Ⅲ 新しい名前
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『こいつはオレが相手するさ』
赤髪の青年は、巨大な槌を肩に担いだ。
その向こうでは、奇妙な機械の化け物がゆっくりとこちらへ砲口を向けている。
《標的確認》
「……っ」
私は壁から救い出した村の青年の身体を抱えながら、息を呑んだ。
怖い。
さっきまで、自分が死ぬかもしれないなんて考えていなかった。
ただ。
みんなを助けなきゃ。
それだけだった。
でも。
目の前にいるものは、明らかに違う。
私たちを見ている。
狙っている。
──殺そうとしている。
そう分かった途端、身体が強張った。
『嬢ちゃん!』
「……え」
『ぼーっとすんな! そいつ連れて下がれ!』
直後。
──ドン!!
砲口が火を噴いた。
「……っ!」
咄嗟に村の青年を抱きしめるようにして、身を伏せる。
けれど。
砲弾は届かなかった。
『大槌小槌──伸!』
目の前を、巨大な何かが横切った。
赤髪の青年の槌だった。
一瞬で巨大化した槌が、飛んできた砲撃を弾き飛ばす。
「…………」
思わず見つめてしまう。
『嬢ちゃん!』
もう一度呼ばれ、はっとした。
「……ごめんなさい」
『謝らんでいいから、今はそいつ頼むさ!』
「……うん!」
怖い。
それでも。
腕の中にいる村の青年を見る。
助けなきゃ。
その気持ちだけは、消えなかった。
『主人公!』
村人たちが駆け寄ってくる。
『こっちは任せろ!』
「お願い!」
救出した村の青年を預ける。
運ばれていく姿を最後まで見届けてから。
私は再び、壁へ向かった。
まだ三人いる。
助けなきゃ。
しゃがみ込み、石壁へ両手をつく。
「……離して」
小さく呟く。
両手首の水晶が淡く輝いた。
壁がゆっくりと形を変えていく。
村の青年の身体を呑み込んでいた石が、少しずつ離れていく。
「……もう少し!」
大丈夫。
できる。
この力が何なのかは分からない。
どうして私の言うことを聞くのかも。
分からない。
でも。
今は、それでいい。
この人たちを助けられるなら。
それで──。
《障害対象追加》
「…………え」
低い声に、身体が固まった。
顔を上げる。
化け物が。
こちらを見ている。
『嬢ちゃん!』
赤髪の青年の声。
砲口に光が集まっていく。
逃げないと。
でも。
後ろには、まだ壁に取り込まれた人がいる。
私が避けたら。
この人に当たる。
「…………」
逃げられない。
──ドン!!
「来ないで……!」
反射的に壁へ手を叩きつけた。
──キィィィン!
目の前の床が大きく隆起する。
「……!」
巨大な石壁が一瞬でせり上がった。
直後。
砲撃が激突する。
──ドォン!!
「……っ」
衝撃に目を閉じる。
石片が頬を掠めた。
けれど。
痛みは来なかった。
恐る恐る目を開ける。
目の前には。
砲撃を受け止めた石壁が立っていた。
「…………」
できた。
自分がやったのだと理解するまで、少し時間がかかった。
『なるほど』
赤髪の青年の声がした。
振り向く。
彼がこちらを見ている。
『そういう使い方もできるんさ』
「……そういう、使い方……?」
『嬢ちゃんのイノセンス』
私は両手首を見る。
「……これが?」
『話は後!』
赤髪の青年が再び化け物へ向き直る。
『今は使えるもん全部使え!』
「…………」
使えるもの。
この力。
何なのかは分からない。
怖くないわけでもない。
でも。
私は、まだ壁に残されている三人を見る。
それから。
戦っている赤髪の青年を見る。
この力で。
誰かを助けられるなら。
「……分かった!」
小さく答える。
それでも。
両手はしっかりと床へついた。
赤髪の青年が地面を蹴る。
『大槌小槌──満!』
槌が巨大化する。
化け物が上空へ逃れる。
《攻撃》
無数の弾丸が放たれた。
『……っ』
赤髪の青年は避けている。
でも。
このままじゃ届かない。
どうすればいい。
私は床へ手をついたまま、必死に考える。
守るだけじゃない。
あの人が。
あそこまで行ければ。
「…………足場」
小さく呟いた。
水晶が輝く。
壁から石柱が飛び出した。
一本。
赤髪の青年の足元へ。
『おっ』
赤髪の青年がそこへ着地する。
もう一つ。
少し上へ。
さらに一つ。
階段のように。
『いいじゃん!』
「…………」
返事をする余裕はなかった。
赤髪の青年の動きを目で追う。
次は。
あそこ。
赤髪の青年が二本目を蹴るより先に、次の石柱を伸ばす。
『そのまま上!』
「……上!」
言われた通り、さらに伸ばす。
『もっと!』
「……ここ!?」
『もうちょい!』
もう一つ。
赤髪の青年が跳ぶ。
その先へ。
『そこ!』
「……!」
最後の石柱を伸ばした。
『サンキュ!』
赤髪の青年がそれを蹴る。
高く。
化け物の真上へ。
『大槌小槌──満!!』
巨大な槌が振り下ろされた。
──ドゴォォォン!!
化け物が地面へ叩き落とされる。
「…………!」
倒した。
そう思った。
けれど。
《損傷──軽微》
「……そんな……」
起き上がった。
身体の一部が壊れている。
それでも動いている。
そして。
砲口が赤髪の青年へ向いた。
「…………!」
着地したばかり。
まだ、赤髪の青年は体勢を整えていない。
このままじゃ。
撃たれる。
「……危ない!」
考えるより先に身体が動いた。
床へ両手をつく。
止めて。
お願い。
あれを。
動けなくして。
「……止まって……!」
石床が波打った。
伸び上がった石が、化け物の脚へ絡みつく。
「……!」
さらに。
もう片方も。
石が形を変え、その両脚を包み込んだ。
《──!?》
化け物がもがく。
その瞬間。
両腕に強い力がかかった。
「……っ」
重い。
今までと違う。
相手が動こうとするたびに。
自分の腕まで引っ張られているような感覚がする。
怖い。
手を離したくなる。
それでも。
離せない。
離したら。
あの人が撃たれる。
「…………まだ、大丈夫」
誰に言うでもなく呟く。
腕が震える。
「……今のうちに……」
赤髪の青年がこちらを見る。
一瞬だけ目が合った。
『嬢ちゃん!』
「長くは、できない!」
息を吐く。
「だから……早く……!」
赤髪の青年の表情が変わった。
『十分さ!』
槌を構える。
『合図したら離せ!』
「うん!」
赤髪の青年が走り出す。
『三!』
まだ。
『二!』
腕が痛い。
でも。
まだ。
『一!』
両手を離した。
石の拘束が崩れる。
同時に。
「火判──劫火灰燼!!」
炎が化け物を直撃した。
──轟音。
炎に包まれた機械の身体が、大きく砕け散る。
「…………」
動かない。
今度こそ。
終わった。
張り詰めていた力が抜け、その場に座り込みそうになる。
でも。
壁には、まだ助けなければならない人たちがいる。
戻らなきゃ。
そう思って、立ち上がろうとした。
そのとき。
「…………っ」
胸の奥が。
妙にざわついた。
私は、砕け散った化け物を見る。
炎の中で。
黒く焼けた破片が、音を立てて崩れていく。
それだけだった。
何も見えない。
なのに。
「…………?」
胸の奥が、ふっと軽くなった。
さっきまで感じていた、息苦しいような嫌な感覚が消えていく。
怖かったはずなのに。
倒せてよかった──とも、少し違う。
もっと静かな。
何かが、ようやく終わったような。
「……なんだろう」
自分でも分からないまま、私は消えていく炎を見つめていた。
───
『……嬢ちゃん』
呼ばれて、ようやく顔を上げる。
『大丈夫か?』
「……うん」
答えてから。
もう一度だけ、砕けた残骸を見る。
「……あれ、何だったの?」
『…………』
赤髪の青年の表情から、さっきまでの軽い笑顔が消えた。
『AKUMA』
「……アクマ?」
聞いたことのない言葉だった。
『そうさ』
それ以上、彼は何も言わなかった。
私も。
何を聞けばいいのか分からなかった。
ただ。
その名前だけが。
なぜか妙に、胸の奥に残った。
赤髪の青年は、巨大な槌を肩に担いだ。
その向こうでは、奇妙な機械の化け物がゆっくりとこちらへ砲口を向けている。
《標的確認》
「……っ」
私は壁から救い出した村の青年の身体を抱えながら、息を呑んだ。
怖い。
さっきまで、自分が死ぬかもしれないなんて考えていなかった。
ただ。
みんなを助けなきゃ。
それだけだった。
でも。
目の前にいるものは、明らかに違う。
私たちを見ている。
狙っている。
──殺そうとしている。
そう分かった途端、身体が強張った。
『嬢ちゃん!』
「……え」
『ぼーっとすんな! そいつ連れて下がれ!』
直後。
──ドン!!
砲口が火を噴いた。
「……っ!」
咄嗟に村の青年を抱きしめるようにして、身を伏せる。
けれど。
砲弾は届かなかった。
『大槌小槌──伸!』
目の前を、巨大な何かが横切った。
赤髪の青年の槌だった。
一瞬で巨大化した槌が、飛んできた砲撃を弾き飛ばす。
「…………」
思わず見つめてしまう。
『嬢ちゃん!』
もう一度呼ばれ、はっとした。
「……ごめんなさい」
『謝らんでいいから、今はそいつ頼むさ!』
「……うん!」
怖い。
それでも。
腕の中にいる村の青年を見る。
助けなきゃ。
その気持ちだけは、消えなかった。
『主人公!』
村人たちが駆け寄ってくる。
『こっちは任せろ!』
「お願い!」
救出した村の青年を預ける。
運ばれていく姿を最後まで見届けてから。
私は再び、壁へ向かった。
まだ三人いる。
助けなきゃ。
しゃがみ込み、石壁へ両手をつく。
「……離して」
小さく呟く。
両手首の水晶が淡く輝いた。
壁がゆっくりと形を変えていく。
村の青年の身体を呑み込んでいた石が、少しずつ離れていく。
「……もう少し!」
大丈夫。
できる。
この力が何なのかは分からない。
どうして私の言うことを聞くのかも。
分からない。
でも。
今は、それでいい。
この人たちを助けられるなら。
それで──。
《障害対象追加》
「…………え」
低い声に、身体が固まった。
顔を上げる。
化け物が。
こちらを見ている。
『嬢ちゃん!』
赤髪の青年の声。
砲口に光が集まっていく。
逃げないと。
でも。
後ろには、まだ壁に取り込まれた人がいる。
私が避けたら。
この人に当たる。
「…………」
逃げられない。
──ドン!!
「来ないで……!」
反射的に壁へ手を叩きつけた。
──キィィィン!
目の前の床が大きく隆起する。
「……!」
巨大な石壁が一瞬でせり上がった。
直後。
砲撃が激突する。
──ドォン!!
「……っ」
衝撃に目を閉じる。
石片が頬を掠めた。
けれど。
痛みは来なかった。
恐る恐る目を開ける。
目の前には。
砲撃を受け止めた石壁が立っていた。
「…………」
できた。
自分がやったのだと理解するまで、少し時間がかかった。
『なるほど』
赤髪の青年の声がした。
振り向く。
彼がこちらを見ている。
『そういう使い方もできるんさ』
「……そういう、使い方……?」
『嬢ちゃんのイノセンス』
私は両手首を見る。
「……これが?」
『話は後!』
赤髪の青年が再び化け物へ向き直る。
『今は使えるもん全部使え!』
「…………」
使えるもの。
この力。
何なのかは分からない。
怖くないわけでもない。
でも。
私は、まだ壁に残されている三人を見る。
それから。
戦っている赤髪の青年を見る。
この力で。
誰かを助けられるなら。
「……分かった!」
小さく答える。
それでも。
両手はしっかりと床へついた。
赤髪の青年が地面を蹴る。
『大槌小槌──満!』
槌が巨大化する。
化け物が上空へ逃れる。
《攻撃》
無数の弾丸が放たれた。
『……っ』
赤髪の青年は避けている。
でも。
このままじゃ届かない。
どうすればいい。
私は床へ手をついたまま、必死に考える。
守るだけじゃない。
あの人が。
あそこまで行ければ。
「…………足場」
小さく呟いた。
水晶が輝く。
壁から石柱が飛び出した。
一本。
赤髪の青年の足元へ。
『おっ』
赤髪の青年がそこへ着地する。
もう一つ。
少し上へ。
さらに一つ。
階段のように。
『いいじゃん!』
「…………」
返事をする余裕はなかった。
赤髪の青年の動きを目で追う。
次は。
あそこ。
赤髪の青年が二本目を蹴るより先に、次の石柱を伸ばす。
『そのまま上!』
「……上!」
言われた通り、さらに伸ばす。
『もっと!』
「……ここ!?」
『もうちょい!』
もう一つ。
赤髪の青年が跳ぶ。
その先へ。
『そこ!』
「……!」
最後の石柱を伸ばした。
『サンキュ!』
赤髪の青年がそれを蹴る。
高く。
化け物の真上へ。
『大槌小槌──満!!』
巨大な槌が振り下ろされた。
──ドゴォォォン!!
化け物が地面へ叩き落とされる。
「…………!」
倒した。
そう思った。
けれど。
《損傷──軽微》
「……そんな……」
起き上がった。
身体の一部が壊れている。
それでも動いている。
そして。
砲口が赤髪の青年へ向いた。
「…………!」
着地したばかり。
まだ、赤髪の青年は体勢を整えていない。
このままじゃ。
撃たれる。
「……危ない!」
考えるより先に身体が動いた。
床へ両手をつく。
止めて。
お願い。
あれを。
動けなくして。
「……止まって……!」
石床が波打った。
伸び上がった石が、化け物の脚へ絡みつく。
「……!」
さらに。
もう片方も。
石が形を変え、その両脚を包み込んだ。
《──!?》
化け物がもがく。
その瞬間。
両腕に強い力がかかった。
「……っ」
重い。
今までと違う。
相手が動こうとするたびに。
自分の腕まで引っ張られているような感覚がする。
怖い。
手を離したくなる。
それでも。
離せない。
離したら。
あの人が撃たれる。
「…………まだ、大丈夫」
誰に言うでもなく呟く。
腕が震える。
「……今のうちに……」
赤髪の青年がこちらを見る。
一瞬だけ目が合った。
『嬢ちゃん!』
「長くは、できない!」
息を吐く。
「だから……早く……!」
赤髪の青年の表情が変わった。
『十分さ!』
槌を構える。
『合図したら離せ!』
「うん!」
赤髪の青年が走り出す。
『三!』
まだ。
『二!』
腕が痛い。
でも。
まだ。
『一!』
両手を離した。
石の拘束が崩れる。
同時に。
「火判──劫火灰燼!!」
炎が化け物を直撃した。
──轟音。
炎に包まれた機械の身体が、大きく砕け散る。
「…………」
動かない。
今度こそ。
終わった。
張り詰めていた力が抜け、その場に座り込みそうになる。
でも。
壁には、まだ助けなければならない人たちがいる。
戻らなきゃ。
そう思って、立ち上がろうとした。
そのとき。
「…………っ」
胸の奥が。
妙にざわついた。
私は、砕け散った化け物を見る。
炎の中で。
黒く焼けた破片が、音を立てて崩れていく。
それだけだった。
何も見えない。
なのに。
「…………?」
胸の奥が、ふっと軽くなった。
さっきまで感じていた、息苦しいような嫌な感覚が消えていく。
怖かったはずなのに。
倒せてよかった──とも、少し違う。
もっと静かな。
何かが、ようやく終わったような。
「……なんだろう」
自分でも分からないまま、私は消えていく炎を見つめていた。
───
『……嬢ちゃん』
呼ばれて、ようやく顔を上げる。
『大丈夫か?』
「……うん」
答えてから。
もう一度だけ、砕けた残骸を見る。
「……あれ、何だったの?」
『…………』
赤髪の青年の表情から、さっきまでの軽い笑顔が消えた。
『AKUMA』
「……アクマ?」
聞いたことのない言葉だった。
『そうさ』
それ以上、彼は何も言わなかった。
私も。
何を聞けばいいのか分からなかった。
ただ。
その名前だけが。
なぜか妙に、胸の奥に残った。
