─ 初めての告白
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「ラビ、待って」
廊下の先を歩いていた背中へ声をかける。
ぴたりと。
ラビの足が止まった。
けれど。
振り返らない。
『…………』
主人公は、その背中を見つめた。
以前なら。
名前を呼べば、すぐに振り返った。
いつもの笑顔で。
『なんさ?』
そう言ってくれたのに。
『……何さ?』
今も言葉は同じだった。
けれど。
声が違う。
どこかよそよそしい。
「話したいことがあるの」
『…………』
「こっち見て」
少しの沈黙。
それからようやく。
ラビが振り返った。
『……任務、お疲れさん』
「うん」
『思ったより早かったな』
「うん」
『怪我は?』
「してないよ」
『そっか』
それだけ言って。
また沈黙。
ラビが困ったように視線を逸らした。
『じゃあ、オレ──』
「待って」
歩き出そうとしたラビの袖を掴んだ。
びくりと。
ラビの身体が強張った。
その反応に。
主人公の胸が痛んだ。
「……なんで避けるの?」
『避けてねぇさ』
「避けてる」
『…………』
「私が帰ってきてから、ずっと」
ラビは答えない。
「目も合わせてくれないし、二人になったらすぐいなくなる。前みたいに話してくれない」
『…………』
「どうして?」
『……分かってるだろ』
小さな声だった。
「分かんないよ」
『この前、言ったさ』
ラビが目を伏せる。
──《もう近づくなって言われたら、そうする》
『お前、考えさせてくれって言っただろ』
「言ったよ」
『だから……』
ラビは一度、言葉を切った。
『オレから近づくのは、違うと思った』
「…………」
『お前がどうしたいか決めるまで、待つって決めたんさ』
主人公は、掴んだ袖を離さなかった。
「……じゃあ、なんで目も合わせてくれないの?」
『それは……』
「待つのと、避けるのは違うでしょ」
『…………』
「ラビ」
しばらく。
返事はなかった。
やがて。
『……怖いから』
ぽつりと。
ラビが言った。
「え?」
『お前の答え聞くのが』
いつもの笑顔はなかった。
『任務から帰ってきたって聞いたとき、本当はすぐ会いに行きたかった』
「…………」
『無事だったか聞きたかったし、顔も見たかった』
ラビの拳が、ゆっくり握られる。
『でも、お前の顔見たら……聞きたくなるだろ』
「何を?」
『オレのこと、どう思ってるのか』
胸が大きく鳴った。
『嫌われたかもしれないって思ってんのに……聞けねぇさ』
「ラビ……」
『だから』
少しだけ。
ラビが笑った。
ひどく寂しい笑い方だった。
『このまま離れてた方がいいんじゃねぇかって思ってた』
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に。
はっきりとした拒絶が生まれた。
嫌だ。
それだけは。
絶対に嫌だ。
──
「……勝手に決めないで」
『え?』
「離れた方がいいなんて、勝手に決めないで」
『でも──』
「私、一度もそんなこと言ってない」
『…………』
「ラビのこと嫌いになったなんて、一度も言ってないよ」
ラビの目が揺れた。
『それは……まだ混乱してるだけかもしれねぇだろ』
「違う」
『主人公』
「任務に行ってる間、ずっと考えてた」
ラビが黙る。
「あの夜のことも」
袖を掴む指に、少しだけ力を込めた。
「ラビのことも」
『…………』
「あの夜のことは、今でも覚えてない」
それは変わらない。
何をしたのか。
何を言ったのか。
自分がどんな顔をしていたのか。
何一つ。
「覚えてないことが怖くないって言ったら、嘘になる」
ラビの目が伏せられる。
「だから、すぐに全部大丈夫なんて言えない」
『……うん』
「でもね」
主人公は、一歩近づいた。
「それと、ラビを好きなことは別だった」
ラビが固まった。
『…………え?』
「離れてみて、やっと分かったの」
頬が熱い。
心臓がうるさい。
それでも。
今度は逃げたくなかった。
「任務中も、ずっとラビのこと考えてた」
『…………』
「何かあると、ラビに話したいって思った。帰ったら会いたいって思った」
今まで。
当たり前だと思っていた感情。
「ラビが任務から帰ってくると嬉しかった」
『…………』
「『おかえり』って言うのも好きだった」
ラビの瞳が揺れる。
「一緒にいるのも、話すのも、笑ってるのを見るのも好きだった」
一つずつ。
自分の気持ちを確かめるように。
言葉にしていく。
「ずっと前から好きだったんだと思う」
『……待って』
ラビが掠れた声を出した。
『主人公、それ……』
「友達としてじゃないよ」
『…………』
「ラビのことが好き」
ラビは何も言わなかった。
ただ。
信じられないものを見るように、主人公を見つめていた。
「……あの夜があったからじゃない」
主人公は続ける。
「ラビに好きだったって言われたからでもない」
『…………』
「もっと前から」
ずっと。
気づいていなかっただけ。
「私はラビが好きだった」
『…………』
ラビが顔を背けた。
『……やめてくれ』
「なんで?」
『期待しちまうから』
声が震えていた。
『お前もオレが好きだったなら……あの夜のことも、間違いじゃなかったんじゃないかって』
「…………」
『そんなふうに、自分に都合よく考えそうになる』
ラビは苦しそうに眉を寄せた。
『でも違うだろ』
「うん」
主人公は否定しなかった。
ラビが驚いたように見る。
「私がラビを好きだったことと、あの夜のことは別」
『…………』
「あのときの私は、自分でちゃんと判断できなかった。それは変わらないよ」
『……うん』
「だから」
主人公は、掴んでいた袖を一度離した。
ラビの瞳に。
一瞬だけ、寂しさが浮かぶ。
けれど。
次の瞬間。
主人公は自分から。
もう一度、その手を取った。
「今は、ちゃんと自分で決める」
ラビが息を呑んだ。
『…………』
「これ、薬のせいじゃないよ」
繋いだ手。
自分から伸ばした指。
全部。
今の自分が選んだこと。
「ラビに触りたいって思ったから、触ってる」
『…………』
「離れてほしくないって思ってるのも」
ぎゅっと。
手を握る。
「ラビが好きなのも」
まっすぐ、見つめた。
「全部、私の意思だよ」
ラビの顔が歪んだ。
泣きそうにも。
笑いそうにも見えた。
『……ずるいさ』
「何が?」
『そんなこと言われたら……』
ラビの手が僅かに動く。
けれど。
主人公に触れる寸前で止まった。
『……抱きしめたくなる』
「…………」
以前なら。
きっと、そのまま触れていた。
でも。
今のラビは待っている。
主人公はそれに気づいた。
だから。
今度は自分から答えた。
「……いいよ」
ラビの瞳が揺れる。
「抱きしめて」
『……本当に?』
「うん」
一度頷いて。
それでも足りなくて。
主人公はもう一度、はっきり言った。
「私が、そうしてほしい」
その言葉を聞いてから。
ようやく。
ラビの腕が伸びた。
ゆっくりと。
確かめるように。
主人公の背中へ回る。
強くはない。
少しでも主人公が離れようとすれば。
すぐに解けるような腕だった。
だから主人公は。
自分から一歩、近づいた。
ラビの胸に額を預ける。
その瞬間。
背中に回った腕が震えた。
『……主人公』
「うん」
『オレ……』
声が詰まる。
主人公は顔を上げた。
「ラビ」
『……ん?』
「好き」
ラビの目が見開かれる。
「今のは、ちゃんと覚えてるからね」
『…………』
一瞬。
何を言われたのか分からないような顔をして。
それから。
ラビはくしゃりと顔を歪めた。
『……参ったな』
「何が?」
『それ、ずっと聞きたかった』
抱きしめる腕に。
ほんの少しだけ、力がこもった。
『……オレも好きさ』
今度は。
過去形じゃなかった。
『ずっと、好きだった』
主人公はその言葉を聞いて。
そっと目を閉じた。
あの夜の記憶は戻らない。
消えてしまった時間を、なかったことにもできない。
それでも。
今この瞬間だけは。
どちらか一人の記憶でも。
薬によって歪められた感情でもない。
二人ともが覚えている。
二人ともが、自分で選んだ。
それが。
主人公とラビの──
初めての告白だった。
廊下の先を歩いていた背中へ声をかける。
ぴたりと。
ラビの足が止まった。
けれど。
振り返らない。
『…………』
主人公は、その背中を見つめた。
以前なら。
名前を呼べば、すぐに振り返った。
いつもの笑顔で。
『なんさ?』
そう言ってくれたのに。
『……何さ?』
今も言葉は同じだった。
けれど。
声が違う。
どこかよそよそしい。
「話したいことがあるの」
『…………』
「こっち見て」
少しの沈黙。
それからようやく。
ラビが振り返った。
『……任務、お疲れさん』
「うん」
『思ったより早かったな』
「うん」
『怪我は?』
「してないよ」
『そっか』
それだけ言って。
また沈黙。
ラビが困ったように視線を逸らした。
『じゃあ、オレ──』
「待って」
歩き出そうとしたラビの袖を掴んだ。
びくりと。
ラビの身体が強張った。
その反応に。
主人公の胸が痛んだ。
「……なんで避けるの?」
『避けてねぇさ』
「避けてる」
『…………』
「私が帰ってきてから、ずっと」
ラビは答えない。
「目も合わせてくれないし、二人になったらすぐいなくなる。前みたいに話してくれない」
『…………』
「どうして?」
『……分かってるだろ』
小さな声だった。
「分かんないよ」
『この前、言ったさ』
ラビが目を伏せる。
──《もう近づくなって言われたら、そうする》
『お前、考えさせてくれって言っただろ』
「言ったよ」
『だから……』
ラビは一度、言葉を切った。
『オレから近づくのは、違うと思った』
「…………」
『お前がどうしたいか決めるまで、待つって決めたんさ』
主人公は、掴んだ袖を離さなかった。
「……じゃあ、なんで目も合わせてくれないの?」
『それは……』
「待つのと、避けるのは違うでしょ」
『…………』
「ラビ」
しばらく。
返事はなかった。
やがて。
『……怖いから』
ぽつりと。
ラビが言った。
「え?」
『お前の答え聞くのが』
いつもの笑顔はなかった。
『任務から帰ってきたって聞いたとき、本当はすぐ会いに行きたかった』
「…………」
『無事だったか聞きたかったし、顔も見たかった』
ラビの拳が、ゆっくり握られる。
『でも、お前の顔見たら……聞きたくなるだろ』
「何を?」
『オレのこと、どう思ってるのか』
胸が大きく鳴った。
『嫌われたかもしれないって思ってんのに……聞けねぇさ』
「ラビ……」
『だから』
少しだけ。
ラビが笑った。
ひどく寂しい笑い方だった。
『このまま離れてた方がいいんじゃねぇかって思ってた』
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に。
はっきりとした拒絶が生まれた。
嫌だ。
それだけは。
絶対に嫌だ。
──
「……勝手に決めないで」
『え?』
「離れた方がいいなんて、勝手に決めないで」
『でも──』
「私、一度もそんなこと言ってない」
『…………』
「ラビのこと嫌いになったなんて、一度も言ってないよ」
ラビの目が揺れた。
『それは……まだ混乱してるだけかもしれねぇだろ』
「違う」
『主人公』
「任務に行ってる間、ずっと考えてた」
ラビが黙る。
「あの夜のことも」
袖を掴む指に、少しだけ力を込めた。
「ラビのことも」
『…………』
「あの夜のことは、今でも覚えてない」
それは変わらない。
何をしたのか。
何を言ったのか。
自分がどんな顔をしていたのか。
何一つ。
「覚えてないことが怖くないって言ったら、嘘になる」
ラビの目が伏せられる。
「だから、すぐに全部大丈夫なんて言えない」
『……うん』
「でもね」
主人公は、一歩近づいた。
「それと、ラビを好きなことは別だった」
ラビが固まった。
『…………え?』
「離れてみて、やっと分かったの」
頬が熱い。
心臓がうるさい。
それでも。
今度は逃げたくなかった。
「任務中も、ずっとラビのこと考えてた」
『…………』
「何かあると、ラビに話したいって思った。帰ったら会いたいって思った」
今まで。
当たり前だと思っていた感情。
「ラビが任務から帰ってくると嬉しかった」
『…………』
「『おかえり』って言うのも好きだった」
ラビの瞳が揺れる。
「一緒にいるのも、話すのも、笑ってるのを見るのも好きだった」
一つずつ。
自分の気持ちを確かめるように。
言葉にしていく。
「ずっと前から好きだったんだと思う」
『……待って』
ラビが掠れた声を出した。
『主人公、それ……』
「友達としてじゃないよ」
『…………』
「ラビのことが好き」
ラビは何も言わなかった。
ただ。
信じられないものを見るように、主人公を見つめていた。
「……あの夜があったからじゃない」
主人公は続ける。
「ラビに好きだったって言われたからでもない」
『…………』
「もっと前から」
ずっと。
気づいていなかっただけ。
「私はラビが好きだった」
『…………』
ラビが顔を背けた。
『……やめてくれ』
「なんで?」
『期待しちまうから』
声が震えていた。
『お前もオレが好きだったなら……あの夜のことも、間違いじゃなかったんじゃないかって』
「…………」
『そんなふうに、自分に都合よく考えそうになる』
ラビは苦しそうに眉を寄せた。
『でも違うだろ』
「うん」
主人公は否定しなかった。
ラビが驚いたように見る。
「私がラビを好きだったことと、あの夜のことは別」
『…………』
「あのときの私は、自分でちゃんと判断できなかった。それは変わらないよ」
『……うん』
「だから」
主人公は、掴んでいた袖を一度離した。
ラビの瞳に。
一瞬だけ、寂しさが浮かぶ。
けれど。
次の瞬間。
主人公は自分から。
もう一度、その手を取った。
「今は、ちゃんと自分で決める」
ラビが息を呑んだ。
『…………』
「これ、薬のせいじゃないよ」
繋いだ手。
自分から伸ばした指。
全部。
今の自分が選んだこと。
「ラビに触りたいって思ったから、触ってる」
『…………』
「離れてほしくないって思ってるのも」
ぎゅっと。
手を握る。
「ラビが好きなのも」
まっすぐ、見つめた。
「全部、私の意思だよ」
ラビの顔が歪んだ。
泣きそうにも。
笑いそうにも見えた。
『……ずるいさ』
「何が?」
『そんなこと言われたら……』
ラビの手が僅かに動く。
けれど。
主人公に触れる寸前で止まった。
『……抱きしめたくなる』
「…………」
以前なら。
きっと、そのまま触れていた。
でも。
今のラビは待っている。
主人公はそれに気づいた。
だから。
今度は自分から答えた。
「……いいよ」
ラビの瞳が揺れる。
「抱きしめて」
『……本当に?』
「うん」
一度頷いて。
それでも足りなくて。
主人公はもう一度、はっきり言った。
「私が、そうしてほしい」
その言葉を聞いてから。
ようやく。
ラビの腕が伸びた。
ゆっくりと。
確かめるように。
主人公の背中へ回る。
強くはない。
少しでも主人公が離れようとすれば。
すぐに解けるような腕だった。
だから主人公は。
自分から一歩、近づいた。
ラビの胸に額を預ける。
その瞬間。
背中に回った腕が震えた。
『……主人公』
「うん」
『オレ……』
声が詰まる。
主人公は顔を上げた。
「ラビ」
『……ん?』
「好き」
ラビの目が見開かれる。
「今のは、ちゃんと覚えてるからね」
『…………』
一瞬。
何を言われたのか分からないような顔をして。
それから。
ラビはくしゃりと顔を歪めた。
『……参ったな』
「何が?」
『それ、ずっと聞きたかった』
抱きしめる腕に。
ほんの少しだけ、力がこもった。
『……オレも好きさ』
今度は。
過去形じゃなかった。
『ずっと、好きだった』
主人公はその言葉を聞いて。
そっと目を閉じた。
あの夜の記憶は戻らない。
消えてしまった時間を、なかったことにもできない。
それでも。
今この瞬間だけは。
どちらか一人の記憶でも。
薬によって歪められた感情でもない。
二人ともが覚えている。
二人ともが、自分で選んだ。
それが。
主人公とラビの──
初めての告白だった。
