Ⅲ 新しい名前
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村で暮らし始めて、しばらく経った頃。
私はまだ、この場所での暮らしに慣れきれずにいた。
食事の時間になれば呼んでもらえる。
仕事を手伝えば、『ありがとう』と笑ってもらえる。
夜になれば、眠る場所がある。
それでも。
どこかでずっと思っていた。
──ここは、私のいる場所じゃない。
みんなが優しくしてくれるから。
だから、置いてもらっているだけ。
いつか出ていかなければならない。
そんな気がしていた。
───
ある日の夕方。
畑仕事を終えた私は、一人で道具を片付けていた。
『主人公ー! ご飯だよ!』
遠くから声が飛んでくる。
「……うん」
返事をして。
それでも私は、残っていた籠を持ち上げた。
まだ仕事が残っている。
これくらいはしないと。
ここに置いてもらっているのだから。
『何してるんだ?』
振り返ると、村の青年が立っていた。
「……片付け」
『それは見れば分かるよ。飯だって呼ばれただろ?』
「まだ、残ってるから」
『明日でいいって』
「でも」
私は籠を抱え直した。
「……私、何も返せてないから」
青年が首を傾げる。
『返す?』
「ご飯も……寝るところも、もらってる」
名前まで。
そう続けようとして、やめた。
うまく言葉にできなかった。
青年はしばらく私を見ていた。
それから、困ったように笑った。
『別に、返さなくていいだろ』
「……どうして?」
『どうしてって……』
少し考えてから。
当たり前のことを言うように、彼は言った。
『もう家族なんだから』
「…………家族?」
思わず聞き返した。
『そう。家族』
「でも……血、繋がってない」
『そんなの関係あるか?』
あっさり返される。
『毎日一緒に飯食って、働いて、くだらないことで笑って。具合悪けりゃ心配するし、帰ってこなきゃ探しに行く』
そこで青年は笑った。
『十分、家族だろ』
私は何も言えなかった。
家族。
その言葉が。
なぜだか、胸の奥に残った。
『ほら、帰るぞ』
「……うん」
『今日の飯、お前の好きなやつだってさ』
「……私の?」
『そう。だから早く来いって』
先を歩いていく背中を見つめてから。
私は抱えていた籠を、そっと地面へ戻した。
「……家族」
誰にも聞こえないくらい、小さな声で。
もう一度だけ、その言葉を口にした。
私はまだ、この場所での暮らしに慣れきれずにいた。
食事の時間になれば呼んでもらえる。
仕事を手伝えば、『ありがとう』と笑ってもらえる。
夜になれば、眠る場所がある。
それでも。
どこかでずっと思っていた。
──ここは、私のいる場所じゃない。
みんなが優しくしてくれるから。
だから、置いてもらっているだけ。
いつか出ていかなければならない。
そんな気がしていた。
───
ある日の夕方。
畑仕事を終えた私は、一人で道具を片付けていた。
『主人公ー! ご飯だよ!』
遠くから声が飛んでくる。
「……うん」
返事をして。
それでも私は、残っていた籠を持ち上げた。
まだ仕事が残っている。
これくらいはしないと。
ここに置いてもらっているのだから。
『何してるんだ?』
振り返ると、村の青年が立っていた。
「……片付け」
『それは見れば分かるよ。飯だって呼ばれただろ?』
「まだ、残ってるから」
『明日でいいって』
「でも」
私は籠を抱え直した。
「……私、何も返せてないから」
青年が首を傾げる。
『返す?』
「ご飯も……寝るところも、もらってる」
名前まで。
そう続けようとして、やめた。
うまく言葉にできなかった。
青年はしばらく私を見ていた。
それから、困ったように笑った。
『別に、返さなくていいだろ』
「……どうして?」
『どうしてって……』
少し考えてから。
当たり前のことを言うように、彼は言った。
『もう家族なんだから』
「…………家族?」
思わず聞き返した。
『そう。家族』
「でも……血、繋がってない」
『そんなの関係あるか?』
あっさり返される。
『毎日一緒に飯食って、働いて、くだらないことで笑って。具合悪けりゃ心配するし、帰ってこなきゃ探しに行く』
そこで青年は笑った。
『十分、家族だろ』
私は何も言えなかった。
家族。
その言葉が。
なぜだか、胸の奥に残った。
『ほら、帰るぞ』
「……うん」
『今日の飯、お前の好きなやつだってさ』
「……私の?」
『そう。だから早く来いって』
先を歩いていく背中を見つめてから。
私は抱えていた籠を、そっと地面へ戻した。
「……家族」
誰にも聞こえないくらい、小さな声で。
もう一度だけ、その言葉を口にした。
