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「ぷりくら……というのは、どういったものですの?」

 クラスメイトにゲームセンターの存在を教えてもらった深雪は、当然のごとく弘樹を誘って、その日のうちに繁華街へと出向いた。店内の騒音に一瞬眉を顰めたものの、深雪はすぐに興味深そうにあたりを見回す。ゲーム画面の光が深雪の瞳に反射し、一層キラキラしているように見える。弘樹には通い慣れた場所でも、箱入り娘の深雪にとっては、何もかもが新鮮なようだ。両替機ですら物珍しそうにしげしげと見つめるものだから、弘樹は目を細め彼女の姿を見守った。
 なにか、気になるものはある?
 そう問いかける弘樹の横を、やけにテンションの高い女の子たちが通り過ぎていった。会話からプリクラを撮りに行くことが伺える。
 深雪はその姿を見送ったあと、内緒話をするように、弘樹の耳へ口を近づけた。
 そして冒頭の台詞に戻る。

「簡単に言うと、撮った写真がシールになって出てくるんだ」
「まあ……!」
「僕もやったことはないんだけどね」

 プリクラを撮るほど仲の良い女の子など、転校に転校を繰り返している弘樹には、いたことが一度もない。別にそれを、寂しく思っているわけでもない。ただ、もしも。プリクラを撮ったことがあれば、もっと彼女が興味を湧くような説明ができたのかな、と考える。

「弘樹さん、深雪はぷりくらを撮ってみたいですわ!」

 そんな弘樹の思考を遮るように、深雪は弘樹の手を取って駆け出して行く。目指すは、大きくカップルの絵が描かれた、プリントシール撮影機である。

「ささ、早く早く」
「深雪ちゃん! 走ったら危ないよっ!」

 騒がしいゲーム音にかき消され、弘樹の声は深雪には届かない。幸いにも、転ぶことも誰かとぶつかることもなく、目的地へと辿り着く。
 横に並んだプリントシール撮影機の三台のうち、二台は女学生やカップルが使用中だったが、一番奥の筐体は空いているようだ。

「これは、どうやったら動きますの?」
「ここにお金を入れるんだ」

 弘樹が硬貨を3枚筐体に投入すると、途端に画面が切り替わる。ハート柄や、やたらとキラキラしたフレームの中から、好きなものを選ぶようメッセージは告げる。その画面の華やかさに、弘樹の背中に汗が伝う。
 なんだか、流れで撮ることになってしまったけど、僕、こういうの慣れてないぞ…!
 ドキマギしながら横目で深雪の姿を伺うも、指を画面に滑らせ、花のように笑う深雪に、弘樹は閉口した。お人好しの弘樹には、こんなにも可愛らしい後輩に、やっぱりやめようか……なんて、言えるわけがなかった。

 ──さん、に、いち。カシャッ。

 フラッシュに目を細めながら、弘樹は撮影が終わったことに、安堵した。たかが数分にも関わらず、ブルージェネシスにやって来てから、一番緊張していた気さえする。どんなポーズを取っていいかわからず、弘樹は慌ててピースをし、なんとも面白みのない写真を撮ってしまう始末だ。それに対して深雪の順応性は高く、隣のカップルに倣い手でハートマークを作っていた。自身の歪なピースに、弘樹の口角は少しひきつったが、印刷しないわけにはいかない。そんな弘樹の隣で、目尻を下げる深雪の姿は、写真では表現しきれないほどに美しかった。

「弘樹さん、印刷が終わりましたわ!」

 手にプリントシールを掲げながら、高揚した深雪は、その場でくるりと、されど上品に一回転する。ふわりと広がるスカートに、弘樹の心臓が跳ねた。
 音もなく動きを止めた深雪は、頬を染めながら弘樹を見上げる。

「わたくし、これをお兄様にも差し上げたいわ……」
「えっ、綾彦さんに?」

 困惑に染まった弘樹の顔などいざ知らず。深雪はこくりと頷く。

「お兄様、きっと喜びますもの」
「それは、どうだろう。……でも、深雪ちゃんがそういうのなら」

 備え付けのハサミで、プリントシールを三分割にしていく。
 弘樹からプリントシールを二枚受け取った深雪は、つるつるとした表面を撫でながら目を伏せた。

「弘樹さん、深雪はとても、とても嬉しいですわ。ずうっと大切にいたします」
「……そんなに喜んでくれるなんて、僕も嬉しいよ」

 まるで初々しいカップルのような弘樹と深雪の姿に、順番待ちをしていた男女が、微笑ましいと言わんばかりに顔を綻ばせる。

「それじゃあ、帰ろうか」
「はい。……ね、弘樹さん」
「うん?」
「深雪とまた……」

 落ち着かない様子で指を擦りあわせる、深雪の珍しい姿に、弘樹の胸が暖かくなる。

「深雪ちゃん、また遊ぼうね」
「! はい……!」

 弘樹は折れないよう、鞄から取り出したノートにプリクラをそっと挟んだ。

□□□

「おや、片山君」

 移動教室の帰り道、弘樹の耳に、落ち着いた低音が届く。静かながらもよく通るこの声は、弘樹にとって既に、馴染み深いものだ。

「綾彦さん! 奇遇ですね」
「そうですね。会えて嬉しいですよ」

 作り物のように美しい綾彦の口元が少しだけ上がるのを見て、弘樹は無意識に手を握りしめる。綾彦と深雪から寄せられる信頼と好意は、弘樹の体をくすぐるようだった。
 硬い地面と反し軽い足取りで、自然と二人、並んで教室までの道のりを歩む。

「片山君、昨日はありがとう」

 そういえば……と、突然綾彦から投げかけられた言葉に一瞬首を傾げたが、弘樹はすぐに昨日のことを思い出した。

「お礼なんていいですよ。僕も、深雪ちゃんと遊べて楽しかったです」

 綾彦は深雪のことを、一等大切にしている。ひと月にも満たない付き合いの中で、弘樹はそのことについて深く理解をしていた。

「それはよかった。ですが、それとは別にもうひとつ」
「……僕、なにかしましたっけ?」

 お礼を言われるようなことをした心当たりは、弘樹にはまるでなかった。きょとんとした弘樹をよそに、綾彦は制服の内ポケットから、黒を基調とした、高級感のある革の手帳を取り出す。
 僕は手帳なんて持ち歩いたこと、一度もないな。
 なんだか肩身の狭いような気持ちになりながら、綾彦の意図を探るように手帳を眺めていると、弘樹は見覚えのあるものを見つけ、元より丸い目を更に丸くした。

「それ……昨日の!?」
「はい、君と深雪のプリクラです」

 どこか誇らしげに手帳を掲げる綾彦の姿に、弘樹は衝撃を受け、ぐわんと脳が揺れたような気さえした。挙げ句の果てに綾彦は、「せっかくのプレゼントですので、もう一枚は厳重に保管しています」と、本気かボケかわからない、そしておそらく前者である言葉を紡いだ。あまりの居心地の悪さ、そして多大なる羞恥心に、弘樹は思わずこの場から走って逃げ出したい衝動に駆られたが、必死に抑えつける。
 深雪ちゃんはともかく、僕が写っているプリクラを、そんな高そうな手帳に貼るなんて、とか。綾彦さんの口からプリクラという言葉が出るなんて、とか。今からでも剥がしたほうが、とか。現実逃避の一種か、弘樹の頭の中をそんな思考がぐるぐると泳いでいく。口を開いては閉じてを繰り返し、結局弘樹の口から飛び出した言葉は

「よ、喜んでもらえたなら良かったです……」

 という、なんとも無難な言葉であった。

「片山君さえ良ければ、いつか僕ともプリクラを撮りませんか」
「えっ!? えーっと……」
「ふふふ……冗談ですよ」

 綾彦が、ひどく丁寧に手帳をしまう姿を、弘樹は落ち着かない気持ちになりながら、ただ見つめた。
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