Ⅳ 黒の教団
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「……イノセンス?」
聞き慣れない言葉を、主人公はそのまま繰り返した。
ラビと別れたあと。
遺跡の外で待機していたファインダーたちに囲まれながら、主人公は手首へそっと手を触れていた。
指先に触れるのは、水晶のバングル。
『それが、イノセンスです』
ファインダーの一人が説明する。
『我々、黒の教団が探している神の結晶。そして、それに適合した人間を──エクソシストと呼びます』
「エクソシスト……」
『先ほどのラビさんもそうです』
「あの人も?」
主人公は、先ほど別れた赤髪の青年を思い浮かべた。
大きな槌。
眼帯。
そして妙に人懐っこい笑顔。
「じゃあ……私も、そのエクソシストっていうものなんですか?」
『おそらくは』
ファインダーは少し困ったように笑った。
『正確なことは、本部で調べてもらわなければ分かりませんが』
「本部……」
『黒の教団です』
クレアは黙った。
自分が何者なのか。
どこから来たのか。
家族はいるのか。
どうして森の中で一人きりだったのか。
何ひとつ分からない。
唯一、自分について分かっているのは──主人公という貰った名前だけ。
そんな自分に、突然与えられた新しい言葉。
イノセンス。
エクソシスト。
黒の教団。
「……行けば」
主人公は小さく尋ねた。
「何か、分かりますか?」
ファインダーはすぐには答えなかった。
それでも、やがて静かに頷いた。
『少なくとも、そのイノセンスについては』
「…………」
主人公は水晶のバングルへ触れた。
自分が何者なのか。
どこから来たのか。
どうして森の中で一人だったのか。
何も分からない。
知りたい。
ずっと、そう思っていた。
なのに。
「……今、行かないと駄目ですか?」
ファインダーが少し驚いたように主人公を見る。
『いえ。今日すぐに、というわけではありません』
「……そうですか」
ほっとした。
そのことに気づいて。
主人公自身が少しだけ戸惑った。
───
出発は、翌朝になった。
荷物と呼べるものはほとんどなかった。
村へ来たとき、主人公は何も持っていなかったから。
それでも。
いつの間にか増えていた。
村の女性からもらった服。
子供たちが摘んでくれた花を乾かしたもの。
畑仕事に使っていた手袋。
名前をもらった日から。
少しずつ。
ここで生きた証のようなものが増えていた。
『主人公』
呼ばれて、顔を上げる。
家の外には、村の人たちが集まっていた。
「…………」
思わず足が止まる。
昨日、遺跡へ入った村の青年たちもいる。
まだ怪我は残っているけれど。
全員、生きている。
その姿を見ただけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。
『そんな顔するなよ』
一人の青年が笑った。
『別に、二度と帰ってこられないわけじゃないんだろ?』
「……そんな顔?」
『寂しそうな顔』
「…………してない」
『してるって』
主人公は俯いた。
自分では分からなかった。
ただ。
昨日までは。
朝になれば畑へ行って。
昼には子供たちと笑って。
夕方になれば、みんなで食卓を囲んで。
夜には「おやすみ」と言って眠った。
今日からは。
それがない。
そう考えると。
胸の奥に、ぽっかりと穴が開いたような気がした。
『……主人公!』
子供たちが駆け寄ってくる。
『ほんとに行っちゃうの?』
「……うん」
『いつ帰ってくる?』
「…………」
答えられなかった。
黒の教団がどこなのかさえ、昨日初めて知った。
そこで何をするのかも。
いつ戻れるのかも。
何も分からない。
「……分からない」
正直に答えると、子供の顔が曇った。
それを見て。
主人公は困ったように眉を下げる。
何か言わなきゃ。
大丈夫だと。
また会えると。
でも。
本当にそうなのか分からない言葉を、うまく口にできなかった。
だから。
しゃがんで。
その子の頭を、そっと撫でた。
「……でも」
少しだけ迷ってから。
「帰ってきたい」
それだけ言った。
『なら帰ってくればいい』
村長の声がした。
主人公が振り返る。
「……いいの?」
『何を今さら言っとる』
呆れたように笑われる。
『ここはお前の村だ』
「…………」
『どこへ行こうが、何をしてこようが。帰ってきたければ帰ってくればいい』
主人公は何も言えなかった。
──もう家族なんだから。
いつか言われた言葉が、また胸の奥に蘇る。
「……家族だから?」
思わず、口から零れた。
村長が目を細める。
『ああ』
その一言だけだった。
それだけで。
堪えていたものが、少しだけ溢れた。
「…………っ」
主人公は慌てて俯いた。
泣くつもりなんてなかった。
悲しいわけでもない。
黒の教団へ行くのは、自分で決めたことだ。
自分のことを知りたい。
この力が何なのかも知りたい。
それでも。
離れたくないと思ってしまう。
「……ありがとう」
小さな声だった。
「私……」
言葉が続かない。
伝えたいことは、たくさんあるはずなのに。
何をどう言えばいいのか分からない。
しばらく黙ってから。
主人公はようやく顔を上げた。
「……行ってきます」
村人たちが一瞬、静かになる。
そして。
『行ってらっしゃい、クレア』
誰かが言った。
『気をつけてな!』
『ちゃんと飯食えよ!』
『また帰ってこい!』
『主人公ー! 絶対だよ!』
次々に声が飛んでくる。
主人公は、一人ひとりの顔を見た。
忘れないように。
ちゃんと覚えていられるように。
「……うん」
小さく頷く。
それから。
もう一度。
「……行ってきます!」
今度は、ほんの少しだけ笑えた。
村を出てからも。
主人公は何度も振り返った。
道が曲がって。
家々が見えなくなる、その瞬間まで。
最後に見えた村へ。
誰にも聞こえないくらいの声で。
「……またね」
そう呟いてから。
ようやく前を向いた。
自分が何者なのか。
その答えを探すために。
主人公は初めて。
自分の意思で、家族のもとを離れた。
聞き慣れない言葉を、主人公はそのまま繰り返した。
ラビと別れたあと。
遺跡の外で待機していたファインダーたちに囲まれながら、主人公は手首へそっと手を触れていた。
指先に触れるのは、水晶のバングル。
『それが、イノセンスです』
ファインダーの一人が説明する。
『我々、黒の教団が探している神の結晶。そして、それに適合した人間を──エクソシストと呼びます』
「エクソシスト……」
『先ほどのラビさんもそうです』
「あの人も?」
主人公は、先ほど別れた赤髪の青年を思い浮かべた。
大きな槌。
眼帯。
そして妙に人懐っこい笑顔。
「じゃあ……私も、そのエクソシストっていうものなんですか?」
『おそらくは』
ファインダーは少し困ったように笑った。
『正確なことは、本部で調べてもらわなければ分かりませんが』
「本部……」
『黒の教団です』
クレアは黙った。
自分が何者なのか。
どこから来たのか。
家族はいるのか。
どうして森の中で一人きりだったのか。
何ひとつ分からない。
唯一、自分について分かっているのは──主人公という貰った名前だけ。
そんな自分に、突然与えられた新しい言葉。
イノセンス。
エクソシスト。
黒の教団。
「……行けば」
主人公は小さく尋ねた。
「何か、分かりますか?」
ファインダーはすぐには答えなかった。
それでも、やがて静かに頷いた。
『少なくとも、そのイノセンスについては』
「…………」
主人公は水晶のバングルへ触れた。
自分が何者なのか。
どこから来たのか。
どうして森の中で一人だったのか。
何も分からない。
知りたい。
ずっと、そう思っていた。
なのに。
「……今、行かないと駄目ですか?」
ファインダーが少し驚いたように主人公を見る。
『いえ。今日すぐに、というわけではありません』
「……そうですか」
ほっとした。
そのことに気づいて。
主人公自身が少しだけ戸惑った。
───
出発は、翌朝になった。
荷物と呼べるものはほとんどなかった。
村へ来たとき、主人公は何も持っていなかったから。
それでも。
いつの間にか増えていた。
村の女性からもらった服。
子供たちが摘んでくれた花を乾かしたもの。
畑仕事に使っていた手袋。
名前をもらった日から。
少しずつ。
ここで生きた証のようなものが増えていた。
『主人公』
呼ばれて、顔を上げる。
家の外には、村の人たちが集まっていた。
「…………」
思わず足が止まる。
昨日、遺跡へ入った村の青年たちもいる。
まだ怪我は残っているけれど。
全員、生きている。
その姿を見ただけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。
『そんな顔するなよ』
一人の青年が笑った。
『別に、二度と帰ってこられないわけじゃないんだろ?』
「……そんな顔?」
『寂しそうな顔』
「…………してない」
『してるって』
主人公は俯いた。
自分では分からなかった。
ただ。
昨日までは。
朝になれば畑へ行って。
昼には子供たちと笑って。
夕方になれば、みんなで食卓を囲んで。
夜には「おやすみ」と言って眠った。
今日からは。
それがない。
そう考えると。
胸の奥に、ぽっかりと穴が開いたような気がした。
『……主人公!』
子供たちが駆け寄ってくる。
『ほんとに行っちゃうの?』
「……うん」
『いつ帰ってくる?』
「…………」
答えられなかった。
黒の教団がどこなのかさえ、昨日初めて知った。
そこで何をするのかも。
いつ戻れるのかも。
何も分からない。
「……分からない」
正直に答えると、子供の顔が曇った。
それを見て。
主人公は困ったように眉を下げる。
何か言わなきゃ。
大丈夫だと。
また会えると。
でも。
本当にそうなのか分からない言葉を、うまく口にできなかった。
だから。
しゃがんで。
その子の頭を、そっと撫でた。
「……でも」
少しだけ迷ってから。
「帰ってきたい」
それだけ言った。
『なら帰ってくればいい』
村長の声がした。
主人公が振り返る。
「……いいの?」
『何を今さら言っとる』
呆れたように笑われる。
『ここはお前の村だ』
「…………」
『どこへ行こうが、何をしてこようが。帰ってきたければ帰ってくればいい』
主人公は何も言えなかった。
──もう家族なんだから。
いつか言われた言葉が、また胸の奥に蘇る。
「……家族だから?」
思わず、口から零れた。
村長が目を細める。
『ああ』
その一言だけだった。
それだけで。
堪えていたものが、少しだけ溢れた。
「…………っ」
主人公は慌てて俯いた。
泣くつもりなんてなかった。
悲しいわけでもない。
黒の教団へ行くのは、自分で決めたことだ。
自分のことを知りたい。
この力が何なのかも知りたい。
それでも。
離れたくないと思ってしまう。
「……ありがとう」
小さな声だった。
「私……」
言葉が続かない。
伝えたいことは、たくさんあるはずなのに。
何をどう言えばいいのか分からない。
しばらく黙ってから。
主人公はようやく顔を上げた。
「……行ってきます」
村人たちが一瞬、静かになる。
そして。
『行ってらっしゃい、クレア』
誰かが言った。
『気をつけてな!』
『ちゃんと飯食えよ!』
『また帰ってこい!』
『主人公ー! 絶対だよ!』
次々に声が飛んでくる。
主人公は、一人ひとりの顔を見た。
忘れないように。
ちゃんと覚えていられるように。
「……うん」
小さく頷く。
それから。
もう一度。
「……行ってきます!」
今度は、ほんの少しだけ笑えた。
村を出てからも。
主人公は何度も振り返った。
道が曲がって。
家々が見えなくなる、その瞬間まで。
最後に見えた村へ。
誰にも聞こえないくらいの声で。
「……またね」
そう呟いてから。
ようやく前を向いた。
自分が何者なのか。
その答えを探すために。
主人公は初めて。
自分の意思で、家族のもとを離れた。
