─ 初めての告白
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廊下の先に、人影があった。
見慣れた赤い髪。
右目を覆う眼帯。
その姿を見つけた瞬間、主人公の足が止まる。
「……ラビ?」
呼ばれたラビも、足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
『…………』
数か月ぶりだった。
ずっと会いたかった。
帰ったら話さなければならないと思っていた。
何度も、頭の中で言葉を考えた。
それなのに。
実際に主人公を目の前にした瞬間。
何も出てこなかった。
「……おかえり」
先に口を開いたのは、主人公だった。
いつもと同じ言葉。
以前なら、それだけで嬉しかった。
任務から帰るたび。
彼女が誰より先にそう言ってくれることが、密かに好きだった。
けれど今は。
その優しさが、痛かった。
『……ただいまさ』
どうにか笑う。
いつものように。
けれど、主人公と目が合った瞬間。
その笑顔が僅かに強張った。
主人公は、それを見逃さなかった。
「長かったね」
『まあな。途中で任務が増えちまって』
「……うん」
沈黙が落ちる。
以前なら、こんなことはなかった。
何でもない話をして。
ラビが冗談を言って。
主人公が笑って。
そのまま自然に隣を歩けた。
なのに今は。
数歩しか離れていないはずのラビが、ひどく遠く感じる。
『じゃあ、オレ、報告があるから』
ラビが視線を逸らした。
『またあとでな』
すれ違おうとする。
「ラビ」
足が止まった。
『……ん?』
振り返らない。
その背中を見つめながら、主人公は唇を噛んだ。
ずっと聞きたかった。
数か月。
本人が帰ってくるまで、ずっと。
「聞きたいことがあるの」
『…………』
「数か月前の……ラビが任務に行く前の夜」
ラビの肩が、僅かに強張った。
それだけで。
主人公には分かってしまった。
──知ってる。
ラビは、あの夜のことを知っている。
「医療班から聞いたの」
『……何を?』
「科学班で浴びた薬のこと」
ラビは何も言わない。
「すごく強い薬だったって。正常な判断ができなくなることもあるって」
『……』
「それから……作用してる間の記憶がなくなることもあるって」
ラビの拳が、ゆっくり握られる。
主人公は続けた。
「私、本当に覚えてないの」
声が僅かに震えた。
「薬を浴びて……身体が熱くなって……廊下を歩いて……」
途切れ途切れの記憶。
その最後に残っているのは。
「ラビを見つけたところまでは、覚えてる」
『…………』
「それから先が、ないの」
ラビが目を伏せる。
「目が覚めたら、ラビの部屋にいた」
その言葉に、ラビの表情が歪んだ。
「でも、ラビはいなかった」
『……悪かった』
「違う」
主人公首を振った。
謝ってほしいわけじゃない。
今はただ。
知りたい。
「教えて」
『…………』
「私、あの夜……ラビに何したの?」
長い沈黙。
ラビは答えなかった。
答えられなかった。
「ラビ」
『…主人公』
ようやく名前を呼ばれる。
けれど。
ラビはまだ、主人公を見なかった。
『お前は、何も悪くない』
「でも──」
『悪くないんさ』
今度は、はっきりと言った。
『薬のせいだった。お前は……まともに判断できる状態じゃなかった』
主人公の胸がざわつく。
「じゃあ……何があったの?」
『…………』
「お願い。教えて」
逃げることもできた。
誤魔化すこともできた。
主人公が覚えていないのなら。
何もなかったことにしてしまうことだってできた。
けれど。
──帰ってきたら、ちゃんと話す。
あの朝。
そう決めた。
何を言われても。
嫌われても。
逃げないと決めた。
ラビはゆっくり息を吐く。
そして、ようやく主人公を見た。
『……オレが、止めなかった』
「……え?」
『お前がオレを求めてきた』
主人公の目が僅かに見開かれる。
『でも、それは薬のせいだった。分かってたさ。いつものお前じゃないって』
「…………」
『分かってたのに……』
声が震える。
『オレは、止めなかった』
主人公は何も言えなかった。
嫌な予感だけが、少しずつ形になっていく。
「それって……」
ラビが目を伏せる。
そして。
絞り出すように告げた。
『……一線、越えた』
「…………」
音が消えたような気がした。
廊下を歩く人の声も。
遠くから聞こえる科学班の騒ぎも。
何も聞こえない。
主人公はただ、ラビを見つめていた。
ラビは笑わなかった。
いつもの軽口もなかった。
ただ、逃げずにそこに立っていた。
『……ごめん』
「…………」
『何回でも止められた』
ぽつり、ぽつりと。
数か月間、自分を責め続けてきた言葉がこぼれていく。
『お前が何も分かんなくなってたなら、オレが止めなきゃいけなかった』
「ラビ……」
『なのに、できなかった』
拳が震えていた。
『……オレ、お前のことが好きだったから』
クレアの瞳が揺れる。
ラビはすぐに首を振った。
『でも、そんなの理由にならねぇさ』
主人公を好きだった。
だから嬉しかった。
求められて。
名前を呼ばれて。
自分だけを見てもらえて。
だからこそ。
その感情を言い訳にはしたくなかった。
『お前が悪いんじゃない』
ラビはまっすぐ主人公を見る。
『オレが悪い』
「…………」
『嫌われてもいい。もう近づくなって言われたら、そうする』
一度、言葉を切る。
『でも……何もなかったことにするのだけは、できねぇから』
主人公は答えられなかった。
頭の中が追いつかない。
覚えていない。
自分がラビを求めたことも。
二人の間に何があったのかも。
何一つ。
それなのに。
目の前のラビだけが、そのすべてを覚えている。
「……少し」
ようやく声が出た。
「少し、考えさせて」
ラビの胸が痛んだ。
それでも。
『……うん』
それしか言えなかった。
主人公は俯いたまま、ゆっくりラビの横を通り過ぎる。
呼び止めることはできなかった。
足音が遠ざかっていく。
ラビは振り返らない。
主人公も振り返らなかった。
数か月ぶりに。
ようやく会えたのに。
以前なら当たり前だった二人の距離は。
手を伸ばせば届くほど近くにいるのに──
今までで一番、遠かった。
見慣れた赤い髪。
右目を覆う眼帯。
その姿を見つけた瞬間、主人公の足が止まる。
「……ラビ?」
呼ばれたラビも、足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
『…………』
数か月ぶりだった。
ずっと会いたかった。
帰ったら話さなければならないと思っていた。
何度も、頭の中で言葉を考えた。
それなのに。
実際に主人公を目の前にした瞬間。
何も出てこなかった。
「……おかえり」
先に口を開いたのは、主人公だった。
いつもと同じ言葉。
以前なら、それだけで嬉しかった。
任務から帰るたび。
彼女が誰より先にそう言ってくれることが、密かに好きだった。
けれど今は。
その優しさが、痛かった。
『……ただいまさ』
どうにか笑う。
いつものように。
けれど、主人公と目が合った瞬間。
その笑顔が僅かに強張った。
主人公は、それを見逃さなかった。
「長かったね」
『まあな。途中で任務が増えちまって』
「……うん」
沈黙が落ちる。
以前なら、こんなことはなかった。
何でもない話をして。
ラビが冗談を言って。
主人公が笑って。
そのまま自然に隣を歩けた。
なのに今は。
数歩しか離れていないはずのラビが、ひどく遠く感じる。
『じゃあ、オレ、報告があるから』
ラビが視線を逸らした。
『またあとでな』
すれ違おうとする。
「ラビ」
足が止まった。
『……ん?』
振り返らない。
その背中を見つめながら、主人公は唇を噛んだ。
ずっと聞きたかった。
数か月。
本人が帰ってくるまで、ずっと。
「聞きたいことがあるの」
『…………』
「数か月前の……ラビが任務に行く前の夜」
ラビの肩が、僅かに強張った。
それだけで。
主人公には分かってしまった。
──知ってる。
ラビは、あの夜のことを知っている。
「医療班から聞いたの」
『……何を?』
「科学班で浴びた薬のこと」
ラビは何も言わない。
「すごく強い薬だったって。正常な判断ができなくなることもあるって」
『……』
「それから……作用してる間の記憶がなくなることもあるって」
ラビの拳が、ゆっくり握られる。
主人公は続けた。
「私、本当に覚えてないの」
声が僅かに震えた。
「薬を浴びて……身体が熱くなって……廊下を歩いて……」
途切れ途切れの記憶。
その最後に残っているのは。
「ラビを見つけたところまでは、覚えてる」
『…………』
「それから先が、ないの」
ラビが目を伏せる。
「目が覚めたら、ラビの部屋にいた」
その言葉に、ラビの表情が歪んだ。
「でも、ラビはいなかった」
『……悪かった』
「違う」
主人公首を振った。
謝ってほしいわけじゃない。
今はただ。
知りたい。
「教えて」
『…………』
「私、あの夜……ラビに何したの?」
長い沈黙。
ラビは答えなかった。
答えられなかった。
「ラビ」
『…主人公』
ようやく名前を呼ばれる。
けれど。
ラビはまだ、主人公を見なかった。
『お前は、何も悪くない』
「でも──」
『悪くないんさ』
今度は、はっきりと言った。
『薬のせいだった。お前は……まともに判断できる状態じゃなかった』
主人公の胸がざわつく。
「じゃあ……何があったの?」
『…………』
「お願い。教えて」
逃げることもできた。
誤魔化すこともできた。
主人公が覚えていないのなら。
何もなかったことにしてしまうことだってできた。
けれど。
──帰ってきたら、ちゃんと話す。
あの朝。
そう決めた。
何を言われても。
嫌われても。
逃げないと決めた。
ラビはゆっくり息を吐く。
そして、ようやく主人公を見た。
『……オレが、止めなかった』
「……え?」
『お前がオレを求めてきた』
主人公の目が僅かに見開かれる。
『でも、それは薬のせいだった。分かってたさ。いつものお前じゃないって』
「…………」
『分かってたのに……』
声が震える。
『オレは、止めなかった』
主人公は何も言えなかった。
嫌な予感だけが、少しずつ形になっていく。
「それって……」
ラビが目を伏せる。
そして。
絞り出すように告げた。
『……一線、越えた』
「…………」
音が消えたような気がした。
廊下を歩く人の声も。
遠くから聞こえる科学班の騒ぎも。
何も聞こえない。
主人公はただ、ラビを見つめていた。
ラビは笑わなかった。
いつもの軽口もなかった。
ただ、逃げずにそこに立っていた。
『……ごめん』
「…………」
『何回でも止められた』
ぽつり、ぽつりと。
数か月間、自分を責め続けてきた言葉がこぼれていく。
『お前が何も分かんなくなってたなら、オレが止めなきゃいけなかった』
「ラビ……」
『なのに、できなかった』
拳が震えていた。
『……オレ、お前のことが好きだったから』
クレアの瞳が揺れる。
ラビはすぐに首を振った。
『でも、そんなの理由にならねぇさ』
主人公を好きだった。
だから嬉しかった。
求められて。
名前を呼ばれて。
自分だけを見てもらえて。
だからこそ。
その感情を言い訳にはしたくなかった。
『お前が悪いんじゃない』
ラビはまっすぐ主人公を見る。
『オレが悪い』
「…………」
『嫌われてもいい。もう近づくなって言われたら、そうする』
一度、言葉を切る。
『でも……何もなかったことにするのだけは、できねぇから』
主人公は答えられなかった。
頭の中が追いつかない。
覚えていない。
自分がラビを求めたことも。
二人の間に何があったのかも。
何一つ。
それなのに。
目の前のラビだけが、そのすべてを覚えている。
「……少し」
ようやく声が出た。
「少し、考えさせて」
ラビの胸が痛んだ。
それでも。
『……うん』
それしか言えなかった。
主人公は俯いたまま、ゆっくりラビの横を通り過ぎる。
呼び止めることはできなかった。
足音が遠ざかっていく。
ラビは振り返らない。
主人公も振り返らなかった。
数か月ぶりに。
ようやく会えたのに。
以前なら当たり前だった二人の距離は。
手を伸ばせば届くほど近くにいるのに──
今までで一番、遠かった。
