五条悟
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「あなたが死ぬ夢を見た」
目を覚まして、慌てて飛び起きた私がそう言うと、恋人の五条悟はプッと吹き出した。
「なーに言ってんの。最強が死ぬと思う?」
私は首を振る。最強が死ぬわけがない。そんなことは知っている。
夢の中では、何処かのモニター越しに彼の死を目撃した。血溜まりの中で、虚ろな目をした悟が事切れている様が映し出されていて、急速に六眼の光が失われていく光景を見ながら、私が取り乱していた。
「そうだよね。夢だよね……」
悟は最強だった。
日本に少数しかいない特級呪術師で、その中でもさらに特別扱いされる異次元の存在だ。
そんな人が私を好きだと言うなんて最初は冗談だと思ったけれど、一方で、彼に言い寄られて求められる甘い関係に、心身ともにズブズブと溺れていった。
私の恋人は何をやっても完璧だった。それは彼自身の努力の賜物でもあったが、才能によるところも大きいと思う。
力の抜きどころを知っていて、どこに力を入れて努力すれば最短で上達出来るのか、見抜きながら動いていたから、何を学ぶにしても化け物のような学習能力を見せた。
甘いものが大好きで、腹黒い軽薄さで敵味方関係なく煽りつつ、子供っぽく駄々をこねたかと思えば、他人にどう見られているか計算した上で振る舞うこともある策士。
「ねー、キスしてよ」
いつも唐突に彼はそう言って甘えてくる。何回やっても慣れない。私はその白い滑らかな頬に唇を寄せた。もう少しで触れるところで、彼は私の顎を片手で持ち上げる。
「夢子、なんでほっぺ?」
「だ、だって、恥ずかしいでしょ!」
「はぁ?僕ら何回もキスしてるでしょ。幼稚園児じゃあるまいし、口にしてよ」
目をギュッと瞑って柔らかい唇に触れると、胸がドキドキしてしまう。すると、彼は「もっと」と言って、強引に私の頭を押さえ込んだ。
強く押し付けられて息ができず、苦しい。酸素を求めて口を開けると、すかさず温い舌が侵入してきた。口内を舐め回され、愛撫されると、背中にゾクゾクした感覚が走った。
「ん……っ、さとる……」
「っ、はぁ……幸せ……」
やっと解放されたと思ったら、彼はそんなことを言った。しみじみと呟くものだから、何だかこっちが恥ずかしくなる。私が黙って彼の背に腕を回すと、気を良くした恋人は更におねだりしてくる。
「ねぇ、もう一回夢子からキスしてくんないの?」
私は言われるまま、おずおずと口付ける。今度は、触れるだけの軽いものでも許してもらえた。
もっと濃厚なものを求められると思っていたので拍子抜けしたが、彼は満足そうに笑って私の頭を撫でる。そして優しく抱き寄せると、耳元で囁いた。
「僕も、夢子が死ぬ夢を見た」
その言葉にドキッとする。どんな夢だったのかと尋ねると、彼は困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
いつも通りのやり取りなのに、どうしてこんなに心が騒がしくなるんだろう。漠然とした不安を振り払うように、彼の背中に腕を回して、ぎゅっと力を込めた。
そこでハッと目が覚めた。
カーテンの隙間からは光が漏れている。のどやかに鳥がさえずっている声を聞きながら、私はベッドの上で上体を起こした。
なんだか、すごく嫌な夢だった気がする。胸のあたりがモヤモヤするし、心なしか頭が重い気がした。
隣を見ると、掛け布団からはみ出ている白髪がもぞもぞと動いていた。
悟は私と布団を間違えて抱き締めているようだったので、私は彼の髪を撫でると、その額に軽くキスをした。すると、彼はパチリと青い目を開けた。
「おはよう」
私が言うと、彼も「おはよう」と言って微笑む。そして私の頬にキスをした。触れるだけの優しい口付けだったけれど、心が満たされていくような気がするから不思議だ。
私はベッドから降りてカーテンを開けた。眩しい光が差し込んでくる。今日もいい天気だ。大きく伸びをしてからベッドを見遣ると、悟は再び目を閉じていた。
「悟、二度寝するの?」
「んん……」
彼は枕に顔を埋めたまま、曖昧に答えてくる。私は何となく悟の髪を指で梳いたまま、彼の起床を待つ。
すると、悟は寝返りを打ちながら、気持ち良さそうに目を細めていた。ガタイは良いのに、猫みたいで可愛らしいと思うと同時に、母性のようなものを掻き立てられる。
「悟は今日任務あるよね?早く起きないと遅刻するよ。また伊地知さんから電話きちゃう」
私がタオルケットを引っ剥がすと、悟の片腕と攻防戦が続いたが、最後は渋々といった様子で起き上がっていた。
そして大きな欠伸をひとつしてベッドから降りると、洗面所に向かって歩いていく。まだ眠そうだったが、寝癖さえサマになる顔でこちらを振り返る。
「夢子、朝ごはんは外に食べに行こ」
「へ?……うん、準備するね」
久々の朝デートにワクワクしながら、私はクローゼットの中から服を取り出した。
まだ12月になったばかりとはいえ、もうすっかり冬だ。外は風も強いし寒そうなので厚手のコートを羽織ることにした。
「あれ、12月……だっけ?」
何か違和感が付き纏う。
身支度を整えてから、カレンダーを見ようとリビングへ向かうと、悟はソファに座ってテレビを見ていた。
私が来たことに気づくと、彼はこちらを見て微笑む。その笑顔にドキッとした。
「悟……何見てるの?」
「ん?朝のニュース。暇つぶしになるかと思ったけど、退屈なニュースばっか」
私は彼の隣に腰を下ろした。
そこでようやく気が付いたけれど、彼の顔が心なしか青白い気がする。寒いから風邪でも引いたのだろうかと思い、おでこに手を当てると、悟は一瞬ビクッとしたが特に嫌がらなかった。
それどころか私の手を上から握り、そのまま自分の頰に持っていく。体温が低い気がする。風邪ではないらしい。
「どうしたの、体調悪い?外に行くのやめようか?」
私が尋ねると、彼は首を横に振った。
「問題ないよ」
嘘だ。絶対何か隠しているに違いないと思ったけれど、彼が言いたくないと言うのなら仕方がない。
私はそれ以上詮索しなかった。すると悟は安心したように小さく息を吐き出す。そして私の手を握り直すと、甘えるように言った。
「やっぱり今日はずっと一緒にいてくれる?」
悟の気が変わるのは良くあることだけれど、なんだろう、言い表せない不安が広がった。
でも、その正体がわからないまま、私は曖昧に「うん」と答えていた。
結局、悟の様子がおかしかった理由は聞けないまま、ミルクたっぷりの甘々熱々カフェオレを作ってから彼の元へ向かう。
彼はソファに座って雑誌を見ていた。私が近づくと、顔を上げて、やわらかい笑みを見せた。
「夢子のカフェオレ好きなんだよね」
私は彼の隣に座ってマグカップを手渡した。悟はそれを受け取ると、一口飲んで「んー、いつもより甘くない?」と言った。
いつも通りの会話なのに、どこか視線がよそよそしい感じがするのは私の気のせいだろうか。
「ねぇ、夢子」
「なに?」
「好きだよ」
彼はそう言って、隣にいる私の肩に頭を乗せて、もたれかかってきた。
急にどうしたのかと驚いているうちに、だんだんと体重をかけられる。私はバランスを崩してソファの上に倒れた。
悟が私に覆い被さるような体勢になり、そのままぎゅっと強く抱きしめられる。彼の吐息が首筋にかかり、少しくすぐったい。
「どうしたの?甘えたい気分?」
私が尋ねると、悟は無言のまま腕の力を強めた。苦しいけれど我慢できる程度だったので黙っていると、彼は静かに口を開く。
「僕が先だったか、と思ってさ」
「え?」
彼の言葉に困惑した。どういう意味だろう。何か不安なことがあったのかと思い、彼の顔を覗き込もうとしたができなかった。
悟が私の首筋に顔を埋めてきて、まるで母親に甘える子犬のように擦り寄ってくる。いつもより口数が少ない彼に戸惑いながら、私はその背中を優しく撫でた。
「今は僕のことだけ考えて」
「……うん?」
「ずっとずっと、僕のことだけ見てて」
悟に切実な声で言われて、胸がぎゅっと締め付けられた。私は彼の髪に唇を落としながら、安心させるように囁く。
「私はずっと悟のそばにいるよ。大丈夫、心配しないで」
すると彼はようやく顔を上げて私を見た。その瞳は潤んでいるように見える。今にも泣き出しそうだと思ったけれど、彼は優しく微笑むと再び私の肩口に顔を埋めた。
「このままさぁ、時間が止まればいいのにね」
そんなことを言う彼の背中に手を回して、ぎゅっと力を込めた。彼はそれに応えるように私を抱きしめる力を強める。
そのまましばらく私たちは無言で抱き合っていた。お互いの体温を感じながら、ただ静かに呼吸をするだけの時間が流れる。とても心地よくて、幸せだ。
「悟……そういえば、任務には行かなくていいの?」
私が尋ねると、悟は「あ〜」と面倒くさそうな声を出した。そして私の首筋にグリグリと頭を擦り付ける。
「行かなくていいでしょ」
驚いて思わず目を見開いて彼を見つめる。特級呪術師が、任務に行きたくないと言っている。これはこれで一大事だと思ったけれど、彼があまりにも駄々をこねるので笑ってしまった。
「だ、ダメだよ、ちゃんと行かないと」
やんわりと咎めると、彼は顔を上げて拗ねたような表情を見せてくる。なぜか胸の奥がきゅっとした。なんだろう、この気持ち。
「キスしよっか」
いつものように甘えてねだる悟の言葉に、私も安堵して頷いた。途端に、さっきの夢の内容が鮮明に脳裏にフラッシュバックする。
「夢子からキスして」
と悟が催促する。私は、彼の唇にそっと自分の唇を重ねる。温かくて柔らかい感触なのに、言い表せない違和感。
夢ではもっと生々しくてリアルだったのに、今は何故か現実味がない気がする。いや、むしろこれが夢なのか。いや、間違いなく現実の感触がある。
唇を擦り合わせて、角度を変えるように少し顔を傾けて、もう一度押し付けるようにキスをした。何かが違うと思ったけど、違和感の正体はわからない。
悟の舌が私の唇を舐めるので、私も応えるように口を小さく開いて舌を出す。ぬるりと彼の舌と絡み合った瞬間、びくりと身体が跳ねた。
「ん……っ、ふ……」
いつものクセで鼻から息が抜けていく。
甘ったるい声が漏れて鳥肌が立つ。
夢中で舌を絡め合うと、彼はそれに応えるようにさらに深く口付けてくれた。お互いの口内を貪るような情熱的なキスはすごく気持ちが良い。
「はぁ……っ、ん……ぅ」
悟とのキスはすごく甘くて幸せだ。幸福感で満たされる。
唇を離したタイミングでそっと目を開けた。悟の顔がよく見える。彼の青い瞳はいつも不思議な魅力を持っていて、惹き込まれるような感覚に陥る。
しばらく見つめ合っていたけれど、ふと我に返って恥ずかしくなって目を逸らした。一気に体が火照った感覚がして、心拍数も跳ね上がる。
唇が離れると、悟は少し残念そうに口をへの字にした。
「なんで目、逸らすの」
「……なんか恥ずかしいから……」
正直に答えると、悟は不満げな顔を見せる。彼はもう一度私にキスをして、両手で頬を挟むように私の顔を固定する。至近距離でお互いの顔を見つめ合う形になったまま、彼の唇がまた私に重ねられた。
「ん……ッ……」
唇の表面がぬるりとした舌で舐めあげられて、私は思わず身を硬くしたけれどすぐに力を抜いた。くちゅくちゅと音を立てながら、何度も何度も執拗に繰り返される口付け。
開いた唇から舌が侵入してきて上顎や歯列の裏側を撫でられるたびに、身体の奥底からじわじわと快楽が込み上げてくる。
「んぅ……っは、ぁ……」
頭がぼんやりとしてきた頃、悟はゆっくりと唇を離した。唾液の糸が引いてプツリと切れる様が見える。それが妙に艶めかしくてドキドキした。
二人とも息が上がっていて、私はぼーっとした頭で悟のことを見つめる。
「夢子、好きだよ」
悟はそう言って私の首筋に噛み付いた。鋭い痛みが走ると同時に全身に甘い痺れが広がる。
「初めて、僕の全てを捧げても良いと思ったんだ」
小さな声で呟かれて、悟の言葉の意味を考える暇もなく、私は再び彼の唇を口付けを受け入れた。
いや、本当は解っている。でも、もう何も考えたくない。ただただ、この幸せな時間に溺れていたかった。
それから私たちは何度も唇を重ねた。
「悟」と名前を呼べば、彼は愛おしそうにこちらを見つめる。その瞳の中に映る自分の姿を見た瞬間、涙が溢れそうになった。
「私も……好き、だよ……」
私は彼の首に腕を回すと耳元で囁いた。
「まだ、嫌」
私が駄々をこねると、彼は困ったように笑う。
「また何処かで会えるよ」
彼は優しく私の頰に手で添えた。まるで壊れものでも触れるかのように、そっと優しく包み込むようにして撫でられる。もう時間が無いのだと悟った瞬間だった。
「ね、悟……私は連れていってくれないの」
震えて力が入らない手で、悟の手に自分の手を重ねた。
彼は悲しげな目で私を見ているだけだった。私はゆっくりと深呼吸をすると、小さな声で言った。
「本当はこのまま二人で居たいけど、それは出来ないって知ってるよ」
悟のいない世界なんて、生きていても辛いけれど、残された者は生きなくてはいけない現実を解っている。
あなたの生徒さんなら任せて、と。
私が泣き笑うと、悟の目が大きく見開かれた。その瞳には涙が浮かんでいるようにも見えるけれど、彼の目から流れ落ちることはない。
「夢子は強いね」
悟は静かにそう言うと、私の髪を愛おしそうに撫でた後に微笑んだけれど、まるで無理に笑おうとしているような、ぎこちない表情だった。
悟、あなたが好きだった。
何でも完璧にこなして、戦闘でも負け知らず。でも、どこか孤独で、人よりも優れた才能を持ったせいで誰も隣に立てる人がいなくて、ずっと退屈そうだったあなた。
あなたに好きだと言われた時、
『悟の心の穴は私が埋めることは出来る?』
と聞いたら、
『分からない。でも、夢子は夢子でしょ。何かにならなくて良い』
って言ってくれたから、私は嬉しくて嬉しくて幸せだった。
最強であるために、五条家の象徴として育てられたあなたは、何処かが欠如していた。だから、その欠けたところを埋めてあげることができたら良いな、なんて自惚れていた。
「ねぇ、悟。強い人と……宿儺と戦えて楽しかった?」
敢えて、幸せだったかは聞かない。きっと答えは分かっているもの。
「私、悟が満足したなら良いの」
彼は何も言わない代わりに、私を抱きしめてくれた。
そこで覚醒した。
また同じ夢を見てしまったようだ。何度目だろうか。数えるのも止めた。
今日も新しい朝が来て、窓から差し込む陽光が部屋を照らす。でも、悟はもう隣にいない。冷たいベッドに私は一人きり。あの日から、私は独りになってしまった。
夢の中で夢を何度も見るなんて、重症だと他人は言うだろう。
この世に居ない人のことを考える時間が、こんなにも胸が張り裂けそうで、心を握り潰されそうな痛みを伴うなんて、知らなかった。
彼の体温を今でも思い出せる。あの温もりは幻なんかじゃない。きっと、私の中だけで永久に生きているだろう。
ふと視線をずらせば、彼からではなく家入さんづてに渡されたモノが、痩せた薬指に嵌っている。
なにが “大好きな君へ”だ。
死んでから永遠なんて誓わないで欲しい。柄にもない誓いの証と、それに刻まれた言葉を遺されて、もう新しい恋なんて出来そうもない。もう涙は出ない。きっと枯れてしまったんだと思う。
「……夢子、気分はどう?」
白いカーテンが開いて、家入さんが顔を出す。
「最悪。私、何日寝てました?」
「んー、ざっと10日間。だんだん寝てる時間が長くなってきてるな。水、持ってくるから」
彼女が部屋を出ていく音を聞きながら、深くひと呼吸する。
最愛の人が死んだあの日、すべてを拒んで世界を呪った。
悟から私へ贈られた指輪は、今は亡き術師が作成した特殊なものだったようで、私の強力な負の感情に呼応し、まさかの呪物と成り果てた。
元は私の呪力を感知して身を守るハズの呪具だったようで、解呪しようにも、全て終わる頃には数十年かかる。私の方が先に御陀仏になると知って潔く諦めた。
一人で生きるには余りにも辛すぎる。だから、己の命を削りながら幸せな夢を見続け、だんだんと朽ちる呪いに身を沈める。
家入さんは「お前ら二人、愛が重いんだよ」と呆れた様子だったけれど、最期まで私に付き合ってくれるらしい。
着実に脈が弱くなってきていることを自覚する。寝ている間も呪いが私を蝕んでいく。私が永遠の眠りにつくのは近そうだ。
いくら待っても眠り姫を目覚めさせる王子様は訪れないのだから、どうなっても構わない。
「ああ……早く、会いたいなぁ」
そう呟きながら、私は乾いた笑いを浮かべる。私の願いは、誰に聞かれる事なく虚空へと消えた。
END.