パンダ
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パンダくんに告白したあの日から、早いもので1ヶ月以上が経ってしまった。相変わらず私は実家の手芸屋を継ぐために、日々店主の母から商品管理や商売の心得、色々な知識を学んで頑張っていた。
パンダくんも休講などで空いた時間や休日は遊びに来てくれる。交際を前提に友達から関係を築いているけれど、接してくれる態度は変わらぬまま、仕事で忙しい私を優しく見守ってくれる。
最近は店のマスコットキャラ的な扱いを受け、子供や御高齢の方も気軽にパンダくんに挨拶していく。お客さんの間では、彼が人前で素顔を晒せない、極度の恥ずかしがり屋の着ぐるみお兄さんという設定が出来上がっていて、深く突っ込んでこないので助かっている。
「パンダくん、休憩しない?」
お客さんが途切れた昼下がり。
店のレジカウンターの後ろにあるデスクで、羊毛フェルトを針で刺しながら推しパンダ人形を作っている彼に声を掛ける。
東京の動物園にいる彼の推しパンダはアイドル級らしいが、私には個体同士の見分けがつかない。
私がお茶を淹れるか聞くと、「俺が淹れるぞ」と手を止めてスタッフの休憩室まで取りに行ってくれる。
「あ、今日のオヤツはカルパスだよ」
言いながら例のパンダ柄の箱を私が振ると、後ろからでも分かるほどパンダくんの耳がピクリと動いた。こちらを振り向いたので、箱を振りながら頷いてみる。
「夢子……緑茶だな!」
グッ、と親指を立てたのは、グッジョブ的なサインかな。好物を目にして急にテンションが上がるパンダくんも可愛い。私は何も言ってないけど、彼のベストチョイスは緑茶なのか。
素早く緑茶を淹れた湯呑をお盆に載せて戻ってきたパンダくんに、早速カルパスを渡す。
「作業したあとのカルパスはカクベツだ」
カルパスの美味しさを噛み締めながら食すパンダくん。その様子に、用意してて良かったと緑茶を飲みながら私も微笑ましくなる。
普通のパンダは笹が大好きだが、私の目の前にいるパンダくんは笹じゃなくてカルパスがお好みらしい。
「パンダくんと動物園デート行きたいなぁ」
パンダくんの推しを是非見に行きたい。彼の心を奪うアイドルパンダをこの目でしかと見ておかねばならない。だが、そこでパンダくんの表情が曇った。
「この間、棘……同級生と動物園に行ったんだが、俺が歩いてたらパンダが脱走したと勘違いされて騒ぎになったんだよなぁ」
「ええっ、それで?」
「推しパンダと同じ檻に入れて嬉しかったが、迎えに来たまさみちに激怒されたっていう出来事があった」
「はぁー……すごい体験してるね」
パンダくんの話を聞きながら、もはやどこからツッコミを入れたら良いか分からなくなった。
それからそこの動物園は出禁だから、県外の動物園しか行けないのだとパンダくんが遠い目をして語っていた。
「な、なんかゴメン……今度、学長さんから許可もらえたら県外の動物園行ってみよ?」
シュン、と落ち込んで溜め息を洩らすパンダくんを励ますように、毛に覆われた手を開かせて追加のカルパスを握らせる。そのまま、ギュッと私が両手で彼の手を握ると、優しく握り返してくれた。
「混乱回避のために、まさみちっていう保護者同伴で動物園行くことになるな」
デートは出来ないぞ、と彼が茶化して笑う。
「その時は学長さんに正式に挨拶するよ。パンダくんがいるなら、私はどこに行っても楽しいもの」
えへへ、と照れ隠しに私が笑うと、パンダくんが空いたもう一方の手で私の腕をツンツンと突付いてくる。
「なになに、『息子さん下さい』って夢子がまさみちに言うのか?」
「えっ、あ、いや、ええっ?」
「顔赤いぞー夢子、動揺しすぎだろ」
「……っ、もう!怒るよパンダくん」
結婚の挨拶しに行くわけじゃないんだからと私が憤ると、純粋だなとパンダくんが笑った。
その時だった。
「すじこ」
店の扉の方から声が聞こえた。お客さんかと思って私が立ち上がろうとすると、
「お、棘。どうしたんだ?」
パンダくんが声の主の名前を読んだ。もしかして、一緒に動物園に行ったって話してた同級生の子かな。口元を黒いマスクですっぽり隠したその男の子は目元だけでも美少年と分かる。
棘と呼ばれた子が近寄ってきて、私とパンダくんの繋いだ手を見て、目だけでニヤニヤと笑った。
「ツナマヨ〜」
「や、棘、これ絶対に真希に言うなよ。翌日には高専全体に知れ渡るから」
「しゃけー、いくら、こんぶ?」
「俺は少しも言ってないが……真希はもう知ってるってマジか」
さっきから棘くん、おにぎりの具しか言っていない。でもパンダくんは理解しているようだ。何か事情があるんだろうな。
「夢子、こいつ狗巻棘。高専の俺の同級生。事情があっておにぎりの具しか話せない」
よろしく、と言いたげに棘くんが片手を挙げた。私も自己紹介すると、彼は目だけでニコニコしながら「しゃけ」と言って頷いてくれる。パンダくんがここに来た理由を棘くんに問うと、ジェスチャーとともに彼が説明を始める。
「いくら、明太子〜……高菜?」
「え、まさみちが?」
「ツナ」
「え、それマジか?」
「しゃけ、しゃけ」
私には彼らの会話がさっぱり分からん。
少し離れたところでカルパスをかじりながら2人を眺めていると、パンダくんの後ろ姿が震えている。
なんかショッキングな知らせでもあったのかとすごく気になったので、静かにそろそろと2人に近寄る。
「あー……夢子スマン」
「ど、どうしたのパンダくん」
ガックリと床に座り込んだパンダくんに、思わず棘くんの方を見ると「ツ、ツナツナ……」と呟きながら視線が泳いでいる。
「まさみちから呼び出しだ」
任務か何かか問うと、棘くんは首を振りながら、
「おかか」
と答えてくれたので、おかかはNOの意味だと理解した。
「まさみちが夢子と話をしたいらしい」
狼狽したパンダくんが頭を抱えて伝えてきた事実に、私の手から抱えていたカルパスの箱がポロリと床に落ちた。
交際相手の父親からの呼び出しという想定外の出来事に、私も声にならない叫びをあげる。
母は用事で夜まで帰って来ないので、とりあえず連絡だけ入れて、店に『急用で午後休業』の札を下げ、急いで店を施錠した。
棘くんも休日だったはずだが、このまま高専に向かっていいのか聞いてみる。頷きながらドラッグストアのビニール袋を見せてきて、「しゃけ、高菜」と言っているので、用事は済んだのだと解釈する。
パンダくんの話だと、棘くんが外出する際に学長さんに会って「2人から話を聞きたい」と伝言を預かったので現在に至る……らしい。
大人の財布の力でタクシーを拾いながら、ふと棘くんに聞いてみた。
「しゃけってYESで、おかかはNOっぽい返事?」
棘くんが眉をキリッとして親指を立て、「しゃけ」って返してきたので合ってるのかな。
パンダくんは初日から理解するなんてすごいと褒めてくれたけど、他の具が全く分からないよ。今度パンダくんに棘くん語録と翻訳表でも書いて貰おうかな。
私が布製品やその他部品の納品で来る時は裏側の業者用の入り口を通る。あまり意識してなかったが、高専の正門前まで来ると、その規模に改めて目がまるくなった。
古びた木製の銘板に「東京都立呪術高等専門学校」と彫ってあるのを見ると、歴史がある教育機関なのだと実感する。
「夢子はいつも納品で来る時は業者用の門通るから、こっちは初めてだよな」
感嘆の声があがっている私を横目に、パンダくんと棘くんが正門からの案内をしてくれる。
校舎に続く石畳の途中、棘くんは寮に戻ると言うので、2人で彼を見送った。
「高菜〜」
棘くんに手を振り返しながら、高菜は「大丈夫」的な意味なのかなと考えつつ、パンダくんの後ろについて歩いていく。
「この時間、いつも通りならこっちで呪骸と組み手してるだろうな」
彼はそう言って、校舎へ行く道から外れて小規模の建物へ入っていく。
重めの鉄のドアを開けて中に入ると、小さな道場のようなところへ着いた。その部屋の中心で、壊れた人形の腕を直す黒服にサングラスの厳つい男性が一人。その姿を認めた瞬間、背筋が伸びる。
「まさみち」
パンダくんが呼ぶと、その人は振り返る。呪術高専の学長の夜蛾さんだ。
「お久しぶりです」
私が挨拶をして頭を下げると、
「少し、待ってくれ。派手に訓練しすぎてキャシィの腕が取れてしまってな」
そう言いながらも手は止めず、手際よく人形さんの腕を縫っている。
キャシィはあのカッパに似た呪骸の名前な、とコソコソとパンダくんが教えてくれる。まさか呪骸1個ずつに名前あるのかと衝撃を受ける。
修繕を終え、キャシィちゃんが跳んだり跳ねたりしているのを見届け、満足そうに夜蛾さんが頷いていた。
「さて」
私とパンダくんは、夜蛾さんの一挙一動にビクビクとしながら、次の言葉を待つ。
「とりあえず、隣の部屋で話をするか」
そう言って、私を案内してくれる。隣の部屋は簡易的な客間のようになっている。小さい道場の休憩室と兼用になっているのだろうか。
「あ、漬物類がお好きだと聞いたので、よろしければ……」
と、忘れないうちに手土産を夜蛾さんに渡した。
急な話で夜蛾さんの好物のいぶりがっこは手に入らなかったけど、好きな漬物の傾向はパンダくんに聞けたから間違いないはずだ。
「気を遣わせてしまったようだな」
と言いながらも、夜蛾さんが普通に受け取ってお礼を言ってくれて安堵する。その間にパンダくんがお茶を淹れてくれていた。ソファに座るよう夜蛾さんに促され、私は腰掛ける。
「真希から聞いたが……パンダ、夢野さんとお付き合いしているというのは本当か」
夜蛾さんが急に本題に入ると思っていなかったらしい。急須を持ちながら、「真希め余計なことを」と、パンダくんがギリギリと歯ぎしりしてる。私はまだ余計なこと言わずに黙ってた方が良いかな。
「俺自身のことも話したし、それでも良いって夢子が言ってくれたから、とりあえず友達からの清いお付き合いしてるぞ」
俺からはせいぜい手を繋いだ位で、責められることは何もしていない。そう言いながら湯呑にお茶を注ぐパンダくんに、
「まったく、オマエというやつは」
眉間に皺を寄せた夜蛾さんが私の向かいのソファに腰を下ろし、サングラスを外して頭を抱えた。
「夢野さん、こんな愚息のどこに惹かれたのか聞いても?」
夜蛾さんに話を振られ、心臓が跳ねた。
え、何これ、パンダくん本人の前で言わなきゃいけないやつなのか。好きな人の前で好きなところ挙げるとか、逆に罰ゲームみたいだ。
でも、パンダくんの父親である夜蛾さんに認めてもらったら、堂々とパンダくんの彼女だって胸を張れる気がする。
「えっと……パンダくん優しいんです。いつも私のこと心配してくれているし、お店を継ぐって決めて、毎日忙しい私を傍で応援してくれました」
パンダくんと居るとあったかい気持ちになるんです、と話を続けると、夜蛾さんの眉が微動した気がする。
手を握ると体温は感じられないお人形さんの手だけど、私はあの手が大好きだ。私を励ましてくれる、安心する大きな手。
誰かを心配したり、思いやったり、感謝したり、労ったり……人に接する時の大事なあったかい心を持っていると感じるから、こっちも幸せになる。私が落ち込んでいると、冗談を飛ばして笑わせてくれたり、彼に救われたことも多い。
お店の内外で、困っている人を助けてあげる姿を何度も見ている。
だから、お店の常連さんたちは余計なことを聞かずに私たちを見守ってくれている。近所の人たちもパンダくんが大好きなのだ。
「私はパンダくんの心を好きになりました。彼にいっぱい幸せをもらったので、私も手芸屋を通して誰かを幸せにできたらいいなって思ってます」
照れながら胸の前で手をモジモジさせて話すと、ため息交じりの小さい声で「なるほど」と向かい側から聞こえてきた。思わず顔を上げると、
「真希と棘からは聞いていたが、うちの息子にはもったいないくらいのお嬢さんだ」
穏やかな目をしてこちらを見るその夜蛾さんの表情は、一人の父親の顔をしている。
彼は湯呑のお茶に口をつけながら、心情を吐露し始める。
「夢野さん、人間の男と恋愛するのとはワケが違う。君の親御さんの気持ちを考えた時、私としては反対すべきだと思った」
呪骸は世間的に見て人形であり、紛うことなき「物」だ。将来的に物と結婚は出来ないし、子供も望めない。本人たちは幸せでも、世間から見れば異常で、完全にマイノリティな恋愛指向。世間的に風当たりが厳しくなる可能性もある。
「だが、現実問題、私はパンダより先に老いて死ぬだろう。それでなくても呪術師は常に死と隣り合わせだ。明日はどうなるか分からん」
遠い目をして、夜蛾さんは再びサングラスをかけた。
パンダくんもいつの間にか私の隣に座っていて、複雑な表情をしながら、黙って夜蛾さんの話に耳を傾けている。落ち着かないのか、彼も手先を無意識にいじっていた。
「私が死ねば、コイツは独りになってしまうが……君のようなお嬢さんがそばにいるなら安心だ」
そう言ってくれた夜蛾さんのサングラス越しの目が優しく細められる。
「どうか息子をよろしくお願いします」
目を伏せ、静かに頭を下げた一人の父親を前に、私は涙が出そうになった。
パンダくんだけでなく、私のことも慮(おもんぱか)る情の深い人だ。パンダくんが人に優しくできる理由が分かった気がした。この人の手によって命を吹き込まれたからだ。間違いなく、パンダくんは夜蛾さんの息子さんだ。
認めてくれた父親の姿に、パンダくんも言葉にならない様子で見つめている。
「夜蛾さん……ありがとうございます」
どう言葉を返したら正解だったのか。
ただ、私の気持ちと2人の関係を頭ごなしに否定しなかった心遣いに、まず私はお礼を述べて頭を下げた。言葉の意図を汲み取ってくれた夜蛾さんが顔を上げ、無言で頷いてくれた。
「私は店を継ぐ修行中の身で、息子さんや夜蛾さんには心配をかけることもあると思います。まだまだ未熟で至らぬ点もありますが、これからもよろしくお願いします」
2人の関係が許されるのであれぼ、どうか見守っていてほしい。その願いを込め、私から再度頭を下げた。
そして、厳かな雰囲気の中、解散となった。夜蛾さんのいる部屋を出るまで、パンダくんは一言も話さなかった。
「俺さ、まさみちに怒られると思ってた」
正門まで送ってもらう途中、パンダくんがポツリと本音をこぼした。どうして怒られると思ったのか彼に聞いてみると、
「呪骸のくせに夢子をたぶらかしたのかって言われるかと思ってヒヤヒヤした」
やっと息が吸えたと言わんばかりに深呼吸を繰り返しながら返答する彼に、笑いがこみ上げる。やっぱり普通の父と息子のように、パンダくんもお父さんに怒られるのは恐いのね。
「あはは、どっちかというと合否の判定受けたの私じゃない?」
交際相手の親に呼び出しをくらい、かつてないくらいに肝を冷やしたのはこっちだった。
緊張が解けてブラブラしてる彼の手を取って、ギュッと握りながら私も笑う。なんとなく手を繋いだまま、正門までの石畳や玉砂利を2人で並んでゆっくりと歩いていく。もうすぐ空がオレンジ色に染まりそうだ。
「高専内だったらパンダくんと安全にデートできそうだね」
「やめとけ、やめとけ。誰かに見つかったら冷やかされるぞ。特に悟、真希、棘の悪ノリ度合いは最悪だ」
手をヒラヒラさせながら謗(そし)るパンダくんだが、その顔は楽しそうだ。新たに一人、初めて聞く名前の人がいたが、きっと仲が良い人なんだろう。
「ねぇねぇ、パンダくん」
手を招くようにジェスチャーで彼に屈むように伝える。内緒話か何かと思われたのか、彼が頭を傾けてきた。腕を回して抱きしめ、そのほっぺたにすかさず唇を押し付けて、数秒してから離れる。
顔の柔らかな毛の感触を口唇に残したまま、彼の体に顔を埋めると、パンダくんの大きな体が明らかに動揺した。
「夢子、誰かに見られたら……」
「誰かに見られてもいいよ」
誰に見られても、胸を張って「この人が好きだ」と言える。胸いっぱいになった、彼を好きな気持ちが溢れて出てしまう。
しょうがないな、というニュアンスが感じられる溜め息を吐きながらも、抱きつく私の背中を彼の手がさすってくれる。
「夢子って意外と積極的だよな」
パンダくんが笑うと、彼の体も一緒に搖れる。
「パンダくんのこと大好きだから」
どう伝えたら、彼にこの想いをすべて分かってもらえるだろうか。
彼にくっついていると熱くなる頬も、ドキドキして手が震えてしまうこの瞬間も、彼にもっと触れて欲しいと思ってしまうこの欲も、「恋」じゃなかったらなんだというのか。
さりげなくパンダくんの手が私の髪を撫でてくれるだけで、胸が幸せで満たされる。
「大好きなの」
すりすり、と頬を彼の体に擦り寄せた時だった。
カシャリ、とカメラ音がどこからか鳴った。それに気付いたパンダくんが、音がした方向に向けてすかさず声を荒げた。
「ちょ、まっ……悟!それ消せ!」
「いやー、青春だね!」
聞こえた第三者の声に思わず私が体を離すと、スマホを構えた男性が私達の前に立っていた。悟と呼ばれた人が、慌てているパンダくんの攻撃をヒラリと躱した。
その人は黒い目隠しをしているのに、器用にパンダくんの腕をすり抜けて、軽い身のこなしで花壇や塀を足掛かりに屋根に登ってしまう。
「キレイに撮れたし、後でみんなに見せよーっと」
そう言いながらニヤッと笑ったその口元の表情だけでも、一癖ありそうな人物だと分かる。何が起きたがイマイチ把握できず呆然とする私の横で、パンダくんがプルプルと震えている。
「じゃあねー」
私達に手を振りながら、ご機嫌な口調で姿を消した男性に、「やられた」とパンダくんが地面を拳で叩きながら吠えた。
悟と呼ばれたその人は、さっきパンダくんが言ってた悪ノリがひどい人として名前が挙がっていたな、と思い出す。
冷や汗をかいてるパンダくんの表情から絶望と焦りが伝わってきて、なんとなく明日以降の流れが分かってしまった気がする。
励ますようにポンポンとパンダくんの肩を叩くと、「うう……」と彼はうずくまったまま落ち込んでいた。
後日、パンダくんが周囲にさんざん冷やかされて地獄を味わった話を聞いた。
だが、夜蛾さんが公認だと一喝してくれ、高専全体が私達の恋路を応援してくれるムードらしい。
「それは良かった……のかな?」
「良くないな……そのうち、真希と棘が冷やかしに店に来るぞ」
「じゃあ、見せつけちゃおうかな!」
「夢子、いつからそんなポジティブ魔神になったんだ」
「え?夜蛾さん公認になった時から?」
ワクワクしている私と対照的に、店のテーブルに突っ伏してぐったりしてるパンダくんの頭をヨシヨシしながら、その手にオヤツのカルパスを握らせてあげる。
「夢子と2人で過ごせなくなるな」
カルパスを力なく噛みながら、そう呟いた彼に、パンダくんは2人きりで過ごしたいと思ってくれていたのかとひそかに衝撃を受け、私の顔が熱くなる。
少しずつ少しずつ、私を特別扱いしてくれるようになっているパンダくんの愛情を感じつつ、私は一人ニヤつきながら彼の横顔を見つめた。
END.
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