序 〜繋がりとかそういうのいいんで!〜
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鈴音と斉藤の邂逅から数日後のこと。局長である近藤の提案で幹部会が開かれることになった。新撰組隊士たちの見廻り範囲内にある、小さな町の食事処で幹部らは顔を突き合わせていた。
「なんなんだよ、オヤジ。今日は祝い事なんてなかったよな?」
適度に賑わう店内で土方がコソコソと口を開く。
「あー、少し屯所では話しにくいことがあってな。」
困ったように返す近藤。その様子に一部幹部たちは決して祝い事などではない、ということを理解した。
それぞれに酒が行き渡ったところで、神妙な面持ちをした近藤が口を開く。
「先日、屯所の前で話し込んでいた男女がどうにも不適切なやり取りをしていたらしくてな?八木さんから近所の目もあるし、お子さんの教育にも良くないということでお小言を言われてしまった。」
近藤の言葉に全く思い当たる節がない、とはいかなかった斉藤は気取られぬよう澄ました顔を作る。全く発言しなかったといえば嘘になりかねないが、『不適切な言動』を主にしていたのはあの痴女の方だ。あの痴女のせいでオヤジの拳骨を喰らうなんてごめんだ。
「本当、誰だよ。どんな話をしてたとかそういう話はあったのか?」
呆れつつも話を進める永倉は、視線を斉藤の方へ向ける。永倉は永倉で、先日何やら碌でもない計画を練っていた男の姿を覚えている。
「どこの誰だろうな?」
素知らぬ顔で返すも永倉は自身を疑っているらしいことを理解する斉藤。まぁ子どもに聞かせる内容でない、となると不逞浪士の話か、色事の話だろう。『男女で』とのことなので後者であることは間違いないし、そうなると全く心当たりがないわけでもないが……と往生際悪くもどうシラを切るか考える。
「八木さんの話じゃ、雌豚がどうだの痴女がどうだのと話してたらしい。」
「一人しかいねえじゃん。」
近藤の言葉に返した土方。いよいよ永倉以外の幹部たちも自分に視線を移し出したところで、ここまで具体的だと言い訳が苦しいかもしれないと多少の諦めが顔をだす。
でも良く考えてもみれば、親衛隊と絡むキッカケを作ったのは永倉だ、と内心責任を転嫁する。そもそも親衛隊の話を持ち出されなければこんなことにはなっていない。
未だなんとかやり過ごそうと彼が考えていたところに明るい声が響いた。
「お客さんたちご注文お決まりですか〜?」
あまりのタイミングの良さについてるなと顔を上げると店の女と目が合う。途端に目を輝かせる女。一方の斉藤は今世紀最大と言わんばかりに顔を歪めた。最悪だ。
「あ〜!」
「げっ。」
あまりの間の悪さに(断罪すべき人間が揃ったと言う点では逆に間がいいとも取れるが)全てを諦めた斉藤。肩を落としつつも、何か一言言ってやらないと気が済まないと声を張り上げる。
「……ストーカーかよ!」
「風評被害すぎるわぁ!私、以前からここで働かせていただいているの。だから今日はたまたまよ。もしそうじゃなかったらストーカーの時もあるかもしれないけど〜……」
そう言って少しだけ頬を染める鈴音。つまりストーカーしていた時もあったということだ。全く身に覚えがないだけに少し怖くなってきた。
「ストーカー呼ばわりされて赤くなってんじゃねー、気持ち悪い!つうか、オヤジコイツだよ、コイツ。」
「何がだ?」
「屯所の前で下品なこと叫んでた女。」
「ええ〜……!?急な飛び火だけど、事実すぎてぐうの音もでないわ……というか、斉藤くんが遊んでやるって言い出したのに、そこを全くの棚に上げてるところが完全に斉藤くんすぎる……今日も推しが尊い。」
早口にそう言った彼女をゴミでも見るような目で見てみるものの、逆効果らしくヘラヘラと気色悪い顔を歪ませている。斉藤が心のそこから後悔しているあの日。そこそこいる親衛隊のうち、この女に白羽の矢を立ててしまったことが全ての失敗の始まりだった。
「つーか俺の方こそ風評被害、甚だしいからよ〜!?お前の話じゃ、俺がクズみてぇじゃねーか。」
「斉藤くんはクズみたいなんじゃなくて、クズなのよ!」
「お前は俺が好きなのか嫌いなのかどっちなんだよ!?」
「クズな斉藤くんが好きなの。」
埒の空かない言い合いに「ちょっと待ってくれ。」と近藤が口を挟む。おそらくこの調子で言い合いしていたところを八木家のご子息に見られたのだろう。完全に実際見てはいない現場が再現されているが念押しする近藤。
「このお嬢さんとお前が下品なことを言ってたと言うことだな?」
「ああ、そうだよ。たまたま犯人も見つかって良かったな。オイ、痴女。お前のせいで八木サンが迷惑してるらしいから気ィつけろよ。ついでに俺にも迷惑かけんじゃねー。」
半ばヤケクソに返す斉藤。流石に本人が登場してはこれ以上の言い逃れはできない。
「八木さんにはよくよく謝っておきます。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。それより皆さんご注文はいかがされますか!?」
「……この流れで注文聞けんのすげぇな。」
永倉の抱いた感想に激しく同意しつつも、この女のお陰で近藤のゲンコツも有耶無耶にできる可能性があると考えた斉藤は今までの会話がなかったかのように好物を頼む。同じく腹を空かせていた幹部たちも各々口を開いた。
そして斉藤の期待も虚しく、鈴音が裏へと戻っていったタイミングで笑顔の近藤が思いっきり彼の頭を殴ったのだった。
「他所のお嬢さん相手にとんでも無いことを言うな。」
「オヤジも見ただろ。あんな痴女、お嬢さんでもなんでもねーよ。」
「あの子、ハジメの親衛隊の一人だよな。それもだいぶ前から居る。ハジメの親衛隊の中で一番話しかけやすいし、可愛いよなーとは密かに思ってたんだけど、イメージ違った。」
すっかり出来てしまった頭のコブを撫でながら、勝手に話を続ける藤堂に「お前も見る目ねぇな。」と斉藤は返す。と言うか人の親衛隊を観察して鼻の下伸ばしてんじゃねー。
「……そう言うハジメこそ、可愛いと思ったからちょっかいかけたんじゃねーの?」
「ンなわけねーだろ。あの女が悪目立ちしてっからだよ。」
自分で言って自分で納得する。そもそも古参の上に、あの目立つ容姿。それで目立たぬわけがないのに、少し離れたところから隠れて見守っているつもりでいるのだ。そんなもの無理やり引っ張り出したくなるに決まっている。
もちろん、どうせ抱くなら多少は好みの女がいいには決まっているので、全くタイプではなかったといえば嘘にはなるが、これがあの女を選んだ理由でもない。
結果、氷山の一角は想定がに大きく、とんでもない痴女だった訳だが……。やはり犯した失態の大きさを悔いた斉藤は大きなため息を吐いたのだった。
「……っ」
裏で料理の出来上がりを待つ鈴音は、軽く涙を流していた。まさかたまたま手伝いに入っていた親戚の定食屋に斉藤が姿を現すとは。この偶然は日頃の行いがいいからだ、と少しばかりは思ってもいいだろう。
というのも鈴音自体はこの辺りでも有名な呉服屋の娘であり普段は家業に勤しんでいる。もちろん親戚は皆、何がしかの商売をしているため、繁忙期はお互いの家を行き来し助け合うのが常であった。なので今回彼女が定食屋にいたのは本当にたまたまなのだが、先日盛大な出禁を食らっただけに鈴音はこのたまたまに心から感謝をしていた。
そんなことを考えているうちに準備の出来た料理。両手に持てるだけ持った彼女は新撰組の幹部たちが座る座敷へと運んでいく。斉藤と会えただけでなく、彼の好物まで把握できたのはかなりの大手柄だ。
喜び勇んでいる彼女とは裏腹に、彼女を見る幹部たちの視線は冷ややかそのものだった。その視線に気づかない彼女ではなかったが、普段より斉藤からの冷ややかな視線に喜びを覚えている人間からすると大したことではない。彼女が一通り料理を運び終わると藤堂が口を開いた。
「なぁなぁ、親衛隊の子らってやっぱハジメと恋仲になりたいとか話してんの?」
「他の子たちはわからないけれど……私は、そういうの全く。」
彼女の返事に意外そうに目を見開く藤堂。実際話すのはほぼ初めてに近いが、彼に関してはどの親衛隊に聞いても『親しみやすい』と答えが返ってくるくらいには、気さくで明るい男だと彼女は認識している。
「全くないってこと?」
「ええ。というか、斉藤くんが誰かと恋仲になるのが地雷なのよ。斉藤くんはいつまでも孤高のサディストでいて欲しいわぁ……」
そのまま彼女の描く斉藤像が脳内で広がっていく。推しのことを話すのはいつだって楽しい。一人盛り上がる彼女をやはり引き気味で見つめる斉藤に、彼女はさらに解釈の一致を喜ぶ。やはり斉藤くんはこうでなければ。
「頼むから痴女のくせに俺のこと語らないでくれる?」
「はい♡ごめんなさい!」
「ハジメ、お前みたいな変態について来れる女早々いねぇんだから、せっかくだから嫁に貰ってやれよ。変態同士お似合いだぜ。」
さも面白そうに提案するのは土方。土方に揶揄われる斉藤の様子は正直見ていて眼福……なのだが、大いに解釈の不一致を引き起こしている鈴音は普段から崩すことのない笑顔を思わず崩してしまう。
「いや、本当にそう言うのはいいんで。例え相手が自分でも斉藤くんにお嫁さんがいるのは耐えられないんで。」
彼女の言葉でさらに吹き出す彼。主に自分の奇行のせいで冷たい空気だったのは確かなので、面白い話題を提供できたようで良かった。
「だからお前、俺が振られたみたいになるからマジでそういう言い方やめろ。」
「斉藤くんはいつでも振る側だから大丈夫よ。それにお嫁さんが出来たら私は親衛隊やめるから……!」
先日もしたやり取りに苛立ったように斉藤が続ける。
「お前がやめようがやめまいが関係ねぇんだよ。つか、恋仲になりたくねぇなら、俺の周りちょろちょろすんじゃねーよ。」
「今日は本当に偶然だし、先に話しかけてきたの斉藤くんよね!?私、結成当初から親衛隊だけど、こんなのは初めてだもの。他の子からも聞いたことないわぁ!」
「……一年近く暑い日も寒い日も俺の罵倒聞くために通ってんのかよ!?さすがの俺も引くわ。」
今までにないくらい至近距離で、本気で引いた斉藤の様子を見ていた彼女は、最近の出来事も思い出し、本当に引き際なのかもしれないと考える。まるで神様が最後の思い出を作ってくれているようなそんな気がしてならない。
「つーかお前、馴れ馴れしいんだよ。歳いくつだよ?」
それでも今日ばかりは彼とのやりとりを楽しんでもいいだろうか。引きつつもこちらの情報を探る様子の彼に淡々と答える。
「十八よ。」
「三つ下かよ。タメきいてんじゃねぇ。」
親衛隊に興味を持つ彼は正直解釈違いな彼女だったが、好いた男であるのも事実。もしこれが最後になるならば、と会話を続ける。
「では敬語にいたします。」
丁寧な言葉遣いに普段から客を相手にするような礼儀正しい所作もつけると、少しばかり黙って鈴音を見つめた斉藤はまた吐きそうな顔を作る。
「気持ちわりぃ。タメのがマシだな。」
「……斉藤くんだわぁ♡」
「その嬉しそうな顔やめろ、痴女。」
それからしばらくの間、新撰組幹部たちの座敷で会話を楽しんだ鈴音だったが、別の客が声をかけてきたためそこでお開きになった。
「なんなんだよ、オヤジ。今日は祝い事なんてなかったよな?」
適度に賑わう店内で土方がコソコソと口を開く。
「あー、少し屯所では話しにくいことがあってな。」
困ったように返す近藤。その様子に一部幹部たちは決して祝い事などではない、ということを理解した。
それぞれに酒が行き渡ったところで、神妙な面持ちをした近藤が口を開く。
「先日、屯所の前で話し込んでいた男女がどうにも不適切なやり取りをしていたらしくてな?八木さんから近所の目もあるし、お子さんの教育にも良くないということでお小言を言われてしまった。」
近藤の言葉に全く思い当たる節がない、とはいかなかった斉藤は気取られぬよう澄ました顔を作る。全く発言しなかったといえば嘘になりかねないが、『不適切な言動』を主にしていたのはあの痴女の方だ。あの痴女のせいでオヤジの拳骨を喰らうなんてごめんだ。
「本当、誰だよ。どんな話をしてたとかそういう話はあったのか?」
呆れつつも話を進める永倉は、視線を斉藤の方へ向ける。永倉は永倉で、先日何やら碌でもない計画を練っていた男の姿を覚えている。
「どこの誰だろうな?」
素知らぬ顔で返すも永倉は自身を疑っているらしいことを理解する斉藤。まぁ子どもに聞かせる内容でない、となると不逞浪士の話か、色事の話だろう。『男女で』とのことなので後者であることは間違いないし、そうなると全く心当たりがないわけでもないが……と往生際悪くもどうシラを切るか考える。
「八木さんの話じゃ、雌豚がどうだの痴女がどうだのと話してたらしい。」
「一人しかいねえじゃん。」
近藤の言葉に返した土方。いよいよ永倉以外の幹部たちも自分に視線を移し出したところで、ここまで具体的だと言い訳が苦しいかもしれないと多少の諦めが顔をだす。
でも良く考えてもみれば、親衛隊と絡むキッカケを作ったのは永倉だ、と内心責任を転嫁する。そもそも親衛隊の話を持ち出されなければこんなことにはなっていない。
未だなんとかやり過ごそうと彼が考えていたところに明るい声が響いた。
「お客さんたちご注文お決まりですか〜?」
あまりのタイミングの良さについてるなと顔を上げると店の女と目が合う。途端に目を輝かせる女。一方の斉藤は今世紀最大と言わんばかりに顔を歪めた。最悪だ。
「あ〜!」
「げっ。」
あまりの間の悪さに(断罪すべき人間が揃ったと言う点では逆に間がいいとも取れるが)全てを諦めた斉藤。肩を落としつつも、何か一言言ってやらないと気が済まないと声を張り上げる。
「……ストーカーかよ!」
「風評被害すぎるわぁ!私、以前からここで働かせていただいているの。だから今日はたまたまよ。もしそうじゃなかったらストーカーの時もあるかもしれないけど〜……」
そう言って少しだけ頬を染める鈴音。つまりストーカーしていた時もあったということだ。全く身に覚えがないだけに少し怖くなってきた。
「ストーカー呼ばわりされて赤くなってんじゃねー、気持ち悪い!つうか、オヤジコイツだよ、コイツ。」
「何がだ?」
「屯所の前で下品なこと叫んでた女。」
「ええ〜……!?急な飛び火だけど、事実すぎてぐうの音もでないわ……というか、斉藤くんが遊んでやるって言い出したのに、そこを全くの棚に上げてるところが完全に斉藤くんすぎる……今日も推しが尊い。」
早口にそう言った彼女をゴミでも見るような目で見てみるものの、逆効果らしくヘラヘラと気色悪い顔を歪ませている。斉藤が心のそこから後悔しているあの日。そこそこいる親衛隊のうち、この女に白羽の矢を立ててしまったことが全ての失敗の始まりだった。
「つーか俺の方こそ風評被害、甚だしいからよ〜!?お前の話じゃ、俺がクズみてぇじゃねーか。」
「斉藤くんはクズみたいなんじゃなくて、クズなのよ!」
「お前は俺が好きなのか嫌いなのかどっちなんだよ!?」
「クズな斉藤くんが好きなの。」
埒の空かない言い合いに「ちょっと待ってくれ。」と近藤が口を挟む。おそらくこの調子で言い合いしていたところを八木家のご子息に見られたのだろう。完全に実際見てはいない現場が再現されているが念押しする近藤。
「このお嬢さんとお前が下品なことを言ってたと言うことだな?」
「ああ、そうだよ。たまたま犯人も見つかって良かったな。オイ、痴女。お前のせいで八木サンが迷惑してるらしいから気ィつけろよ。ついでに俺にも迷惑かけんじゃねー。」
半ばヤケクソに返す斉藤。流石に本人が登場してはこれ以上の言い逃れはできない。
「八木さんにはよくよく謝っておきます。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。それより皆さんご注文はいかがされますか!?」
「……この流れで注文聞けんのすげぇな。」
永倉の抱いた感想に激しく同意しつつも、この女のお陰で近藤のゲンコツも有耶無耶にできる可能性があると考えた斉藤は今までの会話がなかったかのように好物を頼む。同じく腹を空かせていた幹部たちも各々口を開いた。
そして斉藤の期待も虚しく、鈴音が裏へと戻っていったタイミングで笑顔の近藤が思いっきり彼の頭を殴ったのだった。
「他所のお嬢さん相手にとんでも無いことを言うな。」
「オヤジも見ただろ。あんな痴女、お嬢さんでもなんでもねーよ。」
「あの子、ハジメの親衛隊の一人だよな。それもだいぶ前から居る。ハジメの親衛隊の中で一番話しかけやすいし、可愛いよなーとは密かに思ってたんだけど、イメージ違った。」
すっかり出来てしまった頭のコブを撫でながら、勝手に話を続ける藤堂に「お前も見る目ねぇな。」と斉藤は返す。と言うか人の親衛隊を観察して鼻の下伸ばしてんじゃねー。
「……そう言うハジメこそ、可愛いと思ったからちょっかいかけたんじゃねーの?」
「ンなわけねーだろ。あの女が悪目立ちしてっからだよ。」
自分で言って自分で納得する。そもそも古参の上に、あの目立つ容姿。それで目立たぬわけがないのに、少し離れたところから隠れて見守っているつもりでいるのだ。そんなもの無理やり引っ張り出したくなるに決まっている。
もちろん、どうせ抱くなら多少は好みの女がいいには決まっているので、全くタイプではなかったといえば嘘にはなるが、これがあの女を選んだ理由でもない。
結果、氷山の一角は想定がに大きく、とんでもない痴女だった訳だが……。やはり犯した失態の大きさを悔いた斉藤は大きなため息を吐いたのだった。
「……っ」
裏で料理の出来上がりを待つ鈴音は、軽く涙を流していた。まさかたまたま手伝いに入っていた親戚の定食屋に斉藤が姿を現すとは。この偶然は日頃の行いがいいからだ、と少しばかりは思ってもいいだろう。
というのも鈴音自体はこの辺りでも有名な呉服屋の娘であり普段は家業に勤しんでいる。もちろん親戚は皆、何がしかの商売をしているため、繁忙期はお互いの家を行き来し助け合うのが常であった。なので今回彼女が定食屋にいたのは本当にたまたまなのだが、先日盛大な出禁を食らっただけに鈴音はこのたまたまに心から感謝をしていた。
そんなことを考えているうちに準備の出来た料理。両手に持てるだけ持った彼女は新撰組の幹部たちが座る座敷へと運んでいく。斉藤と会えただけでなく、彼の好物まで把握できたのはかなりの大手柄だ。
喜び勇んでいる彼女とは裏腹に、彼女を見る幹部たちの視線は冷ややかそのものだった。その視線に気づかない彼女ではなかったが、普段より斉藤からの冷ややかな視線に喜びを覚えている人間からすると大したことではない。彼女が一通り料理を運び終わると藤堂が口を開いた。
「なぁなぁ、親衛隊の子らってやっぱハジメと恋仲になりたいとか話してんの?」
「他の子たちはわからないけれど……私は、そういうの全く。」
彼女の返事に意外そうに目を見開く藤堂。実際話すのはほぼ初めてに近いが、彼に関してはどの親衛隊に聞いても『親しみやすい』と答えが返ってくるくらいには、気さくで明るい男だと彼女は認識している。
「全くないってこと?」
「ええ。というか、斉藤くんが誰かと恋仲になるのが地雷なのよ。斉藤くんはいつまでも孤高のサディストでいて欲しいわぁ……」
そのまま彼女の描く斉藤像が脳内で広がっていく。推しのことを話すのはいつだって楽しい。一人盛り上がる彼女をやはり引き気味で見つめる斉藤に、彼女はさらに解釈の一致を喜ぶ。やはり斉藤くんはこうでなければ。
「頼むから痴女のくせに俺のこと語らないでくれる?」
「はい♡ごめんなさい!」
「ハジメ、お前みたいな変態について来れる女早々いねぇんだから、せっかくだから嫁に貰ってやれよ。変態同士お似合いだぜ。」
さも面白そうに提案するのは土方。土方に揶揄われる斉藤の様子は正直見ていて眼福……なのだが、大いに解釈の不一致を引き起こしている鈴音は普段から崩すことのない笑顔を思わず崩してしまう。
「いや、本当にそう言うのはいいんで。例え相手が自分でも斉藤くんにお嫁さんがいるのは耐えられないんで。」
彼女の言葉でさらに吹き出す彼。主に自分の奇行のせいで冷たい空気だったのは確かなので、面白い話題を提供できたようで良かった。
「だからお前、俺が振られたみたいになるからマジでそういう言い方やめろ。」
「斉藤くんはいつでも振る側だから大丈夫よ。それにお嫁さんが出来たら私は親衛隊やめるから……!」
先日もしたやり取りに苛立ったように斉藤が続ける。
「お前がやめようがやめまいが関係ねぇんだよ。つか、恋仲になりたくねぇなら、俺の周りちょろちょろすんじゃねーよ。」
「今日は本当に偶然だし、先に話しかけてきたの斉藤くんよね!?私、結成当初から親衛隊だけど、こんなのは初めてだもの。他の子からも聞いたことないわぁ!」
「……一年近く暑い日も寒い日も俺の罵倒聞くために通ってんのかよ!?さすがの俺も引くわ。」
今までにないくらい至近距離で、本気で引いた斉藤の様子を見ていた彼女は、最近の出来事も思い出し、本当に引き際なのかもしれないと考える。まるで神様が最後の思い出を作ってくれているようなそんな気がしてならない。
「つーかお前、馴れ馴れしいんだよ。歳いくつだよ?」
それでも今日ばかりは彼とのやりとりを楽しんでもいいだろうか。引きつつもこちらの情報を探る様子の彼に淡々と答える。
「十八よ。」
「三つ下かよ。タメきいてんじゃねぇ。」
親衛隊に興味を持つ彼は正直解釈違いな彼女だったが、好いた男であるのも事実。もしこれが最後になるならば、と会話を続ける。
「では敬語にいたします。」
丁寧な言葉遣いに普段から客を相手にするような礼儀正しい所作もつけると、少しばかり黙って鈴音を見つめた斉藤はまた吐きそうな顔を作る。
「気持ちわりぃ。タメのがマシだな。」
「……斉藤くんだわぁ♡」
「その嬉しそうな顔やめろ、痴女。」
それからしばらくの間、新撰組幹部たちの座敷で会話を楽しんだ鈴音だったが、別の客が声をかけてきたためそこでお開きになった。
