序 〜繋がりとかそういうのいいんで!〜
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「今日も斉藤くんが斉藤くんだったわぁ〜!」
ある日の昼下がりのこと。少しだけ客足の落ち着いた茶屋で一人の女が何か思い出すかのように感嘆の声を上げた。話を聞いていたもう一人の女は呆れた様子で彼女を一瞥し、皿に置かれた団子を頬張る。まさにその話は聞き飽きたと言わんばかりの様子だ。
先ほどから落ち着きのない女は、名を鈴音と言い亜麻色の長い髪を後頭部でリボンのように結んでいる。その女と並んでいるのは濃い緑髪を一本でまとめた女。鈴音の『気の置けない友人』であった。この二人は昔からの友人で、お互い暇を狙ってはこうしてたわいもない話を繰り広げている。
「……斉藤ってあの壬生の?」
友人は呆れつつも、話の続きを促す。このまま放っておいては話が進まないことを知っているからだ。相手が鈴音でなければ放っておくのだが、先ほどからキラキラと目を輝かせ彼女の反応を待つ鈴音を放置するのはどうにも苦手だった。
「そう!あの壬生の狼……!壬生狼って言葉、斉藤くんのためにあるんだと思うの!」
すると興奮したように返す鈴音。リボンのような髪の毛は楽しそうに跳ねている。彼女は新撰組隊士である斉藤一の親衛隊として足繁く新撰組屯所に通っている。初めの頃は、新撰組隊士の親衛隊に入ったなどと説明され、正直かなり理解に苦しんだ友人だったが、今となっては精々訝しげな表情で彼女を見つめるのみくらいにはなった。
「壬生狼って誉めてないでしょ。」
表情を変えずに続けられた友人の言葉に、鈴音も少しだけ表情筋を硬くする。友人の言うとおり、壬生狼というのは新撰組の取り締まりの厳しさ、もう少し言葉を悪くするとガラの悪さを嫌った京の人々が名付けた異名ではある。かっこいいと思うんだけれど……と鈴音は内心呟いた。
「で、その斉藤が今日はどうだったって?」
「と言うか、いつもこの話してるのに毎回新鮮な反応なの興味なさすぎじゃない……!?」
それから恒例行事のように淡々と相槌を打つ友人に対して、あまりに興味なさすぎではないか?と堂々と不平を口にする鈴音。まぁこの友人が興味のない話を文句も言わずに聞いてくれることがどれほど貴重か分かっているので、もちろん彼女とて本気で思っていない。
「同じ話されすぎてこういう反応しかできなくなったのよ。」
同じく彼女に対して全く気を遣わない友人はありのままを伝えた。
「さすがの塩対応だわぁ〜……でも斉藤くんよりは全然。今日も連れない態度と私たち親衛隊を人とも思ってない目線が最高すぎだったの〜!」
うじゃうじゃいる親衛隊の面々が全く目に入っていない様子の斉藤を思い出し歓喜で震える鈴音の様子に、友人はさらに表情を険しくした。
「どうしてそんな男がいいんだか。」
「貴方には分からないかもしれないわ……でも聞いて。決して斉藤くんと恋仲になりたいとか、そう言うのじゃないの。そもそも斉藤くんが誰かと恋仲になるって言うのがどうにも腑に落ちないと言うか、解釈違いと言うか。」
自分で言って納得しかできなかった鈴音は腕を組んだまま深く頷く。難しいところなのだが、斉藤が全く女と関わりがないなどとは彼女も思っておらず、例えば斉藤と人気の花魁が並んでいるのは納得できる。ただ顔も知らぬ本命の女を優しく見つめる斉藤の姿は考えただけで悪寒を催した。そんなことを考えているうちに気づけば団子を食べる手はすっかり止まっていた。そんな鈴音とは裏腹に、やはり彼女の言葉が腑に落ちない様子の友人。
「解釈違いって言うのは?」
友人の言葉に鈴音は一人思考が暴走していたことに気づき、また『友人は親衛隊ではなく一般人である』ことを思い出した。もう少し噛み砕くとどういう言い方になるかしら……?と少しだけ思案してから返す。
「……斉藤くんっぽくない?的な。」
「なるほど。」
どうやら伝わったらしい。
「じゃあ、斉藤に女が出来たら親衛隊はやめるわけね。」
それから友人の発した『斉藤に女が出来たら』という言葉にも少しだけ解釈違いを起こしつつ、もし彼に女が出来たら……と見知らぬ女Aと斉藤の姿を鈴音は思い浮かべる。
「それは……そうかも?斉藤くんに女って言うのがやっぱり想像つかないけれど……」
「はぁ……」
暖簾に腕押しとはこのことか、と本日何回目かも分からないため息を吐いた友人は少しだけ心配そうに鈴音を見つめる。
「あんたの人生だから多くは言わないけどさ、もう十八でしょ?とっくに適齢期も適齢期なんだから、見てるだけで金にも飯にもならない男にうつつ抜かしてないで花嫁修行に縁談、頑張りなさいよ。」
友人の最もすぎる言葉に、飲んでいた茶が途端に苦くなるのを感じる。目の前の友人は鈴音と同い年だが縁に恵まれ、もうすぐ人妻になる予定だ。他にも周りの知り合いや友人たちの中には、子がいるものもいると言う。
友人の言葉だって鈴音を責めているわけではなく、案じているのだと言うことも理解はしていた。
取り残されていく感覚には耐えられるが、こうして二人でのんびりと茶を飲んで過ごす時間もあと少しかもしれない、そう思うと鈴音は多少の寂しさを覚えた。
「でもまぁ……そろそろ潮時かなとは思ってるの。もう斉藤くんの親衛隊になって一年半くらい経つし、十分恋させてもらったもの。」
すると驚いたように目を見開く友人。持ち上げた湯呑みは胸元で止まったままだ。それもそのはず、幾度と続いたこのやり取りに今まで登場したことのなかった会話だったからだ。鈴音自身も自分で発したとはいえ、少しの物悲しさを感じる。一方の友人は安心したように息を吐いた。
「……それは良かった。ソイツにいつハマるかと心配してたのよ。碌な男じゃないから余計。」
「碌な男じゃないようでいい男なところがいいのに。」
「そこに関しては同意しかねる。」
あっさりと返ってきた言葉に、友人には話していない斉藤との出会いを思い出し、やはりこの出会いを知らなければ斉藤一という男の良さは伝わらないのかもしれない、と思い直した鈴音。
そして『金にも飯にもならない恋の終わり』を決心した彼女の思いとは裏腹に斉藤という男と長い付き合いになることをこの時は露とも思っていなかったのは言うまでもない。
ある日の昼下がりのこと。少しだけ客足の落ち着いた茶屋で一人の女が何か思い出すかのように感嘆の声を上げた。話を聞いていたもう一人の女は呆れた様子で彼女を一瞥し、皿に置かれた団子を頬張る。まさにその話は聞き飽きたと言わんばかりの様子だ。
先ほどから落ち着きのない女は、名を鈴音と言い亜麻色の長い髪を後頭部でリボンのように結んでいる。その女と並んでいるのは濃い緑髪を一本でまとめた女。鈴音の『気の置けない友人』であった。この二人は昔からの友人で、お互い暇を狙ってはこうしてたわいもない話を繰り広げている。
「……斉藤ってあの壬生の?」
友人は呆れつつも、話の続きを促す。このまま放っておいては話が進まないことを知っているからだ。相手が鈴音でなければ放っておくのだが、先ほどからキラキラと目を輝かせ彼女の反応を待つ鈴音を放置するのはどうにも苦手だった。
「そう!あの壬生の狼……!壬生狼って言葉、斉藤くんのためにあるんだと思うの!」
すると興奮したように返す鈴音。リボンのような髪の毛は楽しそうに跳ねている。彼女は新撰組隊士である斉藤一の親衛隊として足繁く新撰組屯所に通っている。初めの頃は、新撰組隊士の親衛隊に入ったなどと説明され、正直かなり理解に苦しんだ友人だったが、今となっては精々訝しげな表情で彼女を見つめるのみくらいにはなった。
「壬生狼って誉めてないでしょ。」
表情を変えずに続けられた友人の言葉に、鈴音も少しだけ表情筋を硬くする。友人の言うとおり、壬生狼というのは新撰組の取り締まりの厳しさ、もう少し言葉を悪くするとガラの悪さを嫌った京の人々が名付けた異名ではある。かっこいいと思うんだけれど……と鈴音は内心呟いた。
「で、その斉藤が今日はどうだったって?」
「と言うか、いつもこの話してるのに毎回新鮮な反応なの興味なさすぎじゃない……!?」
それから恒例行事のように淡々と相槌を打つ友人に対して、あまりに興味なさすぎではないか?と堂々と不平を口にする鈴音。まぁこの友人が興味のない話を文句も言わずに聞いてくれることがどれほど貴重か分かっているので、もちろん彼女とて本気で思っていない。
「同じ話されすぎてこういう反応しかできなくなったのよ。」
同じく彼女に対して全く気を遣わない友人はありのままを伝えた。
「さすがの塩対応だわぁ〜……でも斉藤くんよりは全然。今日も連れない態度と私たち親衛隊を人とも思ってない目線が最高すぎだったの〜!」
うじゃうじゃいる親衛隊の面々が全く目に入っていない様子の斉藤を思い出し歓喜で震える鈴音の様子に、友人はさらに表情を険しくした。
「どうしてそんな男がいいんだか。」
「貴方には分からないかもしれないわ……でも聞いて。決して斉藤くんと恋仲になりたいとか、そう言うのじゃないの。そもそも斉藤くんが誰かと恋仲になるって言うのがどうにも腑に落ちないと言うか、解釈違いと言うか。」
自分で言って納得しかできなかった鈴音は腕を組んだまま深く頷く。難しいところなのだが、斉藤が全く女と関わりがないなどとは彼女も思っておらず、例えば斉藤と人気の花魁が並んでいるのは納得できる。ただ顔も知らぬ本命の女を優しく見つめる斉藤の姿は考えただけで悪寒を催した。そんなことを考えているうちに気づけば団子を食べる手はすっかり止まっていた。そんな鈴音とは裏腹に、やはり彼女の言葉が腑に落ちない様子の友人。
「解釈違いって言うのは?」
友人の言葉に鈴音は一人思考が暴走していたことに気づき、また『友人は親衛隊ではなく一般人である』ことを思い出した。もう少し噛み砕くとどういう言い方になるかしら……?と少しだけ思案してから返す。
「……斉藤くんっぽくない?的な。」
「なるほど。」
どうやら伝わったらしい。
「じゃあ、斉藤に女が出来たら親衛隊はやめるわけね。」
それから友人の発した『斉藤に女が出来たら』という言葉にも少しだけ解釈違いを起こしつつ、もし彼に女が出来たら……と見知らぬ女Aと斉藤の姿を鈴音は思い浮かべる。
「それは……そうかも?斉藤くんに女って言うのがやっぱり想像つかないけれど……」
「はぁ……」
暖簾に腕押しとはこのことか、と本日何回目かも分からないため息を吐いた友人は少しだけ心配そうに鈴音を見つめる。
「あんたの人生だから多くは言わないけどさ、もう十八でしょ?とっくに適齢期も適齢期なんだから、見てるだけで金にも飯にもならない男にうつつ抜かしてないで花嫁修行に縁談、頑張りなさいよ。」
友人の最もすぎる言葉に、飲んでいた茶が途端に苦くなるのを感じる。目の前の友人は鈴音と同い年だが縁に恵まれ、もうすぐ人妻になる予定だ。他にも周りの知り合いや友人たちの中には、子がいるものもいると言う。
友人の言葉だって鈴音を責めているわけではなく、案じているのだと言うことも理解はしていた。
取り残されていく感覚には耐えられるが、こうして二人でのんびりと茶を飲んで過ごす時間もあと少しかもしれない、そう思うと鈴音は多少の寂しさを覚えた。
「でもまぁ……そろそろ潮時かなとは思ってるの。もう斉藤くんの親衛隊になって一年半くらい経つし、十分恋させてもらったもの。」
すると驚いたように目を見開く友人。持ち上げた湯呑みは胸元で止まったままだ。それもそのはず、幾度と続いたこのやり取りに今まで登場したことのなかった会話だったからだ。鈴音自身も自分で発したとはいえ、少しの物悲しさを感じる。一方の友人は安心したように息を吐いた。
「……それは良かった。ソイツにいつハマるかと心配してたのよ。碌な男じゃないから余計。」
「碌な男じゃないようでいい男なところがいいのに。」
「そこに関しては同意しかねる。」
あっさりと返ってきた言葉に、友人には話していない斉藤との出会いを思い出し、やはりこの出会いを知らなければ斉藤一という男の良さは伝わらないのかもしれない、と思い直した鈴音。
そして『金にも飯にもならない恋の終わり』を決心した彼女の思いとは裏腹に斉藤という男と長い付き合いになることをこの時は露とも思っていなかったのは言うまでもない。
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