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第1部

1
連絡がつかず帰宅することもなかった両親に不安な気持ちになりながらも一晩を過ごした朱里は、学校を休み、両親の職場である【異世界研究所】を訪れていた。
「……お邪魔します」
入り口に鍵はかかっていなかった為、そう声を掛けながら中に入る。
受付でもある事務所に人の姿はない。
だが、人がいた形跡はある。
「すみません」
少し大きめに声をあげても誰も出てくる様子はない。
少し待っても誰も出てこないのを見て来訪者が記名するノートを書いてしまおうと開く。
名を書こうとして、その上に『如月優奈』の名を見つけた瞬間、胸騒ぎが大きくなった。
2
研究所の一番奥の部屋まで来て、朱里は中を見回す。
今いるこの部屋がこの研究所の最奥であることは朱里も何度か来たことがある為、知っていた。
やはりこの部屋に来るまで誰の姿もなかった。
人はいなかったのだが、何処の部屋にも働いていた後は残っていたのだ。
(それに……)
受付から持ってきていた記名用のノートを広げる。
本来、ノートには名前の他、入退室の時間も記入するのだが、優奈を含めた如月家の者の退室時間の記入はなかった。
(一体、何が……?)
そんなことを思っていると、数人の話し声が聞こえてきた。
声は徐々に朱里のいる部屋へと近付いてくる。
隠れた方がいいのか迷っている間にも話していた者達は部屋の外まで来ていたようで、開かれた扉からはスーツ姿の男性が数人入ってきた。
彼等はすぐに朱里は気付いたようで、一斉に視線を向けてくる。
「君は?」
「えっと……、あの……」
その中で一番年長であろう男性に声を掛けられ、朱里はたじろいだ。
「ここの関係者かな?」
「……はい。両親が此処の研究者で、 ……昨日から連絡がつかなくなったので」
そう答えると、男性は少し考えるような仕草の後、他の男達に小声で何かの指示を出す。
それを受けた男達が動き始めると、男性は
「少し話を聞きたい。場所を変えよう 」
と言ってきた。
3
男性に連れられてきたのは、研究所の近くにあった喫茶店だった。
「異世界庁?」
そこで渡された名刺に書かれた機関と『黒沼』という名を見て、朱里は目の前に座る男に視線を向けた。
「ああ。私は今回の件を調べに来たんだ。だが、本当に誰一人として残っていないとは……」
そう言うと、黒沼はコーヒーを口にしてから溜息をついた。
「あの、一体、研究所で何が?お父さん達は何処へ行っちゃったんですか? 」
自分よりは情報を持っているのではないかとそう問いかける。
「……何処へ行ったのかは私にもわからない。だが、何が起きたのかは予想がついている。まずはそこから話そうか」
そう前置きすると、黒沼は話し始めた 。
「君の両親が此処の研究者なら、此処でどんなことをしていたかは知っているだろう」
「はい。……何度か連れてきてもらったこともありますから」
「そうか。……私の予想だが、恐らく ……ゲートが開いたのが原因だろう」
「ゲート?」
「ああ。それも今までにはないくらいの規模のものが」
そう言うと、黒沼は鞄の中から数枚の紙を取り出した。
「これは?」
「五年前、今回と同じようにゲートが開いた時の資料だ。この時にも研究者が家族と共に巻き込まれていてね。… …規模は違うが、その時のデータと比べる為に持ってきたんだ」
「見てもいいですか?」
「ああ」
受け取り、朱里はそれに目を通す。
詳しいデータが載っているところなどは何なのか、さっぱりわからなかったが、それでもある部分が目に止まった 。
「これって……」
その部分を見て呟くと、朱里が目を止めた場所に気付いたのか、黒沼が口を開いた。
「その星宮さんという家族が五年前の被害者家族。彼等が飛ばされた世界は今も不明。……当時、九歳だった女の子一人が残されたという事例だよ」
「……それなら知っています。その子とは友達なので……。でも……」
その続きは口に出来なかった。
その言葉の続きに予想がついたのか、黒沼は少し目を伏せる。
その時、黒沼の携帯が鳴るのが聞こえた。
「すまない。電話だ」
朱里にそう言った黒沼はそのまま電話に出る。
「どうした?」
電話の相手の声は聞こえない。
黒沼も相手に対して、相づちが多く、話の内容はわからなかった。
「……わかった。【DWO】の方へは私から連絡しておく」
そう言って通話を切ると、黒沼は朱里の方へ視線を戻してきた。
「今、私の部下から連絡があったんだが、調査の結果、この研究所ではあの日立て続けに幾つものゲートが開いたらしい。今は何処にも繋がっていないが、またいつゲートが開くかわからないくらい空間が不安定になってるそうだ。君も色々気になることもあるだろうし、此処に来たいかもしれないが、此処は閉鎖措置をとることになる。【D MO】の監視下に置き、一般人は立ち入り禁止だ。いいね?」
そう言われてしまっては頷くしかない 。
「あの、それはいつまでですか?」
「現時点では未定としか言えない。… …私は【DMO】に連絡しなくてはいけないから、部下に家まで送らせよう」
黒沼はそう言うと、誰かに電話をかけ始める。
それを見ながら、朱里は今言われたことを思い出し、目を伏せた。
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