序 〜繋がりとかそういうのいいんで!〜
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「今日もかっこよかったわね。」
見廻りから帰ってきた斉藤の後ろ姿を見送った親衛隊は一人、二人とその場を後にしていた。その場に残り、いつもどおり余韻に浸っていた鈴音は同じく余韻に浸る糸目の女の言葉に頷く。彼女はこの親衛隊の創設者であり、鈴音は彼女を『先輩』と呼んでいた。
「本当〜!あの人を見下した目、最高すぎよ〜!」
彼女の言葉に先輩も食えない笑みを浮かべたまま頷く。
それから出待ちする日によって違う斉藤の姿を思い浮かべた鈴音は、今日の様子を噛み締める。親衛隊に一瞥もせず屯所に戻っていくこともあれば、この世で一番汚いものを見るかのような視線を浴びることもある。『邪魔』などと話しかけられた暁には歓喜の嵐だ。
とはいえ普段はフル無視が多いのだが、今日はどこか違和感を覚えた。
「でも今日少し様子変じゃなかった?」
「先輩もそう思う?」
同時期から斉藤の親衛隊として活動する彼女も同じ違和感を感じたなら、この違和感は確かだと鈴音は考え込む。
確かに塩対応なのはいつもどおり。ただいつもよりも親衛隊の面々を見ようとしていた、気がする。親衛隊に興味を持つ斉藤というのはどうにも解釈違いだ、と彼女は内心呟く。
「なんか私たちを観察してた気がしたわよね……?」
「ええ。でもまぁ斉藤くんに限ってそんなことはないかしらね。」
全くの同感だ。先輩の言葉に頷きつつも、とはいえ斉藤本人に聞くわけにもいかない。斉藤の頭の中など、ただの雌豚風情が語れるものではないのだ。
先輩の言葉で自分を無理やり納得させた鈴音は「私もそろそろ戻るわ。」と帰宅を告げた彼女に手を振って挨拶をする。
「はぁい。おつかれさまでした〜!私はもう少しだけ余韻に浸ったら帰るわね!」
「寒いから暖かくしてね、おつかれさま。」
先輩の姿が見えなくなるまで見送り、この後少しだけ買い物に寄ってから帰ることを決めた鈴音はもう一度門に目を向け、斉藤の後ろ姿を思い出す。
こんな風に彼の背中を見送る生活も後少しか、と少しだけ寂しさを覚えつつも、さすがに冷えてきたため踵を返し歩き始めた。
……はずだった。突然背後から何者かに腕を回され引き止められる。たくましい腕を見て相手が男だと判断した鈴音は声を張り上げる。
「……あ、あの!何ですか!?」
「よォ。」
暴漢か、と不安になった彼女は耳元で囁かれた低く甘い声にすぐさま固まる。正体が分かり安心する気持ち半分、一体これから何が起こるのか不安な気持ち半分だ。
「な、んだぁ、斉藤くんじゃない〜。」
耳元で囁かれた声が何度も脳内で再生されている。『邪魔』と話しかけられたときですら、彼の声を聞けた事実にたまらなく嬉しくなる。それが至近距離で聞ける、だなんて……段々と喜びのほうが勝ってきた彼女は再び余韻に浸ってしまっていた。
「声だけでわかるとか、やっぱキメェな。」
この塩対応がたまらない……と斉藤が離れたことで、フラフラと地面に座り込む彼女。気持ち的には今日が命日でも構わない。
しばらく余韻に浸りたいのは山々だったが、今までなかった斉藤から親衛隊に話しかけるというイベントが発生してしまったのは何か理由があるはずだ。そう思い直した鈴音は土をはらいながら立ち上がる。彼の方を見つめれば、先ほど見回りから帰ってきたままの姿のようで、隊服を羽織ったままだった。至近距離で隊服姿の斉藤くんを見られるとか、本当心臓に悪い。
「お前らってよ〜、俺の言うことならなんでも聞くんだよなァ?」
それからしばらく鈴音の様子を見ていた斉藤は、お得意の意地悪げな笑みを浮かべて尋ねる。耳元で囁かれる声といい、隊服姿といい、なんなら背後から抱きしめられたようなものだった、と正直キャパオーバーを起こしそうな鈴音は頷きたい気持ちを抑えつつも泣く泣く首を振る。
「流石にいくら斉藤くんのお願いでも、なんでも言うことは聞かないわぁ!というか、斉藤くんのお願いだからって言うのが正しいかも〜……」
斉藤に対してなんでも言うことを聞くなんて言おうものなら、どうなることか。それはそれは家畜を扱うかのように扱われるのだろう。それも悪くないけれど、深入りは危険だ。いつも友人は鈴音が道を踏み外さないか心配してくれていたが、彼女自身も斉藤が劇薬であることは理解していた。
すると彼女の返事に少しつまらなさそうな顔をした斉藤。どうやら当てが外れたらしい。
「……馬鹿かと思ったら、懸命な判断じゃねぇの。」
「それほどでも〜。」
照れたように後頭部を掻く鈴音に、すぐさま「褒めてねーよ。」と返ってくる。そのまま斉藤はさも残念そうに眉を下げながら続ける。
「お前、他の雌豚どもと違って分を弁えてるみてぇだから、せっかく遊んでやろうと思ったのによ〜。」
なるほど。今日斉藤が親衛隊の顔を探るように見ていた理由に合点が入った。おそらく顔の判別もついていないだろう彼が、何かの目的のために自分を引き留めよう、そう考えた結果の様子見だったということだ。理解して、それから、『遊んでやろう』などと言うただのオモチャくらいにしか思われていない事実に完全一致の解釈だと納得する。他の親衛隊にも話して回りたいし、この発言を掛け軸に残して家に飾りたいくらいだ。
「ま、所詮行き遅れの雌豚だし、そんな度胸ねーか。」
ケタケタと笑う斉藤の様子にいよいよ我慢ならなくなった鈴音は思わず両手で彼の手を掴んでいた。
「……っ何すんだよ!?」
思わず声を張り上げた斉藤。目の前の小柄な女が見せた想定外の俊敏な動きに少し、本当に少しだけ圧倒されていた。これでも新撰組の組長であるこの男は、まさか一般人如きに手を握られるなど到底考えていなかった。
「斉藤くん、最高すぎよ〜!私たちを雌豚どころか、ただのオモチャとしか見てないところが本当に斉藤くんって感じするわぁ!斉藤くんの前じゃ、私たちなんてただのオモチャよね、わかる。私のこと行き遅れの雌豚なんて呼ぶのも本当に解釈一致よ。」
ノンブレスで続けた鈴音に、軽く額に汗を流した斉藤は、未だ訳のわからない感想を述べ続ける彼女を呆れた、否やばいものを見るかのように見つめる。
最初は俺のことが好きなくせに他人を盾にする邪なやつ、という評価だったのが、たちまち親衛隊で一番やばいやつという理解に塗り替えられていく。
「……お、お前、何言っちゃってんの。」
思わずついて出た言葉は想像よりも弱々しかった。なんとか作られた汚物を見るかのような険しい表情に鈴音が怖気付くことはもちろんなく、ますます興奮した様子の彼女はさらに言葉を続ける。
「私がもう捨てるもののない人間なら、喜んで斉藤くんと遊びたいのだけれど、私これから少しでもいい家に嫁がなきゃ行けないから、たとえ斉藤くんでもはじめてはあげられないの……!ごめんなさい……!」
本当に申し訳ないと彼女なりに真剣な顔を作って斉藤を見つめると、少しだけ頬を染めた彼は握られた手を乱暴に振り解いて叫ぶ。
「……お前頭おかしいんじゃねぇの!?つか、俺が振られてるみてぇだからそういう言い方やめろ!」
「心配しないで!斉藤くんはいつだって振る側の人間よ!」
「ニヤニヤして気持ち悪りぃな。さっさと帰れ、痴女!つか二度と顔出すんじゃねー!」
何一つ思い通りにならなかった斉藤の、悔し紛れの叫び声が夕暮れ時の屯所に響き渡る。
先ほどまで彼から飛び出してくる解釈一致な言葉の数々に気分が上がっていた鈴音は、途端、絶望に包まれた。確かにそろそろ頃合いだと思っていた。でも最期ってこんなに呆気ないものなのか、否、斉藤に引導を渡してもらえるなら親衛隊冥利に尽きると捉えるべきか。
もちろん彼の言葉に従わないはずはなくて、その後彼女はフラフラと通い慣れた道を戻った。帰宅までの道のりは冬だということを差し引いてもあまりに色がなかった。
見廻りから帰ってきた斉藤の後ろ姿を見送った親衛隊は一人、二人とその場を後にしていた。その場に残り、いつもどおり余韻に浸っていた鈴音は同じく余韻に浸る糸目の女の言葉に頷く。彼女はこの親衛隊の創設者であり、鈴音は彼女を『先輩』と呼んでいた。
「本当〜!あの人を見下した目、最高すぎよ〜!」
彼女の言葉に先輩も食えない笑みを浮かべたまま頷く。
それから出待ちする日によって違う斉藤の姿を思い浮かべた鈴音は、今日の様子を噛み締める。親衛隊に一瞥もせず屯所に戻っていくこともあれば、この世で一番汚いものを見るかのような視線を浴びることもある。『邪魔』などと話しかけられた暁には歓喜の嵐だ。
とはいえ普段はフル無視が多いのだが、今日はどこか違和感を覚えた。
「でも今日少し様子変じゃなかった?」
「先輩もそう思う?」
同時期から斉藤の親衛隊として活動する彼女も同じ違和感を感じたなら、この違和感は確かだと鈴音は考え込む。
確かに塩対応なのはいつもどおり。ただいつもよりも親衛隊の面々を見ようとしていた、気がする。親衛隊に興味を持つ斉藤というのはどうにも解釈違いだ、と彼女は内心呟く。
「なんか私たちを観察してた気がしたわよね……?」
「ええ。でもまぁ斉藤くんに限ってそんなことはないかしらね。」
全くの同感だ。先輩の言葉に頷きつつも、とはいえ斉藤本人に聞くわけにもいかない。斉藤の頭の中など、ただの雌豚風情が語れるものではないのだ。
先輩の言葉で自分を無理やり納得させた鈴音は「私もそろそろ戻るわ。」と帰宅を告げた彼女に手を振って挨拶をする。
「はぁい。おつかれさまでした〜!私はもう少しだけ余韻に浸ったら帰るわね!」
「寒いから暖かくしてね、おつかれさま。」
先輩の姿が見えなくなるまで見送り、この後少しだけ買い物に寄ってから帰ることを決めた鈴音はもう一度門に目を向け、斉藤の後ろ姿を思い出す。
こんな風に彼の背中を見送る生活も後少しか、と少しだけ寂しさを覚えつつも、さすがに冷えてきたため踵を返し歩き始めた。
……はずだった。突然背後から何者かに腕を回され引き止められる。たくましい腕を見て相手が男だと判断した鈴音は声を張り上げる。
「……あ、あの!何ですか!?」
「よォ。」
暴漢か、と不安になった彼女は耳元で囁かれた低く甘い声にすぐさま固まる。正体が分かり安心する気持ち半分、一体これから何が起こるのか不安な気持ち半分だ。
「な、んだぁ、斉藤くんじゃない〜。」
耳元で囁かれた声が何度も脳内で再生されている。『邪魔』と話しかけられたときですら、彼の声を聞けた事実にたまらなく嬉しくなる。それが至近距離で聞ける、だなんて……段々と喜びのほうが勝ってきた彼女は再び余韻に浸ってしまっていた。
「声だけでわかるとか、やっぱキメェな。」
この塩対応がたまらない……と斉藤が離れたことで、フラフラと地面に座り込む彼女。気持ち的には今日が命日でも構わない。
しばらく余韻に浸りたいのは山々だったが、今までなかった斉藤から親衛隊に話しかけるというイベントが発生してしまったのは何か理由があるはずだ。そう思い直した鈴音は土をはらいながら立ち上がる。彼の方を見つめれば、先ほど見回りから帰ってきたままの姿のようで、隊服を羽織ったままだった。至近距離で隊服姿の斉藤くんを見られるとか、本当心臓に悪い。
「お前らってよ〜、俺の言うことならなんでも聞くんだよなァ?」
それからしばらく鈴音の様子を見ていた斉藤は、お得意の意地悪げな笑みを浮かべて尋ねる。耳元で囁かれる声といい、隊服姿といい、なんなら背後から抱きしめられたようなものだった、と正直キャパオーバーを起こしそうな鈴音は頷きたい気持ちを抑えつつも泣く泣く首を振る。
「流石にいくら斉藤くんのお願いでも、なんでも言うことは聞かないわぁ!というか、斉藤くんのお願いだからって言うのが正しいかも〜……」
斉藤に対してなんでも言うことを聞くなんて言おうものなら、どうなることか。それはそれは家畜を扱うかのように扱われるのだろう。それも悪くないけれど、深入りは危険だ。いつも友人は鈴音が道を踏み外さないか心配してくれていたが、彼女自身も斉藤が劇薬であることは理解していた。
すると彼女の返事に少しつまらなさそうな顔をした斉藤。どうやら当てが外れたらしい。
「……馬鹿かと思ったら、懸命な判断じゃねぇの。」
「それほどでも〜。」
照れたように後頭部を掻く鈴音に、すぐさま「褒めてねーよ。」と返ってくる。そのまま斉藤はさも残念そうに眉を下げながら続ける。
「お前、他の雌豚どもと違って分を弁えてるみてぇだから、せっかく遊んでやろうと思ったのによ〜。」
なるほど。今日斉藤が親衛隊の顔を探るように見ていた理由に合点が入った。おそらく顔の判別もついていないだろう彼が、何かの目的のために自分を引き留めよう、そう考えた結果の様子見だったということだ。理解して、それから、『遊んでやろう』などと言うただのオモチャくらいにしか思われていない事実に完全一致の解釈だと納得する。他の親衛隊にも話して回りたいし、この発言を掛け軸に残して家に飾りたいくらいだ。
「ま、所詮行き遅れの雌豚だし、そんな度胸ねーか。」
ケタケタと笑う斉藤の様子にいよいよ我慢ならなくなった鈴音は思わず両手で彼の手を掴んでいた。
「……っ何すんだよ!?」
思わず声を張り上げた斉藤。目の前の小柄な女が見せた想定外の俊敏な動きに少し、本当に少しだけ圧倒されていた。これでも新撰組の組長であるこの男は、まさか一般人如きに手を握られるなど到底考えていなかった。
「斉藤くん、最高すぎよ〜!私たちを雌豚どころか、ただのオモチャとしか見てないところが本当に斉藤くんって感じするわぁ!斉藤くんの前じゃ、私たちなんてただのオモチャよね、わかる。私のこと行き遅れの雌豚なんて呼ぶのも本当に解釈一致よ。」
ノンブレスで続けた鈴音に、軽く額に汗を流した斉藤は、未だ訳のわからない感想を述べ続ける彼女を呆れた、否やばいものを見るかのように見つめる。
最初は俺のことが好きなくせに他人を盾にする邪なやつ、という評価だったのが、たちまち親衛隊で一番やばいやつという理解に塗り替えられていく。
「……お、お前、何言っちゃってんの。」
思わずついて出た言葉は想像よりも弱々しかった。なんとか作られた汚物を見るかのような険しい表情に鈴音が怖気付くことはもちろんなく、ますます興奮した様子の彼女はさらに言葉を続ける。
「私がもう捨てるもののない人間なら、喜んで斉藤くんと遊びたいのだけれど、私これから少しでもいい家に嫁がなきゃ行けないから、たとえ斉藤くんでもはじめてはあげられないの……!ごめんなさい……!」
本当に申し訳ないと彼女なりに真剣な顔を作って斉藤を見つめると、少しだけ頬を染めた彼は握られた手を乱暴に振り解いて叫ぶ。
「……お前頭おかしいんじゃねぇの!?つか、俺が振られてるみてぇだからそういう言い方やめろ!」
「心配しないで!斉藤くんはいつだって振る側の人間よ!」
「ニヤニヤして気持ち悪りぃな。さっさと帰れ、痴女!つか二度と顔出すんじゃねー!」
何一つ思い通りにならなかった斉藤の、悔し紛れの叫び声が夕暮れ時の屯所に響き渡る。
先ほどまで彼から飛び出してくる解釈一致な言葉の数々に気分が上がっていた鈴音は、途端、絶望に包まれた。確かにそろそろ頃合いだと思っていた。でも最期ってこんなに呆気ないものなのか、否、斉藤に引導を渡してもらえるなら親衛隊冥利に尽きると捉えるべきか。
もちろん彼の言葉に従わないはずはなくて、その後彼女はフラフラと通い慣れた道を戻った。帰宅までの道のりは冬だということを差し引いてもあまりに色がなかった。
