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「お邪魔しま〜す!」

 広くもなく狭くもなく、いたって普通のマンションの一室。そこに住む少年、弘樹が隅々まで掃除したおかげか、はたまた自身の叔父にきつく言い聞かせたおかげか。あの海中都市で見た惨状とは似ても似つかぬほど清潔な部屋に、要は感嘆の声をあげた。

「弘樹、頑張ったなぁ」
「まあね……」

 余程掃除が大変だったのであろう。遠い目をする弘樹からは、疲労の色を感じた。そんな弘樹へ深くは突っ込まず、要は自身を弘樹の部屋へと案内するように急かす。簡単に家の間取りを説明されながらたどり着いた弘樹の部屋は、ブルージェネシスに住んでいた頃とそう変わりがないように思えた。

「ともかく、自分の家だと思って寛いでよ」
「それじゃあ遠慮なく!」

 本当に遠慮することなく、要は意気揚々とベッドへと飛び込んだ。そんな様子に苦笑しながらも、弘樹は要の持ってきたボストンバッグを部屋の隅へと移動させる。
 要は人と比べて体力があるほうだと自負していたが、旅の疲れというのは侮りがたいものらしい。マットレスに投げ出した手足がじんわりと重くなっていくのを感じる。それでも眠気を飛ばすように、弘樹に言葉を投げかける。

「布団カバー、前と同じ柄なんだな」

 青色のギンガムチェックが、要の視界一面に入り込む。一度しか訪れたことのない弘樹の部屋を、要はよく覚えていた。布団カバーに限らず、あの部屋にあったものは全て、都市の抜け殻と共に海の底へと飲み込まれている。
 ──もしかしたら魚が使っているかもな。要がそんなくだらないことを考えていると、ギシリと音を立ててマットレスが沈んだ。

「別に、前と同じじゃなくても良かったんだけどね」

 ちょうど頭の横に、弘樹が腰掛けている。ベビーフェイスとは裏腹に、青年らしさを感じさせる優しげな声が、要の耳をくすぐった。

「柄が……というより、青色が好きで」
「へーそんなの初めて聞いたな」
「この年になると好きな色の話なんて、あんまりしないんじゃないかな。それに青が好きだって思ったのも、最近だし」
「……ふーん、弘樹君って自分の好きな色に気づくのに16年もかかったのか。いやー流石の鈍さだな!」
「そ、そんなことは言ってないだろ」

 拗ねた様子の弘樹を眺めながら、要は緩慢に思考を巡らす。
 青色と聞いて思い浮かぶのは、やはりブルージェネシスだろうか。それとも、タナトスが行きたがっていた、サーカディアというやつだろうか。要は自分の髪の毛を弄りながら、弘樹が青を好む理由が、そのどちらでもなければいいと願う。

「要、少し寝る?」

 とうに眠気は何処へと飛んでいたが、未だにベッドで横になる要を見て、弘樹は要らぬ気を回してきたようだった。

「いーや、起きる起きる。寝るとかもったいないしな」
「でも疲れてるだろ? 今日から3日も一緒にいるんだしさ。ちょっとくらい良いのに」

 弘樹はわかっていない。そのちょっとを惜しむほどに、要にとって3日という期間はあまりにも短すぎることを。
 いつものごとく穏やかに笑う弘樹に諦観の念を抱きつつ、要は口を開く。

「弘樹はほんっと〜に、鈍いよなぁ……」
「え……なにが?」
「まあそういうところが良いんだけどさ」
「本当になにが!?」
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