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風の国

1

「♪~♪~」
再び湖に行った次の日、花音は城の簡易キッチンを借りて、オーブンの中を覗いていた。
今日も風夜達は出掛けてしまい、風華は学問の先生が来ているということで、時間を持て余していた為、趣味であるお菓子作りをしていた。
「うん。いい色に焼けたみたい」
焼き上がったクッキーを見て満足そうに呟き、先に作っておいたマドレーヌと一緒にバスケットに入れる。
その時、軽やかな足音が聞こえてきて、風華が顔を出した。
「あ、風華ちゃん!もう勉強終わったの?」
「うん。先生が用事があるからって、早めに終わったんだ。それより、いい匂いだね。……わあ!」
バスケットの中を覗いて、声を上げた風華に笑みが零れる。
「ねえねえ、これ食べていいの?」
「ふふ、今日天気がいいし、風夜達が帰ってきたら、お茶にしようかなって思って」
「そうなんだ。早く風兄様達、帰ってこないかなぁ」
「じゃあ、すぐにお茶に出来るように準備しておこうか」
「うん!」
元気良く返事をして、風華が飛び出して行く。
その後を花音はバスケットを持って追いかけた。
中庭にテーブルと椅子を設置して貰い、テーブルクロスを敷く。
その上に紅茶の入ったポットと人数分のカップ、バスケットを置いて、準備が終わる。
「よし、これであとは皆が帰ってくるのを待つだけだね」
「風兄様達、まだかなぁ」
風華が呟き、空を見上げて、あっと小さく声を上げ、表情を明るくする。
「帰ってきた!」
その言葉に花音も同じように見上げると、次第に近付いてくる影があった。
それらはすぐに近くまで来て、音もなく地に飛竜達が降りてくる。
風華は待ちくたびれたように、飛竜から降りたばかりの風夜に突進するように駆け寄っていった。
「風兄様、おやつ、おやつー!」
「はあっ?」
いきなり言われた風夜が意味がわからないというように声を上げる。
花音はそれを見てクスッと笑うと、二人を苦笑しながら見ていた火焔達に手招きした。
「何してんだ?」
「今日天気がいいでしょ?だから、皆と外でお茶会しようかなって思ったの」
じゃれあっている兄妹を置いて近づいて来た火焔に花音が答えると、彼の横から雷牙が顔を出す。
「うまそうだな」
「これ、君が作ったのかい?」
大樹に聞かれ、花音は照れたように笑う。
「うん。お菓子作りはよくやってたから、味は大丈夫だと思うけど」
「大丈夫。美味いよ」
「ちょっと、夜天。あんたね」
話している間にもクッキーを取り食べていた夜天を水蓮が呆れ顔で見たが、彼の言葉で花音はほっとする。
そこで漸くまだ少し離れた所で話していた風夜と風華も花音達の所へやって来た。
「おやつ、おやつー」
楽しそうにしている風華とは逆に、風夜は何処か疲れたような表情をしている。
「まぁ、報告はあとでもいいんじゃない?花音と風華も準備して待ってたみたいだし」
その理由がわかったらしい水蓮が苦笑し、火焔が励ますように風夜の肩を叩く。
その間にも風華はバスケットからクッキーを取り出して笑みを浮かべていて、風夜も諦めたように見え、空いている椅子へと腰を下ろす。
その後はただ穏やかに時間がながれていった。
2
「昨日は楽しかったね」
お茶会をした次の日、一緒に食堂へ向かいながら、風華が言う。
「風兄様達も喜んでたよ」
「そうなの?」
「うん。皆が揃うなんて有事の時くらいだし、そんな時は堅苦しい会議しかしないし、終わればすぐに帰るから」
「そうなんだ」
それぞれ国が違うのだから、仕方ないかもしれないが、そんな関係は少し寂しかった。
お茶会や今までの様子を見ていると、風夜達はとても仲がよさそうに見えたのだから。
それと同時に、元の世界にいる両親や友人を思い出す。
(皆は私が急にいなくなって、どう思ってるんだろう?)
「花音ちゃん?」
急に黙りこんだ花音に風華が声を掛けてくる。
それに何でもないと首を振った時、反対側から空夜が歩いてきた。
「花音、父上がお呼びだ。謁見の間に来てくれないか」
「えっと、今すぐですか?」
声を掛けてきた空夜に聞き返すと、頷いて風華を見た。
「風華、今日は花音は別に食事を摂ると、風夜達に伝えておいてくれ」
「うん。わかった」
「行くぞ」
風華が頷いたのを確認して、空夜はそう言った。
風華と別れて、謁見の間の扉まで来た時、空夜が立ち止まり振り返る。
「花音」
「何ですか?」
「お前が決めたことには俺は何も言わないし、風夜達にも何も言わせない。だから、後悔しない方を選べ」
「えっ?」
真剣な表情で言われたが、何のことかわからない。
そんな花音の前で、謁見の間の扉が開く。
見えたのは、玉座に座る王と懐かしい二つの後ろ姿だった。
「お父さん?お母さん?」
信じられないように呟いた花音の声が聞こえたのか、二人が振り返った。
花音と目があって、二人が目を見開いたと思うと、母が此方に駆け寄ってきて、そのまま、強く抱き締められる。
「花音、無事でよかった」
「やっぱり、この世界にいたんだな。探したぞ、花音」
母の後から父の声もする。
花音は懐かしく感じる両親の姿に泣きそうになった。
「お父さん!お母さん」
「花音、帰りましょう。私達は貴女を迎えにきたの」
母が言いながら、頭を優しく撫でてくる。
「邪魔したな。風真」
花音と母を優しく見守っていた父が王に言う。
「待て」
両親に促され、花音が謁見の間を出ようとすると、王が声を上げた。
呼び止められ、花音達は王を見る。
王は真剣な表情で三人を見ていた。
「お前達の娘だというなら、光の一族だろう?それなら、帰す訳にはいかん。今、この世界には光の一族の力が必要なのだ」
「だけど、この子はまだ力は覚醒してないわ。それにこの世界には、私達の息子を残していったじゃない!」
「えっ?」
母の口から出た〈息子〉という言葉に花音は目を見開く。
だが、それに気付かず父も続けた。
「そうだ!力が目覚めた息子を置いていけば、我々は自由にしてくれる。貴方達、各国の王はそう言ったじゃないか!」
「確かに我々はそう言った。だが、お前達の息子は、僅かに残っていた光の一族を連れて行方を眩まし、力を貸そうともしない」
「それは、貴方達が私達の力だけを頼りにして、自分達では何もしなかったからではないの?!私達だけに戦わせて、だからあの子は、光輝は!」
ズキッ
「光・・・輝・・・?」
その名を何処かで聞いたことがある。そんな気がした。
「本当なら、光輝もこの世界から連れ出すはずだった。私達と向こうの世界で、暮らすはずだったんだ!」

ズキッ

「だが、力が目覚めた。その息子を残す時に言ったではないか!息子がこの世界を守ると。しかし、その息子が約束を守らない以上、我々も約束を破らざるをえん」

ズキッ

「それなら、私達が光輝を説得します。だから、娘までとらないで」
「無駄だ。お前達には会ってくれんだろう。お前達に捨てられたと思い、恨んでいるのだからな」

ズキッ

先程から頭痛がする。


ー『ねーさま、ねーさま!』ー


頭の中で誰かがそう呼ぶのが聞こえた。

「あ……」

頭がズキズキと痛む。
何か忘れている。それも大事な何かを。
「花音?」
今まで黙って様子を窺っていた空夜が花音の異変に気付く。
「どうした?」
空夜が声を掛けたことで、両親達も気付く。
母が近寄ろうとした空夜から花音を隠すようにした。
「さあ、帰りましょう。貴女はまだ力が目覚めてないのだから、引き返せるわ」
「待ちなさい!光輝が協力しないなら、花音を帰す訳にはいかない!」
「お前は!」
「いい加減にしてください!!」
花音を連れていこうとする両親、引き止めようと兵を動かそうとした王を見て空夜が声を荒げた。
「空夜?」
「先程から聞いていれば、貴方方は自分達の都合を花音に押し付けているだけではないですか?この世界に残るか帰るか、決めるのは花音です。違いますか?」
空夜の言葉に両親も王も黙りこむ。
空夜が視線を向けてきたが、それどころではなかった。
「ねぇ、光輝って誰?息子ってどういうことなの?」
花音が絞り出すように言うと、両親は顔を俯かせた。
花音は光輝が誰なのかわからない。
だが、何処か懐かしい。
記憶にはないが、本当は知ってる気もする。
ただそれを聞いてしまえば、何かが壊れるような気もした。
顔を俯かせたまま、両親は答えない。
それに溜め息をついて、口を開いたのは王だった。
「光輝は、お前の弟だ」
「風真!」
父が咎めるような声を上げた。

ー『ねーさま!』ー

記憶の何処かで、幼い少年が笑顔で呼ぶ。
「っ!」
「花音!!」
踵を返し、謁見の間を飛び出す。
後から空夜の声がしたが、構わず走った。
頭が痛い。
何が何だかわからない。
後から追い掛けてくる足音から逃げるように走っていると、ある扉から風夜達が出てくるのが見えた。
「風夜!捕まえろ!」
風夜達の横を抜けようとした時、空夜の声がした。
その声に反応した風夜に腕を掴まれる。
「いや、離して!」
「おい、どうしたんだよ!?」
風夜に掴まれた腕を振り払おうと暴れるが、逆に抑え込もうと力をこめられる。
その時、花音の耳に誰かの溜め息が聞こえた。
「ごめん」
火焔の小さな謝罪が聞こえ、首筋に衝撃がはしる。
手刀を入れられたのだと思った時には、身体から力が抜けていた。

『ねーさま!』

一人の幼い少年が小さな花束を持って駆け寄ってくる。

『こーきが作ったの。ねーさまにあげる』
『ありがとう』

嬉しそうに返す自分。
それにますます笑顔になる幼い光輝。
幼い姉弟は幸せそうに笑っていた。


景色が変わり、何処かの建物の中で花音は本を読んでいた。
そこに先程より成長した光輝が駆け寄ってくる。

『姉さま、見てみて。僕ね、力が使えるようになったんだよ』

嬉しそうに笑う光輝が、掌に小さな光球を作り出す。

『えー、私はまだなのに。光輝に先越されちゃったね』
『姉さま、姉さまは僕が守ってあげるから、大丈夫だよ』
『そう?頼りにしてるね』
『うん!』

そこでまた場面が変わった。


『姉さま!父様!母様!離せ、離せー!』

兵達に囲まれるようにして、光輝が何処かに連れていかれる。

『光輝、光輝ー!』

こちらに伸ばされる手に花音も手を伸ばしたが、それは届かない。

『お父様、お母様!光輝が!』
『……ごめんなさい。花音』

謝罪と共に額に手を当てられ、何かが封じられていく。
更にその周りを光が包み、身体が引っ張られるような感覚のあと、気が付くと一つの家の前にいた。

『此処が、新しい家だ』

父の声を聞きながら、花音は自分の後を振り返る。
そこには、誰もいない。
花音は〈一人っ子〉で、両親と〈三人暮らし〉なのだから、当たり前の筈なのに違和感がある。
少し前までそこには誰かがいたような気がした。
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