─ 初めての告白
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あの夜から、数か月。
ラビは、一度も本部へ戻っていなかった。
事件の翌朝。
まだ空が白み始めるよりも早く、ラビのもとへ緊急任務の命令が届いた。
本来なら、数日で戻るはずだった。
けれど現地へ向かう途中で新たなAKUMAの出現が確認され、そのまま別の任務へ合流。
さらに次の任務。
また次の任務。
気づけば、数か月が経っていた。
その間。
ラビは、以前よりずっと笑うようになった。
──正確には。
笑うことが増えた。
ファインダーに話しかけられれば笑う。
任務に出れば軽口を叩く。
『ラビ、今日ずいぶん機嫌いいな』
「そう見える?」
『見えるよ』
「じゃあ、そういうことにしとくさ」
いつも通り。
何も変わっていない。
そう思わせるために、ラビは笑っていた。
──笑っていれば、何もなかったことにできる気がしたから。
ブックマンとして必要な記録も、これまで通りこなした。
AKUMAの出現地点。
被害状況。
イノセンスの反応。
目にしたものを記録し、次の土地へ向かう。
ただ。
一人になると、その笑顔は消えた。
夜。
任務先の宿。
薄暗い部屋で、一人ベッドに腰掛ける。
窓の外には、知らない町の明かりが見えていた。
「……」
静かだった。
静かすぎて。
こんなときほど、思い出してしまう。
本部の中庭。
月明かり。
一人で歌っていた主人公。
ラビが声をかけたとき、驚いて振り返った彼女。
そして、少し恥ずかしそうにしながら。
『……ラビなら、いてもいい』
そう言ってくれた。
ラビにとっては、何より大切な記憶だった。
今頃、主人公は本部にいる。
そう思うだけで、胸の奥が痛くなる。
あの夜のあと。
まともに顔を見ることすらできないまま、任務へ出た。
何も話せなかった。
何も聞けなかった。
そして──
彼女が目を覚ましたあと、何を知ったのか。
ラビには分からない。
薬の正体を聞いたのかもしれない。
自分に何が起きたのか、誰かに尋ねたかもしれない。
あるいは。
──ラビと何かあったのではないか。
そう気づいているかもしれない。
考えるたびに、胃の奥が重くなる。
「……オレは」
誰もいない部屋で、ラビは小さく呟く。
「何やってるんさ……」
彼女は薬に侵されていた。
正常な判断ができる状態ではなかった。
そして何より──
彼女は、あの夜のことを何も覚えていない。
その事実が、ラビを苦しめていた。
もし彼女が覚えていたなら。
もし自分が彼女に拒絶されていたなら。
もし、あの夜が起こる前に自分が彼女を医療班へ連れて行けていたなら。
何度考えても、時間は戻らない。
「……オレが止めるべきだった」
拳を握る。
爪が手のひらに食い込む。
「お前が何も分からなくなってたなら……なおさら」
言葉が途切れる。
ラビは目を閉じる。
浮かんだのは、あの夜の彼女ではなかった。
いつもの主人公だった。
仲間と笑っている顔。
科学班の連中と楽しそうに話している顔。
自分を見つけると、少しだけ嬉しそうに笑う顔。
そして──
自分の隣で歌っている顔。
「……あんな顔で、オレのこと見てくれてたのに」
自分だけが、その気持ちを知っていた。
彼女が自分を信頼してくれていたことも。
隣に座ることを許してくれたことも。
歌を聞かせてくれたことも。
全部知っていた。
それなのに。
「……最低さ」
ラビは俯いた。
ブックマンとしてなら、もっと冷静でいなければならなかった。
仲間としてなら、彼女を守らなければならなかった。
そして──彼女を好きな男としてなら。
なおさら、彼女の意思を守らなければならなかった。
なのに。
「……オレは、好きだったから」
その言葉が、一番苦しかった。
嫌いだったわけじゃない。
どうでもよかったわけでもない。
むしろ逆だった。
誰より大切だった。
だからこそ、ラビは自分を許せなかった。
好きだったから、触れたかった。
好きだったから、求められたことが嬉しかった。
──けれど。
それは、彼女が本当に望んだことじゃない。
薬に意識を侵されて、自分が何をしているのかも分からないまま伸ばされた手を。
ラビは振り払えなかった。
そして、もう一つ。
どうしても忘れられないものがあった。
『……好き』
あの夜。
朦朧とした主人公が口にした言葉。
主人公自身は、きっと覚えていない。
けれどラビだけは、覚えている。
何度忘れようとしても。
耳の奥に残り続けている。
「……あれも」
ラビは小さく息を吐いた。
「薬のせいだったんかな……」
答えを知る方法はない。
本人に聞くことなんて、できるはずもなかった。
もし。
あの言葉が本心だったら。
そう期待してしまう自分がいる。
けれど次の瞬間には、その期待そのものに吐き気がするほどの罪悪感が押し寄せる。
薬に侵されていた彼女の言葉に。
何を期待している。
「……ほんっと、最低さ」
自嘲するように笑った。
けれど。
その笑顔はすぐに消えた。
数か月。
任務が終わるたびに、次の任務が入った。
本部へ戻れないことに、安堵している自分がいた。
主人公に会わなくて済む。
彼女の顔を見なくて済む。
何も知らない彼女の前で、いつものラビを演じなくて済む。
──その一方で。
会いたかった。
どうしようもないほど。
声が聞きたかった。
歌が聞きたかった。
笑った顔が見たかった。
もう一度。
『ラビ』
そう呼んでほしかった。
ラビは、一度も本部へ戻っていなかった。
事件の翌朝。
まだ空が白み始めるよりも早く、ラビのもとへ緊急任務の命令が届いた。
本来なら、数日で戻るはずだった。
けれど現地へ向かう途中で新たなAKUMAの出現が確認され、そのまま別の任務へ合流。
さらに次の任務。
また次の任務。
気づけば、数か月が経っていた。
その間。
ラビは、以前よりずっと笑うようになった。
──正確には。
笑うことが増えた。
ファインダーに話しかけられれば笑う。
任務に出れば軽口を叩く。
『ラビ、今日ずいぶん機嫌いいな』
「そう見える?」
『見えるよ』
「じゃあ、そういうことにしとくさ」
いつも通り。
何も変わっていない。
そう思わせるために、ラビは笑っていた。
──笑っていれば、何もなかったことにできる気がしたから。
ブックマンとして必要な記録も、これまで通りこなした。
AKUMAの出現地点。
被害状況。
イノセンスの反応。
目にしたものを記録し、次の土地へ向かう。
ただ。
一人になると、その笑顔は消えた。
夜。
任務先の宿。
薄暗い部屋で、一人ベッドに腰掛ける。
窓の外には、知らない町の明かりが見えていた。
「……」
静かだった。
静かすぎて。
こんなときほど、思い出してしまう。
本部の中庭。
月明かり。
一人で歌っていた主人公。
ラビが声をかけたとき、驚いて振り返った彼女。
そして、少し恥ずかしそうにしながら。
『……ラビなら、いてもいい』
そう言ってくれた。
ラビにとっては、何より大切な記憶だった。
今頃、主人公は本部にいる。
そう思うだけで、胸の奥が痛くなる。
あの夜のあと。
まともに顔を見ることすらできないまま、任務へ出た。
何も話せなかった。
何も聞けなかった。
そして──
彼女が目を覚ましたあと、何を知ったのか。
ラビには分からない。
薬の正体を聞いたのかもしれない。
自分に何が起きたのか、誰かに尋ねたかもしれない。
あるいは。
──ラビと何かあったのではないか。
そう気づいているかもしれない。
考えるたびに、胃の奥が重くなる。
「……オレは」
誰もいない部屋で、ラビは小さく呟く。
「何やってるんさ……」
彼女は薬に侵されていた。
正常な判断ができる状態ではなかった。
そして何より──
彼女は、あの夜のことを何も覚えていない。
その事実が、ラビを苦しめていた。
もし彼女が覚えていたなら。
もし自分が彼女に拒絶されていたなら。
もし、あの夜が起こる前に自分が彼女を医療班へ連れて行けていたなら。
何度考えても、時間は戻らない。
「……オレが止めるべきだった」
拳を握る。
爪が手のひらに食い込む。
「お前が何も分からなくなってたなら……なおさら」
言葉が途切れる。
ラビは目を閉じる。
浮かんだのは、あの夜の彼女ではなかった。
いつもの主人公だった。
仲間と笑っている顔。
科学班の連中と楽しそうに話している顔。
自分を見つけると、少しだけ嬉しそうに笑う顔。
そして──
自分の隣で歌っている顔。
「……あんな顔で、オレのこと見てくれてたのに」
自分だけが、その気持ちを知っていた。
彼女が自分を信頼してくれていたことも。
隣に座ることを許してくれたことも。
歌を聞かせてくれたことも。
全部知っていた。
それなのに。
「……最低さ」
ラビは俯いた。
ブックマンとしてなら、もっと冷静でいなければならなかった。
仲間としてなら、彼女を守らなければならなかった。
そして──彼女を好きな男としてなら。
なおさら、彼女の意思を守らなければならなかった。
なのに。
「……オレは、好きだったから」
その言葉が、一番苦しかった。
嫌いだったわけじゃない。
どうでもよかったわけでもない。
むしろ逆だった。
誰より大切だった。
だからこそ、ラビは自分を許せなかった。
好きだったから、触れたかった。
好きだったから、求められたことが嬉しかった。
──けれど。
それは、彼女が本当に望んだことじゃない。
薬に意識を侵されて、自分が何をしているのかも分からないまま伸ばされた手を。
ラビは振り払えなかった。
そして、もう一つ。
どうしても忘れられないものがあった。
『……好き』
あの夜。
朦朧とした主人公が口にした言葉。
主人公自身は、きっと覚えていない。
けれどラビだけは、覚えている。
何度忘れようとしても。
耳の奥に残り続けている。
「……あれも」
ラビは小さく息を吐いた。
「薬のせいだったんかな……」
答えを知る方法はない。
本人に聞くことなんて、できるはずもなかった。
もし。
あの言葉が本心だったら。
そう期待してしまう自分がいる。
けれど次の瞬間には、その期待そのものに吐き気がするほどの罪悪感が押し寄せる。
薬に侵されていた彼女の言葉に。
何を期待している。
「……ほんっと、最低さ」
自嘲するように笑った。
けれど。
その笑顔はすぐに消えた。
数か月。
任務が終わるたびに、次の任務が入った。
本部へ戻れないことに、安堵している自分がいた。
主人公に会わなくて済む。
彼女の顔を見なくて済む。
何も知らない彼女の前で、いつものラビを演じなくて済む。
──その一方で。
会いたかった。
どうしようもないほど。
声が聞きたかった。
歌が聞きたかった。
笑った顔が見たかった。
もう一度。
『ラビ』
そう呼んでほしかった。
