげっぷを響かせていた。
実に悲惨な状態だ。果物はあちこちに散らばり、仕上げとばかりにヨーグルトが──、元々はちっちゃな黄色いボウルに入っていた──。赤ん坊の周りを、円を描くように飛び散っている。
当の本人といえば、だんまりを決めこんでおり、空腹のために泣きわめいたことも、そのせいで両親を起こしてしまったことも、食べ物をそこら中にばらまいたことも、まるで気にしていない。
あえて言うならば、今が真夜中であることも気にしていなかった。
ふてぶてしい様子のハティを見て、両親はにっこりと微笑んだ。
「食いしん坊のハーティーちゃん、何が気に入らなかったの?」
フォウリー夫人がとびきり甘い声で歌う。軽く砂糖をまぶしたような、「喋るふわふわピンクの綿あめ」といった具合だ。
「きっと、水切りのヨーグルトじゃなかったからさ」
フォウリー氏が眠そうに目をこすりながらいった。
「この子はママとパパに似て、生まれつきの美食家なんだろう。なあ、ハティ? 」
ハティは答える代わりに、小さなしゃっくりをしてみせた。フォウリー夫人がクスクスと笑う。
「もしあなたに似たのなら、ガルム。この子は将来、笑顔の素敵な大物になるわよ」
そういって、フォウリー氏の突き出たお腹を軽く叩く。夫妻は目を合わせたあと、幸せを噛みしめるように微笑みあった。
長い長いフォウリー家の歴史を振り返ってみても、ハティの両親はずば抜けて善良な人間だった。偏見を持たず、異なった思想にも耳を傾ける。例えそれが、どんなにヘンテコな意見であったとしてもだ。まともでないことを何よりも嫌うダーズリー夫妻とは、まるで正反対だった。
それでも、両夫妻には似通った点がある。息子を溺愛しすぎているのだ。
幸い、ハティはダドリーのように育つことはなかった。弟のグリムが生まれたことで、甘ったるい愛情を半分こすることができたし、何よりフォウリー家は魔法使いの家系だ。ハグリッドに、豚のしっぽを生やしてもらう必要はない(もちろん、そんな事件があったことなどハティは知る由もなかった)。
ただ、両親の希望通りに育ったわけではないのも確かだ。
今やハティは十一歳になり、大きなトランクと一匹の猫を連れて、苦々しい顔で立ち尽くしていた。
「いい?向こうについたら、なるべく早く手紙を書くのよ。週に一回……。最低でも、二週間に一回は送ってきてちょうだいね」
「分かったよ、母さん」
「それから、どの寮に入ったとしても、他の寮の生徒とは喧嘩しないこと。みんなと仲良くするのよ。七年間も一緒に過ごすんですからね。先生の言うことを聞いて、真面目に──」
「要は上手く立ち回れってことだ」
「まあ、ガルムったら!」
フォウリー氏は、心配でやきもきしている夫人をなだめると、ハティに向かってウィンクしてみせた。
「お腹が空いたら、談話室から階段を降りていくんだよ。そうしたら──」
「梨の絵の梨をくすぐる」
ハティは言葉を引き継ぐと、濃いグレーの目を父に向けた。
「もう三百回は聞いたよ。大体、ハッフルパフに入るって決まったわけじゃないだろ」
「決まっているさ。父さんもお前のじいちゃんやひいじいちゃんも、みーんなハッフルパフだったんだから。でも、そうだな……」
フォウリー氏は、ちらりと夫人の方を見た。
「母さんはレイブンクローだったから、お前もその素質があるかもしれない。そうなったら、みんなでお祝いしよう。さあ、そろそろ行く時間だ」
ハティは、静かにしょげ返っている弟を見下ろした。
「すぐに帰ってくるよ。……もしかしたら、退学になっちゃうかもしれないしね」
ハティの冗談に、両親は縁起でもないといいたげに顔をしかめたが、グリムはほんの少しだけ元気をとり戻した。
「ホグワーツについたら、手紙をくれる?」
「向こうの屋敷しもべ妖精がどんな感じか、気になるだろう?似顔絵を描くよ」
ハティは弟の頭を撫で、両親からの暑苦しいハグを受け入れた。あまりにもぎごちない表情で抱かれていたため、周囲の人が嫌がっているのかと勘違いする始末だった。
家族に手を振ったあと、ハティはもくもくと煙を吹くホグワーツ特急を見上げた。
ハティ・フォウリー。フォウリー家の長男にして、ガルムとマーナの子。前下がりの栗色の髪を無造作に分け、グレーのマグルの服に身を包んでいる。感情が表に出にくいせいか、十一歳の子にしては、あまりにも薄情そうな顔つきだ。
本来なら触れられることすらない、平凡な男の子だった。
そんなハティの物語は、このホグワーツ特急列車に乗りこんだところから始まる……。