空も風も



それからしばらく嵐や雨が続いて、河川敷で会うこともないまま10月に入った。
その間も彼女は学校に来たりサボったり、自分の席で音楽を聴いたり本を読んだりしていた。
あいかわらず人を寄せ付けなかった。



「こんにちは」

気持ちがいい秋晴れの日、いつものように河川敷で座っている彼女に声をかけた。
今日もイヤホンを付けているから少し大きめの声で。

話しかけるのも3回目となると、俺も度胸がついていた。


「同じクラスっていうのはこの前言ったよね。でも、名前を言ってなかったと思って…」



「アスラン・ザラっていうんだ。よろしく」


やっと名乗れたことが嬉しかった。
君のことも知りたいけど俺のことも知ってほしい。
せめて、名前くらいは。


近付いて初めて知ったが、彼女はポーチ型のCDホルダーを膝にかかえてイヤホンで音楽を聴いていた。
きっとディスクを何枚も持っていていろんな曲を聴いているのだろう。


「いつも、なに聴いてるの?」


自分から聞いておいて、質問を失敗したと思った。
なにしろ俺は音楽にはかなり疎いからだ。一般レベルの知識も定かではない。

しかし、彼女から返ってきたのは質問の答えではなくて。


「……私になにか用か?」


冷たい瞳と冷たい声だった。


「いや……」


確かに用などなにもない。
友人でもないただのクラスメイト。

用がなくては君に話しかけてはいけないというのなら…
正直に言おうと思った。


「でもここにいちゃダメかな」



「ここで、少し休みたくて…。座ってもいい?」


小細工は通じないだろうし、俺もそんな技巧など持ち合わせてはいない。
正面突破だった。



「……別に、ここは私の家じゃない」


しばらくして返ってきた言葉は、一瞬、測りかねたがすぐに理解できた。

好きにしろということらしい。
つまり、ここは公共の場なわけだから、黙って居るぶんには私が拒否する権限はないという
なんとも律儀な返答だった。

少し…彼女の性格が垣間見えて、俺は小さく笑った。


人ふたり分くらいの間をあけて俺は隣に腰かけた。

これ以上声をかけると追い払われそうだから、
とりあえず隣に座る許可をもらえたことに満足して静かに河川の向こう岸を見ていた。


それでも俺の心臓はうるさく鳴り続けていた。
これ以上ない緊張と喜びで。

9/39ページ