Ⅲ 新しい名前
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上へ戻る道は見つからなかった。
「みんな……」
無事なのだろうか。
壁に取り込まれた人たちは。
あの化け物は。
怖い。
今すぐ逃げたい。
それでも。
「……行かなきゃ」
私は暗闇の中を進んだ。
地下は、地上とはまるで違っていた。
崩れた石壁。
地面を突き破る木の根。
何かと何かが無理やり混ざり合ったような、歪な空間。
そのはずなのに。
歩いているうちに、奇妙な感覚が胸の奥に広がっていった。
──知っている。
「…………?」
足が止まる。
辺りを見回す。
知らない場所だ。
来たことなんてない。
それなのに。
胸の奥が、ひどくざわつく。
怖いのとは、少し違う。
もっと遠いところから。
忘れてしまった何かが、こちらを見ているような。
──そのとき。
暗闇の向こうに、小さな光が見えた。
「……?」
水晶だった。
一つではない。
無数にある。
壁から生えているもの。
地面を覆っているもの。
崩れた石の隙間から突き出しているもの。
宙に浮かんでいるもの。
淡い光が。
強くなる。
弱くなる。
強くなる。
弱くなる。
「……動いてる……?」
脈打っている。
まるで。
呼吸しているみたいに。
首元が、熱くなった。
「……っ」
チョーカーに触れる。
湖でこれを手に入れてから、何度か感じたことのある熱。
けれど。
今までとは違う。
水晶が光るたび。
チョーカーも小さく震えている。
呼び合っている。
なぜか。
そう思った。
───
私は水晶の間を進んだ。
道なんてない。
どこへ向かえばいいのかも分からないはずなのに。
足が勝手に進んでいく。
右へ。
次は左。
崩れた壁を越えて。
細い通路を抜ける。
迷わない。
「どうして……」
知らないはずなのに。
──導かれている。
そんな感覚だった。
やがて。
最深部へ辿り着いた。
「…………」
巨大な空間。
その中央に。
一体の水晶が立っていた。
人の姿をしている。
頭がある。
腕がある。
脚がある。
けれど、顔はない。
透き通った人間。
そんな姿。
その姿を見た瞬間。
──ズキン。
胸の奥が痛んだ。
「……っ」
思わず胸元を押さえる。
知らない。
こんなもの。
見たことがない。
──はずなのに。
「…………懐かしい……?」
言葉にした自分自身が、一番驚いた。
どうして。
何が懐かしいのかも分からない。
思い出なんて、一つも浮かんでこない。
それなのに。
胸が苦しい。
泣きたくなる。
ずっと昔。
大切だった何かに、ようやく会えたような。
「……あなた……」
一歩、近づく。
水晶は動かない。
「私……あなたを知ってる……?」
答えはない。
けれど。
──キィン。
小さな音がした。
首元のチョーカーが震えている。
目の前の水晶が反応しているのは、それだけではないような気がした。
淡い光が。
私の姿を確かめるように、ゆっくりと明滅する。
「…………?」
胸の奥が苦しくなる。
知らない。
私は、この水晶を知らない。
──知らないはずなのに。
どうして。
こんなにも。
「……懐かしい……」
その言葉を口にした瞬間。
水晶の光が、強くなった。
まるで。
その言葉を待っていたみたいに。
私は恐る恐る手を伸ばした。
指先が触れる。
──キィィィィィィン。
甲高い音が響いた。
その瞬間。
頭の奥に。
言葉とも、声ともつかない何かが流れ込んできた。
──おかえり。
「…………え?」
胸が締めつけられる。
どうして。
その一言が。
こんなにも悲しいのか。
こんなにも、懐かしいのか。
分からない。
何一つ思い出せない。
それなのに。
涙が一粒だけ、頬を伝った。
その時。
目の前の水晶へ、一本の亀裂が走った。
「え……?」
二本。
三本。
亀裂が全身へ広がっていく。
「待って……!」
なぜそんな言葉が出たのか、自分でも分からなかった。
ただ。
壊れてほしくない。
そう思った。
「待って……行かないで……!」
次の瞬間。
──砕けた。
「……っ!」
無数の水晶片が宙を舞う。
私は咄嗟に顔を庇った。
けれど。
破片は私を傷つけなかった。
空中で静止する。
「…………?」
そして。
一斉に、私へ向かってきた。
「なに……!?」
水晶が右腕へ絡みつく。
「っ……!」
皮膚の上を這うように、手首へ集まっていく。
左腕にも。
無数の欠片が集まる。
怖い。
振り払わなければ。
そう思うのに。
なぜか。
嫌ではなかった。
むしろ───
次の瞬間。
光が弾けた。
──静寂。
「…………」
恐る恐る腕を見る。
右手首。
そこには、透き通った水晶のバングルがあった。
雪の結晶にも似た模様が、淡い氷青色の水晶の中に浮かんでいる。
そして。
左手首にも。
同じものが一つ。
「……なに……これ……」
指先で触れる。
冷たい。
けれど。
その奥には、確かな鼓動があった。
トクン。
首元のチョーカーが脈打つ。
トクン。
両手首の水晶が応える。
まるで。
最初から互いを知っていたように。
───
私は知らない。
この水晶が。
かつて白い建物の中で、何度も目にしていたものだということを。
そこで行われていた実験に使われていたことも。
あの日。
すべてが壊れたとき。
暴走した力によって砕け散り。
弾け飛び。
白い建物の残骸とともに村の近く大地へ呑み込まれ。
地中深くで眠っていたことも。
そして。
村へやってきた一人の少女が身につけていた、もう一つのイノセンス。
その気配に呼応し。
眠っていたそのイノセンスが目覚めたことも。
地中に埋もれていた遺構を巻き込みながら。
地上へ姿を現したことも。
私は何も知らなかった。
ただ。
「……懐かしい……」
その理由だけが分からないまま。
両手首を胸元へ抱き寄せた。
一つ。
そして。
もう一つ。
異なる二つのイノセンスが。
主人公のもとへ集った。
「みんな……」
無事なのだろうか。
壁に取り込まれた人たちは。
あの化け物は。
怖い。
今すぐ逃げたい。
それでも。
「……行かなきゃ」
私は暗闇の中を進んだ。
地下は、地上とはまるで違っていた。
崩れた石壁。
地面を突き破る木の根。
何かと何かが無理やり混ざり合ったような、歪な空間。
そのはずなのに。
歩いているうちに、奇妙な感覚が胸の奥に広がっていった。
──知っている。
「…………?」
足が止まる。
辺りを見回す。
知らない場所だ。
来たことなんてない。
それなのに。
胸の奥が、ひどくざわつく。
怖いのとは、少し違う。
もっと遠いところから。
忘れてしまった何かが、こちらを見ているような。
──そのとき。
暗闇の向こうに、小さな光が見えた。
「……?」
水晶だった。
一つではない。
無数にある。
壁から生えているもの。
地面を覆っているもの。
崩れた石の隙間から突き出しているもの。
宙に浮かんでいるもの。
淡い光が。
強くなる。
弱くなる。
強くなる。
弱くなる。
「……動いてる……?」
脈打っている。
まるで。
呼吸しているみたいに。
首元が、熱くなった。
「……っ」
チョーカーに触れる。
湖でこれを手に入れてから、何度か感じたことのある熱。
けれど。
今までとは違う。
水晶が光るたび。
チョーカーも小さく震えている。
呼び合っている。
なぜか。
そう思った。
───
私は水晶の間を進んだ。
道なんてない。
どこへ向かえばいいのかも分からないはずなのに。
足が勝手に進んでいく。
右へ。
次は左。
崩れた壁を越えて。
細い通路を抜ける。
迷わない。
「どうして……」
知らないはずなのに。
──導かれている。
そんな感覚だった。
やがて。
最深部へ辿り着いた。
「…………」
巨大な空間。
その中央に。
一体の水晶が立っていた。
人の姿をしている。
頭がある。
腕がある。
脚がある。
けれど、顔はない。
透き通った人間。
そんな姿。
その姿を見た瞬間。
──ズキン。
胸の奥が痛んだ。
「……っ」
思わず胸元を押さえる。
知らない。
こんなもの。
見たことがない。
──はずなのに。
「…………懐かしい……?」
言葉にした自分自身が、一番驚いた。
どうして。
何が懐かしいのかも分からない。
思い出なんて、一つも浮かんでこない。
それなのに。
胸が苦しい。
泣きたくなる。
ずっと昔。
大切だった何かに、ようやく会えたような。
「……あなた……」
一歩、近づく。
水晶は動かない。
「私……あなたを知ってる……?」
答えはない。
けれど。
──キィン。
小さな音がした。
首元のチョーカーが震えている。
目の前の水晶が反応しているのは、それだけではないような気がした。
淡い光が。
私の姿を確かめるように、ゆっくりと明滅する。
「…………?」
胸の奥が苦しくなる。
知らない。
私は、この水晶を知らない。
──知らないはずなのに。
どうして。
こんなにも。
「……懐かしい……」
その言葉を口にした瞬間。
水晶の光が、強くなった。
まるで。
その言葉を待っていたみたいに。
私は恐る恐る手を伸ばした。
指先が触れる。
──キィィィィィィン。
甲高い音が響いた。
その瞬間。
頭の奥に。
言葉とも、声ともつかない何かが流れ込んできた。
──おかえり。
「…………え?」
胸が締めつけられる。
どうして。
その一言が。
こんなにも悲しいのか。
こんなにも、懐かしいのか。
分からない。
何一つ思い出せない。
それなのに。
涙が一粒だけ、頬を伝った。
その時。
目の前の水晶へ、一本の亀裂が走った。
「え……?」
二本。
三本。
亀裂が全身へ広がっていく。
「待って……!」
なぜそんな言葉が出たのか、自分でも分からなかった。
ただ。
壊れてほしくない。
そう思った。
「待って……行かないで……!」
次の瞬間。
──砕けた。
「……っ!」
無数の水晶片が宙を舞う。
私は咄嗟に顔を庇った。
けれど。
破片は私を傷つけなかった。
空中で静止する。
「…………?」
そして。
一斉に、私へ向かってきた。
「なに……!?」
水晶が右腕へ絡みつく。
「っ……!」
皮膚の上を這うように、手首へ集まっていく。
左腕にも。
無数の欠片が集まる。
怖い。
振り払わなければ。
そう思うのに。
なぜか。
嫌ではなかった。
むしろ───
次の瞬間。
光が弾けた。
──静寂。
「…………」
恐る恐る腕を見る。
右手首。
そこには、透き通った水晶のバングルがあった。
雪の結晶にも似た模様が、淡い氷青色の水晶の中に浮かんでいる。
そして。
左手首にも。
同じものが一つ。
「……なに……これ……」
指先で触れる。
冷たい。
けれど。
その奥には、確かな鼓動があった。
トクン。
首元のチョーカーが脈打つ。
トクン。
両手首の水晶が応える。
まるで。
最初から互いを知っていたように。
───
私は知らない。
この水晶が。
かつて白い建物の中で、何度も目にしていたものだということを。
そこで行われていた実験に使われていたことも。
あの日。
すべてが壊れたとき。
暴走した力によって砕け散り。
弾け飛び。
白い建物の残骸とともに村の近く大地へ呑み込まれ。
地中深くで眠っていたことも。
そして。
村へやってきた一人の少女が身につけていた、もう一つのイノセンス。
その気配に呼応し。
眠っていたそのイノセンスが目覚めたことも。
地中に埋もれていた遺構を巻き込みながら。
地上へ姿を現したことも。
私は何も知らなかった。
ただ。
「……懐かしい……」
その理由だけが分からないまま。
両手首を胸元へ抱き寄せた。
一つ。
そして。
もう一つ。
異なる二つのイノセンスが。
主人公のもとへ集った。
