パンダ
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私はあなたの心を好きになった。
どんな姿をしていても構わない。
――そう、私の王子様はパンダでした。
私の実家は手芸屋を営んでいる。
近くにある呪術高等専門学校とは懇意にさせてもらっており、学長からの依頼で制服を作る業者へ布を卸したりしている。
私は高校卒業後は一度県外へ出て働いたが、社会の荒波はそう簡単に私を成功に導いてはくれなかった。
勤めていた会社が3年で倒産してしまったので、渋々実家に戻り店を継ぐことにした。店主の母に仕入れや商売の基礎を教わりながら修行中である。
「お母さーん、この大量の羊毛フェルトどこに置くのー?」
「夢子、こっちよ」
お得意様に渡す大量の羊毛フェルト。
なんでも人形師だから一度に大量につかうのだそうで。本人は忙しいらしく、お使いの人がいつも定期的に買いにくるから顔を覚えておいた方がいいというので、今日は私が店番をやっていた。
午後の昼下がり。暇なのでボーッとして店の入口を眺めていた時だった。
カランカランと店のベルが鳴って入ってきたのは……
「お、いつもと違う人だ」
「……に、二足歩行のパンダ!」
「俺パンダ。よろしくな」
人生一の衝撃だった。
驚いて勢いよく立ち上がって、椅子が後ろにガタンと倒れた。
最初は着ぐるみが歩いていると思ったくらいだ。動物園でよく見るあのパンダが歩いて、しかも喋っている。
「あ、えーと、ここの娘の夢子です」
「学長のまさみちのお使いで来た。いつもの羊毛フェルトはあるか?」
お得意様の人形師って夜蛾学長かよ!
しかもお使いってパンダか!
顔を覚えるってレベルじゃねーぞ!
と、心の中でツッコミを入れながら羊毛フェルトを梱包する。お代を頂いて、紙袋を渡す時にパンダさんの手に触れた。
「……サラサラしっとりですね」
あまりの手触りの良さに、思わずそのままお触りしてしまった。さわさわと、両手で腕全体を撫でてみる。意外と毛質はしっかりしている。
「毎日手入れしてるからな」
それに毎日ファブってるしな、とドヤ顔で返されて思わず吹き出してしまった。
「手入れ!ぬいぐるみみたい!」
「中身はぬいぐるみと同じようなもんだ」
「え」
返答に驚くと、彼は説明してくれた。
夜蛾学長しか作れない特殊な製法で作成する呪骸という存在。その中でもパンダさんは最高傑作の完全自立型の呪骸。だからパンダはパンダじゃない……らしい。
「要するに自分で生活できるお人形さんなんですね」
「ちなみに呪骸だけどメシも食える」
驚くことばかりだ。最近の技術は進んでるのね。感心してると、パンダさんが首からかけたスマホを見て慌てた。
「おっと、そろそろ戻らないとまさみちにどやされる」
じゃあまたな、と急ぎ足で店を後にするパンダさんの背中を見送って放心状態になる。まだまだ知らない世界がありすぎる。
それから定期的に羊毛フェルトやら、人形の目に使うボタンやら、人形に着せる洋服の布やらパンダさんが代理で買いに来るので、自然とお話する機会は多くなった。
「夢子は偉いなー」
「え、なにが?」
「家を継ぐとか、商売について勉強するとか大変だろ」
「んーまぁ、でもこうしてパンダくんと友達になれたし戻ってきて良かったかな」
パンダくんは優しい。話してると楽しくって、友達になれて良かったと思う。
暇さえあれば遊びに来てくれるようになった。
私が重いものを抱えていると運んでくれるし、万引き犯を発見して捕まえてくれたこともある。ご高齢の婦人が高いところの布を取ろうとしている時にさり気なく手伝ったりと、外見はパンダだけど中身はイケメンだった。
今日も休講になったとかで、買い物ついでに店の手伝いをしに来てくれた。
そんな時、
「パンダ、ここにいたのか」
ポニーテールの女の子が店の入口に腕組しながら立っていた。
「お、真希。どうした?」
「どうしたじゃない、緊急の任務が入ったから迎えに来たんだよ。電話くらい出ろ」
「あー悪い悪い、気づかなかった」
女の子にどやされながら回収されていくパンダくん。去り際に彼に手を振られ、私も笑って振り返す。
「いいな……仲良さそうだな」
あの女の子は同級生の子かな。
パンダくんとの親しげなやり取りと距離感に、なんだか胸がモヤモヤする。
「パンダくんはどんな女の子が好きなのかな……」
無意識に口に出た言葉にハッとする。
「いやだ、これじゃなんか……」
私、パンダくんのこと好きみたいじゃない。
自覚した途端に頬の温度が上がる。
たしかに中身はイケメンだけど、人じゃない。
パンダくんは私のこと褒めてくれるけど、本当はどう思ってるんだろうか。友達だと思われてるのかな。そもそも呪骸の彼は恋をすることがあるんだろうか。
考え始めると、思考がぐちゃぐちゃしてきて、息が詰まってくる。胸が苦しくなってきて、溜め息がこぼれる。
「……余計なこと考えないで仕事しよ」
また彼が大量の羊毛フェルトを持っていく日が近づいている。品番を見ながら数字を発注書に打ち込んでいく。
気持ちは宙ぶらりんだけど、仕事だけはしっかりやりたい。
そう思っていたのだけど。
「お、夢子。多分頼んだのと色が違うぞ」
羊毛フェルトを渡す時にパンダくんから指摘が上がる。そんなはずはない、でも最近パンダくくんのことを考えて上の空だったのも否めないので、発注書を確認する。
「やだ……1個数字ズレてた」
「まぁ、大丈夫だろ。まさみちには俺から言っておくから納品され次第連絡くれよ」
彼は優しい。
私が失敗しても笑い飛ばしてフォローしてくれる。商売なのに間違ってどうすんだって怒ってくれればいいのに。
いっそ私のこと嫌ってくれたら諦めがつくのに。想えば想うほど苦しくなる。
「最近ね、パンダくんのことばっかり考えちゃって……」
一呼吸おいて、「好きかも、あなたのこと」と伝えると、笑ってたパンダくんの動きが止まった。少しの間が空いて、
「やめとけ、やめとけ。俺はパンダで呪骸だぞ」
冷静な答えが返ってくる。そんなのとっくに知っていて気持ちを伝えているのに。
「彫刻に恋する芸術家もいるのよ。呪骸に恋する手芸屋もいていいんじゃない?」
「俺は夢子のこと幸せにしてやれないぞ」
「別に幸せにしてもらおうと思ってない。ただ、あなたに心があるなら、それを独り占めしたいだけ」
幸せは自分で掴みにいく。だから私はこの場から逃げずに彼に伝えたい。
真っ直ぐに見つめて、大きなパンダくんの手を握る。体温を感じないけど、彼の心の温かさは知っているもの。私は彼の心を好きになった。
しばらくして、私に根負けしたのか、パンダくんがポツリと吐露してくれる。
「どういう気持ちが恋なのか俺は知らない。でも割と、俺も夢子のことはよく考えてるぞ。昼飯食ったかなとか、頑張り屋だから体調崩してないか、とか」
その言葉に、顔が熱くなる。
パンダくんも私のこと考えてくれているとしたら、それは両思いってことで良いのかな。
「夢子照れすぎだろ」
耳まで赤い、と彼にからかわれる。
そのやり取りさえむず痒くて、恥ずかしい。
「だって……」
受け入れてもらったことが嬉しくて、爪先立ちで彼の顎にそっと口付けする。今はこれが精一杯の愛情表現だ。
彼もポリポリと人差し指で頬を掻いている。どう反応したら良いか分からないって顔をしているのがまた可愛くて、自然と笑みがこぼれる。
「今度、どっか遊びに行こうよ。パンダくんとデートしたい」
私が提案すると、彼もノッてくれる。
「いいぞ、推しパンダがいる動物園でも行くか」
「パンダ推しのパンダとか笑える」
少しずつ進んでいければいい。
二人で笑い会える、今この瞬間を大事にしたい。優しい君と過ごすかけがえのない時間なのだから。
END.