五条悟
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2018年12月24日。
雪が降り始めた12月終わりの仄暗い空。
今まさに命が尽きようと言うのに、やけに世界が静かだった。
こんなにも東京の冬の空は綺麗だっただろうか。冷たい空気は澄み渡っていて、自分の心も晴れ渡っている気がする。
戦いだらけの人生だったし、ぶっちゃけ、幼い頃からそのためだけに生きていく教育をされてきたから、自分の命なんて大して惜しくはない。
ただ、ほんのちょっと心残りがあるとすれば、友の遺体を取り戻してきちんと弔ってやれなかったこと、数少ない大事なものたちを置いていくことだと思う。
「天晴れだ、五条悟。生涯貴様を忘れることはないだろう」
失血で意識が途切れそうな最中、両面宿儺の感嘆の声が聞こえた気がする。1000年も前の呪いの王に、この時代に相見えたこと自体が奇跡だ。
奴も自分と同じ、戦いの中でしか己の生に血の通った意味付けをすることも、「生きている」ことを肌で実感することも出来ない人種だったと、今なら解る。
ギリギリで死戦を超える、身体の芯までヒリヒリするほどの緊張感が走る一秒一秒。
それが加速すればするほど、六眼で見ている世界が色鮮やかに、あらゆる輪郭がクリアになっていった。
「……っ、……」
最期に奴に礼の一つでも言いたかったが、逆流した血で気管が塞がっている音しか漏れなかった。
自分が生きてきて習得した人生の全てを出し切ることが出来て、素直に楽しかったと思える。今際の際で、こんなに世界が色に溢れていることに気付くなんて、本当に皮肉だ。
いつも、どこか疎外感があった。
自分がいる世界と、皆がいる世界の狭間に一本の線が引かれているような、そんな感覚だった。
僕の思考回路の根源にあるのは、生まれ落ちた瞬間から与えられた力に対する、反発だったと思う。僕のこの生まれ持った力をどう使えば、僕が生きる意味を確立出来るかという疑問への、純粋なる渇望感。
寂しいとかじゃない。
富や名声、僕の外見、呪術界での人脈作り。目的は様々だが、人は馬鹿みたいに寄ってくるから一人じゃないけれど、ある意味いつも独りだった。
その時々で、僕から見える範囲でだけ、誰かを助けたり守っていたと思う。でもそれは別に善行でも何でもない。それがたまたま、僕の目や力が届く範囲内だったっていう話。
「呪術の世界で『伸びる奴』ってどんな人だと思う?」
そんな退屈な世界で、君が現れたんだ。
天才ってのは、先天と後天で分けるのが難しいと思う。持って生まれた才能に、努力が加わると一気に才能が開花する場合もある。
でも、生まれ持った才能だけでは、どうにもならない部分があることを僕も知ってる。
「そうだねー、例えるなら……敵も味方も全部食らっていくってタイプかな」
一を聞いて十を知る。
まさに夢子はそんなタイプだった。こっちの抽象的な返しにさえ、自分の思考を巡らせて答えに辿りつく。
「つまり、知識とか技術とかを知ろうってことに関して貪欲な人?」
夢子は、飲み込みが早かった。それは天性の才能でもあるし、努力で身に着けた知識や技術でもある。
「ま、そんなとこ。天才になりたいなら馬鹿のように学べ……ってね」
「馬鹿と天才は紙一重ってやつ?」
「さぁね。今日で世界が終わると思い込んで即行動して、明日があると信じて貪るように学べば、ある程度は形を成すんじゃないの」
「本人の意思とは関係なしに、その努力をポンッと出来て結果を残す人が、周りから天才って言われちゃうんだろうね」
あなたみたいにね。
内緒話をするように、口パクで僕を指差して悪戯っぽく笑う彼女に、何だか胸の奥がムズムズした。
大体の奴は、大した努力もせずに僕の能力、生まれを羨む。
身に余る大きな力を日々解析しながら使いこなし、着々と進化していく僕に対して、畏怖と憧れを抱く周囲の視線や態度にも慣れてきた。
「天から与えられた道具に対して、力をどう使えばいいか学ぶところから始めないと、才能も開花しないよね。努力の方向性とかもさ、ある程度のセンスは必要だけど、結局は悟が頑張ってるから最強なんだと思う」
そう言って笑う君は、僕を天性の才能を持った最強の呪術師ではなく、一人の自己研鑽を続ける人間として対等に見て話してくれる。一緒に冗談も言い合ったり、何気ない毎日が心地よかった。
周りの皆は僕を天才と言うけれど、天才っていうのは自分の能力を解析し、適した形で行使し、常に向上していける者のことじゃないかって思う。
生まれながらにして神に愛されているとか、人と違う何かを持っているから天才なんて言葉が出てくるわけじゃない。
僕の中で君は特別な存在だから、君が僕に向ける視線に、僕とは同じ感情が少しでも含まれていないかなんて、馬鹿な期待をするんだ。
「一週間ぶりだねぇ。出張任務のお土産ちょーだい」
「再開の挨拶がお土産催促とか、僕のことなんだと思ってるワケ?」
「え……呪術に関しては変態的に突き詰める甘党の特級術師っぽい人?」
そう冗談を言いながら、ケラケラと笑う君は僕の気持ちなんか一欠片も理解していないのを知って、少しがっかりする。
「夢子のこと、好きだよ」
「え……」
雑談の合間に飛び出した僕の唐突な告白に、驚いて目を大きく開いてこっちを見た夢子の頬が、じわじわと赤らんでいくのが分かった。
これはもしかして脈があるかも、なんて期待して夢子の表情を見つめる。しかし、それは大きな過ちだったことに、僕はすぐに気づかされる。
「……私も悟が好きだよ。だから、ずっと友達でいてよね」
そう言って、笑って握手してくる君は、本当に嬉しそうに見えたんだ。
これはきっと、恋愛対象とか異性とか、そういう概念すらない好き。僕は、君にとっての一番親しい友達。
でも、それは絶対に僕が一番望んでいる関係ではなくて、むしろ君の特別がほしいし恋人がいい。
「僕は夢子に恋してるけど?」
ダメ押しの告白に、夢子はやっぱり大きな目を何度も瞬かせていた。そして困ったように笑った君は言った。
「じゃあ、私の好きなところ、言える?」
「は?」
僕が聞き返して、夢子はまた困ったように眉尻を下げる。
「だから、私の好きなところってどこ? 全部は無し。ちゃーんと答えられたら、私も応えてあげる」
そう夢子に言われて僕は言葉に窮した。だって、君の嫌いなところなんてないし、どこもかしこも好きで仕方がない。
「指標だよ」
「……え? なんて?」
聞き返された僕の一言に、さらに困惑している夢子を見ながら、また言葉を選び直す。
「夢子がいると、世界がよく見える。僕が、僕でいられる目印なんだ」
それは嘘偽りのない本心で、僕の中の君の存在はどんどん大きくなる一方だった。
周囲が僕を“最強”であることを求めた。終わりがない。目の前の景色が色褪せて、何かの境界がぼやけるような日々。
命の危機を感じるような敵も相手も存在せず、ただ退屈と侘しさが蝕む、人生という孤独な戦い。
そんな中で出会った君の存在は、夏の夜空の流れ星のように煌めいて見えた。
「夢子は、違う世界をくれる」
自分の鼓動がこんなに速く脈打つことも、君の笑顔を見た時の胸の嬉しい騒めきも、全部、全部、君から教えてもらった。
他のものは要らない。
君だけは、どうしても欲しいんだ。
「僕は、夢子と一緒なら心を見失わない」
君が見ている世界と、僕の世界が交わって同じ景色を見ていけるなら、何も怖くはない。
「だから、夢子の隣に居ていい権利を僕に頂戴?」
そんな風に聞いたとき、君は困ったように眉を寄せて笑うんだ。
YESかNOか君が口走る前に、その柔らかな唇を指でなぞると、君は顔を赤らめて視線を逸らした。唇に触れた指先から伝う君の熱が、僕の心まで揺らす。
緊張で震える手で彼女の頬に触れて、拒否されていないことを確認してから、そのまま夢子の顎を指で上げる。
今度は逸らされない綺麗な瞳に、僕だけが映っているのが見えて少し安心する。
重なる視線と口付け、そして伝わる温もりに胸が満たされる。
僕への答えは、キスの後に聞くことができた。「いいよ」と、消え入りそうな程に弱々しい夢子の声が、僕の名前を呼んで応えた。
でも、目の前の彼女は両手を顔で覆いながら下を向いてしまったので、残念ながらその表情は見えなかったけど。
「うわぁ……どうしよう、悟のことマトモに見れない」
蚊の鳴くような声と、そんな真っ赤な耳で言われたら、この先の僕はもう我慢出来そうもない。
「えー、そんなこと言わずに顔見せてよ」
「やだっ」
そう突っぱねる両手を、自分の両手で包み込むように握って、夢子の顔を上から覗き込む。恥ずかしそうに、チラチラと僕を見ている瞳と目が合った。
「ははっ、嫌ならビンタしなって」
そう言って頬に口付けても拒否するような素振りはなかったし、僕の腕の中で彼女は少しだけ笑っていたから、嬉しすぎて心の奥のやわらかい部分が蕩けていくようだった。
このまま時が止まればいいなんて、そんならしくないことを思ってしまったんだ。あの日のことは、きっと生涯忘れないと思う。
初めて、金も権力も絡まない恋愛が出来た。夢子は、わざとらしくしなだれかかってきたり、猫撫で声で僕に媚びることもない。
ありのままで接することが出来て、正直、その遠慮のない距離感も心地よかった。
「んっ、さと……る」
キスで唇が離れて、夢子が名残惜しそうに小さく僕の名前を呼んだ。
鼻先をくっつけたままで互いの視線が絡むと、その涙で濡れた瞳に吸い込まれるように、また唇を重ねる。そして、今度はそっと舌を入れてみた。
「ん」
一瞬身体がビクッと反応したけどそれ以上の抵抗が見られず、角度を何度も変えて味わうような深い口付けを繰り返す。
やわらかくて、甘くて、癖になる。そんな恍惚とした気分で、僕は夢子を抱き寄せて夢中で口付けを繰り返した。
「……ふっ、ん……っ、んん……」
息をしようと口を開いた彼女の口内に、すかさず舌を差し入れて夢子の舌も無理やり絡めたら、苦しそうに声を漏らしながら僕の服をギュッと掴んでくる。
だから、その手を上から握ってあげると、安心したのか僕の背に腕を回してきた。
「……はぁ、幸せすぎ」
キスの合間にそう呟くと、息の上がった彼女が僕にしがみつくように抱きついてきて、それは「私も」という同意に取れた。
嬉しくて仕方なくて、調子に乗って、そのまま鼻先で彼女の髪を除け、その白い首筋に唇を這わせて愛撫する。
「あっ……ちょっ、悟……」
汗ばんだ首に軽く歯を立てたら、切羽詰まった声が耳を刺激してきて、益々僕は興奮した。夢子の全部を自分のものにして、貪り尽くしたいという乱暴な欲さえ湧き上がる。
「……色情魔」
彼女が吐息と共に漏らした悪口さえも、甘ったるい響きを帯びていて、心地良かった。
今世紀最大級に必死こいて口説き落として、共に同じベッドで朝を迎えて、それでも何か物足りなくて、夢子を困らせたな。
毎日が楽しくて、明日が来るのが愛しいなんて、抱いたことない感情で、僕の日常に明かりが灯ったようだった。
そういえば、厄介事を片付けたら渡そうと思っていた、将来の誓いの証。硝子に預けた荷物と一緒に入れっぱなしだったな。後からそれを見た泣き虫の君は、一体どんな反応をするだろうか。
“大好きな君へ”
指輪に刻まれた柄にもないメッセージは、あの子にとっては呪いになってしまうかもしれない。
それでも僕は――
「や」
次の瞬間、目の前に現れた親友に呆気に取られたが、自然と口角が上がる。
「うっわ、ざけんな最悪だよ」
END.