一年生編

第十章 ティータイムはにんにくの香り

ディナーを早々に切り上げて、ハティはクィレル先生の私室へと向かった。芯まで凍えるような夜で、雨混じりの雪が廊下の窓を叩きつけていた。

「こ、こんばんは。ミスター・フォウリー」

クィレル先生は、おどおどとした笑顔でハティを迎え入れた。薄い生地の、柔らかなガウンを羽織っている。

「中へどうぞ。それにしても、す、すごい雪だ。ふくろうたちが凍ってなければいいけどね」

彼の部屋は薄暗く、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。ひどい臭いだ。教室よりもずっとにんにくの香りがきつくて、鼻がもげそうになる。授業では繊細な一面を見せているクィレルだが、自分のこととなるとかなり無頓着になるらしい。割れたランタンやインク壺が散らばった床には、うっすらと埃が積もっていた。

「ど、どうぞ、好きなところにかけて」

クィレル先生はハティに微笑みかけた。精いっぱい愛想をよくしているつもりなのだろうが、かえって卑屈な感じが目立ってしまっている。

彼はお茶を用意するのに、かなり手こずっていた。張り出した後頭部がこちらを向いており、灼熱のペンダントがじりじりとハティの肌を焼いた。

「先生、知性の高いトロールは守衛になれると聞きましたが──」
「ああ、その通りです」

クィレルはやっと、古ぼけたティーカップを差し出すことに成功した。得体の知れない、黒い液体がなみなみと入っている。

「そ、それも訓練次第で、あまり賢いとはいえませんが。そういえば、君の親御さんたちもトロールについて論文を書いていたのでは?」
「ええ、何度かフィールドワークについて行ったことがあります」

ハティは一口飲んで、ティーカップを膝の上に置いた。まるでドクシーの糞でも入っているのではないかと疑わせるような味だった。

「僕の見たトロールは、自分たちの鼻くそのどちらが大きいのかで喧嘩をしてて……。あの、かなり愚かそうでしたけど。それでも個体によっては、数を数えられる者もいましたね」

さりげなく部屋を見渡してみる。どこかに賢者の石を匂わせるような品はないか。彼が黒幕である証拠は?

「僕、気になっていたんですけど、先生も両親のことをご存知なんですね」
「も、もちろん。特に君のお母さんとは同じ寮だったからね」

クィレルはなぜか辛そうな、ひきつった笑みを浮かべた。

「学年も違えば、家柄も違っていたから、話したことはないけれど。君のお母さんは優秀だった。平凡な私のことなど歯牙にもかけなかった」
「だけど、先生だって優秀な生徒だったはずです。そうでなければ、ホグワーツの教授になれるわけがありません」

ハティがまぶたをこすりながらいった。

「それに、先生は母を誤解しています。母は他人を見下すような人ではないし、よっぽどのことがない限り悪く言いたがりません。確かに、他のお母さんたちと比べて変てこな部分はあるけど、誰かのことを平凡だからって、そんな……」
「そんな人ではない?」

ハティは頷いた。部屋が薄暗いせいか、どうも眠気が押し寄せてくる。ペンデュラムが肌を傷付ける、チリチリとした痛みも遠のきつつあった。

「母さんは優しい人だ」
「それは君の前でだけかもしれないよ。さあ、もっとお茶をどうぞ。ハティ・・・

ハティはどんよりとした表情で、ティーカップを見下ろした。

「僕、こんなクソみたいなものは飲みたくない」
「どうして?」

どうしてだって?ハティは心底から呆れてしまった。

「そりゃあ、ドクシーの糞にトロールの爪垢を混ぜたような味がするからです。これなら、カヴァス大叔父さんの手作りココアの方が数倍マシだ……。あれだって、とんでもなく惨めな味がするけど、真っ黒なドブ水よりはおいしかった」

喋りすぎだ。分かってはいても頭が上手く働かない。眠気に抵抗し、理性を取り戻そうすればするほど、無意識の深みにはまってしまう。

「そう、お茶と呼ぶのもおこがましい……」

脳みそが考えることを拒否しているようだ。クィレルの姿がぼやけて見える。……それにしても、何てバカげたターバンなんだろう。頭の中に腐ったにんにくでも詰めこんでいるのだろうか……。

今や濃いグレーの目はとろんとなり、意識はまっしろな霧に包まれていた。

「近ごろは目障りなやつが多すぎて困る」

杖で頬をつつかれても、ハティは反応しなかった。

「万が一のためにとっておいた、特別な魔法薬だったんだが、どうやら君の口には合わなかったようだね。残念だ」

クィレルが冷たくいった。いつもは弱気な目がつり上がり、無理に笑った口角がピクピクと痙攣している。

「嫌ならば、一口だけで結構。あまり飲みすぎると気を失う可能性もあるからね。さあ、ハティ。君のご両親について教えてくれ」

小さな口がモゴモゴと動いた。

「りょう、しん?」
「ああ。お父さんとお母さんだよ」
「父さんは恥ずかしがっている」

ハティは、ややしっかりした口調で話し始めた。

「ピグミーパフ柄の毛糸パンツを履いてたのを、僕たちに見られてしまったから。僕が思うに、あれはきっとマダム用だ。母さんの言い分では、ウールのパンツはこれだけしか売っていなかったって。ダンブルドアもウールの靴下が欲しいって言っていたけど──」
「そんなことはどうでもいい!」

クィレルがドスの効いた声で恫喝した。ハティの体がビクッと震え、膝に置いていたティーカップがひっくり返った。

「答えろ。お前の両親はどちらについている?」

白い喉から、くぐもった呻き声が聞こえた。

「質問の意味が分からない」
「ふん。バカな小童には分かるはずもないということか……。では、錬金術の研究はどうなったんだ?」
「諦めたと言っていた。賢者の石を作り出すことは不可能だと」

その時、どこからともなく囁くような、甲高い声が聞こえてきた。

「諦めた──?そんなはずはない」

クィレルは、はっとして身を固くした。頭皮の上を虫が這うような、嫌な感覚が広がっていく。

「ご主人様、よろしいので?」
「かまわぬ。どうせ目覚める頃には、こやつは何も覚えておらぬだろう。……小僧、答えよ。お前の百倍は非凡な母親が、あれほど才能に恵まれ、周囲のことなど省みずに研究をしていた母親が、野心を捨て去っただと?」
「父さんが言うには」
「ハッ」

声は耳障りな笑いを漏らした。

「愚かなフォウリー家の男に何が分かる。貴様の母親はしたたかだった。その気になれば、誰でも籠絡することができた。お前の父親も騙されているのだろう。世間が言う『愛』とやらのまやかしでな。何と哀れなことよ」
「父さんと母さんをバカにするな」

ハティの声に力強いものが混じった。膝に置かれた手に、力が入っている。

「フォウリー家を貶すのも許さない。食いしんぼうで、飲んだくれで、クッションがふわふわでなければ文句を言うけれど、あんなに勇敢な人たちはどこにもいない。愛を知らない人間が、知ったような口をきかないでくれ」

クィレルはチビの肩を掴んで、激しく揺さぶりたい衝動に駆られた。何なんだ、こいつは。訳知り顔で近づいて来るものだから、望み通り罠にかけてやったというのに、くだらない家族の話しか出てこないではないか。

「フォウリー家のことは二の次だ」

ハティの無意味な独白を遮って、クィレルがいった。

「お前の親は、ニコラス・フラメルの賢者の石に関わっているのか?ダンブルドアはどのような仕掛けを施している?」
「知らない。聞いても教えてくれなかったんだ──」

肝心な部分に差しかかったところで、荒々しいノックの音が部屋に響いた。クィレルはすぐさま、ハティに杖を向けた。

「シレンシオ、黙れ!」

そのまま息をひそめて時が過ぎるのを待っていたが、ノックの音は止まない。クィレルは舌打ちをして、ポケットからガラスの小瓶を取りだした。

「ど、どなたですか?」
「我輩だ、クィレル」

セブルス・スネイプの声が、扉の向こうから聞こえた。

「罰則を申しつけた生徒が、いつまで経っても現れないのでね。フォウリーはそこにいるのだろう?」
「も、もちろん。さあ、ミスター・フォウリー、目を覚まして──」

クィレルは、ぼうっとした様子のハティの口をこじ開けると、呪文をかけてガラス瓶の中身を流しこんだ。

誰かの声が聞こえたような気がして、ハティはゆっくりと意識を取り戻した。薄暗い部屋だ。ついでにかなり嫌な臭いがする。

「よ、よかった。目が覚めたんだね」

向かい側には、クィレル先生が落ち着かなげに立っていた。かなり取り乱した様子で、ターバンが外れかかっている。

「どうやら、マフィンを食べすぎたようだ。気持ちよさそうに眠っていたから、お、起こさずにいたんです」

繊細そうな目鼻立ちの顔に、どす黒い影がよぎった。

「でも、罰則は受けに行かないとね……。す、スネイプ先生が待っていらっしゃる」

返事をしようとして、ハティは軽いパニック状態に陥った。声が出ない。いくら口を開いても、空気の漏れるヒューヒューといった音しか出てこなかった。

「これはまた、奇妙な状態ですな。強力な沈黙呪文がかかっている」

背後から現れた影を見て、ハティは声を出さずに唸った。ねっとりとした脂っこい髪に、育ちすぎたコウモリのような姿。セブルス・スネイプだ。彼がここにいるということは、自分の試みは失敗したのだろう。

お言葉だが・・・・・フォウリー、文句を言いたいのは我輩の方だ」

スネイプがぞっとするような目でハティを睨んだ。

「呆けてないで、さっさと立ちたまえ。貴様にはいくつか聞きたいことがある。……さて、クィレル教授。我輩の寮の生徒が邪魔をしたようですな」
「と、とんでもない。もっと早くに彼を帰すべきでした」
「それはそうとして、ずいぶんと高度な授業をなさったようだ」

スネイプはつま先で、床に落ちていた破片をひっくり返した。ハティが先ほどまで飲んでいた、ティーカップの残骸だ。

「決闘の作法でも、教えていたのでしょうかね。沈黙呪文は実に有効だ。クィレル、あなたは理論を重んじていて、実践は教えたがらないと聞いていたが、どうやら大勢の者が勘違いしているらしい」
「それは……、その……」

スネイプはクィレルをたっぷり三十秒ほど見据えると、無言で部屋を去った。ハティといえばお辞儀をする暇もなく、半ば引きずられる形で寮監のあとを追った。

「あのターバン野郎ときたら、いったいどんな薬を盛ったんだ?」

首根っこを掴まれたまま、ハティはぶつぶつと不満を漏らした。

「クソみたいな臭いの部屋でクソみたいな会話、しまいにはクソみたいな泥水ときたもんだ……」
「フォウリー、我輩が君なら黙って歩くが」

我慢しきれなくなった先生が、苦言を呈した。

「もう一度、沈黙呪文をかけられたいのなら別ですがね。何年もスリザリンの寮監を務めてきたが、貴様のような愚かな生徒は初めてだ」
「ありがとうございます」
「さらに言うなら」

スネイプが語気を強める。

「我輩の前で『クソ』を三回言い放った生徒も初めてだ。場合によっては、本当に罰則を科さねばならなくなる……。以上のことを踏まえて、ここでは口を慎むべきだと思いますが、いかがかな」

ハティは拗ねた顔で口をつぐんだ。この扱いはあんまりだ。(少なくとも表向きは)一人の生徒として教授の部屋へ伺い、お茶を飲みに行っただけだというのに。罰するというのならば、クィレル先生こそ罰されるべきだろう。

心身ともに弱りきったハティは、マダム・ポンフリーの手当てを受けるつもりでいたが、行き先は医務室ではなかった。何とも喜ばしいことに、スネイプ先生の私室だ。よりにもよって寒さの厳しい冬の夜、地下にある一室である。

「かけたまえ」

スネイプはぶっきらぼうにいうと、暖炉に火を放った。部屋が暖かくなるまでの間、両者とも無言で違う方向を向いていた。
やがて、部屋を眺めることに飽きたハティが口を開いた。

「もう口をきいてもいいですか?」
「かまわん」
「クィレル先生は、僕に何を飲ませたのでしょう」

手を握ったり、開いたりを繰り返してみる。白い指先はまだ痺れていて、心なしか頭も微かに痛い。

「僕、はっきりとは覚えていないんですが、質問を受けたような気がするんです。『真実薬』でしょうか?それとも、『服従の呪文』?」
「あるいはその両方の可能性もある」

スネイプは、テーブルの向かい側の椅子に腰を下ろした。

「人を服従させ、昏睡させる方法は無数に存在する」
「どっちにしろ、実験は失敗だな」

思わず口走ると、スネイプの土気色の額にしわが寄った。

「実験?」
「……『薬の理解』です」

ハティは黒クルミの杖の先で、架空の図を描いてみせた。

「治療もしくは解毒を目的とする薬の場合、調合する途中で対象となる症状を再現しなければならない。僕が立てた仮説です」
「君のささやかな発見には大いに惹かれるが」

ちっとも興味がなさそうな顔で、スネイプはいった。

「しかし我輩が知りたいのは、なぜ君がこのような目に遭わねばならなかったのかということだ」

彼が杖を振ると、どこからともなく白い無地のティーカップが現れた。湯気の立つ紅茶が入っている。

「ついでに、我輩から罰則を受けたという件についても聞きたい。ご友人のノットによると、今ごろ君は書き取りの罰を受けているはずらしいのでね」

ハティは観念して──それと暖炉の火と紅茶のおかげもあって──。ぽつぽつと語り始めた。クリスマスに両親からペンダントをもらったこと、その石のペンデュラムがクィレル先生に反応を示したこと。

「ほう、実に賢明なことだ」

スネイプは苦々しい表情で、ティーカップを脇に置いた。

「危険だと分かっていながら、やつの懐に潜りこむとは」
「僕だって、何の対策もなしに部屋へ行ったわけではありません」

ハティは憮然とした面持ちで、ポケットからガラスの小瓶を出した。

「『真実薬』を使われるかもしれないと思ったので、事前に解毒薬を飲んでおいたんです──」
「行き当たりばったりの、乏しい知識で作った薬だろう。全てが中途半端だ」

スネイプは小瓶を振って、「魔法薬に対する冒涜ですな」とひと言添えた。

「フォウリー、君はもっと物分かりのいい生徒だと思っていたがね。少なくとも平凡で傲慢極まりない、一部の人間よりは謙虚だったはずだ。なぜかような愚かな真似を?」
「先生が、僕を愚かだと評するのは二回目です」
「三回目だ。ハロウィーンの夜を考慮するのならば。我輩としては、四回目は無いことを願うばかりですな。さあ、質問に答えたまえ」

スネイプは例の光のない瞳で、ハティの顔を見つめた。何となくだが、嘘をつきづらい眼差しだ。ダンブルドアとは違った意味で、心の中を見透かされているような気がする。

「ええっと、噂で聞いたんです。このホグワーツにはある宝が隠されていて、それがグリンゴッツの強盗未遂事件に関わってるって。誰かが言うには、そのお宝を狙っている人がいると──」
「貴様のいうお宝は賢者の石で、狙っているのは我輩だ。そして、その説を唱えたのはポッターだろう」

スネイプ先生はこともなげにいった。が、ハリーの名前を出した時には、わずかに憎しみの色が顔に現れていた。

「続けろ」
「僕は、先生が賢者の石を狙っているとは思えなかったんです。そんな時に、このペンデュラムがクィレル先生に反応しました。そこで思い出しました」

ハティはティーカップを両手で揺らした。カッパーレッドの表面に、ぼんやりとした輝きが映っている。

「ニンバス2000が正常な状態に戻ったのは、先生のローブに火がついた時だった。だから、ハリーたちは先生を犯人だと思っている。だけどあの時、クィレル先生も客席で倒れていました。ハリーから目を逸らしたのは一人だけではなかった」
「だから、クィレルを犯人だと?」
「それだけではありません。ハロウィーンの夜、僕に最初に声をかけてきたのはクィレル先生でした。あそこには、『禁じられた廊下』に続く階段があった。トロールを放ったのが彼なのだとしたら、邪魔なハリーを殺そうとした理由も分かる」

ハティはネクタイを緩めてペンダントを外した。鎖骨あたりの肌が赤く爛れている。

「あの廊下にいた僕にも、いい感情を抱くはずがない。だから、近付けばきっと罠をかけてくるだろうと思っていました。まさか、本当に薬を盛られるとは思いませんでしたけど。実に軽はずみな手法です」
「軽はずみなのは、貴様の方だ」

先生が不機嫌に杖を振る。たちまち、ティーカップがハティの手のひらから消え去った。

「そこまで分かっておきながら、なぜ首をつっこむのか。我輩には理解できん」
「賢者の石のことを知れば、誰だって詮索したくなるはずです」
「フォウリー、その直感力を別の方向に働かせたまえ。あのポッターどもが石の存在に気付いたのだ。他に勘づいてない生徒がいるとでも?」

続けて、ティーポットが姿を消した。無駄のない動きが、実にスネイプらしい。杖はインクに浸したかのように、黒々としていた。

「……ノット」
「左様。彼もまた、好奇心の強い友人のおかげで疑念を抱きつつある。しかし、それ以上に知ろうとはしない」
「セオドールは、外の出来事に無関心です」
「関わらないのは、ノットが賢いからだ」

スネイプがぴしゃりといった。

「少しは友人を見習うがいい。ノットが機転をきかせて我輩のところへ報告に来なければ、今ごろ貴様はどうなっていたか分からん。これに懲りたなら、賢者の石について嗅ぎ回るのはよせ。でなければ……」

杖の先が、ハティの首元へと向けられる。傷付いた肌を、ぬるい光が包みこんだ。

「寮から五十点ほど減点する。その暁には、屋敷しもべ妖精とともに、学校のありとあらゆる洗濯物を洗って頂こう。ついでに、その耐えがたい臭いのローブも脱ぎたまえ。話は以上だ」

ペンデュラムの傷が癒えるとともに、ハティは地下の廊下へと放りだされた。スネイプ先生はついぞ、自分にかかった嫌疑を否定しなかった。だが、クィレル黒幕説についても異議を唱えたりはしなかった。

沈黙は肯定の証だ。

談話室には二、三人ほどの生徒しか残っていなかった。暖炉の前のソファーにノットが座っている。珍しく本の表紙は閉じられたままで、伏し目がちに炎を見つめていた。

「それで、三時間かけて作った見返りは?」

彼はハティの方を見ずに尋ねた。誰かが捨てた紙くずが、暖炉の中で燃えている。

「ほとんどない。実験は失敗だ。スネイプ先生は魔法薬に対する冒涜だって」
「『真実薬』についての本は九割が閲覧禁止の棚にある。最初から完璧を目指す方が間違いだな」
「ても、何もかもがダメだったわけじゃない」

青白いまぶたが開く。橙色の灯りが、色の薄い瞳の中で踊った。

「クィレル教授が点をくれたのか?」
「もっといいものさ。僕にお茶をだしてくれたんだ。にんにくの香りのね」

ハティは黒く縮んでいく紙くずを眺めた。混濁する意識の中で聞いた、囁くような甲高い声。あれはクィレルのものではなかった。 

「それに、先生のお友だちともお喋りしたよ。ちょっとシャイで、姿が見えなかったけど」
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