before graduation
廊下が騒がしい。この怒鳴り声は定年間近の生活指導担当の声だろう。真冬なのに元気なことだ。荒々しい足音が西日に照らされた教室の前を通り過ぎて行った。
再び訪れた静寂。教科書をパラリとめくる。
「やれやれ、やっと行ったか」
突然の声に大袈裟にビクついてしまった。声自体は聞きなれたものだ。
しかし──。
「……なんであんたがここにいる」
いるはずのない人物の声だったから驚いているのだ。山姥切国広が顔を上げた先には制服を緩く着崩した鶴丸国永が立っていた。胸のあたりがぎゅっとなる。
「明日で卒業だろう?」
答えになっているような、なっていないようなことを言う。鶴丸はいつもそうだ。こちらが聞いてもはぐらかすばかりでろくに答えてはくれない。
「ここ、間違ってるぞ」
白くて長い指が山姥切のノートの端を指し示す。
「…………」
視線を感じながら無言で消しゴムを動かす。
そう、明日で鶴丸は卒業だ。もう学校内で会うこともないだろう。寂しいか寂しくないかと問われれば寂しいと答えざるを得ない。
それほど鶴丸国永という上級生は山姥切の日常にグイグイズカズカ入り込んでいたのだ。
「なあ、山姥切」
「なんだ」
もう課題に意識がないことがわかるのだろう。確かに数式なんて頭上遙か上を空虚に素通りしている。そもそも数学は苦手なんだ。ホウブツセンノキセキなんて求めて何がしたいのか意味が分からない。
「寂しくなるなあ」
「っ、べ、つに俺は」
「そうかい? 俺はきみに会えなくなるのは寂しいぜ」
ほんとにそう思っているのかわからないような表情で、声で言う。
そう思っていたとしてどうしようもない。鶴丸は明日で卒業してこの高校の生徒ではなくなるし、偶然中庭の紙パック自販機で出くわすことも、放課後気まぐれに勉強を教わることも、何よりこの山姥切の席、教室右奥最後列から目線が合うこともなくなるのだ。
コの字型の校舎、この一年生の教室から窓の外を見ると中庭を挟んで三年生の教室がある。
ある意味有名人の鶴丸と窓越しに目が合ったのはまだ桜が散り始めの春、入学したての頃だった。
つまらなそうに見えた顔が山姥切を認識した途端、人懐こいそれに変わり、それからというもの何かとチョッカイをかけてくるようになったのだ。
五十音順で並んだ席順、何かと待たされることの多い山姥切という苗字でなければおこらなかった出会いだった。
「連絡先……」
「え……」
「きみの連絡先、教えてくれないか?」
必死そうに聞こえたのは気のせいだろうか。そういえば学校に来れば鶴丸の方から現れていたのでラインもメールも知らなかった。
知り合ってから一年近くたつというのに。
山姥切は新しくスマホに登録された鶴丸国永という名前をこそばゆい気持ちで見つめた。我に返って提出期限があと十分しかない課題に大慌てで向き合うまでは。
再び訪れた静寂。教科書をパラリとめくる。
「やれやれ、やっと行ったか」
突然の声に大袈裟にビクついてしまった。声自体は聞きなれたものだ。
しかし──。
「……なんであんたがここにいる」
いるはずのない人物の声だったから驚いているのだ。山姥切国広が顔を上げた先には制服を緩く着崩した鶴丸国永が立っていた。胸のあたりがぎゅっとなる。
「明日で卒業だろう?」
答えになっているような、なっていないようなことを言う。鶴丸はいつもそうだ。こちらが聞いてもはぐらかすばかりでろくに答えてはくれない。
「ここ、間違ってるぞ」
白くて長い指が山姥切のノートの端を指し示す。
「…………」
視線を感じながら無言で消しゴムを動かす。
そう、明日で鶴丸は卒業だ。もう学校内で会うこともないだろう。寂しいか寂しくないかと問われれば寂しいと答えざるを得ない。
それほど鶴丸国永という上級生は山姥切の日常にグイグイズカズカ入り込んでいたのだ。
「なあ、山姥切」
「なんだ」
もう課題に意識がないことがわかるのだろう。確かに数式なんて頭上遙か上を空虚に素通りしている。そもそも数学は苦手なんだ。ホウブツセンノキセキなんて求めて何がしたいのか意味が分からない。
「寂しくなるなあ」
「っ、べ、つに俺は」
「そうかい? 俺はきみに会えなくなるのは寂しいぜ」
ほんとにそう思っているのかわからないような表情で、声で言う。
そう思っていたとしてどうしようもない。鶴丸は明日で卒業してこの高校の生徒ではなくなるし、偶然中庭の紙パック自販機で出くわすことも、放課後気まぐれに勉強を教わることも、何よりこの山姥切の席、教室右奥最後列から目線が合うこともなくなるのだ。
コの字型の校舎、この一年生の教室から窓の外を見ると中庭を挟んで三年生の教室がある。
ある意味有名人の鶴丸と窓越しに目が合ったのはまだ桜が散り始めの春、入学したての頃だった。
つまらなそうに見えた顔が山姥切を認識した途端、人懐こいそれに変わり、それからというもの何かとチョッカイをかけてくるようになったのだ。
五十音順で並んだ席順、何かと待たされることの多い山姥切という苗字でなければおこらなかった出会いだった。
「連絡先……」
「え……」
「きみの連絡先、教えてくれないか?」
必死そうに聞こえたのは気のせいだろうか。そういえば学校に来れば鶴丸の方から現れていたのでラインもメールも知らなかった。
知り合ってから一年近くたつというのに。
山姥切は新しくスマホに登録された鶴丸国永という名前をこそばゆい気持ちで見つめた。我に返って提出期限があと十分しかない課題に大慌てで向き合うまでは。
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