Ⅳ 黒の教団
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ヘブラスカとの適合検査を終えたあと。
主人公はコムイに連れられ、黒の教団本部の廊下を歩いていた。
両手首には、水晶のバングル。
そして首には、つい先ほど二つ目のイノセンスだと知らされたばかりの赤黒いチョーカー。
──二つのイノセンス。
その事実は秘匿されることになった。
だから、これから出会う人たちにとって主人公は、ただ新しく教団へやってきた、水晶のバングルを装備するエクソシスト。
それだけだ。
『……緊張してる?』
隣を歩くコムイに聞かれ、主人公は少しだけ困った顔で笑った。
「ちょっとだけですけど…」
『大丈夫、大丈夫。今日は運がいいよ』
「運?」
『珍しく、沢山本部にいるんだ』
その意味を理解するより先に、コムイが大きな扉を開いた。
『みんなー! 新人連れてきたよー!』
「えっ」
心の準備をする暇もなかった。
広い食堂。
そして──そこにいた何人もの人間が、一斉にこちらを振り向いた。
主人公の身体が固まる。
『……新人?』
最初に立ち上がったのは、黒髪の少女だった。
『女の子!』
ぱっと表情を明るくして、こちらへ駆け寄ってくる。
『初めまして! 私、リナリー・リー。よろしくね!』
差し出された手。
主人公は一瞬それを見つめてから、慌てて握り返した。
「あ……主人公です。よろしくお願いします」
『主人公ね』
リナリーが嬉しそうに笑う。
『分からないことがあったら何でも聞いてね』
「あ、ありがとうございます」
続いて近づいてきたのは、白髪の少年だった。
左目の周囲に、不思議な模様がある。
『アレン・ウォーカーです』
少年──アレンは穏やかに微笑んだ。
『僕もエクソシストです。よろしくお願いします、主人公』
「よろしくお願いします」
主人公も頭を下げる。
『……アレンくんって呼んでもいい?』
「もちろんです」
その隣では、長い黒髪の青年がこちらを一瞥した。
『神田』
短い。
あまりにも短い自己紹介だった。
「……よろしくお願いします」
主人公が恐る恐る頭を下げる。
『…………』
神田は何も言わない。
ただ、ほんのわずかに顎を引いた。
挨拶を返してくれた──のだろうか。
主人公が判断に困っていると、
『気にしなくていいですよ』
小さな声が聞こえた。
振り向く。
『あ、あの……ミランダ・ロットーです……』
おどおどしながら女性が頭を下げている。
『わ、私なんかが先輩ですみません……!』
「え?」
『もっとちゃんとした人が先輩だったほうが……』
「そんなことないです」
主人公は即座に答えた。
ミランダが目を瞬く。
「私、まだ何にも分からないから。教えてもらえたら嬉しいです」
『わ、私でいいの……?』
「もちろん」
主人公が笑う。
その瞬間、ミランダの目にじわっと涙が浮かんだ。
『主人公ちゃん……!』
「えっ、あっ……泣かないでください……!」
突然泣き始めたミランダに主人公が慌てる。
その様子を見て、食堂のあちこちから笑い声が上がった。
そして。
『よっ』
聞き覚えのある声。
振り向いた瞬間、主人公の表情が少しだけ緩んだ。
赤い髪。
眼帯。
「ラビ…さん」
『また会ったな、主人公』
ラビが片手を上げる。
『ちゃんと辿り着けたみたいさ』
「はい!」
知っている顔を見つけたことが、思っていた以上に嬉しかった。
主人公は小さく笑う。
「ラビさんのおかげでもあります。ありがとうございます」
「オレ?」
ラビが目を丸くする。
『オレ、ほとんど何もしてねーけど』
「最初にいろいろ教えてくれたので」
『……律儀だなぁ、主人公は』
『あと、オレのことはラビでいいさ!』
「ラビ…!」
ラビが笑った。
そのときだった。
パンッ!
突然、大きな音が響いた。
「っ!?」
主人公が肩を跳ねさせる。
『主人公、黒の教団入団──』
コムイが両手を広げた。
『おめでとーう!』
「…………え?」
ぱちぱちぱちぱち。
拍手。
主人公は完全に固まった。
「……何ですか?」
『入団祝いよ』
リナリーが笑う。
『せっかく今日は珍しくエクソシストが揃ってるんだもの』
「でも……」
主人公は周囲を見回した。
いつの間に用意したのか、テーブルには料理が並び始めている。
「私の……?」
『他に誰がいるんですか?』
アレンが笑った。
「……だって」
主人公は困惑したまま呟く。
「今日来たばっかりなのに」
『だからじゃん』
ラビが椅子を引いた。
『ほら、主役』
「主役……?」
『主人公の歓迎会なんだから、主人公が主役さ』
「…………」
促されるまま座る。
目の前には温かい料理。
周囲には、今日初めて会ったばかりの人たち。
リナリーが料理を取り分けてくれる。
アレンはものすごい勢いで食べ始めている。
「……アレンくん、そんなに食べるの?」
『これくらい普通ですよ』
『普通じゃねーさ』
ラビが突っ込む。
ミランダが慌てて飲み物をこぼしかけ、
「気をつけて」
主人公が咄嗟にグラスを押さえる。
『ご、ごめんなさい!』
「大丈夫ですよ。こぼれてないから」
少し離れた席では神田が明らかに騒がしそうな顔をしている。
『神田ももっとこっち来ればいいのに』
『うるせぇ』
『ユウ、照れてんの?』
『殺すぞ、ウサギ』
『なんでオレ!?』
また笑い声が起こった。
主人公は、その光景をじっと見つめていた。
騒がしい。
みんな好き勝手に喋っている。
誰かが笑って。
誰かが怒って。
誰かが失敗して。
それをまた誰かが笑って。
なのに。
不思議と、嫌ではなかった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
『主人公?』
隣からリナリーに呼ばれた。
『どうしたの?』
「……ううん」
主人公は首を横に振る。
「なんか……」
言葉を探す。
けれど、うまく見つからない。
自分のために料理が並んでいる。
自分のために人が集まっている。
今日会ったばかりなのに。
ここにいていいのだと、当たり前のように席を空けてもらえた。
「……あったかいなって」
ぽつりと呟いた。
リナリーが目を細める。
『ここが?』
「はい」
主人公はもう一度、みんなを見る。
アレン。
神田。
ミランダ。
ラビ。
リナリー。
そしてコムイ。
知らない人ばかりだったはずなのに。
気づけば──。
主人公の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
作ったものではない。
誰かを安心させるためでもない。
ただ、嬉しくて。
「……ありがとう」
小さな声だった。
それでも、隣のリナリーには聞こえていた。
『これからよろしくね、クレア』
「……はい!」
主人公は笑った。
「よろしくお願いします」
その夜。
記憶を失ってから初めて。
クレアは大勢の笑い声に囲まれながら、
ここに来てよかったと──
ほんの少しだけ、そう思った。
主人公はコムイに連れられ、黒の教団本部の廊下を歩いていた。
両手首には、水晶のバングル。
そして首には、つい先ほど二つ目のイノセンスだと知らされたばかりの赤黒いチョーカー。
──二つのイノセンス。
その事実は秘匿されることになった。
だから、これから出会う人たちにとって主人公は、ただ新しく教団へやってきた、水晶のバングルを装備するエクソシスト。
それだけだ。
『……緊張してる?』
隣を歩くコムイに聞かれ、主人公は少しだけ困った顔で笑った。
「ちょっとだけですけど…」
『大丈夫、大丈夫。今日は運がいいよ』
「運?」
『珍しく、沢山本部にいるんだ』
その意味を理解するより先に、コムイが大きな扉を開いた。
『みんなー! 新人連れてきたよー!』
「えっ」
心の準備をする暇もなかった。
広い食堂。
そして──そこにいた何人もの人間が、一斉にこちらを振り向いた。
主人公の身体が固まる。
『……新人?』
最初に立ち上がったのは、黒髪の少女だった。
『女の子!』
ぱっと表情を明るくして、こちらへ駆け寄ってくる。
『初めまして! 私、リナリー・リー。よろしくね!』
差し出された手。
主人公は一瞬それを見つめてから、慌てて握り返した。
「あ……主人公です。よろしくお願いします」
『主人公ね』
リナリーが嬉しそうに笑う。
『分からないことがあったら何でも聞いてね』
「あ、ありがとうございます」
続いて近づいてきたのは、白髪の少年だった。
左目の周囲に、不思議な模様がある。
『アレン・ウォーカーです』
少年──アレンは穏やかに微笑んだ。
『僕もエクソシストです。よろしくお願いします、主人公』
「よろしくお願いします」
主人公も頭を下げる。
『……アレンくんって呼んでもいい?』
「もちろんです」
その隣では、長い黒髪の青年がこちらを一瞥した。
『神田』
短い。
あまりにも短い自己紹介だった。
「……よろしくお願いします」
主人公が恐る恐る頭を下げる。
『…………』
神田は何も言わない。
ただ、ほんのわずかに顎を引いた。
挨拶を返してくれた──のだろうか。
主人公が判断に困っていると、
『気にしなくていいですよ』
小さな声が聞こえた。
振り向く。
『あ、あの……ミランダ・ロットーです……』
おどおどしながら女性が頭を下げている。
『わ、私なんかが先輩ですみません……!』
「え?」
『もっとちゃんとした人が先輩だったほうが……』
「そんなことないです」
主人公は即座に答えた。
ミランダが目を瞬く。
「私、まだ何にも分からないから。教えてもらえたら嬉しいです」
『わ、私でいいの……?』
「もちろん」
主人公が笑う。
その瞬間、ミランダの目にじわっと涙が浮かんだ。
『主人公ちゃん……!』
「えっ、あっ……泣かないでください……!」
突然泣き始めたミランダに主人公が慌てる。
その様子を見て、食堂のあちこちから笑い声が上がった。
そして。
『よっ』
聞き覚えのある声。
振り向いた瞬間、主人公の表情が少しだけ緩んだ。
赤い髪。
眼帯。
「ラビ…さん」
『また会ったな、主人公』
ラビが片手を上げる。
『ちゃんと辿り着けたみたいさ』
「はい!」
知っている顔を見つけたことが、思っていた以上に嬉しかった。
主人公は小さく笑う。
「ラビさんのおかげでもあります。ありがとうございます」
「オレ?」
ラビが目を丸くする。
『オレ、ほとんど何もしてねーけど』
「最初にいろいろ教えてくれたので」
『……律儀だなぁ、主人公は』
『あと、オレのことはラビでいいさ!』
「ラビ…!」
ラビが笑った。
そのときだった。
パンッ!
突然、大きな音が響いた。
「っ!?」
主人公が肩を跳ねさせる。
『主人公、黒の教団入団──』
コムイが両手を広げた。
『おめでとーう!』
「…………え?」
ぱちぱちぱちぱち。
拍手。
主人公は完全に固まった。
「……何ですか?」
『入団祝いよ』
リナリーが笑う。
『せっかく今日は珍しくエクソシストが揃ってるんだもの』
「でも……」
主人公は周囲を見回した。
いつの間に用意したのか、テーブルには料理が並び始めている。
「私の……?」
『他に誰がいるんですか?』
アレンが笑った。
「……だって」
主人公は困惑したまま呟く。
「今日来たばっかりなのに」
『だからじゃん』
ラビが椅子を引いた。
『ほら、主役』
「主役……?」
『主人公の歓迎会なんだから、主人公が主役さ』
「…………」
促されるまま座る。
目の前には温かい料理。
周囲には、今日初めて会ったばかりの人たち。
リナリーが料理を取り分けてくれる。
アレンはものすごい勢いで食べ始めている。
「……アレンくん、そんなに食べるの?」
『これくらい普通ですよ』
『普通じゃねーさ』
ラビが突っ込む。
ミランダが慌てて飲み物をこぼしかけ、
「気をつけて」
主人公が咄嗟にグラスを押さえる。
『ご、ごめんなさい!』
「大丈夫ですよ。こぼれてないから」
少し離れた席では神田が明らかに騒がしそうな顔をしている。
『神田ももっとこっち来ればいいのに』
『うるせぇ』
『ユウ、照れてんの?』
『殺すぞ、ウサギ』
『なんでオレ!?』
また笑い声が起こった。
主人公は、その光景をじっと見つめていた。
騒がしい。
みんな好き勝手に喋っている。
誰かが笑って。
誰かが怒って。
誰かが失敗して。
それをまた誰かが笑って。
なのに。
不思議と、嫌ではなかった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
『主人公?』
隣からリナリーに呼ばれた。
『どうしたの?』
「……ううん」
主人公は首を横に振る。
「なんか……」
言葉を探す。
けれど、うまく見つからない。
自分のために料理が並んでいる。
自分のために人が集まっている。
今日会ったばかりなのに。
ここにいていいのだと、当たり前のように席を空けてもらえた。
「……あったかいなって」
ぽつりと呟いた。
リナリーが目を細める。
『ここが?』
「はい」
主人公はもう一度、みんなを見る。
アレン。
神田。
ミランダ。
ラビ。
リナリー。
そしてコムイ。
知らない人ばかりだったはずなのに。
気づけば──。
主人公の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
作ったものではない。
誰かを安心させるためでもない。
ただ、嬉しくて。
「……ありがとう」
小さな声だった。
それでも、隣のリナリーには聞こえていた。
『これからよろしくね、クレア』
「……はい!」
主人公は笑った。
「よろしくお願いします」
その夜。
記憶を失ってから初めて。
クレアは大勢の笑い声に囲まれながら、
ここに来てよかったと──
ほんの少しだけ、そう思った。
