空も風も



ドクンと胸が高鳴る。

こちらに向かってくる。
よく授業をサボっている彼女と、こんなところで会う機会なんてまず無い。

今なら、今なら、さりげなく挨拶できるのではないか。
クラスメイトなのだから。
普通に挨拶を。


「さようなら、…アスハさん」


緊張で声が裏返るかと思った。
名前まで言ったのは本当に勇気が要った。


「……」


彼女はちらっと一瞥しただけで、表情を変えずにそのまま帰って行った。


―――しばらくの、静寂。



「アスラン、いま、あの人に声かけた…?」

「びっくりしたー!なんでアスハさんになんて声かけるの」

「どうせ声かけてもなにも返ってこねーだろ」

「ほんと。あの人の噂知らないわけじゃないでしょ?」


彼女の姿が見えなくなると、当然というべきか、その場にいたクラスメイト達から矢継ぎ早に質問が飛んだ。
そういう風に言われることはわかっていた。
でも、ひとつ聞き流せないものがあった。


「…噂なんていい加減なものじゃないか。そんなの真に受けるもんじゃないよ」


俺は知っている。
あの日猫を抱き上げて去っていった彼女を。
本当の彼女を。

どうせ、彼女を妬んだ奴が勝手に噂を流したんだ。
本人が何も否定しないのをいいことに・・。


「でも、私見たことあるわよ?」

「…え」


クラスメイトの唐突な一言に、俺は冷水を浴びせられたように感じた。


「アスハさんがスーツ姿のオヤジと歩いてるの。あれは親子って感じじゃなかったわ。他にも同じような目撃証言あるしね」

「火のない所に煙は立たないってやつだよ。怖いなー」



頭の中でリフレインする




なぜ


なぜ彼女がそんなことを・・



嘘だ――――

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