一年生編

第十一章 もう一つのサイン

突如現れた第三者について調査を進めたいところだが、しばらくは大人しくせざるをえない日々が続いた。

ハティはスネイプ先生からの言いつけを完璧に守った。すなわち賢者の石については忘れること、クィレル先生には普段通りに接すること、「闇に対する防衛術」の時間には、ザビニからもらった香水をつけないこと。

その間、スネイプはクィディッチの審判を買って出た。おそらく、ハリーの身の安全を守るためだろう。結果は、グリフィンドール側の圧勝に終わった。いまいましげに唾を吐く先生を見て、箒落としの犯人だと疑われても仕方がないとハティは思った。

今だけは、スリザリンに組分けされたことを感謝すべきなのかもしれない。あの晩、薬を盛られたのがハリーだったなら、スネイプは容赦なくグリフィンドールから減点をしていたはずだ。暖炉に火は起こらず、温かい紅茶も出なかったに違いない。

五十点は、寮監の身内贔屓により守られたのだ。そう安堵していた矢先のことだった。

「二十点減点?」

ハティはぎゅっと眉をひそめた。

「最悪ではないけど、見過ごすこともできない点数だな。フィルチを天文台の塔から突き落としでもしたのかい?」

しかめっ面だった、ルームメイトたちの表情が和らいだ。

「もしそうなら、幾分か気は晴れるんだろうけどね。残念ながら、やつはピンピンしている。マルフォイがマクゴナガルに捕まったのさ──。まさに、天文台の塔だよ。真夜中に階段あたりをうろついていたらしい」
「一人で?」

ルームメイトが頷く。珍しいこともあるものだ。取り巻きの二人を連れて行かないなんて。とはいえ、クラッブとゴイルの体格を考えれば、賢い判断だといえるだろう。あの二人は遠目から見てもかなり目立つからだ。

「マルフォイはなんで、夜中にほっつき歩いてたんだろう?」

大広間へ行く道すがら、一緒になったザビニへ、ハティは話しかけた。

「またポッターを、罠にでもかけようとしたのかな」
「さあ?」

ザビニは冷ややかに笑った。

「ただ、これだけは言える。人生は悪いことばかりじゃない。僕たちよりツキのない連中がいる限りはね」

朝ごはんを食べに行った先で、ハティは困惑の表情を浮かべた。グリフィンドールの砂時計がおかしなことになっている。滴るような、真っ赤なルビーが減っていて、これは……。

「百五十点!?」

ウィーズリーの双子が、揃って口をぽかんと開けた。

「なあ、フレッド。俺たちじゃないよな」
「もちろんさ、ジョージ。だって俺たちは──」
「フィルチに便座を送りつけただけだ」

いつもなら軽快に跳ねるジョークも、この時ばかりはへこんで地に堕ちた。グリフィンドールの生徒たちが続々と集まる中で、ディーンが呆然と砂時計を見上げている。

ハティは素早く周りを確認した。上級生たちが並んでくれたおかげで、スリザリンのテーブルからこちらは見えなくなっている。目立つことなく話しかけれるチャンスだ。

「おはよう、ディーン」
「やあ、ハティ」

ディーンはたった今、うたた寝から目覚めたばかりのように瞬きをした。

「いい朝だね。もちろん、君たちにとってはだけど。もしかして、君も笑いに来たの?スリザリンは僕らが失敗するたびに、うれしそうな顔をするだろう」
「グリフィンドールが賞賛されようが貶されようが、僕は何とも思わないよ」

ハティは、ばっさり切り捨てた。

「知りたいのは、君たちがこうなってしまった理由だ。ひと晩で百五十点も引かれるなんて、いったい誰がこんなことを……」

ふと口を閉じる。脳裏にあの三人組の姿が浮かんだのだ。勇敢で、無鉄砲で、この上なく正義感の強いグリフィンドールの生徒たち。
ハティの悪い予感は的中した。

「分からない。シェーマスが言うには、ハリーが関係してるって。でも、僕は信じられないよ。クィディッチで得点を稼いだのは彼だろう?」
「ディーン!」

二人は、グリフィンドールのテーブルの方へ振り返った。黄土色の髪のシェーマス・フィネガンが、大股でこちらに近付いてくる。親友がスリザリンの悪人に絡まれているのを見て、いてもたってもいられなくなったらしい。

ハティは蛇のようにするりと、人だかりの中から抜け出た。

真相はテーブルの席で明らかになった。マルフォイが得意げに一部始終を語って聞かせたのだ。彼いわく、ハリーたちはハグリッドがこっそり飼っていたドラゴンを、ロンの兄の仲間たちに引き渡すため、天文台へ向かったらしい。

「あいつの兄は、ドラゴンの尻を追っかけてる」

マルフォイはニンマリと笑った。 

「そいつから届いた手紙を、ウィーズリーは本に挟んでいてね。その通りに天文台へ行ってみたら……、見ての通りさ。まったく愉快だよ。二十点ごときで、グリフィンドールの連中を泣かせられるなら、僕は何度だって校則を破るね。ほら、あいつらを見てごらん」

薄い灰色の瞳が、暗い雰囲気のテーブルへ目配せをした。

「森番ごときに、危ない橋を渡るからこうなるのさ。今度こそ、ポッターは責められるに違いないね」
「救いようのない大バカ者だ」

ハティの呟きを聞いて、マルフォイが驚いたような顔になった。

「フォウリー。君とは意見が合わないと思っていたけど、今回ばかりは賛同するね。大体、ドラゴンをあんな小屋で飼おうとするのが間違いなんだ。僕の家の庭ですら、放し飼いはできないのに……」

ハティはむっつりとした顔で、ポーチドエッグを口に突っこんだ。なぜだか分からないが、猛烈に腹が立っていた。友人を救う見返りが、学校中から非難を受けることだなんてどうかしている。ハリーたちは、大人しくマクゴナガル先生に相談すべきだったのだ。法律違反をしたのは、ハグリッドの方なのだから。

ジャムを塗ったトーストをかっ喰らっていると、横からかぼちゃジュースのゴブレットが差し出された。ノットがじっとハティの顔を見つめている。

「何さ?」
「べつに」

休憩時間、動く階段を登る途中でハティは口を開いた。

「君の言いたいことは分かるよ。僕もポッターと同じくらい愚かだって思ってるんだろ」
「自覚があるのならいい」
「僕はあそこまで考えなしじゃない」

ハティは足を引っ張ろうとしてくる段を、ひと足飛びで乗り越えた。

「校則を破るなら、もっと上手く立ち回らなきゃ。誰かに盗み聞きをされるようなヘマ、スリザリンの生徒なら絶対にやらないよ」

ノットは重たい鞄を持ち上げて、伸びてくる腕からひらりと身をかわした。

「クィレルの研究室で起こったことは?」
「あれは……。ドブ水を飲まされただけだ、多分」

友人は探るような目つきをしていたが、ハティが拗ねた顔で黙っているのを見てとると、諦めたように首を振った。

「君が何に興味を持とうが知ったことじゃないが、そろそろ自分の心配をした方がいい。もうすぐ試験だ」
「僕は賢いよ。君ほどじゃないけど」
「君はそうでも、君の杖はどうかな」

試験が迫る中、生徒たちは必死に教科書にかじりついていた。どの教科でも山のように宿題が出たので、ハティはノットの手を借りながら、ひたすら勉強に打ちこんだ。

覚えなければいけないことはたくさんある。複雑な魔法薬の調合、ドラゴンの血液の十二の利用法、そして数々の呪文。

そして認めなくはないが、ノットの懸念が現実になってしまった事実にも向き合わなければならなかった。

「頼むから。ねえ美人さん、機嫌を直してくれよ」

ハティが黒クルミの杖に向かって懇願しているのを聞いて、周りの子たちがクスクス笑った。

「君、何をしているのかね?」

積み上がった本の上に立ち、机からちょこんと顔を出したフリットウィック先生が、杖の先をくるくる回した。

「フォウリー、浮遊呪文はとっくに習得したはずだろう。もう一度やってみなさい」
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

我ながら完璧な発音、完璧な手首の動きだ。しかし、目の前の羽根ペンは浮き上がるどころか下降し始め、最終的にミリセント・ブルストロードの足元に転がった。
先生はこともなげに、自らの杖で羽根ペンを浮かせてみせた。

「どうやら、杖を変えた方がよさそうだね」

ハティはハンカチを取り出し、杖を丁寧に拭いた。黒クルミも、芯に使われている髭を提供したニーズルも、本来なら忠誠心が強いはずだ。何らかの理由でヘソを曲げているらしい。このままでは、試験では確実にビリの成績をとるだろう。

だが、追い詰められた憂鬱も、ハリーの辛さに比べれば可愛いものだった。高みに上れば上るほど、落ちた時の衝撃は大きくなる。有名人である彼のミスは、一瞬で学校中に広がった。「魔法薬学」で見る横顔は悲しそうで、ハティは他のスリザリン寮生のように、ハリーをいじめる気にはなれなかった。

翌日、そんな彼と罰則を受けに行っていたマルフォイが、思いつくかぎりの悪口でハグリッドを罵倒していた。

「野蛮人の考えることは分からないねえ。夜の十一時に、『禁じられた森』でユニコーンを探せだって?父上が知ったら、きっとお怒りになるだろうよ」

談話室で魔法史の復習をしていたハティは、羽根ペンを持つ手を止めた。ドラコは暖炉の前のソファーを占領していた。隣にはぴったりと、パンジー・パーキンソンが寄り添っている。

マルフォイの話を信じるならば、彼らは傷付いたユニコーンを回収しに行ったらしい。その途中、犯人と思わしき人物に出くわしたそうだ。ハリーはベソをかいて逃げ去り、ドラコ自身は黒いローブのそいつと向き合った──。

話が佳境に入ったところで、ハティは耳を傾けるのをやめた。実際の立場は逆だろう。友人のために厳しい罰則を受け、周りからの非難にじっと耐えている子が、やすやすと悲鳴をあげるわけがない。

問題は傷付いたユニコーンの方だ。彼らの血には魔力がある。売りさばくにしろ、自らの体に取り入れるにしろ、かなりの恩恵を受けることができるはずだ。ただ、純潔の象徴である魔法生物を傷付けるのだから、それなりの代償があることを忘れてはいけない。

穢れなき生き物を、罪悪感なしに殺めることができる者……。

ハティの中で答えは弾き出されていた。

クィレルだ。

しかし、またしても証拠がない。そもそも彼は、なぜユニコーンの血なんぞを欲しがっているのだろう。賢者の石との関係は?

ハティは、同じように苦々しい顔で武勇伝を聞いていたノットに、そっと尋ねた。

「ユニコーンなんかを傷付けて、犯人は何がしたいんだろうね」

ノットは肩をすくめた。

「さあ。目的は犯人にしか分からないな。捕獲しようとしたのかもしれないし、あるいは血を体に取り入れようとしたのかも」
「やっぱり、そうなるか」

奇人ウリックについての簡潔な要約を読みながら、ハティは呟いた。

「もし血を飲もうとしていたのなら、かなり切羽詰まっているんだな……」

そうまでして、救いたい命があるということだ。きっとそれは、あの甲高い囁き声の主なのだろう。

スネイプとの約束を破る暇もなく、ついに試験の日が訪れた。筆記試験の大教室は蒸し暑く、みなぼんやりとした頭で羽根ペンを動かさなければならなかった。

とりわけ難しかったのが実技試験で、ハティは冷や汗をかきながら杖を振った。朝ごはんの時は甘い言葉で機嫌をとり(ザビニに笑われた)、眠る前にはキスをしていたおかげか(ノットに呆れられた)、杖のコンディションはまあまあだった。

ハティはパイナップルをおぼつかない足取りでタップダンスさせ、ねずみを──、やや頭の出っ張りが残っていたものの──。美しい群青色の嗅ぎたばこ入れに変化させることに成功した。

逆に、最も容易かったのが「魔法薬学」の試験だった。得意な教科だし、スリザリンの生徒である以上、スネイプ先生の視線はまったく怖くない。鼻で笑われた仮説、「薬の理解」を利用して、「忘れ薬」は完璧な仕上がりで提出できた。

退屈極まりない魔法史の試験が終わったあと、教室内では歓声が上がった。ハティは思いっきり伸びをした。少なくともここから先の一週間は、教科書を気にせずに過ごすことができる。

「ねえ、たまには外に出てみないかい?」

ハティはノットの背中に話しかけた。

「空はこんなに青いし、湖のそばはきっと気持ちいいよ。温室あたりに植えてある苺も食べごろだ。スプラウト先生に聞いたんだけどね、あれは前の校長が植えたものだから、形の悪いものは食べてもいいんだって。一緒にどうかな?」
「僕は行かない」

練りに練った誘い文句も虚しく、あっさり断られてしまった。ルーン文字についての議論には何時間も付き合ってくれるのに、マシュマロを食べようという誘いに乗ったことは一度もない。ノットは振り返りすらせず、談話室へと戻っていった。

傷心のハティは本を携えて、一人寂しく散歩へと繰り出した。湖の方まで降りてゆき、手ごろな木に身を寄せる。木陰はひんやりとしていて、かなり居心地がよかった。生徒といえば、ウィーズリーの双子とリー・ジョーダンが遠くにいるのみで、他には見当たらない。ここなら、読書に没頭できる。

ところが、本の表紙を開いたハティの耳に、今、一番会いたくない人物の声が飛びこんできた。

「もう試験に悩まされずにすむんだ!」

ロン・ウィーズリーだ。ということは、他の二人もいるのだろう。ハティの体はペトリフィカス・トタルスを喰らったかのように、カチコチに固まってしまった。

三人はすぐ近くの木の下で、気持ちよさそうに寝そべっていた。こちらの様子にまったく気づいていないようだ。木のコブが頭を隠していたせいかもしれない。

「ハリー、もっとリラックスしろよ。試験の結果が出るのは一週間先なんだから。今からあれこれ考えたってしょうがないだろ」
「いったい、これはどうなっているんだろう!ずーっと傷が疼くんだ……。今までだって時々こういうことはあったけど、こんなに続くのは初めてだよ」

ハリーはかなり苛立っているようだった。彼についた傷といえば、一つしかない。「例のあの人」に襲われた時にできた額の傷だ。

「マダム・ポンフリーのところに行った方がいいわ」

ハーマイオニーがいった。

「僕は病気じゃない。きっと警告なんだ……。何か危険が迫っている証拠だよ」

この衝撃的な発言のおかげで、ハティはさらに動けなくなった。「例のあの人」につけられた傷が痛む。その事実の示すところは分からないが、きっといい兆候ではない。

深刻そうな友人を横目に、あとの二人はのんびりと会話を交わしていたが、とうとうハリーが立ち上がった。顔が真っ青だ。

「どこに行くんだい?」

ロンが眠そうに問いかけた。

「今、気づいたことがあるんだ。僕、ハグリッドに会いに行かなきゃ」
「どうして?」

ハーマイオニーがハリーのあとを追いながら、聞いた。

「おかしいと思わないか?ハグリッドはドラゴンが欲しくてたまらなかった。でも、いきなり見ず知らずの人間が、たまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるかい?魔法界の法律で禁止されているのに、卵を持ってうろついている人がざらにいるかい──?」

聞き取れたのはここまでだった。自らに息をつく暇も与えずに、三人は慌ただしく草の斜面を登っていった。

ハティは木の裏から這い出た。急な使命感が心の中で燃え上がった。どうやら自分は、トリオと縁があるらしい。半分はどうしようもないトラブル、もう半分はハティの好奇心によって繋がれた縁ではあるが。

ハリーの言いたかったことはこうだ。謎の人物がドラゴンの卵を餌に、ハグリッドから重要な秘密を聞き出した。推測が正しければ、それはきっと賢者の石の守りを突破する方法だ。

まるでパズルのピースが揃ったかのように、全てがカチリと合わさった。生命の水を生み出す賢者の石、ユニコーンの血、熱くなったペンデュラム。ハティのペンダントが警告を発したように、今度はハリーの傷跡が疼いている。

ハティは本を小脇に抱えて、庭を駆け抜けた。今すぐダンブルドアに会わなければならない。しかし、彼はどこにいるのだろう?城内のどこを探しても、「校長室」の看板は見当たらなかった。そうだと思っても、せいぜいピーブズが空き教室で喚いているだけだ。

ホール前をキョロキョロしながら歩いていると、真っ黒な塊にぶつかった。沸騰した薬と、わずかにスパイスのような香り。ハティはすぐさま飛び退いた。

「す、スネイプ先生」
「こんにちは、フォウリー。城の中を探検中かね?」

スネイプはやけに朗らかな調子でいった。

「こんな日は室内にいるものじゃない。そう挙動不審だと、何かを企んでいるのかと思われてしまいますぞ。我輩の寮の生徒に限ってそんなことはないはずだが」
「もちろんです。僕はダンブルドア先生にお会いしたいだけですから」

スネイプの表情が、打って変わって険しくなった。

「ほう。なぜお会いしたいのかな?」
「ゴキブリ・ゴソゴソ豆板の差し入れをしたくて」

ハティはあっけらかんとした様子で言い放った。先生の態度はますます冷たいものに変わった。

「校長なら、たった今魔法省へ旅立たれた」

長い指がハティの首根っこを掴む。実に手慣れたものだ。

「であれば、君にできることは一つ。大人しく談話室へ帰ることだ。我輩の忠告は忘れていないだろうな?これ以上、余計なことに首を突っこむんじゃない。分かったら、とっとと去りたまえ」
「先生、ハグリッドは秘密を喋ってしまったんです」

ハティは引きずられながら、必死に口を動かした。

「きっと賢者の石を守っている、フラッフィーについてだ。ハリーたちはあなたが聞き出したと思っている。ダンブルドア先生が魔法省へ行ったことだって、あなたの企みだと決めつけるはずだ。そうなればこの先がどうなるか、先生ならお分かりでしょう?彼らはきっと、『禁じられた廊下』へ行こうとします!とんでもなく勇敢で、愚かなグリフィンドールなんだから!」
「スリザリン、一点減点」

地下の談話室の前にくると、スネイプは荒々しくハティを手放した。

「最後の警告だ、フォウリー。いい加減、まともな話し方を覚えたまえ。……いいか。今後いっさい賢者の石については口にするな」
「『例のあの人』が関わっていたとしても?」

最後の悪あがきに、一瞬だけ黒い瞳が揺らいだ。

「『例のあの人』?」
「最近、禁じられた森でユニコーンが襲われているのはご存知ですか?」

ハティはここぞとばかりに食いついた。

「ユニコーンの血には延命の効能がある。生命の水も不老不死を約束するものだ。先生、クィレル教授は誰かを助けようとしているんですよ。とんでもなく傷付いてしまった誰かを」
「フン、ばかばかしい。クィレルがユニコーンを襲ったという証拠はあるのかね?」
「いいえ」
「ならば、貴様の言い分はくだらんこじつけにすぎん」
「結論を出すのは最後まで聞いてからにした方がいいと思いますが」

ハティは精いっぱいの対抗心をもって、虚ろな両目を睨んだ。

「今になって、ハリーのおでこの傷跡が痛みだしているんです。『例のあの人』から呪いを受けて生き残った、たった一人の男の子の額の傷跡が。僕のペンデュラムと似ているとは思いませんか?」

スネイプは鼻を鳴らして、来た道を戻り始めた。育ちすぎたコウモリのようなその背中に、ハティは叫んだ。

「あの晩、クィレル先生のそばには誰かがいました。僕に話しかけてきたんです。甲高くて嫌な声だった……。母さんについて何か聞きたがっていた。先生、これも僕の気のせいなのでしょうか?」

しかし、それでもスネイプは耳を傾けようとはしなかった。彼はローブを翻して去っていった。ショックで引きつった顔のハティを残して。

「……ウロボロスの尾」

石の扉がスルスルと開いていく。ほの暗い談話室では、至るところでお茶会が開かれていた。試験からの解放を祝う方法がアップルパイとクッキーとは、何と優雅な寮に組み分けされたのだろう。

いくつかの誘いを断って、ハティは彫刻入りの硬い椅子に腰を下ろした。向かい側では、ノットがいつも通り本を読んでいる。膝の上にはあろうことか、ソルティが居座っていた。誰かからのお恵みであろう、バターのついたハムを食べていた。

「その子、しっかり君に懐いたね。女の子以外の膝には乗りたがらないんだけど」

ノットは素早くハティのシルエットを確認したあと、本の方へ視線を戻した。

「苺にはありつけたのか?」
「……ああ、とっくに収穫されてたよ。よくよく考えれば、こんなに暑い日に残っているわけがないんだ。あーあ、疲れた」

ハティは飼い猫の、オレンジ色の頭を撫でた。

「一人ぼっちの散歩はくたびれたよ。湖の近くで、グリフィンドールの連中が騒いでいてね。やつらにはうんざりだ。もう二度と関わりたくない」
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