繭の中でおやすみ
起き抜けの、整えられていない癖のついた長髪。横顔を覆う髪の束は、あいつが朝食を頬張るたびに垂れ落ちて、咀嚼の邪魔をしているのだった。
頬張っては耳へ避けて、また頬張っては耳へ避ける。目前で繰り返されるしぐさを数回見届けたのちに、俺はすぐそばの引き出しから取った髪ゴムを、言葉もなくあいつの手元に置いてやった。黒色の伸縮性のあるそれは、ほとんど消耗品のような扱いでもって、引き出しのひとつを堂々と占拠しているのである。
「おおー。ありがとう」
「随分伸びてんじゃん」
あいつの指によって引き伸ばされ、長髪に括り付けられようとしている真新しい髪ゴム。伸ばしてんの? 尋ねてから口へ運んだスープの酸味が、舌の上にほどよく溶けてあたたかい。芯まで凍えるような冬は過ぎて、フィレンツェにも春が訪れようとしていた。桜のない春を迎えるのは、早いものでもう二度目になるけれど。気候はさして日本と変わらないものだから、その点だけを見れば海外で過ごしているという実感は今もあまり強くはない。ただ歩けど歩けど見つからない桃色の花弁が、些細な違和感となってこの身を包んでくれるだけだった。
あいつによって簡単にまとめられた髪。不満を漏らすみたく四方に広がる毛の先が、いつの間にか知らない長さにまで成長していたことを知る。伸びた、と言っても、長さからして半年程度だろうか。両眼に被さる重たげな前髪。好きなように伸びたまま、揃うことをやめたうしろ髪。まさしく獅子の鬣みたく量も長さも増したそれらを、朝陽は今日も平等に照らし出す。まだ開ききらないあいつの眼が、膨らんだ髪と相まっていっそう気怠げな雰囲気を醸していた。
んー、とトマトスープを啜る合間に声を漏らすあいつ。その鼻先と前髪を、ほんのりと炙るぬるい湯気。あっという間に霧散していくそれらに、光が陽炎のような影を与えている。
「あっちに帰ったら切ろうと思ってたんだけどさあ」
なんか、いつも忘れるんだよなあ。筆みたく摘まんだ髪で、あいつはおのれの手のひらをさらさらと掃きながらそう言った。わざわざ帰国時に拘らずとも、この家の近くに理容店はいくつか存在しているのだが。俺もれおくんも、そこへ通ったことは一度もなかった。理由はいくつかあるけれど、要望を詳細に伝えられるほどまだ言語の習得が十分でないという点がおおきい。それに実際に伝えることができたとしても、海外では要望通りにはならないことが多いと聞いたからだ。
次の帰国は来月の中旬ごろを予定している。そのときになれば伸びた髪のことなどすっかり忘れて、あいつは仕事と作曲作業に時間を使い尽くしてしまうに違いない。さながら長毛のサイトハウンドのような外観になったあいつのことを、一概に否定してしまうことはできないけれど。濡れた髪を、犬のごとく振り回して雫を飛ばすあいつのすがた。そんな光景を容易に想像することができてしまって、今日も俺は眉間に深い皺を作ってみせる。
顔付きを険しくするたび、近頃のこいつは俺の眉間について無用な心配をし始めるものだから腹立たしい。原因の大半を占めるあいつは髪を括っただけで解決したような顔をして、皿のなかの糧をまたひと口頬張ろうとしているのだった。
まるい額。綺麗なものを溜め込んだおおきな瞳。しっかりと血の通った健康的な肌の色。それらを隠してしまう重たげな前髪は、厚みのない不透明な障壁と何ら変わりがないように思う。朝日を遮るカーテン。星々を覆う雲。蕾に被さる雪。目前の淀みのある光景に違和感を抱いてしまう俺は、実のところただの過保護な飼い主でしかないのかもしれない。
咀嚼しきった糧をゆっくりと飲み込む。俺でいいなら、と口を開きつつ、手持ち無沙汰にかき混ぜていたスープの渦を眼で追っていた。隣家から聞こえてくる弦楽器の音色。幼い子どもが弾いているのだろう。拍子も音程も失われた演奏は、しかし欠かすことなくこの家の毎朝を彩ってくれているものだった。
「俺でいいなら、ちょっと切ってあげようか」
作業するのに邪魔でしょ。そう続けてみれば、持ち上げられた眉とともに奥行きのある薄色が丸くなる。初めて見つけた奇妙なものを、ひたすら観察し続ける愛玩動物。そんなあいつのまなざしに貫かれながら、俺は皿に広がったレタスをフォークで三つに折っていく。
意識は今、洗面台の下に設置されている棚に向かっていた。そこに仕舞った散髪用の鋏が二本。すこし前の俺が前髪を整えるために購入した梳き鋏と直刃の鋏は、ほとんど購入時の状態のまま箱に収められているはずだった。数回程度使用しただけのそれらに、刃こぼれや錆などの損傷はおそらくない。
ぱりぱりと口内でレタスが砕けていく音に、あいつのへへ、というだらけた笑い声が混ざる。その頬にラグマットの模様がうすくうすく浮かんでいることに気が付いて、俺はふたたび眉間にかすかな皺を作ってしまう。消えかけとは言えど、それは昨晩も床で寝ていたという動かぬ証拠でしかないのだった。
つい零してしまったため息が、カップから漂う湯気たちの秩序を乱す。もしかしたらこいつは、背後にあるはずのソファの存在を、今も認識していないのかもしれない。
「どうせなら格好よくしてくれよなあ」
「素人に何期待してんの」
皿に残っていたスープを飲み切り、底に張り付いたトマトと豆を掬う。セナならなんかうまくやってくれそう。スプーンの上でほろほろと崩れていった野菜たちを口に含みつつ、寄せられた裏打ちのない期待をトマトと共に微塵へと変えてやった。そもそも俺には、こいつの言う格好良いの基準さえよく分からないというのに。
こいつが選んでくる珍妙な食材も、こいつが道端で拾ってくるあらゆる物も。俺の思うそれの感覚とはいささか異なっているようで、手渡してくれたところで使い道に迷うことも少なくはないのだった。
視界の正面には、今日も花瓶が置いてある。知らぬうちに枝以外のものも挿された長方形と、知らぬうちに中身を溢れさせていた硝子の円柱。
あいつが集めてきた宝が、部屋の隅で群れを成す。
毎朝同じ場所で、朝日に包まれてきらきらと光っている。
×××
「ちょっと前までは、ルカたんが切ってくれてたんだよなあ」
頬をうんと持ち上げて語るあいつの髪先を、鋏でぱつりと切り落とす。はらはらと落ちていった欠片たちは、広げた段ボールとあいつの足裏にまばらに散って、まるで桜の花びらみたくその役割を終えていった。
あいつの言ったような仲睦まじい光景は、すぐに頭のなかに思い描くことができた。前髪の長さを控えめに指摘するルカちゃんのすがたも。それに従って、今のように頭を差し出すあいつのすがたも、その会話も。不器用な兄とは異なって、ルカちゃんはおのれの手で様々な物を創り出すことを得意としていた。だから前髪を整える程度のことなど、さほど難しい作業でもなかったのだろう。
羨ましいだろー。あいつは前髪越しに、俺を見上げてそう尋ねる。兄としての誇らしさが存分に滲んだ得意げな瞳。表情に出すことはしないものの、兄妹のいない俺にはそのまなざしがいつも和やかで微笑ましかった。ないものを強請る人間ではないから、あいつの言うような羨ましさを抱くことはないけれど。
「うんって言わなかったら怒るんでしょ」
「うんって言っても怒ると思う」
「めんどくさいやつ」
髪の欠片が貼り付いた頬。払うために近付けた指で、まだかすかに寝跡の残るそこを撫でた。わずかに細められた瞳にはいくつも血が走っていて、今日のこいつが寝不足であるということを、ひと目で分かりやすく伝えてくれている。
「あんた、またその辺で寝てたよねえ」
「ん? あー、えへへ」
「まったく。風邪引いても知らないから」
指でぴん、と張った髪。四方を向いた髪の先を鋏でゆっくりと切り落したのちに、鋏を縦に動かして整えていく作業の繰り返し。ぷつぷつと髪が途切れていく感触を指に受けながら、俺はそう言ってあいつの締まりのない笑い声を突っぱねてやる。しかしあいつが本当にその状態になったとき、俺はきっと体調を崩したあいつを見捨てることなどできないのだと思う。結局あれこれと看病してしまう未来のおのれに同情しつつ、俺は黙ってあいつの髪を裁断することに意識を向け続けるのだった。
そういえば、と金属同士が擦れる音に被せるようにして、れおくんは口を開く。その両の眼は、刻まれていく髪の束をただ真っ直ぐに捉え続けていた。散っていくおのれの一部。その最期を、ひとつひとつ眼に焼き付けようとするみたいに。
「今日、夢にセナが出てきた」
ふうん、と呟きを返しながら、俺は軽く整えた前髪を櫛で梳く。ほんのすこし切り過ぎてしまっただろうか。露出しかかったあいつの眉は、今日も毎秒ごとに上下していて忙しない。
夢に俺が出てきた。その報告を受けるのは、今日で一体何度目のことになるだろう。そのたびに話を聞いてはみるけれど、内容はいずれも突飛で脈絡がないものばかりだったように記憶している。どんな夢か、と俺が尋ねるよりも先に、あいつは今日見たものの概要をひとり楽しげに語り始める。多分、どっかの惑星に移住する予定だったんだけどさあ。
「ほら、夢のなかって走れないし、スマホに文字も打てなくなるだろ」
時折動く両腕に舞い落ちる、数ミリの髪の欠片たち。引っ越しのために惑星へ向かおうとしていたということ。そのために俺と待ち合わせをしていたということ。それなのにどうやっても会うことができず、宇宙船に間に合わなくなってしまったということ。
語られる内容を聞きながら、ペットボトルで作られた玩具のような宇宙船に乗って、地球に手を振るあいつのすがたを思い描いていた。ばいばーい、と何の未練もなく地球から旅立とうとするあいつ。それを丘の上から見送って、あいつと暮らしていた家にひとり戻ろうとする俺。なんだか、今とよく似た光景だと思う。以前と比べれば、こいつの消息も随分掴みやすくはなったけれど。あとになって知らないうちに知らない国に滞在していたと報告を受けるのは、別に珍しい話でもないのである。
半袖のシャツから剥き出た腕が、肌寒そうに俺の視界を横切っていく。切った髪が絡むから、とあいつがみずから脱いだパーカーは、裏表が逆さまのままソファの背もたれにかけられていた。フィレンツェは確かに気温を増してはいるものの、まだ上着を手放すにはいささか早い。寒さが得意ではないあいつも、先ほどから手で腕を擦るしぐさを何度か繰り返していて忙しいのだった。
「夢でも遅刻してんの、あんた」
「最近は気を付けてるだろ」
胡座をかいたあいつの脚が、抗うように上下に揺れる。着慣れた灰色のスウェット。その右膝の部分には、ほんの些細な綻びがあった。以前アパートの前で猫と戯れていたとき、引っかけられた爪が生んだちいさなちいさな綻びだった。
住みたかったなあ、とあいつは気の抜けた声を宙に放る。伴うように肩と背中が丸くなり、耳元の髪束が鎖骨の上を滑って落ちた。髪の散った段ボールの上。あいつはそこに、指でおおきな丸を描きながら言う。
「地球以外に住める星ってないのかな」
押し付けた膝の重さを受けて、ダンボールがひしゃげていく感触。銀色の刃には、存外真面目な顔をしたおのれの顔が映っていた。頭のなかで、今年の夏頃のれおくんと今のれおくんを重ね合わせる。そして生じた差分だけをうまく取り除いていくのは、なかなか難しい作業であったことを知った。多少切り過ぎてしまったところで、こいつは俺を咎めたりはしないだろうけど。
月ならいつか住めるんじゃない。言いながら摘んだひと房に、櫛を通して毛先を伸ばす。鋏を入れて線が整った毛の先を、しゃきしゃきと梳き鋏でぼかしていく。
「月の土地って誰でも買えるらしいし」
「え、そうなのか?」
俺の癖毛とは異なり、櫛を通してやればすぐに癖の取れる素直な髪。手入れを疎かにしなければ、やがて艶だって生まれてくるだろうに。音楽にしか関心のないあいつにとって、それ以外のことはもはや他所事でしかないのだろう。衣食住でさえも二の次なこいつは、しかし優れた生命力と運でもって生き延びてきたと言っても、もはや過言ではないのである。
いや、詳しいことは知らないけど。向けられたふたつの眼に圧されて、俺はつい銀色の刃に視線を落とす。障壁をほとんど取り除いたあとのれおくんの瞳は、やはり特別にうつくしかった。そしたらさあ、と室内に満ちていく塵よりも軽いあいつの声色。あいつの瞳の奥には、誰にも触れることのできない宇宙が広がっている。その宇宙で煌々と燃える命たちの輝きが、あいつの瞳に唯一無二の存在感を与えていた。
「おれが土地買っておくから、セナもいつか一緒に住もうよ」
ベランダを訪れた小鳥が鳴く。雲が太陽の前を横切って、窓から差し込む光の量をうすくする。今こいつが上げたひと声で、世界が回り始めたみたいに。長閑で良い朝だった。否、もう朝と呼ぶにはだいぶ昼に近づいてしまったけれど。
ぱつり、と断った髪が、俺の部屋着の膝に纏わりつく。まるで子どもが交わし合うようなその約束を、考えもせずに無理だと一蹴してしまうほど愚かな人間ではなかった。月に住む。れおくんと。頭のなかに積み重なり、すっかり埃を被った間取り図たち。それらが意思を持ったみたく、頁を捲っては俺に存在を示そうとしている。
別に土地なんて買わなくても。月に行こうとしなくても。あんたがちゃんと寝られる家くらい、今から探しに行ってもいいんだけど。そう告げるべきか一瞬悩んで、俺は結局金属同士が擦れ合う音をただ部屋に響かせるだけに留めるのだった。
どうせこいつは、自分の言ったことも明日には忘れているようなやつだから。所詮はあいつの夢のなかの話でしかないから。俺を惑星へ誘おうとしていたあいつだって、現実ではいつも俺を置いて知らない国へと旅立って行く。繋がらない電話。返されないメッセージ。余ってしまったひとり分の食事。思い返したそれらが、ようやく俺の喉から否定の言葉を引き出させてくれた。
無理でしょ、と返してみたところで、楽しげに揺れるあいつの膝は静まらない。奏でられる鼻歌はこいつの機嫌を現すみたく弾んでいて、共鳴するような鳥の鳴き声が、たった今部屋のなかにまで高く細く響き渡った。
「ていうか、何百年後の話してんの」
多分俺たちが死んだ後の話だからねえ。言いつつ払った両手から、あいつの毛の欠片が落ちていく。前髪が見慣れた長さに戻ると、今度は不揃いなままのうしろ髪が眼について仕方がない。だから俺はあいつの背後に回って、寝癖がついたままの髪に霧吹きをかけた。水を含んだそこは通した櫛に倣って直線に戻り、数ヶ月間の成長のようすをこの眼に明らかにしてくれるのだった。
確かに、とあいつは腕を組み、うんと唸りながら頷く。櫛に反抗するみたく、頭頂からいくつも伸びる短い毛たち。アンテナのようなそこがぴょこぴょこと揺れるのを眺めつつ、でも、とあいつが夢を語り始める声を聞いた。
「でも考えるのって楽しいじゃん。どんな家に住みたいかとかさあ」
「どんなって言われてもねえ」
飛び出たあいつのアンテナたちを、鎮めるみたく頭を撫でる。ふつふつと立ち上がってくるそれらはれおくんみたいに頑なで、俺が示した流れの通りに収まってはくれない。
そんな風に促されなくたって、理想の間取り図などもう頭のなかにいくつも用意してあるのだ。ただ俺が言い出すことができていないだけで。いつか置いていかれてしまうのも、置いていくのも。またこいつを無自覚に傷つけてしまうかもしれないことも。こいつの幸福を踏み躙ってしまうかもしれないことも。こいつの本心を知ることも。そのすべてに踏み込むことが恐ろしくて、臆病なくちびるは思考のほんの上部だけしか言葉に起こすことをしてくれない。
「まあ、今よりも広い家がいいかなあ」
「おー。おれはピアノ置きたい!」
ついでに歌も録れる部屋を作ろう。海があるなら、見えるところに住んでみたい。寝転がれる庭もほしい。あとは猫も飼えたらいいなあ。あいつが口にする空想はひたすらに自由で、俺は傷んだ毛の先を取り除きながら、鳥のようなそれらが羽ばたいていくのを地上からただただ見送り続けることしかできなかった。
こいつの前では、秩序も理論も通じはしない。だからこいつが宇宙に行きたいと言えば、本当に明日から行くことができるような気がしてしまう。こいつが月に住みたいと言えば、きっと近いうちに誰でも住むことができる場所になるのだろう。そんな予感を抱いてしまうくらい、こいつの言葉はいつだって夢や自信に溢れていて眩しい。持っていないものを強請るような真似はしないのに。こいつの羽が生えたような自由な魂のことだけは、いつもすこしだけ羨ましいと思わざるを得ないのだった。
いいよ、と呟いた俺の視界に、先日あいつが持ち帰ってきた貝殻たちが映る。いつの間に海になんて寄ったのだろう。割れかけのそれらの魅力なんて、俺にはよく理解できないけれど。これからこいつが運んできた宝物を、こいつと同じほどの熱量で愛してやれるかは分からないけれど。こいつと道を違えない未来が訪れると言うのなら、たとえ数百年後であったとしても、俺はその日まで永く生き続けてみたいと思ってしまった。
「あんたがちゃんと覚えてたらね」
整えた髪の先を、指で梳きながら俺は言う。やわらかくてあたたかなあいつの髪。こいつの髪にはぬくもりがあった。かつて手入れをしていたであろう両親や妹の慈愛が、こいつの髪を通して俺の指先に伝わってきてあたたかい。
ほんと? 振り向いたあいつの瞳に光が流れる。それはこいつがこれまでに見てきたうつくしいものたちの煌めきなのかもしれないし、今あいつという惑星に降り注いでいる霊感たちの息吹なのかもしれない。綺麗だ、と思った。本当はその瞳を、いつまでも近くで見ていたいくらいに。
「あんたのことだから、明日には忘れてるんだろうけどねえ」
「わはは。じゃあ絶対忘れない!」
言いながらあいつは履いていたスウェットのポケットに手を入れて、なかから短い剥き出しの鉛筆を取り出した。ここにメモしておこう。そう言って彷徨わせた先端。段ボールに押し付けたそれで、あいつは手早くおおきく、決して上手くはない文字を書いていく。セナと月。明日これを見返したとき、確実に首を傾げてしまう文字列が、しかし俺の眼には窓からの光を弾く黒鉛の煌めきと相まって、やたらと輝いて見えたのである。
楽しみだなあ、とあいつはその文字を撫でながら呟いた。ただの子どもじみた、非現実的な約束。けれどこいつとの暮らしを存外気に入っている俺は、そうだねえ、と返しながら、すこし湿ったこいつの髪に触れるのだった。
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